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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第三章 目覚める鉱石〜
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毒花 1

 授業の終わりを告げる鐘が校内に鳴り響く頃、セリアはスタスタと廊下を歩いていた。大方の校舎での用事を終え、その足は温室へと向かっている。

 先日の青の盟約騒動が納まっていない所為か、時折感じる視線は痛いが一々気にしていてもいられない。耳に届くヒソヒソとした声に気付かないフリをしながら、セリアは廊下の曲がり角にさしかかった。


「何度も言わせるな」


 その途端、向こう側から響いた声にセリアは驚いて足を止めた。怒声とまではいかないが、かなり強い口調だ。廊下などと人目がある場所で衝突を起こすとは、一体誰が。思い返してみても、その声に聞き覚えは無い、と思い様子を窺うべくセリアはそろそろと角から顔だけを覗かせた。


 その向こうでは、五人の生徒が横にズラリと並び道を塞いでいる。そして彼等と対面してその前に立っている後ろ姿は……


「ホンマにしつこいなあ。用が無いならさっさとそこ通してくれへんか」

「お前が別の道を通れば良いだろう」


 心底面倒くさそうな口調は間違いなくルイシスのもので、セリアは瞬時に状況を理解した。きっと、また彼と、彼を快く思わない生徒達だ。


「お前こそ、さっさと道を空けろ」

「せやから、アンタ等がそこ退けば、俺もここから動けるって言うてるやろ。解らんやっちゃなあ」

 廊下の真ん中に仁王立ちしているルイシスは、相手を挑発する様な声色で、その呆れた様な表情が後ろ姿からも伝わって来る。


 その様子に、セリアはあわあわと焦り出した。どうして彼は何時も相手を小馬鹿にした様な口調で、神経を逆撫でする様な態度しか取らないのだ。というより、他の生徒達の雰囲気が明らかに険しいものに変わって来ている。一歩間違えばルイシスに殴り掛かりそうな空気だ。


 これは止めた方が良いだろう、とセリアは恐る恐る隠れていた壁を出た。このまま放置すれば、ルイシスのことだ、きっと生徒達の頭の血管が切れるまで相手を呷り続けるだろうから。


「あの…… 何かあったので?」


 などと、止めようとしているのかいないのか、よく解らない弱腰でそろそろと現れたセリアに、その場の視線が一気に集中する。ギロリと他生徒達から睨まれ、セリアはひぃっと内心悲鳴を上げるが、なんとか踏み堪えた。


「ああ。何でも無いよ」

「でも、言い争ってる様に聞こえたんだけど……」

「すぐに方付くことや。そうやろう」


 その途端、獲物を追いつめた獣の様なオッドアイが生徒達に向けられた。その迫力に思わず怯んだのか、彼等もグッと言葉に詰まる。けれどそれでも道を譲ろうとはしない。


 ここで現れたのがセリアではなく、他のマリオス候補生達であれば、彼等も怯んだであろう。醜態とも取れる行為を、全生徒の憧れである彼等に曝すのは抵抗がある。

 が、廊下の向こうから現れたのは、オロオロとして見るからに頼り無さげなセリアだ。しかも、身分の低さからルイシスに不満を抱く様な彼等は、当然女性マリオス候補生にも反感を持っている。


「フン。女なんかに庇われて、やはり貴様にマリオスなど務まる訳がない」


 二人が揃ったのを好都合とばかりに、彼等は嘲ける様に鼻で笑う。その言葉にピクリと反応したのは、ルイシスではなく、それまでオロオロとしていたセリアだ。


「身の程知らず同士、仲が良い様子だな」

「……それは、どういう意味?」


 先程までと打って変わって視線を厳しくしたセリアは、生徒達と向かい合う様にルイシスに並んで立った。その横でルイシスは、強気になったセリアをさも興味津々といった表情で見詰めている。


