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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第二章 磨かれる原石〜
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邂逅 4

 自分の唯一無二の親友。例え道を別けても、きっと同じ場所を見据えていた。そして、それがこれからも続くと信じていたのだ。


「おいジーク。例のワインが飲み頃ではなかったか」

「確かにそうだが、何故お前はまた私の屋敷に居るんだ」

「そう堅い事を言うな。いつものことではないか」


 そう。自分が今の地位に着き、かれこれ既に十五年以上、同じことを続けて来た。今更、彼の不法侵入とも取れる行為を咎める気などなく、言われるままにワインの栓を開ける。


「先日はお手柄だったそうじゃないか」

「嫌味か?例の書類を持って来たのはお前だろう。本当に、何時も何処から手に入れてくるのか」

「まあ、マリオスとしてでは得られない筋から、とだけ言っておこうか」

「またそれか……」

 毎度同じ答えのそれに、もうこれ以上問いただす気力すら無い。


 グラスを傾けるジークフリードに、今度は向かいに座る男が瞳を光らせた。

「それで、例の件はどうだ?」

「お前の要望通りとはいかないまでも、何とかなりそうだ」

「そうか。それは嬉しい限りだな」


 いつもと何ら変わりない会話。情報を提供し、提供され。互いの要望を聞きそれに答え。その後は他愛も無い話と酒で、この時しか味わえない親友との時間を過ごす、筈だった。


「ジーク。実は、潮時というのが近付いていてね」

「……唐突だな。話しが全く見えないが?」

「言葉の通りさ。ある件に興味が湧いたので調べていたのだが、また切れ者が居てね。どうも最近、身の危険を感じるのだよ」

 まるで何でも無いことのように言う男に、ジークフリードは信じられない物を見る様な瞳を向ける。それに気付いていながらも、男は呆気無く最後通告を出した。

「お前とこうして酒を飲むのも、これきりだろうな」

「おい、いい加減にしろ!また、何を勝手に……」

「まあまあ。そう怒るな」

「ふざけるのも大概にしないか!」

 ガタン!と音を立てジークフリードは立ち上がる。

 つい大声を上げてしまった事に、その時になり漸く気付いた。目の前の男があまりにも平然としている為、自分が何処か惨めに見え、一度落ち着く為ソファに再び腰を落ち着ける。


「レイダー。何をしているのか詳しく話せ。出来る限り協力をする。身が危ういというなら、国外へ逃がしてやることだって出来る」

「おいおい。冗談を言うな。全てを捨ててまで逃げる積もりはないさ」

「冗談を言っているのはどっちだ!一体、何をしていた!!」


 鋭く睨む視線が横切る部屋で緊迫した空気が流れる中、男はそっとグラスをテーブルに置く。赤い液体がユラリと動く様子を眺めれば、僅かに光が反射した。


「……お前は、何の為に生きている?」

「はっ?」

 親友の突然の問いに、ジークフリードの蜂蜜色の瞳が面積を増した。けれど相手は答えを求めていた訳ではないらしく、また口を開く。


「国に尽くし、その青を纏い、毎日の責務に追われ。それでお前は満足か?」

「愚問だな。それが私の選んだ道だ」

「そうだろうとも。それこそがお前だ。国に仕えるマリオスであり、私の親友」

「それはお前も同じだろう。国に仕え、国を想い、国で生きる。幾ら隠しても、お前の本質は変わらない」


 そうだ。二人で同じ場所を見据え、だからこそ理解し合えた仲だ。何年経とうとそれは変わらない。それは、自分が一番良く解っている。


「……そうだな。お前も私も、あの頃に比べ色々と知った。醜い物も見たし、汚い仕事もしてきた、色々と。それでも、国に仕えるしか道は無い」

「今更だろう。そんな話よりも、お前のことだ」

 先程聞いた己の身が危ういと言った言葉。そちらの方が今は先決だ。なのに、目の前の男はその件に関して何の解決策も見出そうとしない。まるで、危機を回避する気が無いかのように。


「ジーク。私はこの国というものを、もう一度見詰め直してみたんだ」

「……」

「そして、その価値を疑い出した。知れば知る程、生じた歪みは深まるばかり」

「……何を言っている?」


 眉を寄せるジークフリードを一瞥すると、レイダーはニヤリと笑った。


「だが何処まで行こうと、お前の言う通り私の本質は変えられない。そうするには、あまりに遅過ぎた」

「国に忠義を尽くす事に疑問を感じるのか?」

「そうは言っていない。国に仕える以外の道を見出す術を、私も、そしてお前も見失ってしまった。そうだろう?」


 先程からこの男は何を言っているのだ。

 訝しげに親友を見詰めるが、返って来るのは惚けた答えや、真意の推し量れない瞳ばかり。


「しかし、国に仕えることと、国を育てること。これは違うのか?ならば、忠義とはなんだ?」

「……国の為に最善だと信じる道を進み、己がやるべきことをやる。少なくとも、それが私の忠義だ」

「ああ、そうだな。それがお前の、そして私の道だ」

「…………」


 何時の間にか空になっていたグラスに男によって液体が注がれる。再び、硝子から透けて見える世界が赤色に染まり、それを持ち上げたレイダーはまた一口含んだ。


「今の私は、ある可能性に賭けようと思ってね」

「……?」

「これは変化なんだよ、ジーク。古い歴史を持つこの国に生まれた」

「……だから、なんだと言うのだ」


 正直に言えば、この男が何の話をしているのか、皆目見当が付かない。けれど、それを聞いた所でこの男が素直に答えを出すとも思えない。なので、今はとにかく先を促した。


「既に己の道を決めてしまった我々では、やはり面白くない。既に未来が確定している者でも、どうせ答えなど同じだ。だからこそ、私は変化に対し、こちらも変化で対抗しようと思う」

