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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第三章 目覚める鉱石〜
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毒花 2

 色とりどりのケーキ達が目の前で大量に消えて行く。その様子に思わず苦笑を隠せなかったセリアだが、ルイシスに借りがあるのは事実なのだし、いいか。などと呑気に考えていた。つい先程この男がイアンとランを激高させたことには、微動も気付いていない。



「んん、やっぱあそこのは美味い!」


 帰路に着いたルイシスは満腹でご機嫌らしく、まだ残るクリームを追いかけて舌で口周りを舐めとる。


「本当に好きなのね」

「おう。俺は、菓子さえあれば、他はなんもいらん」

 セリアの言葉にルイシスはそう豪語する。目を輝かせる姿は、まるで子供だ。


「お嬢ちゃんはあんまり食っとらんかったけど、腹でも痛いんか?」

「え、ううん。そういう訳じゃないよ」

 ただルイシスの豪快な食べっぷりに、呆気に取られて自分のことは忘れていただけだ。


 口には出さずに誤魔化す様にセリアが笑えば、首を傾げられる。すると、何かを思い付いた様にルイシスは胸のポケットに手を伸ばすと、取り出したものをポイッとセリアの口に放り込んだ。


「わっ!……あれ?」

「あそこのケーキ程やないけど、それも美味いやろ」

「うん。甘い……」


 口内で溶け出したそれに、セリアは思わず頬を緩める。ルイシスが取り出したのは、黄色の小さな飴玉。コロコロと転がるそれから染み出る味は、恐らく蜂蜜だ。

 その甘さに思わず笑顔になるセリアにルイシスもニッと明るく笑い、再び学園を目指した。




 口内の飴が全て溶けた頃、のんびりと歩いていたセリアに突然、後ろから何かが衝突した。


「うわっ!」

「ひぅっ……」

 短い悲鳴が重なると、セリアの脚にぶつかったそれはすかさずまた走り出そうとする。しかし、その前に横のルイシスがその首根っこを掴み動きを封じた。


「ちょっと待った。人にぶつかっといて、無視は感心せんぞ」

「離してよ!はやくしないと……」


 ルイシスに捕われたのは、幼い少女。まだ七つか八つだろうか。未だ諦めずに逃げようと必死になっている。その様子に違和感を覚えたセリアがどうかしたのかと問う前に、後ろから今度は怒声が投げかけられ、驚いてそちらを振り向いた。


「居たぞ!このクソガキがぁ」


 男が二人、少女の姿を捉えるとそのまま足を踏みならして近付いて来たのだ。傍から見ても伝わる程の異様な雰囲気に、セリアは思わず少女を庇う様に立ち塞がる。それに気付いたルイシスも、少女をセリアの後ろに押し込めると男達の前に立った。


「なんだお前等は。退け!」

「ちょい待ちぃ。なんや、大人がこんな子供相手に目くじら立てて」

「お前に関係無い。邪魔するならただじゃおかねえぞ」

「……ほう。どうする気や?」


 男達は相当焦っているようで、少女しか視界に映していない。だから、殴り掛かった相手が悪かったのにも気付かなかったのか。

 伸びて来た腕をヒョイと軽い動作で躱すと、ルイシスは素早く男達の背後に周り地面に向かって引き倒した。


「ぐぇっ!」

「そう興奮しなさんな。可愛い女の子達が怯えてしまうやろ」


 短い悲鳴が響いた後、そう言いながらルイシスは二人を軽々と上から押さえ付ける。その表情は涼し気だが、腕には相当力が入っているに違いない。下の男達がうめき声を上げながら必死に逃れようともがくが、ビクともしないのだから。


 力の差を見せつけられた男達は、ルイシスが腕を離してもすぐに殴り掛かることはしなかった。その代わり、少女を引き渡す様に迫って来る。


「この子が何したって言うんや」

「盗みだよ!解ったらさっさと退け」

「そんな、大人二人掛かりで必死に成る程の、何を盗ったん?」

「それは……」


 ルイシスの問いに答えられないのか、男は途端に口籠った。表情の色を途端に変えたその不自然な様子にセリアも眉を顰める。


 道の脇でのいざこざに興味を示したのか、だんだんと人目も集まり出した。それが無視出来ない程の数になると、分が悪いと判断したらしくもう一人が男の肩を叩く。


「行くぞ」

「でもよ……」

 渋る男にもう一人が尚も引き上げるように言う。

「どうせバレやしない。それよりも、さっさと戻るぞ」

「……チッ」

 最後に舌打ちを残すと、悔しそうな顔の男二人は人混みの中を逃げる様にして消えて行った。


 追ってが去り安心したのか、セリアの後ろに隠れていた少女がそのまま地面に膝から崩れ落ちる。


「えっぐ……ひっく」

「だ、大丈夫?怖かったね」


 ポロポロと泣き始めた少女を、セリアは慌てて目線を合わせる様に屈んだ。しかし、男達の言葉が気になり、両脇に手を差し入れストンと少女を立ち上がらせる。


「あの人達の言ってたこと、本当なの?」

「で、でも、沢山あったから。地面に落ちてたから。ひ、一つだけ……」


 その言葉を聞く限り、どうやら少女が盗みを働いたということは事実らしい。けれど、七つか八つだろう子供相手に、あれ程まで必死になるのは少し過剰といえるのではないだろうか。勿論、それが宝石など高価なものの類ならまだ解るが。


「何を盗ったの?」

「……お花」


 そう言って少女は手に握り締めていたそれを差し出した。視線を下げれば、そこには小さな手に乗るオレンジ色の花。少し形を崩し潰れてしまったそれに、少女はあっ、と悲痛な声を上げるとまた泣き始めてしまった。


