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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第二章 磨かれる原石〜
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病室 3

「呆れたな……」

 言葉通り、カールは報告書に向かって心底呆れた瞳を投げかける。横で座って見ていたセリアが困惑した表情を見せる程に。

「分不相応な野心を持った者とは、どこの時代にもいるものだ」

「そ、それは、えっと……」

 その言い方は幾ら何でもあんまりなのではないか、とセリアも僅かに戸惑う。謀反などを企てている相手なので、仕方ないとも言えるが。


「どうだ。お前なら王宮にも出入りは可能だろ」

「謁見は申請するが、早い内にとは限らない。陛下もお忙しい身だ」

 一応引き受けてくれるらしいカールの反応に、セリアは寝台に横たわりながらホッと息を吐いた。自分ではやはり持て余してしまうので、彼等が居てくれて本当に助かった。などと、セリアはしみじみと感謝したりする。


「これで、ペトロフの事も一件落着。よかったんじゃないか?」

「…………」

 確かに、カールが陛下と謁見出来れば、証拠が渡り謀反を企てた者達は失脚するだろう。それがペトロフが自分達に託した意志でありそれが叶うのだから、きっと彼も浮かばれる。

 そう言ったイアンにセリアは僅かに違和感を覚えた。


 はたして、本当にそうだろうか。セリアはどうにも腑に落ちなかった。なんとなく、それだけではない様な気がするのだ。ペトロフが言いたかったのは、もっと別の何かのような……

 といっても、彼のペンダントは既に手元には無いので、判断のしようはないが。


「セリア殿も御身を大事になさって下さい。まだ傷は塞がってはいないのですから」

「う、うん……」


 今は考えても仕方ないか、とセリアが友人の言葉に頷いていると、病室の外が急に騒がしくなった。誰かが暴れているという感じではないが、何かが近付いてくる様な。

 それに気付いたらしい候補生達が扉の方へ振り返ると、ノックも何も無しにその扉が開いた。


 訪問者が来たのだと気付かせる間もなく、目を見開くセリア達の前に潤わしの淑女レディが現れた。

「セリア!」

「あ、姉様!!」

 唐突に現れた美しい女性は、そのサファイアを連想される瞳を潤ませ、薔薇のように頬を赤らめながら、息を切らして病室に飛び込んできた。

「セリア!怪我をしたって聞いて。何があったの。また無茶をしたんじゃ? ああ、私のセリアがこんなになって」

 セリアに飛びかかる勢いで寝台に駆け寄ったカレンの頬を、その美貌を更に引き立てる真珠の様な涙が伝い落ちる。


「あ、姉様、なんでここに?」

 従姉の突然の来訪と剣幕に気圧されそうになりながら、セリアは必死にこの状況を理解しようとしていた。けれど、目の前で泣き崩れる従姉がそれを許してくれない。

「ああ、もう!学園から連絡があった時には本当に驚いて!一体何をして……」

「ごめんなさい。でも、本当に大丈夫だから。大したことはなかったし」

「大丈夫ではないでしょう!女の子なのに身体に傷を作って!もう、私のセリアが……ううっ」


 再び涙ぐむカレンにセリアも混乱してしまい、どうにも出来ないでいると後ろからまた別の声が掛かった。


「カレン。とにかく落ち着きなさい。それでは話しが出来ないだろう」

 そう言いながら急ぎ足で廊下から現れたのは、栗色の髪に茶色の瞳。何処となくセリアに雰囲気の似た、壮年の男性だった。こちらも慌てていたのか、額に汗を浮かべている。


 自分を諌めた男性に、カレンはキッと麗しくも力強く睨む。

「落ち着いてなんかいられません!叔父様だって……」

「父様!……あっ、く……」

 カレンが言い終わる前に、セリアの驚いた声が病室に木霊した。けれど、それが傷に響いたのかセリアは辛そうに脇腹を腕で抑える。苦しそうに息を吐くセリアにカレンは、一瞬で顔を真っ青にした。

「セリア!まさか傷が?」

「だ、大丈夫。ちょっとびっくりして」

「大丈夫な訳がないでしょう!ちょっと見せなさい!」

「えええっ!」

 いきなりセリアの服に手をかけたカレンの姿に、入って来た男性は勿論、元から居た候補生達も目を剥いた。当然セリアもカレンの横暴を阻止しようと踏ん張るが、手負いの身では碌な抵抗も出来ない。その間にも、簡単に着脱出来るように作られた病人服がスルリと音を立てる。


「殿方は出ていて下さい!!」


 美人に一喝され、病室に居た男共は退出を余儀なくされた。






 廊下に取り残されたようにして並んで佇む候補生達は、病室の中から聞こえてくる悲痛な叫び声には敢えて耳を塞ぐ。あのレディ・カレンと渡り合うことは不可能であるし、助けようにも今は病室に入れない。


