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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第三章 目覚める鉱石〜
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始動 4

 医務室に放り込まれたと思えば、セリアをここへ連れて来た当人はさっさと去ってしまった。

 時間帯の為か、廊下を歩く生徒は疎らだがそれでも皆無ではない。八方から突き刺さる殺意の籠った視線に、ここまでよく自分は生きていたな、とセリアはしみじみ思う。



 ぼんやりとそんなことを考えながら適当に膝の傷を処置を済ませ、セリアは医務室を出る。するとまるで待ち構えていたかのように、扉のすぐ傍の青年が体を預けていた壁から背を離した。


「よぅ、お嬢ちゃん」

「……?」


 いきなり声を掛けられ、セリアはキョトンとした顔を作る。左右を確認してみるが、自分の他に生徒は居ない。間違いなく、自分に向けられた言葉のようだ。

 声のした方へ顔を移動させれば、セリアはそこに立っていた人物に目を見開いた。クリーム色の髪と、オッドアイ。特徴的な彼を見紛う筈もなく。

「さっきは悪かったな。俺等が始めたごたごたを後始末させる形にしてしもうて」

「い、いえ。私が勝手にしたことですから」

「おお。流石、女の子は優しいな」

 その明るい表情が人懐こそうな印象を与える。クルダス南方地方の独特なアクセントと方言も、それに拍車を掛けていた。


 そんな謝られる程のことではないのだが、とセリアが少し困ったような瞳を向ける。

 取り敢えず、彼の名前が知りたい。話はそれからだ、とセリアは軽く頭を下げた。

「セリア・ベアリットです」

「知っとるよ。俺はルイシス・カーチェ。まぁ、お仲間同士、仲ようしようや」

「……仲間?」

 その言葉に反応したセリアを見るルイシスの瞳が、さも面白いものを見つめるかのように細められた。


「そらそうやろ。お互い、望まれない異端児や」


 ニヤニヤと意地の悪そうなその笑みに、セリアは途端に眉を寄せた。

「おっ、気に障ったんか?怒った顔もまた可愛ええな」

「あまり、そういう言葉は好きじゃないです。それに、異端児って言い方は……」

「違う言うんか?」

 その全てを見透かしたかのようなオリープ色と、絶対の自信を滲ませるセピア色に、セリアもグッと言葉を失った。


 ーー異端児


 今まで意識しないようにしていても、突き詰めてしまえばそういう事だ。自分の存在は、歴史や伝統を重んじる者達から見れば、異質だろう。けれど、そんなことは百も承知で、それでも自分は望んでここに来たのだ。


「異端じゃなくて、変化……です」

 気付けばいつしかのレイダーの科白を口走っていた。以前は不審に思った言葉を自分が利用している事実に、少し複雑な気分になる。が、取り敢えず反撃開始だと前を見据えれば、さも可笑しいと言わんばかりに、その瞳がぎらついた。


「へぇ。流石、お国の為に尽くそうってモンは、言うことが違うな」

「あ、貴方だって、忠誠心があるから候補生を目指してるんでしょう!」

 おちょくった様な物言いにカチンと来てしまい、つい普段の口調に戻ってしまったが、セリアは気付いていない。

 瞳の色を鋭くしてルイシスを睨みつければ、相手の顔に一瞬影が射した。


「忠誠心ねえ。アンタ、ちと勘違いしてへんか?」

「はっ?」


 その途端、ゆらりとルイシスの影が揺れ、気付けばセリアは壁際に追いやられていた。急なことに驚き、焦りから後ろに視線をずらすが、その途端顔の横でダンっと腕が突かれる。ヒッと体を縮こまらせれば、ルイシスの顔が異様に近い所にあった。


