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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第二章 磨かれる原石〜
58/171

要因 1

「またか」

「……そうみたいね」

 珍しく難しい顔をした校長が発した声に、クルーセルも同意を返した。その視線の先では、今週に入って無断外泊をした者の名前が連ねられた紙が、静かに質の良い机の上に置かれている。

 ここ数日で頻発しているこの問題に、校長も眉を寄せていた。問題を解決しようにも、生徒達は一向に自分達の行き先を語ろうとしない。こんな事は前例がない為、こちらもどう対処するべきか悩む。

「誰に聞いても言いたくないの一点張だしね。無理に聞くことも出来ないから厳重注意に留まってるけど……」

 クルーセルの言葉通り、学園側はまだこの問題を大事にはしていない。それは、相手が悪い為か、生徒達を思ってのことか。それとも何か他に理由があるのか。校長の真意を計ることは難しい。

「どうする? もう少し厳しく注意した方がいいかしら」

「いや……その必要はない」

「了解」

 難しい顔のまま出された校長の答えに、クルーセルはまた普段の笑顔で頷いた。






「ベアリット嬢」

「は、はい!!」

 後ろから突然声を掛けられセリアは驚いて振り向いた。視線を彷徨わせて声の主を探せば、不機嫌そうな顔と同様、不機嫌そうな雰囲気を醸し出している男子生徒が、廊下の向こうからこちらを睨んでいる。それも、既に見慣れてしまった顔だ。カールハインツを慕う、自称彼の部下の一人である。彼等はどうも自分を敵視しているらしいが。

 今にも不満が飛んできそうな勢いの彼は、落ち着く為か深く息を吸い込むと、ズイッと一枚の紙を突き出してきた。

「カールハインツ様が、温室に来る前にこの資料を図書室から持って来いとの仰せだ」

「は、はぁ。分かりました。ありがとうございます」

 それだけ言うと、男子生徒はカールハインツから用事を頼まれたのが自分ではなく目の前の地味な少女だということに不満を抱きながらも、逆らうことはせずに足早にその場を去っていった。

 セリアは突き出された紙を確認しながら、そういえばランとの攻防が授業からまだ続いていたのだったな、と思い出す。恐らくこの中にはランが欲しがっている資料もあるのだろう。その間に、お互い飽きもせずに舌戦を繰り広げているのだろうが。ようするに、雑用を押し付けられたようなものである。とはいっても、丁度図書室へ用事があったところなのだから、別に気にはしないが。

 それにしても、まったくあの二人はどうしてこうも仲違いするのだろうか。とブツブツ独り言を呟きながら、セリアは目の前に聳える大きな扉を開けた。途端に目に飛び込む書籍がびっしりと詰め込まれた棚の数々。授業の後の一時を過ごしているのだろう、所々で雑談する生徒の姿も目立つ。

 セリアが一歩中へ入ると同時に一瞬の静寂が流れたのだが、今更気にはしない。もう慣れてしまったな、と軽く溜め息を吐きながら、目的の棚へ向かって足を進めた。

 広い図書室内を歩き回りながら自分の用事を済ませると、今度はカールの部下から託された紙に視線を向ける。そして、同時に息を吐き出した。

「これ……」

 そこに書かれてあるものは、図書室の中でも奥まった場所にある物ばかり。加えて、今自分はそこからかなり離れた場所に居るのだ。同じ図書室内に変わりはないが、かなりの広さを誇るこの場所を行ったり来たりするのは、なんとなく精神的にも疲れる。かといって、今から温室へ行って自分で探せ、と突っ返すわけにもいかない。そんなことをすれば、途端に魔王様が降臨するに違いないのだから。

 仕方ない、と肩を落としてセリアは再び足を動かした。




「…い……な…」

「……れ……だ…」

 目的の棚まで辿り着いた時、ふいに話し声が聞こえた気がしてセリアは首を傾げた。棚の陰に身を隠しながらそうっと覗き込めば、案の定二つの影が棚の前で声を潜めながら話している。二人はこちらには気がついていないようで、コソコソとした話し声はまだ僅かに聞こえた。

