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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第三章 目覚める鉱石〜
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始動 2

 長い休暇を終え、セリアは再びフロース学園へと戻って来た。久しぶりにその門を潜れば、帰ったという実感が湧く。そして、同時に寂しくも思えた。自分は来年には、この学園を卒業しなければならないのだから。

 まだまだここで学びたいことは多いが、それは叶わない。この学園で過ごす最後の一年に、セリアは多少複雑な思いを覚えていた。



 しかし、そんな感傷に浸ってばかりもいられない。取り敢えず、荷物を置きに寮へ行かねば。始業の儀に間に合わなくなってしまう。

 脇の荷物を抱え直し、セリアは小走りで生徒達の間を抜けていった。







 学園が誇る大講堂。生徒達は皆、始業の儀の為にここに集まっていた。

 部屋を片付けて来たセリアも、空いている席は無いかと視線を彷徨わせる。すると、突然黄色い声が聞こえたので、慌てて振り返った。


「見て、候補生の方々よ!」

「相変わらず素敵ね」


 彼女達の視線を追えば、講堂の扉を開けて堂々と入って来る、学園が誇るマリオス候補生達。その周りは、まるで後光が差しているかの様に輝いている。


 けれどセリアは彼等に乙女心の詰まった熱い視線を向けるなどする筈もなく、むしろあることに気付き眉を寄せた。

 ランとカールの纏う雰囲気が、見るのも躊躇してしまう程険悪なのだ。つまり、今の今まで二人で大いに言い争いを繰り返していたということ。周りで苦笑しているイアン達から察するに、彼等に説得されて漸く口を閉じる気になったのだろう。


 まったく。彼等は久しぶりに会ったにも関わらず、こうなのか。いや、久しぶりだからこそか。


 困惑しながら彼等を目で追っていると、向こうもこちらに気付いたようだ。そのまま手招かれ、素直にそれに従う。


「セリア殿。お久しぶりです」

「本当だね。休暇中に何度か会って、それきりだったし」

 温かく自分を迎えてくれる彼等が、とても有り難いと改めて思う。休暇中、彼等に会えない間はやはり物足りなさがあった。

 卒業した後は、きっと会う機会も殆ど無くなるのだと思うと、今から寂しさを覚えてしまう。


 そんな風にセリア達が再会の喜びを分かち合っていると、シンと周りのざわめきが止んだ。どうやら、始業の儀が始まるらしい。暗くなる照明に紛れ、生徒達は急いで適当な席に腰を下ろす。



 静まり返った講堂の前に、教師達がゾロゾロと並び始めた。その中には当然、クルーセルやハンスの姿もある。

 けれど、セリアはそこで僅かな違和感を覚えた。ハンスはともかく、いつも上機嫌で笑みを絶やさないクルーセルまでもが、何処か真剣な顔付きなのだ。始業の儀という真面目な舞台だからだろうか。しかし彼の場合、そんなことは気にしないように思えたが。


 ピンと張った緊張感の中、教師達の後ろから前へ出る一つの影があった。

「……えっ?」

 始業の儀は校長の言葉から始まる。当然彼が出て来るのだろうと思っていたが、その場に立ったのは全く見覚えのない男性。


「誉れ高き、フロース学園生徒諸君。私は、新しくこの学園の校長に任命された、ユフェト・デュオティ。こうして君達に会えたことを、嬉しく思う」

「……っ!?」


 空気を揺らす様なユフェトの低い声に、講堂の中は途端にざわつき始める。セリアも混乱で思考が一瞬停止するが、そんな生徒達に事態を整理する暇など与えず、ユフェトは続けた。


「この学園が、歴代のマリオス達を始めとする、目覚ましい活躍を果たした人材を多く輩出してきたことは、とても喜ばしいことだ。栄光の歴史に影を落とすことないよう、私は全力を尽くす積もりである。その為にも、私は一つの決意を持ってこの学園に来た」

「……決意?」

「より高き志を持ち、この学園に改革を齎す。そして、更に国を支える人材を育てる努力を、皆にも求めたい」


 堂々と語る新校長の姿は、さながら英雄のようにも見える。その姿勢が多くの生徒達の心を捉えたのか、急な彼の登場に戸惑う一握りの生徒を他所に、講堂の中からは拍手が沸き起こった。


 そんな中、セリアは手を叩くでもなく、その意識は別の所に飛んでいた。


 いきなり校長が代わるだなんて。そんな話しは全く聞いていない。マクシミリアン校長はどうしたのだろう。休暇に入る直前も、彼は笑顔で自分達を送り出してくれた。そして、帰っておいでとも言っていたのだ。その彼が、何も告げずに突然消えるなんて。一体、彼の身に何が起こったというのだろうか。


