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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第二章 磨かれる原石〜
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病室 2

 あまりのことに動くことすら忘れたセリアは、手の中にあるそれをまだ凝視していた。


「これは、提出する必要があるよね?」

「そうだな。それも、出来るだけ早いうちに」


 一覧に記されていたのは、王宮に仕える複数の臣下が企てている謀反について。あまりにも突飛で信じがたい内容だが、ここまで証拠が揃っていれば誰であろうと言い逃れは出来ないだろう。


 逆賊行為に他ならないそれは、けれど唐突には受け止め難いものだった。

「まさか、こんなものが隠されていたなんて」

 ここまで事が重大ならば、ペトロフが己の死を予感し、また覚悟していたとしても可笑しくはない。だからこそ、マリオス候補生にこれを託したのか。


「ど、どうしよう?こんな、いきなり王宮に持っていっても……」

 自分達の手には余るほど重大なそれに、セリアは戸惑いを隠せない。


 確かに、これをこのままにする事は出来ないが、かといってすぐに行動出来ないのも事実。マリオス候補生とはいえ、学生の自分達が王宮に乗り込む訳にもいかない。かといってヨークを逃してしまった今、人の手を介して提出するのは、また敵に狙われるかもしれないので危険だ。


 どうすれば……


「大丈夫だよ」

「へっ?」

「だって居るじゃない。王宮に出入り出来る身分の人が一人」

「あっ!」

 ルネに言われセリアも目を見開いた。そう言われれば、確かに居る。国王陛下の忠臣であり、由緒あるローゼンタール公爵家の嫡男様が。


 けれど、その為には……

「勿論、セリアから頼んでね」

「うっ!そ、それは……」

「だって、セリアがカールを怒らせたんだし。ね?」

 何だか舌に黒さが余計に混じっているようなルネが、ジッと此方を見詰めて来る。うっと唸って視線を逸らすが、そんなことまるで意味を成さず、セリアに逃れることを絶対に許しはしなかった。


 こうなっては仕方ない。というより、確かにカールにも迷惑を掛けたのだから謝るべきなのは解る。けれど、どうしても怖い。

 また、あの魔人の様な顔で睨まれると思うと、今から身震いが止まらない。己の所為だと解ってはいるが、どうしても尻込みしてしまう。

「セリア。いいよね?」

 渋るセリアだが、けれどルネは否とは言わせなかった。







「――断る」


 開口一番にそう言った目の前の男に、ルネは溜め息を吐いた。当の本人も額に青筋を浮かべ、非常に不機嫌のようだ。


「だから、一度セリアの所に行ってあげてってば」

「あれと、この件に関してこれ以上話す積もりはない」

「そう言わないで。セリアも一応反省してるんだし」

「己の犯した失態を自覚しない者が、反省も何もあったものか」


 眉を寄せながら吐き捨てるカールに、ルネも苦笑を返した。確かに、先程のセリアの謝罪は心配させた事に対してで、自分の無茶ぶり自体を反省しているとは言い難い。まあ、良く言えば自覚し始めたと言った所か。


 けれど、だからといってこの男をこのまま立ち去らせる訳にも行かないのだ。

「謝りたいって言ってるんだし、それにカールに頼むって言ってるんだから」

「知らんな。一人でやると行動で示したのだ。勝手に邁進していればよかろう」

 嫌味で切り捨てようとするカールに、ルネはピクリと眉を上げた。


 どうも、カールのこの突っかかり様は気になる。自分達が何かを掴んだことぐらい、カールなら予想がついているだろう。幾ら彼がお怒り中だからといって、それを流そうとするとは。

