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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第三章 目覚める鉱石〜
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追想 2

 校長室に着けば他の友人達が居るだろうし、きっとこの緊迫した空気も幾らかマシになるだろう。そう期待を抱いていたセリアは、すぐに己の考えが的外れだったことに気付く。


「……やっぱり、てめえだったか」

「そう怒ることちゃうやろ。手え出した訳でもあるまい」

「当たり前だ!」


 何故、こんなことになっているのだろうか。

 校長室に向かっている途中の廊下で、まるで待ち構えるようにしていたイアンと、ルイシスが対峙している。その脇でセリアはどうしようかと視線を彷徨わせるが、二人の睨み合いが終わる様子は無く。自分の隣に控えるザウルにも目で必死に訴えかけるが、彼は何故かそれに気付いてくれずに静かに佇むだけだ。


 これは仕方ないが、自分が何か行動を起こさなければいけないのか。とセリアは恐る恐る二人の間に入った。

「えっと…… イアン。その、どうかしたのでありますでしょうか?」

 よく解らないが、取り敢えず不機嫌そうなイアンに尋ねてみる。


 恐る恐るこちらを窺うセリアに、イアンの眉間には苛立ちの証が走った。

 どうかしたのか、だと!まったくコイツは、本気で理解していないのだろうか。来ると思っていた温室にはいつまで経っても現れず。招集がかかり彼女の姿を探せば、何処にも見つからない。あげくの果てには、この男と街へ向かったという。


 ルイシス・カーチェ。今回マリオス候補生になる程の実力を示した切れ者だが、以前からその名は知っていた。主に、男女関係の話題の中心人物だった男だ。多くの女に言い寄られる容姿と、来るものは拒まない姿勢から、何度か噂になっていた。

 別に他人の事情に一々干渉する積もりはない。が、セリアと関わろうとするのなら、話は別だ。


 そんな男にのこのこ付いて行くとは、本当にこの女には警戒心というものが無いのか。


「ほれほれ。招集がかかってんのやろ?こんな所で油売ってる場合ちゃうで」


 そう言ったルイシスの手が、さり気なくセリアに伸びる。しかし抱き寄せようと腕が肩に触れる直前、グイと目の前の少女は何者かによって遠ざけられてしまった。そちらに視線を向ければ、イアンがセリアの腕を掴んだまま、今にも殺さん勢いで睨んで来る。

 まったく、警備の固いことだ。などと苦笑を洩らしたルイシスは、そのまま背を押され戸惑いながらも廊下を進むセリアの後を追った。







 校長室の前に辿り着く頃には、セリアはすっかり疲弊していた。どうしたというのだろう、イアンもザウルも。何だかいつになく不機嫌だし、纏う空気が険悪なものになっている。

 けれど、何よりも気がかりなのは、先程からニヤニヤと心底楽しんでいる風のルイシスだ。彼がイアン達の苛立ちを更にけしかけているのは明らかである。しかし、その理由や原因が、自分には皆目見当が付かない。


 喧嘩でもしたのだろうか、などと考えていたセリアが校長室の扉を叩けば、途端に響く威圧的な声。その萎縮してしまいそうな程の圧迫感に、セリアは先程までの悩みなど吹き飛び身を引き締めた。



「失礼します……」


 ソロリと扉を潜り抜け足を踏み入れれば、ユフェトが真剣な顔でこちらを見据えている。自然と背筋が伸びてしまうような、それ程緊迫した空気の中、セリアは早くも帰りたい気持ちで一杯であった。


「遅くなってしまって申し訳ありません」

 校長室の中には既に他の候補生達が揃っていることから、きっと待たせてしまったのだと判断し、セリアはいそいそと彼等の横に並ぶ。



 全員が揃ったことで、ユフェトは話を始めるべくゆっくりと立ち上がった。


「さて、諸君。試験等があって慌ただしかっただろうが、そろそろ落ち着いて来た頃だと思う」

 相変わらず、威圧感を隠しもしない声。部屋の空気が一瞬で重くなった様にセリアは感じた。

「そこでだ、君達を全生徒の代表だと認識してのことだが……」


 ユフェトは己の執務机の上にあった資料らしき紙を数枚手に取った。


「校内の規律に関して君達には理解していてもらいたいことがある。前校長時代の校則違反の資料を見ていて感じたことだが、何の処分も無しに終わった件が目立つ。さらに、未報告であるものも多いように思われる」

