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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第二章 磨かれる原石〜
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来寇 4


「ラン。少し落ち着いて下さい」

「私は冷静だ」

「ですが……」

 早足で歩くランの後を、ザウルは困り顔で追っていた。今の状態の彼に何を言った所で、きっと聞こえやしないのだろうが。ただでさえカールの事となると反射的に反発するのに、今回はそれだけではない。


 温室を離れ校舎の近くまで戻ってきたところで、視線の先に目的の人物を見付け漸くランも歩調を緩めた。そして向こうもこちらに気付いたようで、動かしていた足を止める。

「クラリス嬢」

「………ランスロット様」

「少し、君に聞きたい事がある」

 いつもの雰囲気とは明らかに違う。威厳するようにこちらを強く見据えるランの瞳に、クラリスは瞬時に何事かを悟ると、余裕の笑みを返した。


 自分に疑惑の瞳を向けるラン達の話を、微笑みさえ浮かべながらクラリスは聞く。その悠然とした態度は、やはりカールを引き入れたという自信の現れなのだろうか。

「……私が、地位の為に彼女を追い落とそうとしている? フフフ。とても面白いお話しですが」

「違うと言えるのか?」

「そうですね。結果的にはそうなるかもしれません。それがなにか?」

 凛と立つクラリスは、まるで当然だとでも言わんばかりの態度を崩さない。訝しむように自分を見据えるランに改めて向き直り、クスリと再び笑いを洩らした。

「伝統を重んじる姿勢は必要です。ですが、古き習慣に固執してばかりもいられません」

「だから、君の言葉は正しいと?」

「私は間違った事は申しておりません。頑なに習慣を守ろうとするばかりでは、来るべき発展の時を見逃してしまう。だからこそ、変化を急ぐ一部の者が過った選択をしてしまった時に気付かないです」

 声高に言うクラリスは、『過ち』の言葉を強調した。その途端に、ランの眉もピクリと動く。クラリスの言う過ちが、何を差しているのかなど解り切っているからだ。

「そうならない為にも、周りも納得する形での進歩が必要です。そうは思いませんか?」

「君の主張を批判する積もりは無いが。だからといって同意出来る点ばかりではないことも事実だ」

「多くの生徒は賛同してくれています。それは私の言葉が正しいことを示しているのでは?」

「必ずしも、そうだとは限らない」

 ランの最後の言葉に、クラリスは勝ち誇った笑みを向ける。まるで、そんなもの取るに足らないというように。それにランも押さえていた苛立ちを僅かに表した。

「……君は、一体この学園で何をしようと言うのだ?」

「そのくらいにしてもらおうか。ランスロット」

「っ!?」

 後ろから聞こえた、クラリスの物ではない声に、ランは反射的に振り向く。とてもよく聞き慣れた声の先で見たのは、ゆっくりと歩く銀髪の青年。ランが怒気を含んだ声でその名を呼べば、フンと鼻で笑われた。その本人は、眉一つ動かすことなく一歩ずつ近付いてくる。

 ランの横を静かに通り過ぎ、カールはクラリスを護るようにその肩を抱き寄せた。その腕に、クラリスも誇らしげに身を任せる。冷めた瞳でこちらを睨む男を、ランは信じられないものを見る様な瞳で凝視した。

「カール様も、私の考えを認めて下さいました」

「……っ! カール……」





「お前は、自分が何をしているのか分かっているのか!!」

 怒りを押さえることもせずに自分を睨みつけるランを、カールは見ようともしない。

 フロース学園男子寮の談話室は、この二人の所為で殺伐としていた。その雰囲気に、どうしたものか、とイアンが一人頭を掻く。あまりの剣幕でカールの後を追ったランに、心配になって来てみればこのざまだ。何があったのかは大体想像がつくし、カールの真意はイアンも知りたい所なので、二人の言い合いをただ見守るだけだが。

 今にも掴みかからん勢いのランに、カールは臆することなくゆったりと椅子に座っている。そのことが、ランの怒りを更に助長させているのを知っていながら。

「彼女のしようとしていることを、お前は分かっているのかと聞いているんだ!」

「無論承知の上だ」

「ならば何故あんなことをするのか、その理由を言え!」


 クラリスが自分の主張を掲げる際、彼等が問題視している点。それは、彼女の言う「過ち」という言葉にある。彼女の言い分を聞けば、自分達が変化を頑なに拒んできたことによって、一部の者が強引に変化を押し進めようとするのだという。その結果、それは過った結果を生み、次期に更なる過ちを生むと。


