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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第二章 磨かれる原石〜
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邂逅 5

 何かを渡されなかったかと聞かれ、セリアは驚いた。


 候補生達はペンダントのことまでは報告していない筈だ。ただ、報告書の隠し場所を記す物を渡されたとだけ。それが解ったのは、実際に資料を発見してからだと。わざわざ言う必要は無かったし、重要なことでもないだろうと思っていたのだが。

 けれど今の聞き方は、まるで報告書に関係の無い物のことを言っているかのようだった。


 真剣な瞳で自分を見据えるジークフリードに、セリアはそっと自分の首に掛けてある物を外す。自分をここへ誘った大きな要因の一つだ。特に理由は無いが、折角手元に戻って来たのだからと思い着けて来たが、まさかこんな所で役に立つとは。


 大きな百合の彫られたそれを受け取ったジークフリードは、訳が分からんと言いたげに口を閉じてしまった。

「それをただの首飾りにするか、そうしないのか。そう言って渡されました」

「……どういう意味だ?」

 ジークフリードの問いにセリアは答えようがなく、ただ眉を寄せる。ペトロフの真意など、こっちが聞きたいくらいだ。


 ジークフリードもそれを理解したのだろう、再びそのペンダントに視線を落とした。

「随分、傷が目立つな」

 ボロボロになってしまった側面を指で辿りながら呟かれた言葉に、セリアが反射的に口を開く。

「あ、それは……元々付いていたんですが、私が更に酷くしてしまって」

「……そうか」


 特にそこから何かが解った訳ではないらしく、ジークフリードは静かにペンダントを返す。落胆の色が僅かに覗く瞳に、どうもいたたまれなくなり、咄嗟に喉から言葉が飛び出していた。


「あ、あの……実はこれ二つあったんです。もう一つは直接渡された訳ではなかったんですけど。そ、それと、私はこれに、きっと何かもっと意味があると思って、その……」


 急に力説を始めたセリアだが、その内に自分でも何を言っているのか解らなくなり、勢いが落ちる。その様子が可笑しかったのか、単に呆れただけか。フッと前で息が吐き出された音に、セリアもビクリと肩を揺らした。恐る恐る視線を上げて様子を窺うが、特に不快にさせた訳ではないらしく、その瞳は穏やかなままだった。


「今宵は、話せて良かった。わざわざすまなかったな」

「い、いえ。こちらこそ」

 頭を下げるセリアに、ジークフリードは会場まで送る、と立ち上がった。

 

 来る時と同じ様に、静かな廊下を青の背中の後に続いて歩く。


 本当に、彼とペトロフは親友だったのか。それに、ペトロフはマリオスとなるべき男だと言っていた。ならば、彼も国に忠義を誓った者であった筈だ。だとすれば、彼の不可解な言葉には、もっと別の意味があったのかもしれない。それを、自分が正しく読み取らなかったのだ。


 何処か悔しい思いを覚えていると、会場の扉が視界に映った。その向こうからは、賑やかな声と楽しげな旋律が溢れ出て来る。

 つい自分の考えに浸っていたことを自覚すると、セリアは咄嗟に口を開いた。



「あ、あの!」

 急な呼びかけに、ジークフリードはゆっくりと振り返る。

 もう少しで目的地ということに焦り、セリアは最後のチャンスだとばかりに胸の内に走った思いのまま、手に握っていたそれを差し出した。

「こ、これは、その……ペトロフ氏がジークフリード様の親友だったというなら、きっと、えっと、ジークフリード様が持っていらした方が……」


 ペトロフの事を語ったジークフリードの瞳には、懐かしむような感情が溢れていた。恐らく、親友だというのは嘘ではない。むしろ、本当に信頼し合っていた仲だったのではないか。だとしたら、彼の最後の遺品ともいえるこれは、ジークフリードが持っているべきだ。


 視線を泳がせながら手を懸命に伸ばすその姿に、ジークフリードは一瞬目を瞬かせる。己のものと比べ遥かに小さい手に乗せられたそれを、受け取ろうかという考えが過るが、結局首を横に振った。

