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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第三章 目覚める鉱石〜
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希求 1

 陽が差し込む窓辺に立ちザウルは瞳を細めた。その胸は普段の穏やかさを乱し、静かに波打っている。


「……ザウル」


 穏やかな声に振り向けば、杖を突き、皺のよった頬に笑みを乗せた一人の品の良い老婦人が扉の外から姿を表した。


「お祖母様。御体の具合は……」

「ただの風邪ですよ。もうすっかり良いわ」


 すかさず寄り添って労るように椅子に座らせてやれば、自分も座るように促される。ザウルがそれに従うと、目の前に紅茶の満たされたカップを差し出された。


「ごめんなさいね。折角、学園生活を楽しんでいたところ」

「いえ。何事もなくて何よりです」

「貴方も、体には気をつけるんですよ…… お父様も気にしてらっしゃるでしょう?」


 唐突に出されたその名に、思わず肩が緊張で跳ねる。その様子を確認し持っていたカップを置くと、婦人は短く息を吐き出した。

「最近では、私の方にもよく手紙が来ますよ」


 父の話題が出た時から孫の表情が暗いものになっていく。それを解っていながら、婦人は更に話を続けた。


「まだ、心は決まらない様ね」

「……申し訳ありません。お祖母様の好意はありがたいのですが、未だ自分の答えに自信が持てません」

「余計な事は気にしなくていいのよ。貴方の母はこのボルノ家の娘。貴方がこの国に留まることになっても、何も問題は無いのだから」


 その場合自分に家を継がせるという祖母の申し出だが、ザウルは未だに答えられないでいる。


「あとは、貴方の気持ち一つよ」

「……」

 その気持ちが決められないのだ。と言葉には出せずにザウルは手の先に力が入った。


「自分は欲深なのでしょうか?何もかもを得られる筈は無いのに」

「人は、何かを望んでいなければ生きられないものですよ」

「しかし、時間に余裕が無くなるにつれ、考えが余計に纏まらなくて……だんだんと、自分が何を望んでいるのかすら、解らなくなってきています」


 クルダスに残ること。父の元へ戻ること。仲間達と共にマリオスを目指すのか、家族の為に生きるのか。

 どちらを選んでも、後悔が残るとしか思えない。父に言い渡された帰国の期限は学園を卒業するまで。残り少ない時間に、父からの手紙にも帰国後を案ずる内容が多くなった。


 文面からも読み取れる、自分の帰りを心待ちにする父の姿。愛する女性を失い、自分をその忘れ形見と一心に育ててくれた。その期待を裏切る決意がどうして出来る。


 けれど、何時しか自分にとってかけがえのないものへと変わっていた仲間達と離れることもしたくない。この国は、もう自分にとって故郷も同じ。忠誠を誓い力を尽くし、共に支えようと語り合う彼等と、ずっと同じ道を歩いて行く夢も捨て切れない。


 脳内でそんな思考が空回るばかりで、先の見えない闇に放り出されでもした気分だ。



「……ザウル」

 静かな呼びかけに俯いていた顔を上げれば、こちらを安心させる様な穏やかな笑みに包まれる。

「辛い選択はね、何時でも一人で決めなければならないものです。なのに、自分の心を見失ってはなりませんよ」

「それは……」

 言葉に詰まる孫の手を、婦人はそっと包んでやる。


「もし、どうしても己の心が見えないのであれば、いっそのこと全て忘れてしまいなさい」

「……忘れる?」

「そう。全てから目を瞑り、耳を塞ぎ、感覚を捨て。世界から自分を切り離してしまいなさい。その何も無い世界で、一番最初に浮かんだものが、きっと貴方の答えです」


 ニコリと微笑んで手を離すと、再び婦人は紅茶の入ったカップを持ち上げる。そして、話を切り替える様にそれまでの真剣な声色から一変し、楽しげに口元を緩めた。


「そうそう。貴方を呼んだのは他でもなく、ちょっと相談があったのよ」

「……はい。なんでしょう?」

「たまに貴方の話に出て来るお嬢さん。なんと言いましたっけ。ほら、とても元気な……」

「セリア・ベアリット殿ですか?」

「そう。セリアさん。一度会ってみたいと思ってね。貴方の学園でのことも聞きたいし。折角だから、今度のパーティーにお招きしてはどうかしら」


 そう提案した祖母は、何処までも楽しそうな顔でどうかしら、と再びザウルの答えを催促した。






 聞かされた内容に、セリアはまじまじとザウルを見上げた。

「……ザウルの御祖母さんのお誕生日パーティー?」

「はい。祖母が是非にと…… 宜しければなのですが」

 この学園に来てから、夜会やらに誘われる機会が格段に増えたな。とほんのり考えながらセリアは一瞬躊躇してしまう。特に断る理由は無いのだが、未だに苦手意識が克服出来た訳ではない。