「そ、そんなぁ……」

 再び少女の瞳からボロボロと大粒の涙が崩れ落ちる。


「わっ!だ、大丈夫だから。ほらほら、いい子」

 必死に少女を宥めながら、セリアは何処か釈然としないものを感じた。

 こんな花一つに、大の大人が二人掛かりで子供を追うとは。その辺りにだって咲いていそうなものなのに。


 泣き出す少女を慰めようとセリアはひたすら頭を撫でるが、まだ落ち着かないようで、涙は止まらない。どうすれば、と焦り出せば、その横からズイッとルイシスが首を出して来た。そのまま胸のポケットを漁ると、少女の口に黄色の固まりを放り込む。


「あ、甘い……」

「どや。美味いか?」


 急なことに驚いて涙は止まったようで、少女は改めて口の中のそれを味わう。その甘さに漸く落ち着いた様で、ルイシスの問いかけにコクンと頷いた。


「嬢ちゃん。一つ聞いていいか?」

「……なぁに」

「これ、ホンマに沢山あったんか?」


 ルイシスがこれ、と言って指差したのは少女が握るオレンジ色の花。優し気な声色に安心したのか、少女は素直に肯定する。


「箱に詰まってて。でも、あの人達が馬車に乗せる時に落ちたの。綺麗だったから…… ごめんなさい」

「そうやな。人の物て解ってるんやったら、盗るのはアカン。もうしないな?」

「……うん」

 よし、とルイシスは微笑むと、その頭を優しく撫でた。


「それで嬢ちゃん。この花、これと交換して欲しいんやけど」


 ルイシスはそう言って胸のポケットから飴をもう一粒取り出す。それまで見守っていたセリアは首を傾げたが、少女は形の崩れた花よりも飴の方が気に入ったようで、喜んでそれを承諾すると笑顔で去って行った。



「……ルイシス。どうしたの?」

「来たでぇ、お嬢ちゃん。やっぱアンタは凄いなぁ」

「へっ?」


 どういう意味だ、と抱いた疑問を問う前に、ルイシスが先程手に入れた花をセリアに押し付けて来た。


「お嬢ちゃん。これ持って帰り」

「へっ!ルイシスは?」

「俺は用事が出来た。ええか?俺が戻るまでその花は隠しとき。勿論、他の候補生にもや」

「ちょ、ちょっと待ってよ!いきなりどうしたの?」

 唐突な言葉にセリアは意味が解らない、と混乱する。けれど説明を求める問いには答えず、ルイシスは更に不可解な指示を出して来た。

「けど、俺が三日して戻らんかったら、アイツ等に事情を話して、その花も見せるんや。あのルネの坊やなら解るやろ」


 そう言って困惑するセリアを残し、ルイシスはダッと地を蹴った。

「ええか!絶対他人には見せるなよ」


 確認する様な声は、ざわめきに掻き消される。ルイシスの影が人混みに紛れて消えるまで、セリアはそこで唖然と立ち尽くしていた。






 彼の残した不可解な言葉が気になったが、肝心のルイシスが中々戻らない。セリアは少しの間同じ場所に留まっていたが、やがて諦めて学園へと足を向けた。

 三日して戻らなかったら、と彼は言った。けれど、それはいったいどういう意味だろう。彼は何を考えているのか。

 グルグルと回る思考は嫌な予感しか覚えないが、取り敢えず、彼の言葉に従うか。


 トボトボと歩いて学園の門を潜ったセリアは、改めて手の中の花に視線を落とした。やはり何処からどうみても、普通の花だ。この花に、一体何があるというのか。誰にも見せるなと言っていたし、ルネに相談する訳にもいかない。


 仕方ない、とセリアは一先ず寮へ戻った。自室に入ると、そこで適当なグラスに水を入れ花を挿してみる。それが何処となく不格好で、セリアは思わず顔を顰めた。

 やはり花瓶の方が良いのだろうか。けれど、こんな小さい花一輪には大き過ぎるだろうし。手頃なサイズのものをルネに借りるのも不自然だろうか。


 色々と検討してみたが、やはりこの状態で保管することになりそうだ。そうなると、始めは不格好に見えたそれも、だんだんそれらしく見えて来る。うん、まあ自分の部屋なのだし、花の一輪くらいあった方が良いかもしれない。


 などと呑気に考えると、セリアは部屋を出て階下を目指す。

 時刻はそろそろ夕食時だ。食堂への道すがらルイシスの姿をもう一度探したが、それも無駄に終わった。






 すっかりと暗くなった夜道を、一台の馬車が静かに進んでいた。まるで人目を避ける様に、闇の間を縫う様な動きで先を目指す。


「まったく。車輪に不具合がなければ、あんな所に寄らなかったんだ」

「仕方ないだろう。途中で荷が崩れでもしたら、それこそ俺達の首が飛ぶ」


 小声でブツブツと文句を呟く一人を、もう一人が諌めた。


「しかし、平気だったのか?あのガキ共…… チッ。思い出しただけで、また腕が疼きやがる」

「心配いらないだろう。どうせ解りゃしねえさ」

「そうだな。万一あれが何か知ってても、何もしやしねえだろう」

「ああ。所詮は、ただのガキだ」


 二人の会話を聞きながら、馬車の荷台で色の違う二つの瞳がギラリと光った。まるで事態を重要視していないその口ぶりに、皮肉げに口端を歪める。


 ーー ガキはガキでも、彼等が遭遇したのは、とんでもなく質の悪いガキだったと、気付くのは何時になることやら




  そんな。まさかこんな物を持って来るなんて。どうしてこうなるんだろう。セリアもそうだけど、今度はルイシスまで絡んでるみたいだし。

  これが何かセリアが知ったら、また面倒な事になるんだろうなぁ。

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