 ドキリとセリアは心臓が跳ね上がった。身に覚えのありすぎる内容に、思わず視線を外してしまう。

 明らかに動揺した様子で俯いたセリアを不審に思ったのか、ユフェトは一瞬眉を寄せたがとくに突っ込むことはせずに続けた。


「これを機会に、学園内の風紀を君達にも見直してもらいたい」

「…………」

「マクシミリアン前校長は、生徒に自由な校風をと考えていたのはよく解る。けれど、今は私のやりかたに従ってもらいたい」


 

 生徒達の行動に意識を向け、何かあれば黙認せずに報告するように、とのお達しにセリアは増々重くなりつつある肩を落とした。






「セリア、大丈夫?」

 校長室から食堂へ移動した今でも、何処かボンヤリとしたままのセリアに、ルネがやんわりと声を掛ける。けれど当人は悩む様に頭を抱えた。


 なんとなく、身に覚えがある故にどうしても後ろめたいのだ。特に、夜間の無断外出など、今まで何度あったことか。


「そう悩む程のことでもねえだろう。一応、候補生の特権だと思えば」

「そ、そういうものなのかなぁ。でも……」

「だったら、これからは控えればいいだろ?」

「それも、ほら。いざという時はやむを得ないと言いましょうか」


 渋るセリアにイアンも思わず苦笑する。これを機にその無茶ぶりも節制してくれれば、とも考えたが、案の定それは望めそうにない。


 食事に碌に手も付けず、顔を青くしたり変な声で唸ったり。そんな奇怪な行動を繰り返すセリアの後ろに、静かに影が立った。その気配を感じ取ったセリアは驚きからバッと振り返る。


「なんや。さっきから頭抱えて」

「ル、ルイシス?」

「まるで恋に悩む女の顔しとるで」

「なっ!!また変な事言って!」

 訳の解らない台詞に唖然としたセリアは困惑しながらも、落ち着こうと一度カップを口に運ぶ。本当に、この男は毎度毎度、人をからかってそんなに楽しいのか。


 黙々と茶を啜っていれば、不意に顎に指をかけられ、くいっと上を向かされた。目前には、妖しい光を放つオッドアイが迫っており、異様に近い場所で彼の吐息を感じる。


「憂い顔もまた可愛いやないか。その心配が他のことに向いてる思うと、嫉妬してしまうのう。そんな風に俺の事も見てくれへんか?」

 甘い雰囲気のルイシスがそっとささやく。まるで耳から身体全体を浸食するかの様な艶のある声に、何人の女が餌食になったことか。


 目の前で唐突に繰り広げられたとんでもない状況に、ハッと我に返ったイアンがその空気を壊そうと立ち上がりかける。けれど彼が何か行動を起こす前に、セリアがバッとルイシスから顔を離すと俯き背を丸くした。


「ゲッ、ゲホッ!ゴホッ!!ゲッホ、ゲホッ!」

「なっ!」

 口を抑えながらテーブルに拳を叩き付けて苦しみを表すセリアに、候補生達も、勿論ルイシスも呆気に取られた。


「セリア、大丈夫?」

「いや、なんというか。背中、というより身体中に悪寒が走って…… なんか、寒気がする」


 ルネが優しく背中を摩ればセリアは口元を拭いながら、懸命に呼吸器官に入った紅茶をどうにかしようと努力した。

 いきなり顔を近づけたと思えば、一体何処からそんな台詞が出てくるのだ。あんな小恥ずかしい真似を、よく真顔で出来たものだ。というより、本気で寒い。


 粟立った腕を必死で擦るその姿に、流石のルイシスも渋い顔をした。

 自分の誘惑に頬を染めるどころかいきなり咳き込み、挙げ句の果てにはまるで奇異な物を見る様な目をこちらに向ける。終いには、寒気がする、だと?


