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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第二章 磨かれる原石〜
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打算 2

「それじゃ、暫くここで待ってて貰うぞ」

 暫く馬車に揺られ着いた建物の中、セリアは一つの部屋に放り込まれた。そこは、彼等が物置として使っているのか、ごちゃごちゃとした場所だ。幾つも並ぶ古そうな壷には、数枚の絵画が立て掛けられ、部屋の隅には小さな石像まで置かれている。

「あんまり触るなよ。売りもんに傷つけられちゃたまらねえからな」

 キョロキョロと見回すセリアに、男が釘を刺すように声を掛けた。グッとこちらを睨む少女に、ニタリと笑んだ男は手に持っていたものを放り投げる。綺麗な放物線を描くそれにハッとしてセリアが反射的に伸ばした手に収まったのは、既に見慣れたペンダント。

 えっ?と思うと同時に、男は更に笑みを深くした。

「とりあえず、それとの別れでも惜しんでたらどうだ?」

「…………」

 絶対に逃さないという自信からくる余裕。厭味ったらしく笑みを向けたまま扉を閉めて消える男を、セリアは力いっぱい睨む。けれど、大の男がその程度で怯む筈もない。



 その後セリアが、男が消えていった扉に耳を押し当てて外の様子を伺えば、窃盗団達が一仕事終わった後の酒を飲み交わしているようで、派手な笑い声が聞こえた。

「しかし、貴族ってのは何考えてんのか。小汚い首飾り二つにこんな大金出すなんてよ」

「まあ、何かあるんだろ。わざわざ死んだ貴族の家を家捜しして、小娘のお守りまでするなんて、厄介だけどな」

 ーー 首飾り二つ ーー

 その言葉にセリアはピクリと反応した。

 彼等の言う死んだ貴族とは、ペトロフのことだろうか。だとすると、彼の屋敷にもこの窃盗団は入ったのか。そこにあったのだろう、もう一つの首飾り。自分の持つ他にも、まだペンダントがあったなんて。

「まあそう言うな。明日あれを渡せば三ヶ月分の稼ぎだ。文句言ってたら罰が当たるぜ」

「そりゃそうだ!」

 再び大きな笑い声が響いて、食器がぶつかる音がする。これ以上何か使えそうな内容は聞けないだろうと判断したセリアは、扉から静かに離れた。そして、ジッと部屋の中を見据える。

 彼等の話が本当ならば、この中にある筈だ。ペトロフのもう一つの首飾りが。もうここまでくれば、ただの茶番だなどとは言っていられない。このペンダントには、必ず何らかの意味がある。とにかく、一刻も早く探し出さなければ。




 それは意外にもあっさりと見つかった。他の盗品であろう装飾品達と一緒に無造作に置かれていることから、彼等がこのペンダントをそれほど重要視していないことが分かる。一見すれば本当になんてことはない、ただの首飾りなのだから、当然かもしれないが。

 自分が渡された物と同様、金の鎖に繋がれた茶色の円には百合の花が彫られている。けれど何処にも変わった様子はない。唯一気になる点といえば、ペンダント全体が妙に傷だらけということだろうか。

「傷?」

 そういえば、とセリアは思い出す。自分の持っていた方も、所々に傷が付いていなかったか?

 慌てて手の中のペンダントを確認すれば、思ったとおりこちらは円の縁に傷が付けられていた。


 明らかにわざと付けられた傷に、セリアは妙な引っ掛かりを覚える。まさかとは思いながらも試しに二つのペンダントの二つを向かい合わせてみた。すると、二つのペンダントの縁の傷が、ピタリと重なったのだ。

「なっ!?」

 一瞬信じられないと言うように目を見開くが、繋ぎ目を合わせれば、きちんとそれは文字になった。これでは、今までこのペンダントの意味を理解出来なかったのも仕方ないだろう。まるで悪戯好きの子供が仕掛けた謎解きのようだ。

 片割れだけを渡され、これにどんな意味があるのだと散々考えあぐねた自分に、セリアは呆れそうになる。けれど自分の役目を思い出し、文句は後にしようと考え直した。とりあえず、この内容を書き写さねば。


 サッとセリアは視線を上げるが目に入るものといえば数々の盗品。その中にも筆記に役立ちそうなものは無い。暫く悩んだセリアが意を決したように立ち上がると、置かれている絵画の一つに手を伸ばした。そして、心の中で絵師に詫びながら、その端を破り取る。ビリッ!と良心に響く音とともに、絵画の端は何の価値もない切れ端となった。


 無残に絵の端が消えてしまった風景画に痛む心を無視して、セリアは再び部屋を見渡す。とりあえず、次はインクの代わりを探さねば。けれど、これは中々見つからない。どう頑張っても、骨董品の類は役には立ちそうにはないし。

 どうしたものか、と考えるセリアの目に次に映ったのは、豪華な作りの装飾品達。宝石が放つ色取り取りの輝きを見ながら、セリアに一つの考えが浮かんだ。そして、それの一つに手を伸ばすと、尖った金属の先を掌に押し付け力を込める。皮膚を破る僅かな痛みの後、掌に描かれた線から赤い液体が滴り始めた。