 呆然とするセリアが新校長に視線を向けると、講堂の前に立つユフェトの瞳が、一瞬だけ自分を捉えた気がした。








「……一体何が」

 温室に集まった候補生達は皆重い空気を纏い、難しい顔をしていた。息苦しい雰囲気だが、それを改善出来るような明るい話題も無く。時折漏れる疑問には、常に沈黙が応えていた。


「どういうことでしょうか。何も言われずに姿を消されるなど」

 結局、校長の件は何の説明もされずに、始業の儀は終わった。けれどそれは、候補生達の不安を煽るだけに終わる。マクシミリアンが校長の職を降りなければならない程の事態とは、一体何だったのか。

「とはいえ、不始末があってのこととは考え難い。校長先生は、多くの貴族や学園の卒業生達にも顔が利く。多少のことで、彼が脅かされる様なことはないだろう」

「では、もしや御身に何か……?」

「かもしれない」


 推測の域を出ないが、それはまた懸念を呼ぶ。もしかしたら、本当に何か事件にでも巻き込まれたのではないだろうか。


「ああ。やっぱりここに居たのね」

 重くなった空気を破る勢いで響いた、久しぶりに聞く声。視線を向ければ、温室の入り口で微笑むクルーセルの姿が映った。

「皆が心配してるだろうと思って来てみたんだけど……」


 突然の登場に驚くが、彼は事態を把握していそうな人物だ。好都合だとばかりに、セリアは透かさず問いかけた。

「先生は、校長先生のことで何かご存知なんですか?」

「ええ。私もそれを話そうと思ってここに来たのよ」

 クルーセルは手を頬に添え、困ったような顔を作る。

「これは秘密にしておいて欲しいんだけど。出来る?」

 それはどういう意味だろう、とセリアは戸惑うが、その答えを出す前にクルーセルは言葉を紡いだ。


「マクシミリアン前校長はね、事故に遭われて、今重体なの」

「ええっ!!」

「だから急遽、ユフェト校長が呼ばれたのよ」

「そんな、事故なんて。どうして!」

 重体だなんて、それは一大事ではないか。まさか事故に遭っていたなんて、全く知らなかった。


「校長先生は、今何処にいらっしゃるんですか?」

 聞いたセリアの瞳を見返すと、クルーセルは申し訳無さそうに眉を下げた。

「ごめんね。それは言えないの」

「ど、どうしてですか?」

「あまり生徒に心配を掛けたくないからね。だから、事故の事も、勿論その場所も内緒なのよ」

「そんな……」


 場所を知らなければ見舞いの行きようもないし、容態も解らない。けれど、重体と言うからには、命に関わる大怪我を負っているのではないか。医者でもない自分に出来ることは限られるが、せめて彼の居場所くらいは知っておきたい。


「セリアちゃん、そんな悲しい顔しないで。きっと大丈夫だから、ね?」

「でも……」

「とりあえず、貴方達には話しておこうと思ってね」



「本当に、理由はそれだけですか?」


 セリアを宥めるクルーセルに、カールが透かさず声を投げた。その言葉にゆっくりと振り返ったクルーセルは、冷たい紫の瞳を真っ直ぐに受け止める。

「どういう事かしら、カール君。私が嘘を言ってると思うの?」

「いえ…… ですが、居場所を伏せる理由が、本当にそれだけかと思ったので」

「ウフフ。流石ね。勘が良いことは、素晴らしいことだわ」

「………」

「でも、今回はハズレ。本当にそれだけよ。じゃあ、くれぐれも、この事は内密にね」


 用は終わったと言わんばりに、脇目も振らずさっさと温室を出て行ってしまったクルーセルの背を、セリアは目でジッと追う。確かにカールの言葉通り、本当に理由はそれだけなのだろうか。

 なんだか、とても嫌な予感がするのだ。彼の来訪と突然の告白は、まるで下手に嗅ぎ回るなと釘を刺した様にも取れるのだから。



 頭の中でクルーセルの言葉の真意を計ろうとするも、それを成功させる前にルネが温室に焦ったように戻って来た。そのまま息も整わぬうちに告げられた内容に、クルーセルの言葉も遠くに吹き飛ぶ。