「忠誠心と、野心を一緒にしたらあかんで」

「な、何を……」

「己の手で国を築きたい、理想を叶えたい。自分の力で国を導きたい。それは忠誠心とはちゃう、野心や」

 ジッと自分を見詰めるその瞳は、まるで獲物を視界に捉えた捕食者の目だ。セリアはタラリと背中に冷たい汗が流れるのをしっかりと感じた。


「忠誠心は何も自分でせんと、上の言葉をただ聞いて、人に使われとるだけの奴らに任せておけばええ」

「そ、そんな言い方ないでしょう。それに、貴方はそうでも、私は国に忠義を誓ってるわ」

「甘いな、お嬢ちゃんは」

 ゴクリと喉を鳴らして見返してやれば、ルイシスは空いている手の指をセリアの胸の上に軽く乗せた。


「ここに野心が見えるで。忠義だの何だの、言葉を綺麗に見せようとしても。ギラギラと獣が獲物追う時のような欲が」

「…………」

「アンタは獅子や。一見猫と見間違えそうになるけど、よう見ればちゃんと牙を持っとる。自分で何かせんと、気が済まない性質やろ?そういうのを野心言うんやで」

「……な、何が言いたいの?」

 口元を引き結んで睨み返すが、ルイシスはニッと歯が見える程の笑みを作った。

「そう怖い顔しなさんな。強いて言えば、アンタに興味がある、そう言いに来ただけや。じゃあ、またな。お嬢ちゃん」

 スッと機敏な動きで身を離すと、ルイシスはそのままヒラリと手を振って行ってしまった。まるで軽く挨拶をしただけの様なその背を見送りながら、セリアは呆然とする。


 何だったのだろう、あの男は……




 僅か数分で強烈な印象を残した男は、けれどまるで何事もなかったかの様に夕食の席に着いていた。その姿にセリアは更に微妙な表情を作る。遠目に見えるあの男が何をしたかったのか、幾ら考えてもまるで解らない。

 

「それにしても、明日も試験だろ。毎日毎日、勘弁して欲しいぜ」

「学科が幾つかと馬術でしょ。別に問題ないんじゃない?」

「だからって、このずっと気を張ったような雰囲気は、居心地が良いもんじゃないだろ」


 横で飛び交う言葉にハッとすれば、イアンが夕食を突きながらブツブツと文句を並べている。


 そうだ。取り敢えず、自分は自分の事に集中せねば。ルイシスの言葉を気にする前に、自分は候補生の地位が危ういのであった。


 周りの反対を覚悟で、それでも候補生にと選んでくれたのはマクシミリアン校長だ。もしここで自分が試験に落ちでもすれば、彼が戻って来た時に申し訳がたたないではないか。


 そうだそうだ、と一人納得し、俄然やる気を奮い立たせるセリアに、ねっとりとした悪意が狙いを定めているのに、まだ本人は気付いていない。









「……はぁ」


 一人溜め息を吐きながら、セリアはせっせと朝の身支度を整える。

 今日は試験の最終日だ。候補生か否かを決めるのに、最も重要と言える日かもしれない。試験が終わることにホッとするが、その結果も同時に出ると思うと、自然と息が漏れる。


 一体、いつのまにこんなに欲張りになっていたのだろうか。とセリアはぼんやりと考える。

 始めは考えもしなかったマリオス候補生。ただ外から眺めるだけの積もりだったのに、そして少し彼等の力になれれば、と望んでいただけの筈だったのに。彼等の輪の中に入って、そこが居心地の良い場所だと知ってしまった。それだけが理由ではないが、出来ればまだそれを手放したくない、と思ってしまう。