「いや。これは、君が託された物だ。出来れば、持っていて欲しい」

「は、はい……すみませんでした」

 余計なことだったか、と表情に不安の色を浮かべるセリアは、促されるままホールに再び足を踏み入れる。


「セリア・ベアリット殿……」

「は、はい!」


 途端に背中に掛けられた声に、セリアも慌てて振り返る。そうすれば、こちらを見据える蜂蜜色の瞳がスッと細められた。


「もしまた何か解れば、是非連絡してくれ」

「あ、はい!ありがとうございます」


 まだ幼さの残るその姿は、とても頼りがいがあるとは言えない。この少女に、本当に自分の親友は変化とやらを託したのだろうか。そして、彼女に何を求めるというのか。

 非凡であることは認める。もしかしたら、本当に自分達と同じ地位にまで昇って来るかもしれない。けれど、だから何だと言うのだ。レイダーは死を覚悟してまで、何を伝えようとしたのか。


「……お前のやりたいことは、相変わらず解らん」

 ボソリとこの世に居ない親友に悪態を付けば、ホール内の客の声に混じり、懐かしい笑いが聞こえた様な気がした。







 「おかえり。どうかしたの?」

 真剣な面持ちでホールに戻ったセリアは、一層輝く一角を見付けると、迷い無くそこへ足を向けた。人を掻き分けてそこへ辿り着けば、案の定光りの正体である友人達。


 温かく迎えてくれた彼等に、セリアは取り敢えずホッとする。

 僅か数分前まで、自分が憧れて止まないマリオス様達に実際会って話していたなんて、今でも信じられない。今更ながら気後れしてしまい、ふわふわと雲の上でも歩いているかの様な感覚だ。


 よろよろと頼りなげに歩く姿にカールが呆れたように鼻を鳴らした。


「随分と情けない顔だな。そんな姿を曝してまで、ここへ来るだけの価値があったのか?」

 挑発的に放たれた言葉に、セリアはピクリを反応する。声のした方を強く見据えれば、相も変わらず冷たい紫色の瞳。



 今夜、自分は二つを得た。

 一つは、ヴィタリーの事。あの瞳から感じた蛇の様な悪意と嫌悪。だからどうしたということは無いのかもしれない。けれど、彼に対する自分の印象も、はっきりと定まった。もしこの先何が起こっても、彼が相手となった時、自分は躊躇しないだろう。

 もう一つは、ペトロフの事。全くの予想外であったが、これで確信を持てた。やはり、彼はまだ何かを知っていたのだ。それを、素直に教えてくれることはしなかったが。けれど、確かに何かを伝えようとしていた。それだけの何かがあったのだ。



 すぅ、と息を吸い込めば自然と伸びる背筋。胸に溜まる感情のままにカールを見返してやれば、周りの空気が一瞬揺らぐ。


「私は、十分意義があったと思ってるよ」




 ゾクリ、と背筋を何かが這い上がった。

 目の前で自分を射抜く瞳は、普段の穏やかで地味な少女のものではない。凛とした佇まいに、不覚にもその存在を大きいと感じてしまった。


 ーーこれだ


 この少女が時折見せるこの表情。臆するものなど無いかの如く、光を秘めたその瞳はただ前のみを見据える。ほんの数秒前まで幼く無防備な娘だと思えば、今見せるのは触れるのすら躊躇わせる程の気高さ。


 まるで変わり易い天気のように、表情や色を変え、行く先も行動も読めない。穏やかな春の香りを漂わせたと思えば、雷雲を呼ぶ風にもなる。

 御してみたいと思ってしまう。この手でその存在を支配してみたいと。


 一瞬過った考えは、次の瞬間には幻のように霧散する。何を馬鹿な、と自嘲する様に頬を緩めれば、目の前の少女は自分に向けられたものと勘違いしたらしい。明らかに不機嫌の色を表した。