 この主張に、生徒達は大いに賛同した。その主な原因は、はっきり言えばセリアの存在だ。

 気取らず驕らない性格はセリアの魅力でもあるが、同時に他生徒に対する威厳が無いことでもある。その結果、未だにセリアが候補生となったことに疑問を抱く者は多い。そこで堂々とセリアは不相応だと述べるクラリスの存在は、他生徒達の胸に燻っていた不満を煽ったのだ。自分を賞讃する生徒達を、クラリスは巧みに誘導した。

 クラリスの言葉は、結果的に栗毛の地味な少女ではなく、自分こそがその地位に相応しいと言っていることに他ならない。過ちを正す為にも、自分が進める変化を受け入れて欲しいと彼女は述べた。そして、それに賛同する生徒は多く、その勢いは他の教師達にすら届き始めている。不満に感じたり不相応だと述べる者は居ても、今までは団結してまでセリアから地位を奪おうという動きはなかったが、ここに来てそうなる可能性が出て来た。最悪の場合、セリアは本当にその地位を追われるかもしれない。

「お前がそれを分かっていない筈がない。にも関わらず、何を考えている!」

「貴様にとやかく言われる謂れは無い。あの女の言葉に賛同するもしないも、私の勝手だ」

「お前は、セリアのことを考えないのか!?」

「愚問だな。あれよりも価値があると判断したまでだ」

「なっ!?」

 淡々とと述べたカールに、ランは目を見開き一瞬思考が停止する。それは、横で静かに二人を見守っていたイアンも同じだったようだ。普段ならば興味の無い人間には見向きもしないくせに、何かとセリアは気にかけていたのだから。カールもセリアのことを少なからず認めていたと思っていた。

「お前は、彼女の事を大切に思っていたのではないのか!」

「その様に言った覚えはない。利用する価値があるか否か。その点のみだ。」

「……価値が無いから、クラリスに付いたと!?」

「そうだと言ったらどうする」

 涼しい顔でサラリと言ったカールの胸倉を、ランは咄嗟に力一杯掴んだ。そのままグッと自分に引き寄せると、感情の冷めた瞳を睨みつける。

「私がさせない」

「……ほぅ」

「彼女は、私にとって特別だ。お前が何を考えていようと、好きにはさせない」

「……フン。下らん」

 強い決意の籠ったような碧眼を、取るに足らないと言った風に吐き捨てる。未だに自分を見据えるランの手を引きはがしながら、カールは鼻で笑った。

「貴様は何を見ている。そうすればあれが靡くとでも考えているのなら、愚かな」

「彼女を護りたい。私の気持ちはそれだけだ」

「下らない幻想を抱き、あれに何を望む。真綿にでも包んで何処かに隠しておく積もりか?」

 それこそ馬鹿な考えだ、と見下ろすカールからランは目を逸らさない。あまりの言葉と、目の前の男の行動に、それまで必死に押し殺していた感情が顔を覗かせる。頭に血が上り、込上げる言葉を選ぶことも忘れ、グッと拳を強く握った。

「ああ、そうだ!真綿でもなんでも、優しく包んで私の腕の中にだけ居ればいい。そう思っている」

「あれがそれを受け入れる筈もない」

「だとしてもだ。外へ思いを馳せることも無い程、私だけを見詰めてくれればと望むことの何が悪い」

「………」

 涼しい顔を崩さないカールに向かって、ランは言い切った。その言葉を、カールはまるで聞いていなかったかのようにそれ以上の反応を示さない。

 感情の冷めた瞳に、ランはこれ以上の問答は無意味だと悟ったのか、さっと踵を返して談話室を出て行ってしまった。その背に、カールはやはり声の一つも掛けない。

ダークブロンドの青年が扉の向こうに消えたのを見届けると、イアンもやれやれと凭れていた壁から背を離した。

「ったく。お前もランも、どうしてそうムキになるのかねぇ」

 先程の会話を戸惑った様子もなくすんなりと受け入れているのか、声色は普段と何ら変わりない。頭を掻きながらチラリと視線をやるが、銀髪の青年は相変わらず涼しい表情だ。それにイアンも同じく無意味だと判断したようで、そのままこの場を離れようとランが消えた扉に足を向ける。

「まっ、お前の真意は何時も後で分かるからな。今のところは、何考えてるのか分からねえが」

 半分開いた扉の前に立つと、イアンは一度足を止めた。そして、首だけを動かしカールを見遣る。その瞳は、それまでの明るい口調からは考えられないほど、鋭かった。まるで、獲物を視界に捉えた時の捕食者のように。

「でもな。もし、本当にランの危惧してる通りになったら、俺は遠慮なくアイツに手を伸ばすぞ。これだけは言っておくからな」

 もし、セリアが候補生の地位を失ったなら、自分にとってこれほど都合の良いことはない。夢も国への忠誠も関係無く、全てを忘れさせる。そして、最終的には自分の腕の中だけに閉じ込めるだろう。それは、ランの言った様なものとは全く違う。どこまでも身勝手な我欲の固まりのような欲求だ。