「言葉通りだ。そもそも、女が余計な事に口出しをするな」

「余計な口出しとは何よ。それに、どうして女性というだけでそんなこと言われなきゃならないの!」


 向こうも臨戦態勢だった為、セリアの反論に強い口調で返す。そんなことになればセリアの頭には増々血が上る一方だ。

 納得いかない、とばかりに一歩前へ出ようとしたが、その肩はやんわりと横から抑えられた。


「やめとき。こんな奴らに構うだけ時間の無駄や」

「な、なんだと!お前達こそ、身の振り方を考えたらどうなんだ」


 まるで下らない、とでも言わんばかりのルイシスの態度に、生徒達のプライドも幾らばかりか傷付いたらしく、まるで怒鳴る様に吐き捨てた。


「お前や女なんかが国政に関与して、宮廷を汚されては敵わないからな」

「なんですって!」


 この言葉には、セリアも寸での所で抑えていた理性が弾け飛び、思わず相手に詰め寄ろうとする。が、その前にルイシスに後ろから腹の辺りに腕を回され止められてしまった。


 放してくれ、と訴えようとセリアが振り返った瞬間、ルイシスの肩越しに不機嫌そうなハンスの瞳と目が合った。黒縁眼鏡を鋭く光らせ、眉は中央に寄って眉間に皺を作っている。


「……何事ですか?」

「ハ、ハンス先生…… いえ。なんでもありません」


 思わぬ人物に、生徒達もこれ以上騒ぎを起こせば流石に不味いと判断したのか、軽くハンスに頭を下げるとその場を足早に去って行く。それでハンスも納得したのか、必要以上に厄介事に関わるのは御免なのか、不機嫌そうな表情はそのままに再び廊下の向こうに消えた。



 後に残されたのはルイシスと、彼に抱きかかえられ半分足が宙に浮いた状態のセリアだ。

 セリアが悔しさにグッと唇を噛んでいると、そのままフワリと床に降ろされ、頭をクシャリと撫でられた。


「まったく。止めに入ったアンタが喧嘩腰になってどないするんや」

「……ごめんなさい」


 よしよし、と子供をあやす様に頭を撫でるルイシスに、セリアも小さく頷く。そこで漸く冷静になったようで、自分の失態に情けなくなった。止めようとした人間が、そのまま騒ぎを起こしてしまうなんて。


「まあ、アンタもアイツ等の言葉気にする様なことはないやろ」

「うん。止めてくれてありがとう」


 セリアとて、彼等の言葉をそこまで気に留めたりはしない。ただ、やはり言われた直後は、頭に血が上ってつい反応してしまう。


「せやなあ。ほなお礼に、また街に付き合ってくれへん?」

「えっ!」

「丁度行きたいなあ思っててな。今日はもう何も無いやろ」


 そう言って自然な動作でセリアの手を掴むと、ルイシスは機嫌良さそうに歩き出した。その力に引っ張られ、足を弱冠縺れさせながらセリアは焦った様にその後ろからルイシスを追いかける。


「い、今から行くの?」

「そらそうや。早う行かんと、売り切れてしまうやないか」


 売り切れを心配するとしたら、他の客だろうに。とセリアは一瞬呆気に取られるが、ルイシスに助けられた形であるのは確かだ。彼が満足するなら、少し街に付き合うくらい良いだろう。


 そう考えた時、前を歩いていた筈のルイシスが急に立ち止まった。その背中に鼻をぶつけそうになるのを寸での所で止めたセリアが、おや、と首を傾げるとそのまま手を離される。


「悪い、お嬢ちゃん。先に行っててくれへんか。すぐに追い付くさかい」

「えっ?」

「ホンマに直ぐや。ちょっと用事があってな」


 そう言われたセリアが、ホレホレと背中を押され困惑気味に振り返れば、オッドアイが随分と楽し気に輝いている。急な事に疑問に思いながらも、取り敢えず行くと覚悟したのだし、助けられた手前その言葉を反故にするのもどうかというもの。


 先に行け、という言葉に従いセリアが廊下の奥へ消えると、ルイシスは口の端をニヤリと吊り上げた。途端、後ろからグッと強い力で肩を掴まれる。

 唐突なそれに驚きもせず、まるで想定済みだったと言わんばかりのルイシスが振り返れば、そこには苛立たし気にこちらを睨みつけるイアンと、その後ろから現れたラン。


「なんや。そんな怖い顔して」

「今、ここに居たのセリアだろ?」

「それがどうしたんや」

「アイツに何の用だ」

「おいおい。アンタに関係無いやろ。それに、可愛い女の子とお喋りするんに、理由なんかいらんで」


 相変わらずニヤニヤと相手を挑発する様な笑みのルイシスの耳に、イアンの腹立たし気な舌打ちが聞こえる。


「アイツは、他とは違う。てめえのお遊びに巻き込むな」

 ルイシスに付いて廻る噂は、常に男女間の色事が絡んでいる。別にだからといって、それを改めろだとか、マリオスがどうだとか、そんなことを言う積もりはない。女好きはその者の能力とは関係無いし、誰と何をしていようとソイツの勝手だ。