「随分不機嫌みたいだけど、どうしたの?」

「……あれの愚かさに呆れているだけだ」

「それもあるけど、何かあったでしょ?」

 言った途端にカールの周りの温度が下がった。

 他人だったならば解らない程見事に涼しい顔を貼付けているが、ルネは長い付き合いだ。嫌でも僅かな変化を感じてしまう。そして、それが確信に変わった。

 恐らくカールの方でも何かあったのだろう。十中八九セリア関連で。

「セリアに何したの?」

「別に何もしていない」

「じゃあ、何が失敗したの?」

 聞かれた問いにカールは内心で舌打ちした。


 昔から、自分の行動を他人に読まれる事は少なかった。考えが読めない、予測が出来ない、と何度言われたことか。だが、彼にしてみればむしろその方が都合が良かった。

 けれど、この目の前の男は別だ。まるでこちらの考えなど解りきっているかのような顔を崩さない。それは、カールにとって反応を返すのに苦労を強いる。


 未だに眉間の皺を解かない友人に、それでもルネは笑みを向けた。









 寝台の上で俯くセリアは、その場に流れる沈黙と必死に格闘する。冷や汗をダラダラと流しながら、真横から寄せられる冷たい睨みに、どう話を切り出そうかと迷うが、なかなかこれが難しい。


 ラン達が学園へ戻った後、遠くの夕日が沈みかける頃に、ルネがひょっこりと現れたのだ。そして後ろのカールを病室に押し込んだかと思うと、無邪気な悪魔の笑みを浮かべてさっさと帰ってしまった。何の前触れも、予告も無しにカールとのご対面を強いられることになったセリアが内心で上げた悲鳴を聞きながら。


 残されたセリアはと言うと、寝台の横の椅子にゆっくりと腰掛けるカールに、思い切り困惑するしかなかった。そのうちに来るとは思っていたが、まさかこんなに早く連れて来るとは、全くの予想外だ。



 セリアが目を泳がせながら迷うこと数分。

「話しがないのなら、私は戻る」

 一向に言葉を発しないセリアに痺れを切らしたのか、カールが苛立ったように立ち上がった。それを見たセリアは大いに慌て、咄嗟にその服の袖を掴む。


 まさか、ここで帰られる訳にはいかない。そんなことをすれば、あとでどうなるか解ったものではないではないか。

「あっ、あの!その、ちょっと、お待ちを」

 必死に懇願するセリアをちらりと一瞥すると、カールも諦めたように息を吐き、先程の椅子に戻ってくれた。僅かに安堵すると、セリアもよしっと覚悟を決める。そして、ゆっくりと息を吸い込んだ。


「そ、その……こ、今回のことは、心配掛けて本当にごめんなさい」

「私は心配などしていない。ただ、不用意に行動されるのは、こちらにとっても都合が悪いと言っている」

「うっ!そ、その。私も、皆に何も言わないのはどうかとも思ったけど。でも、時間も無かったし」

 本当に、無我夢中だったのだ。


 敵が身近な所に潜んでいるのに気付いていても、相手が用心深いこともあり、特定する機会が無かった。けれど、これ以上野放しにしていれば、自分の友人達だって危険なのだ。目的が解らずとも、自分達にとって良い存在である筈がない。そう考えたら、何もしない訳にはいかないではないか。

「無傷で済むとは思ってなかったけど。皆にこんなに迷惑を掛ける積もりはなくて……」


 紫の瞳に睨まれると、上手く言葉が出てこない。それでも何とか説明しようと模索していると……

「つまり、何も考えていなかったということか」

 冷たい声がバッサリと切り捨てた。途端にセリアもうっと言葉に詰まる。けれど本当の事だけに反論が出来ない。自分の怪我も、友人達に掛けた心配と迷惑も、自分の考えが至らなかった為の結果だ。

「突発的な思いつきで、全てが上手くいくとでも思っていたのか?」

「そ、それは……」

「今回は怪我で済んだ。が、弾が致命傷となっていればどうする積もりだった」

 そうなれば、ペトロフの残した報告書も永遠に埋もれ、敵の正体も掴めなかったのだ。


 言われて初めて気付いた事実に、セリアもサッと顔を青ざめる。

「犬死にするのは勝手だ。だが、それではこちらにまで火の粉が降りかかる可能性もある」

「…………それは」

 きつく睨み付けるカールに、セリアは言い返す言葉を捜す。けれど、見付からなかった。



 のしかかる罪悪感につい顔も下を向く。けれど、カールはそれを許さず、体温の低い指を顎にかけられ持ち上げられると、視線を無理やり合わせられた。

「それが解ったなら、独断で動くような行動は慎め。お前も最早、責任のある立場だ。勝手は許されん」

「で、でも。皆に負担を掛けたくなくて……」

 途端にギリッと顎を掴む指に力が入ったので、セリアは怯んだ。物理的な痛みはなくとも、伝わってくる刺すような雰囲気は、精神的に痛い。目の前の空気が急速に冷える様子に、まずいと冷や汗が流れる。