「大変だよ!」

「ルネ、どうしたの?」

「皆…… 特にセリア、落ち着いて聞いて。新しい校長先生が言ってた改革と、決意。その意味が解ったよ」

「どういうこと?」

「今学園中で噂になってるんだ。教師達にはもう通達してあるらしいから、間違いないらしいけど」



 現在のマリオス候補生クラスを解散し、新しい候補生を選び直す……







 温室へルネが持ち帰った情報は本物らしく、既にその噂は全生徒に知れ渡っていた。


「ユフェト校長。今回の事、いささか急過ぎるのではないでしょうか?」

 眉を寄せながら眼鏡の位置を直したハンスを、ユフェトはゆっくりと振り返る。

「ハンス君。君は前校長の信頼も厚く、仕事も優秀だと、評判を聞いているよ。君ならば、きっと理解してくれると思ったのだが」

「確かに、貴方の改革案には大いに賛成です。ですが、一年の中で最も忙しいと言えるこの時期に、生徒達の混乱を招くような形で行うというのは、どうかと……」


 本来ならマリオス候補生クラス担任であるクルーセルがこの場に居るべきなのだが、どういう訳か彼の姿が見当たらない為、仕方なくハンスがユフェトと談判していた。


「否定はしない。が、誇り高きこの学園の生徒なら、きっと立派な対応を見せてくれると、私は信じているよ」

「……仰る通りです。今回の事、反対する声もあるでしょうが」

「それも、覚悟の上だよ」


 そう言った校長は、己の執務机の上に乗った書類を指でそっと撫でた。そこには、今回の事に関する計画が事細かに記載されている。



 この国のマリオスとなる資格を得る為には、それなりの条件を満たしていなければならない。その中の一つとして認識されているのが、優れた家柄の出であること。しかし、これが多くの者にとって障壁となっているのは明らかだ。いくら優秀な人材が揃っていようとも、それが身分の高い者となれば、数は限られて来る。


 しかしそれは、国王陛下やマリオス達の目に留まる可能性が高いのが、家柄の優秀な者であったというだけのこと。そうしていつしか、マリオスの資格として認識されるものの中に、名高い貴族の家の出であることが含まれてしまったのだ。

 いわば長い歴史の中で生まれた、偏見とも言える。

 だからといって、マリオスとして選ばれた者全てが、必ずしも貴族の出であった訳ではない。



「……にも関わらず、この学園のマリオス候補生となる者は、まず身分で判断されてきた。それは、好ましい事態ではない」

「だからこそ、家柄に関係無く、能力のみで新たな候補生達を選び直す、と」

「この学園のマリオス候補生ともなれば、国王陛下やマリオス達も注目する。そうなれば、血筋や階級に縛られる事無く、平等にその座を競えるだろう」

「ユフェト校長のお考えには、深く感服いたします。けれど、今回の試験を行うにあたって、気になる点が一つ」

「…………彼女か」








 家柄に関係無く、新たな候補生達を試験で選びなおす。それも、平等な試験で。それ事態は素晴らしい考えだと思う。特権階級にだけ、優秀な人材が揃う訳ではないのだから。

 もし、ユフェト校長の言う改革が成功し、能力のある全ての生徒が候補生となれたなら、これほど国にとって心強いことはないだろう。


 がしかし、今回は“身分や家柄に関係無く”とあった。決して“性別”とは言われていない。それはつまり、


「大丈夫だよ。セリアは十分実力を証明してきたんだから。きっと、ユフェト校長も解ってくれると思うよ」


 一人考え込むセリアに、ルネが優しく声を掛ける。それに僅かに反応を見せるも、セリアは未だぼんやりと己の考えに浸っていた。


 最悪の場合、自分は候補生の地位を永遠に失うだろう。試験を受けるのは、やはり全ての男生徒のみと聞いた。

 そうなると、当然自分には機会が無い。けれどその変わり、もっと多くの者が候補生になる資格を得る。そう考えれば、反対する気持ちにはなれない。むしろ、手を叩いてこの改革を応援したいくらいだ。


「たとえ無理でも、皆を影から応援することは出来るし」

「そんなこと言わないで、セリアも候補生になれる方法を考えよう」

「……それは、そうなんだけど」


 候補生の地位が惜しくないと言えば、嘘になるだろう。学園に入学した頃は、考えもしなかったことだが、こうしてマリオスへの道を許されたのだ。国に尽くすことを望んでいた自分にとって、国を支えて来た中枢に少しでも近づけるのでは、と。

 

 ーー何時の間にか、随分と自分も欲張りになっていたらしい。




「セリア君」

「へっ!ハンス先生?」


 静かな温室に響いた一つの声。クルーセルならともかく、彼が一体この温室に何用だろう、とセリアも目を見開いて相手を凝視する。


「ユフェト校長がお呼びです。今直ぐ校長室へ向かって下さい」

「はい……」


 こんなに早く来てしまったか。とセリアはまるで死刑宣告を受けた囚人の様な気分で立ち上がった。その背を、候補生達の不安そうな視線が追う。

「じゃ、じゃあ。行ってきます……」

 何とも間の抜けた声で言ったセリアに、その頼りなさが窺える。その所為で、候補生達の懸念が最高潮 に膨らんだのは、言うまでもない。




 今回の事、まだまだ問題はあるみたいだね。とりあえず、セリアの件も気になるけど。急な変化に対応するには、時間が必要なのは解るし。


 でも、今は僕達が出来る事をするしかない、よね。



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