 複雑な表情のまま顔を逸らすと、先程の男性と初めて目が合う。


「……すまない。あの子は昔から娘の事になると取り乱してね」

「もしや、ベアリット伯爵ですか?」

「ああ。挨拶が遅れてすまない。君達は、マリオス候補生だね?」


 セリアと同じ、茶色の瞳に候補生達を映すと、オスカル・ベアリットはやんわりと微笑んだ。その返答に候補生達はやはり、と確信する。彼を「父様」と呼んだセリアの発言から予想はしていたが。


「はい。ランスロット・オルブラインです」

「娘が何時も世話になっている。とても頼りになる友人が居ると、娘から聞いているよ」

「そのことですが……」

 言い淀むランの顔に暗い陰が差した。

「彼女の怪我は、我々にも責任があります」

 今回のことは、自分達の不注意にも原因がある。もっとセリアの行動に気を張っていれば、何をしようとしているかを考えてやれていれば。


 謝罪の言葉を受け、オスカルは僅かに目を見開くとゆっくりと首を振った。

「君達が娘に良くしてくれているのは知っている。今回も、君達に責任があるとは思っていないよ」

「ですが……」

「娘は、なんと言うか、普通とは少し違うからね。家でも何処でも、気の休まる場所があまり無かったんだよ。だから、フロース学園が楽しいと言った時にはとても安心したんだ。そして、それは君達のお陰だ」

「セリアが……」


 娘からの手紙に、学園での生活の様子が書かれている度に、オスカルはその頬を緩めた。周りから見れば異質とも取られていたあの性格や夢が災いして、気の合う友を作れないでいたセリアから初めて友人の話が出たのだ。


「君達には感謝しているよ。ただ……」

 それまで穏やかに微笑んでいた瞳を細めると、オスカルは徐に天井を仰いだ。

「どうしても心配でね」

「……」

「周りからどれだけ否定されても、絶対に変わらなかった夢だ。応援してやるのが当然だと思っている。ただ、娘はどうしても無茶をするからね」

「それは……」

 娘を案じる一人の父の姿は、けれどやはり何処かセリアを思い出させる。それは、困った様な笑みか、茶色の瞳や栗色の髪がそうさせるのか。その不思議な錯覚に、ランも思わず言葉に迷う。


「今まで、私や周りに気を使って思うように出来なかったことが、今は許されているんだ。それも仕方ないとは思っているが」

 忠誠心をどうにか形にして表そうとしても、それは周りに抑圧され続けた。だからこそ、昔からその鬱憤を晴らすかのように、時折多少の無茶振りが目立った。そうでなくとも、後先を考えず飛び出していく傾向があったのに。


「彼女は、本当に国を大切に想っています」

「…………」

「その気持ちは、誰よりも強いかもしれません。それは国にとって、かけがえのない宝です」

「……ありがとう。君達にそう言って貰えて、娘も喜ぶ」


 再びオスカルが穏やかに微笑んだ時、目の前の扉がゆっくりと開いた。中から現れたカレンも、漸く落ち着きを取り戻したのか、目を腫らしているものの涙までは見せていない。

 扉の隙間から一瞬だけ見えたセリアが、どことなくげっそりしているのは気のせいだろう。


 カレンがゆっくりと道を譲ると、オスカルは待っていたとばかりに病室へ急ぎ足で入っていった。

「セリア。怪我はもう良いのか?」

「う、うん。本当に平気なの」

 寝台に歩み寄る父と、それを迎える娘との世界を邪魔する者を遮断すべく、カレンはそっと扉を閉じた。そして、心底辛そうに眉を寄せる。


「セリアから聞きました。ずっと付いていてくれたそうで、ありがとうございました」

「いえ。私達が好きでしたことです」

「本当は、すぐにでも駆けつけたかったのだけれど……」

 続きを言いかけて躊躇する様子を見せたカレンは、意を決した様にゆっくりと再び口を開いた。

「叔母様を落ち着かせるのに時間を取られて」

「……伯爵夫人が」

 その言葉に、候補生達も一瞬困惑を見せた。

 以前一度だけみた、娘を娘と思っていないようなクリスティーナ・ベアリットの姿。けれど、やはり彼女もセリアが重症を追った事実に動揺したのだろうか。


「酷く興奮して、セリアからまた自由を奪おうとして……」

「まさか。また学園から連れ出そうと?」

「……ええ」

 報せが届いた後、クリスティーナは屋敷中の物を壊して怒りを表した。これ以上の勝手を許せるものかと。今度こそ、下らない事が出来ないようにしてやると。

 叫びながら暴れる妻をオスカルが必死に宥める間も、クリスティーナは娘の心配をするでもなく、ただただその勝手な振る舞いに憤怒した。


 詳しくは語られなくとも、母と娘の関係の様子が見えてしまい、候補生達も顔を歪めた。そう言われれば、クリスティーナはここに来ていない。現れたのは父親と従姉だけだ。本当に、クリスティーナは娘の容態など気にしていないのか。