 本当に具合が悪そうにヨロリと立ち上がり、「帰る」と一言残したセリアがそのまま食堂を後にすると、先程までセリアが座っていた椅子に、ルイシスはドカッと腰を下ろした。


「アカン。一応女ならどんなでもいける思うとったんやけどな」

 途端に横から殺気が漂う。それをまるで気にしないかのようにルイシスはニヤリと口角を吊り上げた。

「けど、それはそれで面白い。落とし甲斐がある」


 胡散臭い笑みを貼付けた男を、イアンも苛立ちを隠すこともなく睨みつける。目の前で繰り広げられた光景に、今でも腸が煮えくり返っているというのに。


「ふざけるのも大概にしろよ」

 ジロリと睨まれれば、ルイシスは大袈裟に仰け反ってみせた。しかし、そのオッドアイは妖しい光を失ってはいない。

「おう怖い怖い。ほな、俺は退散するとしましょうか」


 別にふざけていた訳ではないのだがな、などとブツブツ呟きながらルイシスがその場を後にすれば、誰かが発した溜め息がその場に響いた。









 部屋に着いたと同時に、セリアは倒れ込んだ。ボフッと音がして寝台が柔らかくその身体を受け止める。酷くだらしない格好だが、そんな事気にせずゴロゴロと寝台の上で身体の向きを変え天井を仰ぎ見た。


 なんだか、非常に疲れた。ルイシスの訳の解らない発言もそうだが、何よりユフェトの言葉が大きい。彼の要望を解り易く言ってしまえば、自分達が生徒達の行動を見張り、規律を乱す者があれば注意しろ、ということだ。

 けれど、そんな他人の行動に口を出せる程、自分も校則に従っているとは言えない。それを言ってしまえば、むしろ自分こそ校長等から処分を受けるべきなのでは。


 そんな自分に、何をどうしろというのだ。とセリアはハアッともう一度深く息を吐き出す。そうすれば、また疲労感がドッと押し寄せてきて、もういい寝てしまえ、とセリアは着替えるべく立ち上がった。



「あれっ?」


 とその時、偶然目にした窓の外に何やら動く影を見つけたセリアは、ジッとその物体に釘付けになる。視線の先では、コソコソと足を急がせる生徒らしき影の姿。チラリと時刻を確認すれば、もう既に深夜近く。生徒の出歩きは禁止されている時間帯だ。


 気になってその影を視線で追えば、その行き先は校舎。校外に出る訳ではない様子だが、それでも見つかれば不味い状況に他ならない。


 そこまで考えセリアはキュッと眉を寄せた。この場合、自分はどうすべきなのだろうか。つい先程校長にこういった件に関して注意しろと言われた手前、それを見逃すのもどうかと思う。けれど、先程も言った通り、自分はそんな偉そうな事言えた立場ではないし、校外に出ないのであればまあ構わないのではないだろうか。


 そんな風に、どうしたものか、と考え出したセリアだがそこでハッとした。そして脳内の記憶からある一つの事実を引き出す。そういえば、今夜の敷地内見回りの教師はハンスではなかっただろうか、と。

 不味い、と思ったと同時セリアは部屋から飛び出していた。


 やばい、やばい。と口内で呟くセリアは音を立てぬよう気を配りながら足を動かす。

 他の教師ならばともかく、今夜はよりにもよってハンスだ。人一倍規律に厳しい上に、融通が利かない。万が一見つかれば、先程の生徒の命が危うい。



 などと大袈裟に考えながらセリアは校舎へ急いだ。


 大丈夫かな?何だか必死だったみたいだし、やっぱり気になる。放っておく訳にもいかないけど、詮索するのもどうかと思うし。

 取り敢えず、今はこの状況をなんとかしなくちゃ。



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