「……なに?」

「いや。ただ、凝りもせず愚行に走りそうな顔に、呆れただけだ」

「な、なんですって!」

「反論があるなら聞いてやるが。先程のヴィタリー殿下に対する態度をどう説明する積もりだ?」


 嫌味ったらしく先程の事を持ち出したカールに、セリアもうっと言葉に詰まる。それを言われては流石に強く言い返せない。やはり、あれは不味かっただろうか。



「まあまあ。セリアも、もう気は済んだでしょ?だったら、折角なんだし楽しもうよ」


 嘲笑う猫を鼠が睨んでいるかのような構図の二人に、明るい声が割って入る。その声にセリアが反応しルネに視線を移せば、優しく頭を撫でられた。

 なんだか子供扱いされた様な気がして、ますます納得がいかない。ムッと顔を上げれば、そこにあった天使の微笑みにすっかり毒気を抜かれてしまったが。







 候補生達が夜会を楽しんでいるホールから大分離れた部屋。そこで怒りに震える一人の男を、もう一人が少し距離を置いた場所から眺めていた。


「あの小娘!この私に向かって……だから、さっさと始末すれば良いものを」


 酔ってはいない筈だが、ここが何処かを忘れているらしく、物騒な言葉を吐き捨てる。以前から、頭に血が上ると他の全てを忘れる男だ。早々に、人気の無いこの場所に連れて来て良かったと、自分の判断を褒めてやりたい。


「ヨークめ。半端な仕事をしおって」

 その半端な仕事をした男を自分が匿っていることが気に召さないらしく、男は矛先を次にはこちらに向けてきた。


「使えない男を貴様が庇おうと勝手だが、このツケは払ってもらうぞ」

 相応の利用価値があるからこそ自分が彼を擁護しているのが、どうして解らないのか。

 呆れた表情を見られまいと僅かに顔を反らすが、男の怒りが納まる訳ではなかった。

「ええい、忌々しい!玉座の犬共までが、あの小娘を……」


 この男の愚かさは承知しているが、あまり好き勝手されるとこちらにまで飛び火する。それは、是非とも避けたい事態だ。

 やむを得まいと判断すると、男は怒れるもう一人に向かって何事かを囁いた。それにピクリと反応を示したようで、漸く落ち着きを取り戻したのか、男は怒りに震えていた拳を下ろす。

「フン!まあいい。だが、己の目的を忘れるなよ」


 ーーああ。勿論だとも。


 ゆっくりと頷く男に満足したのか、先程まで怒り狂っていたもう一人は幾分か落ち着きを戻し、その部屋を後にした。その後ろ姿に、男は恐ろしいまで穏やかな顔で笑みを作った。


 例えどんなことになろうと、王位に就くのは彼だ。それだけは、動かす事を許さない。その為にも……


 しかし、思っていたよりも残された時間は少ないようだ。後二年、いや、一年の内には、事を起こさなければ。どうやら、計画を急ぐ必要がありそうだ。とはいっても、用心を重ねることは怠らない。