 こんな図書室の奥を選ぶとは、恐らく他人に聞かれたくはない内容なのだろう、とセリアは推測する。このまま何も聞かなかったことにして立ち去った方が良いのだろうが、しかし困った。彼らの前を通らねば、自分は目的の棚まで辿り着けない。彼らの話が終わるのを待ってもよいのだが、早くしなければ、ことの原因である魔王様から嫌味の一つでも飛んできそうだ。

 さて、どうしようか。と困惑したセリアの耳に、話し声が今度ははっきりと飛び込んできた。 

「昨夜はどうだったんだ?」

「ああ。噂通り、なかなか楽しかったぜ」

 その内容に、セリアは再び首を傾げ、もう一度彼等の姿を伺うべく棚の間を覗き込む。目を凝らして見た先に居たのは、近日目立つ無断外泊した生徒の内の一人。候補生だから、という理由ではないが、セリアも最近生徒達の間で生じた風紀の乱れが気になってはいたのだ。その生徒がこんな会話をしていれば、セリアでなくとも気になってしまうというもの。セリアは当初の目的も忘れ、後ろめたいとは思いつつも、息を潜めながら僅かに聞こえる二人の会話に集中した。



 そのまま暫く聞いていて、分かった事は一つ。どうやら、生徒達は全員レイダー・ペトロフ、という男の屋敷を尋ねていたらしい。それを知ったセリアは今、図書室で調べられる範囲内の貴族の名や家などの資料を必死に捲って行った。

「レイダー・ペトロフ……」

 その名を呟きながら、該当する手がかりがないかと懸命に探す。とその内に、目当ての名を見つけた。

「ペトロフ……伯爵」

 やはり、複数の生徒を毎夜のように招いて宴を楽しむだけの余裕があるなら、貴族だろうと思ったのだが。とにかく、今はそれが分かっただけでも良しとしよう。本当にこの男が今回のことと関係しているのか、まだ確信はない。恐らく外れてもいないだろうが。

 広げていた資料を手早く片付けると、セリアはさっと踵を返した。







 レイダーのことを調べるのに、思ったよりも時間を取られてしまったようだ。急がねば。と焦りながらセリアが温室へ足を踏み入れた途端……

「遅い」

 横からその一言が飛んできた。びくっと肩を揺らしたセリアが恐る恐る視線を向ければ、明らかに不機嫌顔のカールが、そこに静かに佇んでいる。

「セリア、お疲れ様。遅かったけど、どうかした?」

「えっ!? ううん。なんでもない」

 カールに資料を手渡しながら、心配げに聞いてきたルネにセリアは咄嗟にそう答えた。まだ、ペトロフ伯爵が本当に今回のことと関連しているか解らない。彼の名前を候補生達に告げるのは、少なくともそのことを確認してからの方が良いだろう。とセリアは先ほど知った事実を自分の胸の内にしまった。

 とはいえ、妙にそわそわしながら、大袈裟に反応するセリアの様子に候補生達が気づかない筈がない。不審に思い、セリアにどうかしたのかと再度聞いてみる。がしかし、幾ら聞いても本人は強情にも全く答えようとしなかった。何に対しても、なんでもない、としか返さないセリアに、候補生達も一度顔を見合わせる。

 けれど、それでもセリアは決して言葉を発しなかった。






 日が沈み始め、夕方の色が辺りを染める頃、校門の傍をコソコソと動く小さな影があった。言わずもがな、セリアである。候補生達を何とか躱し、どうにかここまで来れたことに安堵し、セリアは短く息を吐いた。

 ペトロフの屋敷の場所は確認済みである。あとは、その場を訪れて本当に生徒達の夜間外出と関わりがあるかを確かめればよい。その後に校長に報告して、そして候補生達にも話して……