「見縊るな。お前に気を使われる程、落ちぶれてはいない」

「そ、そんなこと思ってない……!!」

 見縊るだなんてとんでもない。むしろ、彼等の実力は嫌というほど知っている。ただ、それとこれとは関係なくて。というより、なぜ話がそんなことになっているのだ。


 理解が追いつかずオロオロしだすセリアに、カールの額の青筋が一本増えた。

「それでも独りよがりな行動を続けるというなら、今すぐに学園から去り、我々の前から消えろ」

「っ!?」


 まるで地を這うような声だった。聞いた者に躊躇も迷いも与えさせない。ただ相手を屈服させ、叶わないのだと本能的に悟らせるような。


「そこで無茶振りを繰り返し、野垂れ死にたければ好きにすればよい。だがここに残るというのなら、その思慮の浅さを改めることだ」

「……」

「課せられた責任と役目を忘れてまで、猛進することは許されない。一人のマリオス候補生として目的を果たしたいなら、最低限の自制を覚えろ」


 セリアがマリオス候補生になったこと。それにより、女性のマリオス候補生が成功となるのか、失敗と見なされるのか。これからの国政という重要な場に、歴史上男だけで築いてきたその場に、介入を許すべきなのか。それを左右するほど、セリアの存在は大きいと言っても良いだろう。


 本人にその気があろうがなかろうが、歴史を変えるかもしれない。そして、周囲はそれを期待すらしている。

 それなのにこんな所で、それもつまらない理由で脱落するなど、許されることではない。

 今回のことは幾らでも回避できたのだ。一人で候補生達から離れなければ、一人でヨークを捕らえにいかなければ。


「忘れた訳じゃ……ない」

「…………」

「でも私だって、ただ待ってるだけなんて出来ない。皆に全部押し付けることもしたくない」

「己の力量を弁えろ。まだ解らないか」

「だって、そんなこと言ってられないよ!」


 セリアとて、いくらマリオス候補生になったからといって、自分にそこまでの実力があるとは思っていない。彼等ほど候補生として経験を積んだわけでも、マリオスになるなどと高い志があるわけでもない。ただ、国の為に少しでも何か出来ればと望んで、一人足掻いていただけだ。


 けれど、そんな自分が気づけば彼等と同じ立場に立ち、候補生達は仲間と呼んでくれた。ならば、せめてそれに報いたい。少しでも、彼等の力になりたい。

 気持ちが先走り、ジッとしているなど出来なかった。ようやく見えた、自分にも出来ること。例え何を引き換えにしてでも、それを成し遂げたかった。

ーー彼等のように


 けれど、結果はこれだ。

 ヨークには逃げられ、候補生達を危険に巻き込み、自分もこの様だ。


「私には無理だって解ってても、何もしないでいるよりは……」

 そう思って何度同じ目にあってきただろうか。何度足掻いても、結局は自分と彼等との差を見せつけられるだけ。それが、とても悔しかった。



「……下らん」

 視線を下げるセリアに、再び低い声が投げつけられた。それが胸にグサリと突き刺さったような錯覚を覚え、顔を上げれば心底呆れた表情を向けられる。



 この女は、本当に物事をどこまではき違える積もりか。ただの無能であれば、自分達がこれほど気にかけることはない。何の価値も無い女に構う程、自分は暇ではないのだから。

 周りがこれに何を見出し、何故候補生の地位を与えたのか、全く理解していないようだ。なのに、責任や夢ばかりを追い、それ故に無謀に突っ走り。またそれに負い目を感じ、更に無謀な行動に出る。