 とにかく、自分も早く校舎へ向かわねば。考えに耽っていたセリアは扉に足を向けた。試験に遅れてしまっては、元も子もない。




 やる気を奮い立たせながらセリアが歩いていると、その背後に唐突に影が差した。


「……あの、すみません」


 自分を呼び止めるような声に振り返れば、そこにはニコニコと笑顔を浮かべた一人の男子生徒。


「あ、貴方は……」

 剣技の試験の際、自分を場違いと言った人物に呼び止められ、セリアは警戒心を強めた。その気配を感じ取ったのか、男子生徒は少し頭を下げる。


「この間はすみませんでした。自分の発言が間違っていたと、反省しています」

「はっ?あ、あの……」


 そう言って、男子生徒は急に謝りだしたのだ。突然の彼の態度にセリアは当惑してしまう。自分としては、彼にそんな謝罪を求めていた訳ではないのだが。


「そ、そんな、あの……私もすみませんでした。あの時は、少しやり過ぎたと……」

「いえ。自分が悪かったんです」

 そう言って頭を下げる彼に、セリアも思わず肩の力が抜ける。彼の唐突な変化に微動も疑いを抱かないセリアは、なんだ、良い人ではないか。などと呑気にも考えていた。


「それで、実は貴方にお詫びしたくて……」

「え?そ、そんな。いいですよ、そこまでして戴かなくても」

「そう言わないで。是非、見て貰いたいものがあるので、こっちへ」

 そのまま校舎とは別の方向に歩き出す彼に、セリアは思い切り戸惑う。

 そんな、侘びなんて滅相もない。彼がそこまでする必要は無い。それに、試験はもうすぐ行われるというのに、彼は何処へ行く積もりだろう。

 一瞬足を止めるものの、どんどんと前へ進んで行ってしまう彼を放っておく訳にもいかず。まあまだ時間はあるから平気か、とセリアは歩みを再会させてしまった。





「こっちです」

 彼は何をする気なのだろう、とぼんやりと考えていたセリアは、その声でハッと前を見た。そこは、今は物置として使われている納屋だ。学園の敷地内には、幾つかこうした納屋が置かれているのだが。

「ここ、ですか?」

 少し戸惑った様に問えば、男子生徒は首を縦に振る。

 ここに一体何があると言うのだろう。疑問に思い中を覗き込むが、特にこれといって変わった部分は無い。


 セリアがそのまま一歩足を踏み入れた途端、背中にドンと衝撃を感じた。思わぬ出来事にバランスを崩し中へ倒れ込めば、後ろで無情に扉がギシリと音をたてる。バッと振り向けば、してやったりと言ったような顔を見せた、先程の男子生徒。


「なっ!」

 咄嗟に手を伸ばすが、扉が閉じるまでに間に合わなかった。目の前の壁が、まるで現実を突き付けるように光を遮断する。


「どうだ!思い知ったか」

 扉の向こうで男子生徒の怒鳴る声がする。しまった、とセリアが後悔すると同時に彼は高らかに笑い声を上げた。

「お前なんかを候補生にさせるものか!よくも人前で僕に恥をかかせてくれたな!!」


 怒りの交じった声が聞こえるが、そんなことを言われても喧嘩を売ったのはあちらだ、とセリアは内心で反論する。けれど口には出さない。言った所で、彼に聞こえはしないだろうから。


「試験が終わるまでそこにいるんだな」

 その言葉を最後に遠ざかって行く足音が、非情にも耳に届いた。咄嗟に呼び止めるが、彼がセリアの声に答える筈もなく。すぐに足音は聞こえなくなってしまった。



 取り敢えず扉を押してみるが、思った通り、ビクともしない。セリアは悔しさから奥歯を噛み締めると、腹の底から情けなさが沸いてきた。


 やってしまった。あんな芝居に引っ掛かるとは、不甲斐ない。


 一瞬落ち込むが、けれどすぐに顔を上げる。何もしない訳にはいかない。このままでは試験が始まってしまう。その前に、ここから何としてでも抜け出さなければ。



 よしっ、と立ち直ったセリアは覚悟を決め、一歩後ろに下がる。そのまま地面を蹴ると、勢いのまま扉に体を叩き付けた。鈍い痛みが肩に通じると同時に、ダンと響く固い音。けれど、扉が開く気配はない。

 もう一度、とセリアは何度も同じことを繰り返すが、納屋の扉はしっかりと閉ざされたまま。


 このままでは、本当に試験を受けられなくなってしまう。そんな訳にいくか、と一心に扉に何度も体当たりを決める。そうしていると、ふいに外から声がした。

「おおい。そこにおるんはお嬢ちゃんかいな?」

「こ、この声…… ルイシス?」


 姿は確認出来なくとも、その声と方言で十分判断出来る。試験の為もう生徒は誰一人残っていないだろうと思っていたセリアは、突然のことに目を見開いた。


「アンタ、ホンマに阿呆やな。あんな芝居にコロッと騙されおって」

「なっ!み、見てたの?」

「ああ。始めから最後までバッチリな」

 ということは、先程から自分がここを出ようと必死で扉にぶつかっていたのも知っていたということか。というより、最初から見ていたなら止めてくれても良かったのでは。


「それで、どないする?俺も試験があるさかい、さっさと行かなならん」

「えっ?」

「しかも、ご丁寧に錠までされてるこの扉開けるんは、幾ら俺でも疲れるし。大事な試験の前に、余計な事で体力消耗したくはないんやけど」


 こ、こいつは…… もしかしなくとも、そのまま去る気か。とセリアは思い切り顔を顰めた。確かにこれは自分の不注意なのだし、彼には助ける義理もない。けれど、そもそも彼が始めに止めていてくれたらこんな事にはならなかったのでは。