 セリアがこれからの計画を思い浮かべながら校門を出て行こうとすると、いきなり後ろから襟首を掴まれた。

「わっ!!」

突然の事に驚くが、そのままぐいっと引かれ後ろへと倒れ込んだ。突然のことにセリアも呆気無くバランスを崩す。咄嗟に強張らせた身体は転倒することなく、別の腕にやんわりと抱きとめられた。けれど、転ばずに済んだことに安堵するよりも、セリアは自分の襟首を掴んだ者の正体に全神経を集中させる。恐る恐る背後を伺ってみれば、そこには思ったとおりの人物達が勢揃いしていて、

「げっ!」

 気付けばそんな声を上げてしまった。けれど、しまった、と思う暇もなく、その場の全員からキツイ睨みを頂戴する。壮絶に青ざめながら縮こまるセリアに構わず、候補生達は苛立ちを募らせていた。

「色々と言いたいことはあるが。まずはセリア。君は一体ここで何をしている」

 明らかに苛立ちを含んだランの声に、セリアは途端に目を逸らした。先ほど温室で問われた時になんでもない、と言い切った分、嘘を吐いていたことがバレてきまりが悪い。というより、何故バレたのだ。とにかく、このままでは非常にまずいのではないか。ここはすぐに言い訳を考えなければ。しかし、一向に何と言ってよいか思い付かない。


 オロオロとしだすセリアを候補生達も微動だにせずジロリと睨む。けれど、後ろから聞こえた新たな声に驚いて振り向いた。

「皆、ここで何してるの?」

「クルーセル先生!」

「最近、生徒達の夜間の外出が目立つから、ちょっと心配になって来てみたんだけど」

 いつになく困り顔でこちらへ歩いてくるクルーセルに、セリアはまずい、と瞬時に顔を青くさせた。もしかしなくとも、これは自分も疑われているのではないだろうか。確かに、まさに今無断で外出しようとしていたところだったのだが。

「とりあえず、ここで何をしていたのかしら?もう寮に戻ってる時間でしょ?皆に限って心配はないと思ってたんだけど」

「ち、違います先生!!」

 眉を寄せて首を傾げるクルーセルに、セリアは強く反論する。

 クルーセルの言葉に、セリアは血の気が更に失せるのを感じた。このままでは自分だけでなく、他の候補生達まで疑われてしまうではないか。しかも、明らかに自分の所為でだ。こんなことにする積もりは全く無かったのだが。けれど後悔してももう遅い。とにかく、この場はきちんと説明する他ないだろう。

「その……彼等は私が出て行こうとしたのを止めていただけで……」

「そう。でもセリアちゃん。貴方は何処へ行こうとしていたのかしら?」

「そ、それは……」

 セリアがチラリと視線を上げると、未だにこちらを強く見据えるマリオス候補生達。その視線からも、さっさと説明しろ、といった感じの威圧を感じる。逃げ場を失ったセリアは深く息を吐き出すと、渋々白旗を揚げた。




「あら。そうだったの」

 セリアがオロオロとしながらも必死に説明する内容を、クルーセルは全く疑う様子も見せずに、うんうんと頷きながら聞いていた。まるで、最初から何か理由があったのだろうことを分かっていたような様子だ。

 それとは対照的に、横でセリアの話に耳を傾けていた候補生達は、心底呆れた様な視線を向けた。セリアの無鉄砲かつ無謀な行動力は理解している積もりだが、やはりこうして見せ付けられると内心穏やかではいられない。

「それでセリアちゃん。その伯爵の屋敷に行って、どうする積もりだったの?」

「そ、それは。その……もし本当に彼に今回の原因があるのでしたなら、学園の生徒達を夜間に屋敷へ招く行為を控えてもらえないだろうかと交渉できないか、と思いましてでして」