 これでいいか、とセリアは血で濡らした指を絵画の切れ端の裏に滑らせる。


 赤い文字が並ぶ絵の切れ端を服のポケットに仕舞うと、セリアは再び輝く宝石と装飾品を手に取る。それをペトロフのペンダントに押し付け、力いっぱい擦り合わせた。

 非常に心が痛いが、これを敵に渡す訳にはいかない。ペンダントを狙ったのなら、間違いなくここに書かれていたことが狙いだろう。誰だかは知らないが、少なくともペトロフが見せて良いと判断した相手ではない筈だ。

 ガリガリと無慈悲な音を立てながら少しずつ縁が削れていくペトロフのペンダントと、傷だらけになる宝石達から目を逸らしながら、セリアはそれでもペンダントの文字が読み取れなくなるまで必死に手を動かした。けれど如何せん良心に響く。流石のセリアでも、美しかった宝石がその価値を無に近づけて行く姿は、心苦しいらしい。


 ある程度削り、ここでの用事が終わるとセリアはさっさと逃げ出さねば、と立ち上がった。ペトロフの伝えたかった事はまだ解らないが、ここに書かれてある通りにすればそれは解決する筈である。そして先ほど部屋を物色していた時に見つけた宝剣を手に取った。

 こんなものまで、一体どこから盗んできたのだろうか、と僅かに感心してしまう。


「……重い」

 宝石で飾り立てられ、剣よりも宝としての価値を重要視したそれは、決して戦闘向きではない。しかし、ほんの少しの間相手を威嚇するだけなら、こちらの方が効果的か。

 宝剣を数回振り手に馴染ませる。よしっ、と意気込むと扉に近づき、再び聞き耳を立てた。先ほどの騒ぎは終わったようで、今は三、四人程度の足音しか聞こえない。これなら。



 右手に宝剣、左手にペトロフのペンダントをしっかりと握る。外への出口まで、そこまで距離は無かった筈だ。扉を蹴破り、目の前で目を見開く男達に、手を振り回しながら向かって行く。

 窃盗団達も、華奢で地味な少女が反撃してくるとは思っていなかったようで、唐突に開いた扉に一瞬反応が遅れた。慌てて取り押さえに掛かるが、身軽な動きで躱されてしまう。そうして襲い掛かる男に剣で必死に応戦しながら、セリアは一直線に外を目指した。


 あと一歩で外へ出られる、という所で後ろから怒声が聞こえセリアは振り返った。

「小娘が。なんの積もりだ!」

 今にも自分を殴り倒しそうな勢いの頭目の男に向かって、セリアは手に持っていたペトロフのペンダントを投げつけた。それは予想していなかったのか、頭目も呆気に取られたような顔をする。

「それはお返しします!だから、見逃してください!」

「ああ? 大人しくしてれば危害は加えないと言わなかったか?」

「ペンダントはお渡ししました。この場所のことは絶対に口外しません。もう私に構わないで下さい」

 それだけ吐き捨て、セリアは外へ飛び出し、そのまま必死に足を動かす。彼等に恐怖したあまりペンダントを諦め、逃げ出した風を演じた積もりだが、信じてくれただろうか? いや。そんなことどちらでも良い。とにかく、今は走らねば。



「頭!追わないんですか?」

「……いや。必要な物は手に入れたんだ。ガキ一人にそこまで手を焼いてる時間は無いだろ。それより、ここを引き払う方が先だ」

 ここで追いかけても、また暴れられれば面倒になる可能性もある。それに、目的の首飾りは手元にあるのだから、深追いする必要はない。それよりも、少女がこの場所のことを通報した時の対処が先だ。口外はしないと言っていたが、保障は出来ない。

「さっさとしろ!」

 後ろで戸惑う部下達に指示を出しながら、頭目の男はすぐに次の行動に移った。









 セリアならば何らかの足跡を残す筈だ、と広場の周辺を必死に探し、漸く見つけた細い線を候補生達は急いで辿っていた。逸る気持ちは正直で、流石の候補生達も息が上がっている。



ーー何処に居るんだ?

 ランが強く噛んだ歯が、奥でギシリと音を立てる。焦る気持ちが邪魔をして思考を狂わせ、胸に燻る不安は隠しきれない程。冷静になろうとしてもどうしても苛立ちが勝ってしまう。

 何故、いつもセリアなのだ。危険に晒されるのも、何かに巻き込まれるのも。責任を背負うのもいつも彼女だ。これが他人だったなら、ここまで自分は焦らない。セリアが目の届く場所に常に居る存在だったなら、どれほどよかっただろうか。

 苛立ちも不安もマイナスの用途しか持たなくとも、その感情を追い出せない。ただ一目。一目だけで良いのだ。彼女が今も無事だと、確認出来たのなら。


「皆!!」


 耳に飛び込んだその声に、遂に幻聴まで聞こえたか。と呆けた頭に、再びその声が響く。弾かれたようにそちらを向けば、安堵を含んだ瞳でこちらへ走ってくる、栗毛の地味な少女の姿があった。