「全く話しが掴めない。何が言いたいんだ?」

「相変わらず、頭が堅いな」

 まったく仕方がない。と、まるで呆れたとでも言わんばかりの態度のこの男を、今直ぐ屋敷の外に放り出してやろうか、と頭の片隅で考えながらも、ジークフリードは懸命にそれを堪えレイダーの言葉を待つ。


「常に一つの結論を出している我々が、改めて答えを出すよりも、まだ輝きは未知数の宝石がどの道を示すのか、好奇心が疼かないか?」

「何度も聞くが、話の内容が掴めん」

「だから、私は変化が起こる可能性と、その変化の中心が私の満足する結果を導き出す可能性に賭けようと思う」

「私の話しを聞け!一体、何を言っているんだお前は」

 ついに我慢も限界に達したジークフリードが怒鳴り声を上げれば、レイダーはやれやれ、と諦めたように息を短く吐き出した。


「……その内、お前にも解るさ」

「それと、お前の事とどう関係がある?」

「私は、賭けの為に身を隠そうと思う。そして、ある物をその変化に託した後、そこで朽ちるだろうな」

「…………本気か?」

「ああ。本気だとも」

 どんなに冗談めかしていようと、長い付き合いだ。それが本気かそうでないかくらいは判断が付く。そして、この男が一度口にした言葉を覆すことをしないことも。

「ある没落寸前の貴族がいてね。私が提案したら喜んで名を譲るというんだよ。隠れ家にはもってこいだ」

「……お前はそれで良いのか?」

「私が決めたことだよ。未練があるとすれば、こうしてお前と酒を飲めなくなることだな」

「………」


 掛ける言葉を無くし、ジークフリードはグイとグラスの酒を一気に煽る。それを見てレイダーも嬉しそうに口元を緩めた。

「おお。良い飲みっぷりだ。よし、今夜は朝まで飲もう。お前の最高の酒を出せ」


 茶化すように言う親友と、最後の酒を楽しむべく、ジークフリードはその後もグラスを傾け続けた。そして、朝日がその部屋を照らし出す頃、目の前の親友は跡形も無く姿を消していた。



 それから五年程が過ぎた頃だった。フロース学園のマリオス候補生達から、レイダーという男の名を聞かされたのは。







「………あ、あの。ジークフリード様?」


 何かを思い出しているかの様に、先程から黙ったままのジークフリードに、セリアは溜まらず声を掛けた。

 まさか、ペトロフ氏がジークフリードの親友だったとは。それよりも、彼が先程言ったマリオスになるべきだった男とは、どういう意味だろうか。


 自分を呼ぶ声に、漸く我に返ったジークフリードの瞳が改めて目の前の少女を捉える。それと同時に、しまったと心の内で己を叱責してから口を開いた。


「ああ、すまない。それで、あの男は君に何を話したんだ?」

「え、えっと……」

 ジークフリードの問いに、セリアは答えることを躊躇してしまった。

 なんと言っても彼はマリオスだ。国に尽くすことを誓い、国を導く存在。そんな彼に、ペトロフが言った言葉をそのまま伝えても良いものだろうか。


 けれど、だからといって誤魔化すことも出来ない。ならば……

「国に尽くす覚悟があるのかと、聞かれました。それと、あの……この国にそれ程の価値があるのかと……」


 そこまで言った所でセリアが少しだけ視線を上げれば、目の前の男は何とも形容し難い表情をしていた。強いて言えば、呆れたような、それでいて驚いているような。


「そうか……それで、君は何と答えた?」

「あ、あの。私は、覚悟があるだなんて言える程、自分の先に何があるか解りません。でも、何があってもこの国に捧げる忠誠は変わらない、と」


 誤解の無いよう、自分はこの国に価値が無いなどとは思っていないと、精一杯表して説明した積もりだ。けれどもし彼に、自分の憧れであるマリオス本人に、間違って捉えられてしまったら。そう思えば、自然と力が入る。

 ジークフリードもそこは解ってくれたのか、特に不快に感じた様子もなく、納得したように頷いてくれた。そのことに、思わずホッと安堵の息が漏れる。


「あの男は、昔から理解出来ない言葉を並べ、相手の反応を楽しむひねくれ者だ。気にしなくて良い」

「は、はぁ……」


 多少棘を含んだ言い方だが、的を得ていると言えるだろう。ジークフリードの言葉に、そう言えばペトロフは何処かずっと楽しんでいた風だったな、とセリアも思い出す。


 一人頷いていると、ジークフリードがフッと息を吐き出したので、セリアも慌てて彼に視線を戻した。

「正直に言えば、今回君に報告をして欲しいと言ったのは、私の希望だ」

「……そ、それは、どういう?」

「大体の報告も、その裏付けも終わっている。君がこの場に来る必要は無かったのだが」

「………」


 そこで、考え込むかのように口を閉じたジークフリードは、やがて意を決したように蜂蜜色の瞳を鋭くした。

「君に聞きたいことがあった。レイダーから何かを渡されなかったか?」


 強く己を見据える男の言葉に、セリアは思わず息を呑んだ。




 やっぱり、今日私はここに来て良かった。想像していたよりもずっと多くを知れたし、何だか心が決まったような気もする。

 だから今回のことは、十分意義があったと思ってるよ。



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