 自分も言うようになったものだな、と半分自嘲するように笑うと、イアンは瞳を和らげた。

「それと、あのクラリスって女は、アロスクロテーヌ学園でも随分好き勝手してたみたいだぜ。一応、教えといてやる」

 確認すれば、答えは驚く程はっきりと返って来た。アロスクロテーヌ学園で絶対君主と呼ばれ、生徒や教師を思いのままに動かす程の権力を保持していたのは、やはりクラリス・シュライエだった。

 思い出したように言うイアンの言葉にすらカールは反応を示さず、ただ一人ソファに座ったまま瞳を閉じる。何かを考え込むカールを一瞥すると、イアンは静かにその場を去った。




「ラン。少し落ち着こうよ」

「………」

 怒りを抱えたまま部屋に戻ったランを、ルネとザウルが困り顔で迎えた。談話室から大声がしていたので、きっとこうなるだろうと心配していたのである。ゆっくりと紅茶を勧めるルネに、ランは眉間の皺を僅かに解いた。

「何があったかはよく分からないけど。取り敢えず、今はもう少し様子を見よう」

「……私には、彼の考えが読めない」

 独り言のように呟くランに、ルネとザウルも顔を見合わせる。本人は何が起こったかを語ろうとしないが、どうやらセリアの事が関係しているのは間違いなさそうだ。クラリスの事を問いただしに行ったのならそうなるのだろうが。一体、彼等の間で何があったのだろう。というより、カールはランに何と言ったのだろうか。

 本人は語ろうとはしないが、ルネには大方の予想が付いていた。

「素直じゃないからね。カールは」

「そういう問題ではない」

「そう? 僕には、とても単純なことに思えるけど」

「…………」

「まあ、今は何を言っても仕方ないよ。最終的に、クラリスがどう出るか解らないし、転入もまだ決まった訳じゃないから。それに、何かあっても僕達が力一杯セリアの助けになるでしょ?」

 笑ってそう言うルネに、ランは当然の様に頷き返した。例え何があっても、あの少女に危害は加えさせない、と意気込むランにルネも天使の笑みを向ける。

 その様子に、ザウルは僅かに表情を俯かせた。何処か切なげに細められた琥珀の瞳にランも気付く。

「ザウル。どうかしたのか?」

「いえ。ただ、自分には貴方の想いがとても眩しく見えて……」

「……?」

「自分には、その様な気持ちがありませんから」

「何を言っている。君も彼女のことを……」

「ええ。それは勿論。自分もセリア殿を心からお慕いしています。ただ……」

 確かに、自分もあの少女を好いている。けれど、ランのような立派な想いの形ではない。彼女を護りたい、と強く言うランは、やはり何処か眩しく映ってしまう。

「自分の気持ちは、ランの様な、強くあの方を護りたいという意思とは違うのです」

 剣を振り回し、勇ましく前を見据える栗毛の少女。自分の中で、セリアはただ護られているような、そんな弱い存在ではない。何事をも撥ね除けてしまうような、とても強い者だ。

「むしろ、彼女に救われているのは自分です。あの方の周りは、とても温かく柔らかい。だからこそ、自分は甘えてしまう」

 女々しいことを言うようだが、自分は彼女を護るだなどと、そんな立派なことは言えない。それどころか、何度彼女に救われたことだろうか。自分にとって、彼女は安らげる場所なのだ。それはとても心地よく、自分を受け入れてくれることを無意識にでも望んでしまう。

「とても、身勝手な想いなのでしょうが……」

「…………」

 俯くザウルに、ルネはニコリと笑みを向けた。そして、その前にも湯気の昇る紅茶を差し出す。

「そんなことないよ。皆、セリアが大好きなんだもんね」

「………」

「でも、取り敢えず今は様子を見よう。カールの事も気になるけど、今の所僕達に出来ることは、何もないんだし」

 想いの形は人それぞれだ。それをどう受け止めるかは、彼等と、そしてセリアの問題だろう。けれど、今はもっと別の問題がある。とにかく、クラリスの件をどうにかしないことには。

 まったく、あの少女はどうしていつも問題ばかり起こすのか。今頃、何も知らずにぐっすりと眠っているのだろうが。


 フッと溜め息を吐いたルネの考えは、正に的中していて、セリアは平和な女子寮の一室でしっかりと夢の中であった。




 なんで、こんな事になってるんだろう。あの二人に何かあったのかな。仲が悪いのはいつもの事だけど、今回はちょっと違う様な。というより、凄く怖い。

 それに、皆揃ってどうしたんだろう。私だって、一応知ってるのに。



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