「セリア!?」

 無傷なその様子に、候補生達の身を切るような緊張と苛立ちも多少だが緩む。

「セリア。無事か?」

「うん。全然平気」

「本当に、何もされていないのか?」

 疑わしげに、確認するように見詰めて来るランに、セリアは深く頷いた。その必死な様子からも、彼等を相当心配させてしまったようだ。申し訳なく思う気持ちもあるが、それは後でゆっくり伝えられる。けれど、その前に今はすべきことがあるのだ。


「それより、何か掴んだのか?」

 相変わらず冷えた声を向けるカールに、セリアは真剣に向き合った。

「うん、何とか。でもその前に……」

「危ない!!」

 咄嗟に後ろからザウルに引かれ、逆らうことが出来ず従う。呆然とするセリアの目の前で鋭利な剣が振り下ろされ、はっと我に返った時には、周りを数名の男達に囲まれていた。

 まさか、窃盗団が?と顔を青ざめるセリアだが、どうも様子が違う。こちらを睨む顔の一つに見覚えはなく、何より、彼等はこの様な殺気など纏わせていなかった。

「無事に学園には帰さない積もりか……」

 強く見据えるイアンの言葉に反応したように、男達がその武器を構えた。漸く頭が事態に追いつくと、セリアも先ほどから手にしている宝剣を男達に向ける。しかし、それは横から奪われてしまった。

「へっ?」

「お前はそれを使え」

 冷たい瞳で見下ろされながら押し付けられたのは、普段学園で使っている剣。やはり、先ほどの宝剣よりも遥かに手に馴染む。自分は少し振るのが精一杯だった重さのそれを、軽々と構えて見せるカールに多少の悔しさを覚えるが、今はそんな場合ではないだろう。


 こちらにも応戦の意思があることを確認したのか、殺気を強めた男達によってその場の空気も凍る。次の瞬間、緊張した静寂を破ったのは、間合いを詰めた男達と候補生達の剣が交わる音だった。

 鋭い音が響くと同時に、金属同士が激しくぶつかる。一人が振り下ろした剣を、セリアは咄嗟に防いだ。グッと腕に掛かった重みを横に払い、一瞬の隙を突いて男の剣を薙ぎ払う。サッと走らせた視界の端で、他の候補生達も同じように抗戦しているのが映った。けれど、敵もそう簡単にやられるような輩ではないらしく、皆それなりにてこずっている。


 ――だめか。


 声にすることなくセリアはそう呟くと、意を決したように踵を返し強く地を蹴った。そのまま、男達の間をすり抜け、薄暗い道を目指す。

「やめろ!俺達から離れるな!!」

 後ろから候補生達が咄嗟に少女を追うべく地を蹴るが、それは前に立ちはだかる男達に阻まれてしまった。

「退け!!」

 それでも少女に追いつこうと必死に男達を薙ぎ払って行く。けれど、思うように前に進めず、遂にはその後ろ姿を再び見失ってしまった。

「戻れ!セリア!!」

「セリア殿!!」

 後ろから聞こえる候補生達の声を、歯を食い縛って無視するセリアはそれでも走り続けた。




 地を蹴る足を止めないまま、セリアは制服のポケットに手を伸ばす。取り出した掌に乗っているものを見遣れば、己の血で書かれた文字が、歪だが確かに並んでいた。

 友人達は無事だろうか? 胸に過る不安は拭えないが、足を止める気はなかった。自分の行動が最善の策かどうかは解らない。それでも、とセリアはグッと歯を食いしばる。

 これが、今の自分に出来ることだ。これが……

 ぎゅっと瞳を閉じたセリアに、暗闇から静かに銃口が向けられる。月明かりに反射し黒く光るそれをセリアが目にする前に、火薬が破裂する音がその場に散った。


「……っ!?」


 一瞬の出来事に、何が起こったか解らない。ただ、気付いた時には自分の身体は地面に倒れこんでいて、脇腹を強烈な痛みが走った。

「…………あっ……」

 絞り出された声は、驚くほど弱々しく、か細い。

 地面に広がる赤い模様を目にしたセリアは、無意識に手で傷口を押さえるが身体から流れる血液の量は変わらない。それを何処か現実離れしたことのように感じながら、下がる瞼を懸命に押し上げる。けれど、身体から力は確実に抜けていった。


 遠のいて行く意識の中、確かに響く足音。すぐ傍に感じた気配が、己の手から離れ、傍に舞い落ちてしまったものに伸びるのが分かる。遠くで聞こえた自分の名を叫ぶ友人達の声に、その気配も遠ざかった。

 抗わねば。目を開けなければ。頭は動くのに、身体から急速に逃げて行く熱の所為で、まともに指の一本すら動かせない。


 視界を被う闇にセリアが意識を任せた時には、傍のあった筈の気配も完全に消えていた。


自分には、ただ待つことしか出来ません。今、こうして貴方が戻って来ることを信じて。それがとてももどかしくて、心苦しい。

どうすれば、貴方はもう一度微笑んで下さいますか? どうすれば、その苦しみを和らげることが……


せめて、貴方の見る夢が、安らかなものであるように



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