 目的を果たす日は近い。








 不穏な会話が成されているなど露程も知らない候補生達は、未だホールに留まっていた。


 まだまだ夜会は終わらない。楽しい一時を麗しい彼等と共に、と声を掛けて来る令嬢は後を絶たないが、未だ誰一人として受け入れて貰えてはいなかった。


「ラン、いいのか?中々の美人だったじゃないか」

「いや。誘いは有り難いが、今はここを離れるつもりはない」

 ニヤニヤとからかうようなイアンの言葉を、ランは別段気にした風もなく返す。以前なら女性を断るなどしなかったが、今は他の者の誘いに応える気にはなれない。


「カールも。折角なんだから、行ってくれば?僕らの変わりに」

 こちらもからかう様に紡がれたルネの言葉に、カールは何処までも冷たく返す。


「夜会の華は静かに場を飾っていれば良いものを。今宵も、鬱陶しいだけだ」

「カール。その発言は、失礼というものではないか?」

 冷ややかな言葉にランが反応を返したものだから、金と銀が途端に火花を散らす。

「ほぅ。では、貴様に言い寄る者がこれ以上来ぬよう、誘いを受けたらどうだ?」

「先程も言ったが、私はその気はない」


 相も変わらず、この二人は言い合いをしないと気が済まないようで、周りがどうしようかと悩む間も、合戦は止みそうにない。


 そんな中ザウルは、俯いたまま動かないセリアの様子に気付いた。

「セリア殿。どうかなされましたか?」


 何時もであれば、ランとカールのこうした言い合いの仲裁に入るだろうに。


「……なんか、頭がグルグル回る。気持ち悪い」


 そう言ってその場で頭を抱えるセリアは、フラフラと覚束ない足取りで後ろに倒れ込んだ。それを寸での所で受け止めたランは、その手にあるものを見て眉を歪める。


「セリア。もしかして、酒が苦手なのか?」

「……お酒?」


 何時の間に手にしていたのか、ワイングラスをその手に頬を赤らめながらフラフラと定まらない姿勢で、頭が痛いなどと言えば、これはもう酔っぱらいである。


「あれ。これ、お、さけ……?」


 ジッとグラスを見詰め、ぼんやりしながらそんな風に言えば、もうこれは嫌や予感が的中したと言っていいだろう。


「苦手なら何で飲むんだよ。まったく」

「し、知らないもの。なんだか渡されちゃって。それに、喉も乾いてたし……」


 長い緊張を漸く解いたところで、グラスを持って回っている使用人に勧められるがままに口にしてしまったのだが。けれど、どうやら本人はそれが酒だという認識も、酒に弱いという自覚も無しに思い切り呷ってしまったようだ。


「仕方あるまい。客室も解放されている筈だ。その一つにでも放り込んでおけ」

「そうだね。セリア、行こう」

 手を引こうとしたルネだが、その途端セリアが再びバランスを崩し自分に倒れ込んで来る。咄嗟にその身体を受け止めるが、事の元凶である少女は、一切動こうとしない。

「セリア?」

「……足が痛い………」


 言われて足下を確認すれば、成る程ヒールが普段よりも高い。慣れない靴に足を痛めてしまったのだろう。


 候補生達もお互い目を見合わせるが、全員反応は同じだ。どうやっても物事を静かに終えるということが出来ない少女に、どうしたものかと苦笑を隠せないでいた。










 王宮の客室の寝台の上で、スヤスヤと寝息を立てる少女は、すぐそこまで来ている変動の嵐になど気付く筈もなく。大切な友人達のことでも夢に見ているのだろうか、うっすらと開いた口元は、幸せそうな笑みを作っていた。



 ギシリギシリと軋む運命の歯車に、眠る少女の名前がくっきりと刻み込まれる。今か今かと待ちわび、漸く動く事を許されたそれを、止める術など既にない。

 誰にも聞こえる筈の無いその音を、唯一人聞き取った影は、そこに刻まれた名を愛おしげに指でなぞった。



 僅かに開く唇に這わせた指に吐息が掛かれば、漂う甘い香り。そっと手を離し、変わりに己の唇を近づけるが、眠る少女は気付かない。一瞬、その瞼が開かぬかと視線を上げるが、茶色の瞳は隠されたまま。


 影はそのまま、後戻りを許されなくなった哀れな少女の唇に、しっとりと己のそれを重ねた。



 歯車を止める事など最早不可能。乱れようが狂おうが。ただただその周りの全てを巻き込み、耳障りな音をたて、無情に廻り続けるのみ。


 そのことを、吐息を奪われても尚眠り続ける少女が知るのは、何時になるのか。




〜第二章 磨かれる原石〜


完結




「はぁ……」

どうかしましたか?クルーセル。

「だって、この場にヨーク君が居なくなっちゃったのよ。折角、また皆でお祝い出来ると思ったのに」

仕方ないでしょう。それよりも、貴方は仕事を……

「何はともあれ、なんとか第二章完結よ」

クルーセル。私の話を少しは……

「何だか色々なことがあった第二章だったけど、これから更に展開が加速していくのよね。まだまだ解決しなきゃいけない問題も沢山あるし」

貴方の職務怠慢も、改善しなければならない大きな要素の一つです!

「イアン君はその気持ちを何とかしないといけないし、ザウル君は故郷との事を決めなきゃいけないし、ラン君は過去を完全に乗り越えてはいないしね」

我々は、他人の心配をしている暇ではないでしょう。

「更に、新たな恋のライバル出現かもしれないしね。ああ、もう。今から楽しみだわ。そういうことで、後は任せたわよ。ハンスちゃん」

貴方は、いい加減になさい!!




ここまで御付き合い下さって、本当にありがとうございました。第二章、完結です。

今後、新たな展開に突入していく予定です。主人公達の関係に、変化が生まれれば、と思っています。



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