「そんで、どないするんや?」

「な、何が?」

「俺がこのまま行っちまったとして、アンタはどないするんや。まあ俺も暇やし、試験の後にもう一度来てやってもええよ。それまで待っとった方がええんとちゃう?アンタが幾ら頑張った所で、この扉ぶち壊すのは無理やろ」

「ま………」


「待つわけないでしょ!!」

 セリアは力の限り叫んだ。

「私にとっても大事な試験だもの!もしかしたら、まだマリオス候補生でいられるかもしれない。その機会を与えられたのに、試験が受けられませんでした、で納得出来る訳ない!絶対にこの扉を開けて、試験を受けに行くわよ!」


 叫んだ言葉に反応はすぐには返ってこなかった。まさか、もう彼は行ってしまったのか!?とセリアが悔しげに唇を噛むと、再び扉の向こうから声が響く。


「……おうおう怖い声やな。獲物を追う獅子の雄叫びそのものやないか」

「なっ……」


 また訳の分からないことをこの男は。とセリアが文句を言おうとした瞬間、ガチャンと金属が弾けるような音がした。えっ、と驚いて顔を上げると目の前の扉がいとも容易く開いて行く。

 急な事態にセリアが呆気に取られていると、まるで英雄さながらに背後から光を浴びたルイシスが、したり顔で現れた。


「やっぱり、アンタ面白いな」

「なっ!?ど、どうやって……」

「ああ、これのことか?」

 そう言ったルイシスが手を挙げると、壊れた錠前を指の間に挟んでブラブラと揺らしている。

「こんなもん、蹴りの一つで簡単に壊せるやろ」

「け、蹴りって……」

 確かにそんなに重厚な物ではないが、だからといって道具も使わずに壊すなんて無理なのではないだろうか。というより、さっきは疲れるとか言っていなかったか。


「まあ、困っとる女見捨てるんは男のすることちゃうしな。貸し一つってことにしといたる」

「あ、ありがとう……」

「ほな、行こか?」

 

 そうだ。今は一刻も早く校舎へ行かなくては。もしかしたら、もう間に合わないかもしれないではないか。

 走り出そうとセリアは足を踏み出したがその瞬間、突然視界が反転し腹部に圧迫感を感じた。えっ!と声を上げるが世界は反転したまま。気付けば、まるで荷物のようにルイシスの肩に担がれているのだ。


「舌噛むなよ」

「ル、ルイシス。待っ……」


 制止の言葉を言い切る前に、ガクンと衝撃を感じ、バランスを保つためセリアは咄嗟に目の前にあるルイシスの服を掴んだ。


 な、何をしているのだ、この男は。幾ら彼が男だと言っても、人を抱えたままそんなに速く走れる訳がない。だったら、自分の足で走った方が絶対に良いに決まっている。

 そう反論する前に、セリアは唖然と自分の横を過ぎ去って行く景色を眺めていた。


  は、はやい………


 それはもう、異常な程の速さなのだ。セリアが驚いている間にも、ルイシスはそれは軽やかに地を蹴っている。まるで、肩に人間を乗せているなんて感じさせない程。


「代々軍人の家系を、舐めん方がええで」

「なっ、わっ!!」

 腹部から伝わる衝撃に、驚きの声を上げる事さえ叶わない。そして、降ろしてくれ!とセリアが内心で叫んだ願いは、ルイシスが口端を吊り上げながら教室の扉を開けるまで、聞き届けられなかった。


やっぱり、訳が解らない。借りを返すのはいいけれど、本当にこんなことでいいの?というより、なんでこんなことになってるんだろう。相変わらず、変なことばかり言うし。


でも、助けてもらったんだし、そんなに悪い人じゃ…… ないんだよね?



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