 解ってはいても、改めて見せ付けられるとどうもやりきれない。一体、彼女達の間に何があるのだ。


「でも安心しました。思ったよりもセリアが元気で。きっと皆さんが付いていてくれたお陰ですわ」

 漸く表情を緩めたカレンは、まだ寝台に横たわる従妹を案じるように、閉じられた扉に目を向けた。








「父様。大丈夫なの?その、家の方は……」

「お前が気にすることはないよ。安心しなさい」

 言い聞かせるように頭を撫でる父に、セリアはそれでもやはり心配になってしまう。その不安の殆どを占めているのは、やはり。

「その……母様は……?」

「……心配はない。今は落ち着いている」

「……」

 父のその言葉だけで、母がどの様な行動を取ったかが窺えてしまい、セリアは再び顔を俯かせた。ああ、やはりか、と。


「それよりも、銃で撃たれたと聞いたが、お前は何をしていたんだ?」

「うっ!そ、それは……」

 話を逸らすように聞かれた問いに、セリアはすぐには応えられなかった。なんと説明すればよいのか、判断が付かないのだ。本当のことを言うべきかもしれないが、そう簡単な話ではない。かといって、嘘で誤魔化すのにも限界がある。

 

 あー、とか、うー、とか、訳の解らない声を繰り返すセリアに、オスカルは全てを悟ったように深く息を吐き出した。

「今は聞かないでおこう。話せる時になったら、お前から言ってくれれば良い」

「……ごめんなさい」

 柔和な声に、セリアもバツが悪そうに首を竦める。


 父は昔からそうであった。自分に無理を強いることはせず、優しく慰めてくれる。オスカルの存在はセリアにとってカレンと同じく、素直に甘えられる数少ない場所だ。

「あんまり無茶をするんじゃないよ。不用意に周りに心配を掛けるようでは、まだまだ子供の証拠だ」

「うっ、」

「マリオス候補生になったのなら、それに見合う振る舞いは覚悟しなさい」

「……はい」


 しょんぼりと俯くセリアの頭を撫でながら、オスカルはフッと寂しげに瞳を細めた。

「けれど、娘の成長は早いな。昔は屋敷の中を、絵本の台詞を繰り返しながらはしゃぐだけだったのに」

「えっと……そうだったっけ?」

「ああ。いつも、マリオス様の様になると、駆け回っては転んでいたな」

 懐かしむようなオスカルに、セリアは驚きを隠し切れない。そういえばそんな事をしていた様な気もするが、それは随分前の話しではなかったか。

「それが、知らないうちに、本当にマリオス候補生にまでなっているのだから」

「父様……」

「自分の道が間違っていると思ったら立ち止まれば良い。けれど、そうでないなら思ったように進みなさい。後の事は私が何とかする」


 周囲から見れば、セリアの地位や使命は重いものだったり、憧れだったりもするのだろう。課せられた義務を果たせるのかと、疑う者も居る。けれど、セリアにとってそんなことは眼中にはない。ただただ、自分の信じる道を、国を、想い続けて進んだ結果、今の場所に納まっただけだ。そしてきっと、立ち止まることをしない。

 ならば父として自分にしてやれることは、その動向を見守ることと、彼女の枷を一つでも減らしてやることだけだ。


 心に浮かぶ精一杯の感謝を述べる娘の頭を、オスカルはただ優しく撫でてやった。






 暫くの間話をした後、セリアは父を帰路へと送り出した。多少渋る様子を見せる父も、娘に促されて重い腰を持ち上げた。オスカルも残りたい気持ちは山々なのだが、そうも言っていられない理由がある。


 二人の間に言葉こそ無かったが、その思考を占めているのはクリスティーナ・ベアリットの存在。お互い、その名を発さずとも事情を良く理解している。だからこそ、オスカルもその場を去る決心をしたし、セリアも帰る背を笑顔で見送った。

 カレンはこの場を後にすることを最後まで渋ったが、身一つも同然で出てきた彼女を、オスカルがやんわりと諭した。そして、何かあれば必ず呼べとセリアに約束させると、漸く一度は戻ることを了承してくれたのだ。



 嵐の様な来訪者達が去った後、どっと疲れが押し寄せてきて、セリアは深く息を吐き出した。傷が痛むようなことはないが、やはり体力が落ちているようだ。どうにも気怠く、そのまま寝台でボンヤリとしていると、オスカル達を見送っていた候補生達が戻って来た。

「驚いたね。レディ・カレンがあんなに取り乱すなんて」

 ニコニコと笑顔のまま言うルネに、セリアも苦笑を返す。周りから、その完璧な振る舞いを賞讃されるカレンであっても、やはり一人の人。興奮したり、動揺したりは当然だ。けれど、その表情ですら美しさに輝き、周りを黙らせる程の芯の強さと凛とした空気を周りは讃え、完璧な淑女レディと呼ぶのだ。


「そう言えば、セリア」

「……はい?」

「セリアへのお仕置き、僕思い付いたんだけど」


 ニッコリと天使の微笑みで悪魔のような言葉を並べたルネに、セリアはサッと顔を青ざめたのだった。





 今に始まったことではないが、相変わらず容赦のないことだ。それでクイーンが潰れればどうする積もりだったのか。それを、自覚していながらも続けるのだから恐ろしい。

 まあ、私も人のことを言えた立場ではないが。


 さて。次は一体何をしてくれるのか。



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