「……一人で?」

 クルーセルのもっともな意見に、セリアもグッと言葉に詰まった。正直、その辺りのことは全く考えていなかったのだ。とにかく彼の屋敷へ行き、生徒達の夜間外出先が彼の屋敷だったならば何かしなくては。と、また咄嗟に浮かんだ考えのみで行動しようとしていた。候補生達にもそのことはお見通しだったようで、苛立ちを含んだ溜め息が先ほどから数回セリアの耳にも届いている。


 とにかく、夜間に無断外出をしようとしたのは自分だけなのだから、候補生達が咎められるような事態は避けなくては。とセリアが弁解しようと口を開いたが、その前にクルーセルの口からは楽しそうな声が飛び出していた。

「ダメよ。こんな可愛い女の子を一人でそんな危ないところへなんか行かせられないわ。そうでしょ、みんな」

「はっ?」

 突然同意を求められ、候補生達も反応に遅れる。けれど、クルーセルはそんなこと気にした様子を全く見せず、更に続けた。

「もうセリアちゃんたら水臭いわね。最初から私達に話してくれればいいのに」

「え!?あの……」

「でもやっぱり逞しいセリアちゃんの姿は素敵ね。惚れ惚れしちゃうわ」

 もうそれは上機嫌で訳の分からないことを口走り始めたクルーセルに、セリアもどう反応してよいか大いに戸惑う。けれど、途端にクルーセルが真剣な表情を見せたのでセリアも固まった。

「そうね。そこまで分かったなら、何かしないとね。さて、どうしようかしら?セリアちゃんにお願いするのはやっぱり心配なのよね。それに、わざわざそこまでしなくても良いのよ」

 何処か楽しんでいるような声で言われた言葉に、セリアは反応を見せる。そして、咄嗟に言葉が口をついて出た。

「い、いえ。あの!私はこのことを解決出来るのなら、精一杯のことをやりたいと思ってます」

「うーん。気持ちは有難いし、セリアちゃんなら任せられると思うんだけど、やっぱり一人じゃ心配なのよね」

「そ、それは……」

 生徒達の風紀の乱れは学園内だけに留まらず、街にまで噂が広まっていた。白昼堂々と街を歩きながら学園へ戻る生徒がここ数日で何人も目撃されているのだ。当然、噂好きの人々がそのことを勘繰らないない筈がない。それと同時に、学園内の雰囲気も何処かピリピリとしたものになっていった。そんな状態が改善されるのならなんでもしたい、と思っていたのだが。けれど、結局はまた候補生達に迷惑を掛ける結果になってしまった。自分の不甲斐なさを見せつけられているようで、情けない。

 徐々に暗い空気を纏い出すセリアに、クルーセルはやんわりと言い聞かせるように言った。

「セリアちゃん、どう思う。やっぱり、こんな時間に一人で外を歩かせる訳には行かないんだけど」

「あ、あの……」

「だから、誰かと一緒なら、お願いしようかと思うんだけど」

「はっ?」

 思ってもみなかった言葉にセリアはバッと顔を上げる。確認したクルーセルの顔は冗談を言っている風でも、ふざけている訳でもなさそうだった。それにセリアは更に目を見開く。つまり、クルーセルの言葉は本当に一人で外に出すことは出来ないという意味だけだったのか?

 呆然とするセリアに構わず、クルーセルは相変わらず楽しそうに続けた。

「それでセリアちゃん、どうする? やっぱりこのまま一人で行こうとする? それだと私もセリアちゃんを行かせる訳にはいかないの」

「そ、それは。あの……」

「ほら居るでしょ。セリアちゃんを助けてくれる、素敵なお友達が」

 ポンと肩を軽く叩いたクルーセルは、セリアに視線を動かすように促した。クルーセルに釣られて見回せば、候補生達が自分を強く見据えながらも、そこにジッと佇んでいる。

 そこで、クルーセルの言わんとしていることを漸く理解したセリアは、さっと顔を青ざめた。




解っていたことですが、やはりこうなりましたか。普段から無茶はなさらないようにと、あれ程言ってあるのに。彼女が、無茶をするな、という言葉に縛られることはないのでしょうが。



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