「いいんじゃねえか。久しぶりに、お前の着飾った姿が見れるだろ」


 途端に背後に立たれ、セリアはビクッと肩を揺らした。反射的に距離を取ろうとしたが、それも想定済みだったようでグッと腕を掴まれ引き寄せられる。バランスを見事に崩し後ろに倒れこめば、がっしりとした腕に包まれた。


「イアン!」

「何なら、俺が見立ててやろうか?」

「遠慮します。もう、離して」

 何時まで引っ付いている積もりだ、と軽く抵抗すればあっさりと解放される。このやり取りにもここ数日ですっかり慣れてしまったセリアは、脱力感を覚えながら軽く息を吐いた。


 後ろから抱き着かれたり、腕を取られたり。何かと繰り返されるそれに慣れはしても、未だに心地よいとは思えない。それを表す為に軽く抵抗すれば、イアンはあっさりと引き下がってくれた。その優しさに申し訳ないとは思うが、今はそれを繰り返すだけだ。



 複雑な表情のセリアと、それを愛しそうに眺めるイアン。目の前の光景に、ザウルは知らずの内に表情を作る筋が強張った。

 イアンの決断とその為の行動を考えれば、彼にはその一時を得る権利があるだろう。未だに何も決められず、燻っている自分が口を挟めることではない。

 そう理解はしていても、あまり見ていて気分の良いものではないのも事実だ。



「……何事だ?」


 その場に響いた冷たい声。周りを威圧する様な空気と共に現れたのは、美麗の魔王様だ。その機嫌はどうやら宜しくないらしい。


「カール。あれっ!ランは?」

彼奴あやつのことなど一々知るか」

 機嫌は大変宜しくないらしい。麗しい顔の眉間には、何時も以上に深い皺が寄っている。つい先ほどまで一緒に居た筈なのに。二人きりにして一時間も経たぬ内に、もうこれか。解っていたことだが。


 セリアが諦めた様に溜息を漏らせば、ジロリと睨まれた。向けられた紫の瞳の迫力に心中で悲鳴を上げると、視線から守るようにザウルが間に立つ。思わぬ助けにセリアは感激しながら見上げれば、穏やかな表情で微笑まれた。


「それで、如何でしょうか?御迷惑でなければ……」

「め、迷惑だなんて、滅相もありませんです。是非とも行かせて戴きますとも」

 視線は遮断されたが、その後ろから伝わる不機嫌な空気につい緊張してしまう。それを誤魔化す様に、コクコクとセリアは大袈裟な程に首を縦に振った。






 煌びやかな衣装に、輝く宝石。まるで戦場へ赴く兵士の様な気合いで武装した女性達。けれどそんな中、普段の地味な容貌を隠しもせず、にも拘らず周りを何よりも輝く宝石に囲まれた少女が居た。



 またそんな地味な格好を、と内心で文句を呟いたイアンは、改めて目の前の少女を見やる。枯れ草色のドレスに、装飾の類は一切無し。肌もしっかりと布に隠され、化粧っ気など欠片も無い。少なからず期待していただけに、落胆も大きい。

 まあ、以前の王宮での時の様に、何時己の理性が吹き飛んでしまっても可笑しく無いような衝撃を受けるよりはマシと言えるが。



 四方から責める様な視線を向けられて、セリアは内心賢明にその理由を考えていた。ただでさえ、周りの姫君達から向けられる敵意の籠った視線が痛いのに。

 自分が一体何をした。と候補生達とは別に、セリアも内心で不満を洩らした。


「ルネ。えっと、私何かした?」

 唯一、にこやかなルネにこっそりと聞いてみる。

「う~ん。何て言ったらいいのかなぁ。如何して前みたいにお洒落しないの?」

「だ、だって。そんな必要無いし。というより、あんな思いもうしたくない、というか」


 何が悲しくてあんな重労働をまたしなければならないのだ。今回はそこまで大きな規模のものではないし。なにより王弟と会う、というような大層な目的も無い。だから特別カレンに助言を請う事もないので、自分で用意したのだが。


「やっぱり、セリアはセリアだね」


 しみじみと、まるで孫を宥める年寄りの様なルネの台詞に、セリアも一層首を傾げる。すると、それまで姿を消していたザウルが戻ってきた。


「セリア殿。祖母が会いたいと言っていて。宜しければお願い出来ますか?」

 その言葉に、これ幸いとばかりにこの場を逃げ出す口実を見つけたセリアは大喜びで候補生達の輪から一歩出た。


「じゃあ、行ってきます」


 明らかに逃げたと解る様なその行動に、空気に確かな苛立ちが走り、誰もが見惚れる候補生達の麗しい顔が揃いも揃って歪んだのをセリアは知らないだろう。



 まさか、もう決めなきゃいけないなんて。

 前はこんなこと思わなかったのに。あの時は、まだザウル達と知り合ったばかりだったから。でも、今は……

 


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