 何処までも、勘違いした女だ。


 フンと目の前で鼻で笑った男に、セリアもキョトンとする。

 な、なぜ笑われたのだろうか。

 呆然とするも、それに答えを見出す前にパシッと手首を掴まれた。目を見開いて何が起こっているのか理解しようとすれば、途端にその腕を強く引かれ、麗しい顔が至近距離で自分を見詰めてくる。


「お前が何をどう思おうと勝手だ。その偏った考えを変えぬ意固地さは、最早賞讃に値するだろうな」

「…………っ!」

 皮肉げに笑うカールの口元は、僅かに釣り上がっていた。それには弱気になっていたセリアも、流石にカチンとくる。けれど、出かけた反論の言葉は冷たい声に遮られた。

「己の行先も、その気の強さで貪欲に求めることだ。それがお前には望まれている。無下に捨てることはない」


 先程の嫌味に言い返してやろうと開いていた口をそのままに、セリアはポカンとした。

 何だか、カールの雰囲気がいつになく軟らかい気がする。つい先程まで怒られていたのに、今は慰められているような。

 けれど、普段は絶対にそんな気の利いた台詞は言わないのが彼だ。その言葉の裏に、一体どんな真意が隠されているのだろうか。


 次は何を言われるのだ、と一人身構えるセリアを見るカールの瞳に、僅かにだが熱が戻る。

「それだけの価値がお前にはある。今、潰すのは惜しい」

 


 ……はっきり言って、驚いた。あのカールがここまで言うなんて。


 けれど、どう考えても彼がそこまで思うほど自分に価値があるとは思えない。

 とはいえ、ここで食い下がっても自分が彼に口で勝つことは無理だろう。明らかに非は自分にあるのだから、逆らえる筈もない。


 ふっと息を吐き冷静を取り戻すと、彼の言葉をもう一度を整理する。そして、もし次に同じ失敗をやらかしたら、本当に学園を追い出されてしまうのでは。という結論に至った。

 その考えに行き着いたセリアはさっと青ざめ、慌てて小さく頷く。それを見て満足したのか、カールは掴んでいた手を漸く離した。


 張り詰めていた緊張が取れ、セリアは身体全体から力が抜け落ちたように息を吐く。何はともあれ、一応話しはついたのだから。


 ホッと安堵したセリアは、漸く本題に入れそうだと口を開いた。けれど次の瞬間、その肩を軽く押され、寝台に倒れ込む羽目になる。

 柔らかなマットレスに沈んだ背から痛みが走り、その所為で滲んだ瞳がバッと見上げた先では、再び呆れたように自分を見下ろす紫色の瞳。

「用が終わったならさっさと休め。身体はまだ辛い筈だ」

「あっ!で、でも、そのまだ話が……」

 例の報告書のことを頼まねば、と咄嗟に起き上がろうとするが、上から毛布が被せられ強引に動きを封じられた。

「ペトロフの報告書の件なら聞いた。お前は何も心配するな」

「えええ!」

 い、いつの間に。というより、誰が彼に話したのだろう。それよりも、自分から頼めとルネに言われているのに、これでは意味がないではないか。


 内心で驚きまくるセリアを他所に、実は話はどんどんと進んでいたようだ。カールは、もう用事は終わったと今度こそ背を向け扉を目指す。

「どうするかは、その報告書を読んでからだな」

「よ、宜しく……お願い、します……」

 ポツリと呟いた声は届いたのか。確認する前に、カールはさっさと病室を出て行ってしまった。


 なんだか、彼等にまた多大な迷惑を掛けた気がして、セリアは再び気が重くなる。けれど、それと同時に疲労感も押し寄せてきて、セリアは軽く身じろぎすると、掛けられた毛布に顔を深く埋めた。


これで、本当にペトロフ氏が伝えたかったことは全部なのかな?私は、まだあると思うんだけど。でも、今はそれより考えなきゃいけないことがあるよね。


それにしても、驚いた。急に姉様達が来るなんて。


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