 けれど、その矛先がセリアに向くというのなら話は別だ。


 いきなり核心を突いた言葉に、ルイシスは余裕げな態度を崩さず冷ややかな目を向けた。

「なんや。もう恋人気取りかいな」

「なんだと!?」

 肩を掴む腕から身を離すと、ルイシスはフンと鼻で笑う。


「お嬢ちゃんは、まだアンタのものちゃうやろ言うてるんや」

「……だからなんだ」

 自分をねめつける紅い瞳を、ルイシスは涼しい顔で撥ね除ける。明らかに苛立つイアンを更に挑発するように、そのまま軽く息を吐きつつオッドアイを細めた。


「なら、お嬢ちゃんが誰と何処で何しようと、アンタに口出しする権利はない。ちゃうか?」

「てめえ……」

「一人で空回りしとるだけの嫉妬は、見苦しいで」


 その一言に、思わずイアンは詰め寄ろうと足を動かす。けれど掴み掛かろうとした腕は避けられてしまい、虚しく空を切った。その途端、暴力沙汰は不味いと冷静に判断したランが、再び攻撃を仕掛けようとするイアンを後ろから抑える。


「おいおい。ホンマの事言われて怒るなんて、貴族のお坊ちゃんも器が狭いやんけ」


 ギリッとイアンは唇を噛み締めた。その途端、鉄の味が口内に広がる。後ろから自分を押さえ付けるランが居なければ、とっくに殴り掛かっていただろう。もしこの事にセリアさえ関連していなければ、彼もここまで取り乱す事もなかった筈だが。


 そんなイアンの形相に、ルイシスは態とらしく大袈裟に仰け反ってみせる。

「おう怖い。そんな顔、あのお嬢ちゃんには見せられへんなあ」

「黙れっ!」

 怒りで肩を振るわせたイアンは、悔し気に奥歯を噛み締めた。

 

 イアンとて、自分の行動が傍から見ればいかに惨めなものか解っている。身勝手な嫉妬だということも。ただ、どうしたって気に食わないのだ。あの少女が自分の知らぬ所で誰かに言い寄られているかもしれないと考えるだけで、頭を鈍器で殴られる様な痛みすら走る。



 ルイシスを睨みつけるイアンの後ろから、こちらも苛立った様な声が投げかけられた。

「……君は、何がしたいんだ」

 事実を突き付けられ何も言い返せないイアンを押しのけ、怒りを静かに宿したランがルイシスの腕を掴む。その力が思いの外強かったのか、ルイシスの眉の端が一瞬上がった。


「我々が君に何かしたのか?何故、そこまで敵意を向ける」

「敵意……?」


 パシッとランの腕を振り払うと、ルイシスはフンと鼻を鳴らした。


「何が敵意や。阿呆らしい。俺はアンタ等みたいに、お高くとまった貴族とちゃうで」

「なんだと?」

「まあ強いて言えば、釘刺しただけや。あのお嬢ちゃんを口説くんは勝手やけど、あんまし振りまされるんは困るさかい」

「……どういう意味だ?」


 向けられる厳しい視線を、ルイシスはさも愉し気な表情で受け止める。ギラリとオッドアイを光らせると、更に口元を歪めた。


「俺はアンタ等とは違う。ただのほほんと待ってれば、欲しいもんが手に入るお貴族様とはな。それだけや」

「なっ、待てっ!」


 伸びて来た手をヒラリと身を躱し、ルイシスは軽やかにそのままセリアの後を追って行く。ランとイアンは慌ててその後を追うが、廊下の角を曲がった時には既にその姿は無かった。




 漸く来たで。待ち望んでいた事が。まさか、こんなに早く来るとは思っておらんかったけど。

 やっぱりあのお嬢ちゃんは面白いな。それでこそ、ずっと目を付けてた甲斐があるっちゅうもんや。


 こんな好機滅多に無い。絶対に逃さへんで。



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