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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第二章 磨かれる原石〜
46/171

訪問者 3

 授業も終わり、帰り支度をしていたセリアから重いため息が漏れる。その日の授業にもあまり集中出来ていなかったのは、言うまでもないだろう。けれど、それは他の候補生達も同じである。


 この日は特に妨害も無く、妙にすんなりと授業が運んだことにハンスは眉を顰めた。

どうしたんだ。一体、何があったのだ。このクラスで授業が何の問題もなく終わるなんて、明らかに可笑しい。本来なら望ましい光景であっても、実際に突然何の前触れも無しに、こうも滞りなく事が進めば疑問に思うもの。というより、気味が悪い。天変地異の前触れか、と内心で警戒していた。

 そんなハンスに気付く事なく、セリアはもう一度重いため息を吐いた。

 一体、どんな相手が来るのだろうか。話の分かる者なら、なんとか婚約を考え直して貰えるかもしれない。けれど、母の言った言葉が本当なら、それもあまり望めないだろう。もうこの話はほぼ確実だと言っても過言ではないかもしれない。



 もう何度目か分からぬため息が、温室の空気に溶け込む。しかし、それを咎めるものはいなかった。先程からセリアは唸ったり、首を捻ったり、訳の分からない行動を繰り返している。他人が見れば間違いなく不審がるだろう行動も、理由を知っている候補生達は心配そうに眺めるだけだ。


「あ、あの……」

 突然聞こえた声に振り返れば、非常に困惑した様子の男子生徒が、恐る恐る温室に顔を覗かせていた。

「セリア・ベアリット君は……?」

「あ、はい。私ですけど」

「よかった。校門の所でお客様がお待ちです。それでは……」

 自分には恐れ多いこの場から一刻も早く立ち去るべく、男子生徒は早足でその場に背を向けた。その姿を見送ったセリアはもう一度大きな息を吐く。

 とうとう来てしまったか。こうなっては腹を括る以外無いだろう。

 仕方無い、といった風に立ち上がったセリアに続いて、候補生達も足を動かす。

「セリア。門の所まで送る」

「えっ!?でも、そんな……」

「いいから。遠慮するな」

 そんな必要は無い、とセリアは慌てたが、強引に押し切られてしまった。セリアの婚約者になるかもしれない男が来ているのに、ただ座って待つなど出来るわけがない。

 自分の後に続こうとする候補生達に、セリアはあたふたと狼狽えた。彼等がそこまでする必要は無いし、自分で行ける。

 けれど、絶対に引き下がらない、といった風の候補生達にセリアも口を閉じる他なかった。






「……カールは行かないの?」

「何故私が付き合う必要がある?」

 セリアとザウル達が去った後、ルネがその場に残り読書に勤しむカールにさり気なく尋ねた。案の定返って来たのは冷めた声。予想通りの言葉にルネも思わず笑いが込み上げて来る。

「気にならない?セリアの婚約者かもしれないよ」

「興味が無い。あれに付いて行く奴の気が知れんな」

 さり気なくこの場に居ない友人に毒を吐くカールに、ルネはやれやれ、と肩を落とした。

「そういうお前はどうなのだ?」

「僕?……あんまり大勢で行くとセリアが困るからね」

 相手の男を見た時の友人達の反応を見るのも面白いかもしれないとも思った。けれど、ぞろぞろと出て行く友人の姿に、その気も失せてしまったのだ。

「でも気にはなるかな。もしかしたら本当に結婚しちゃうかもしれないよ」

「くだらん。あれがそう簡単に他人に靡く筈がなかろう」

 さも当然だ、と言わんばかりにセリアの婚約成立を否定するカールに、ルネは苦笑した。

「そんなこと言って。もしセリアが喜んで婚約了承して帰って来たらどうする?」

「…………」

 あ、怒った。とルネは口内で呟く。その視線の先ではカールの周りの温度が急激に冷え始め、眉間にも皺が寄っているので、これ以上言うのはよそう、と口を閉じた。からかう積もりで言ってみた言葉だが、なんだか現実になりそうで不安になる。毎度面倒事を背負い込んで来るセリアだ。今回もどんな厄介事を運んで来るか。







 暗い面持ちで歩くセリアの後ろには、いつになく澱んだ空気の候補生三人。間を流れる沈黙に、セリアはいたたまれなくなる。心配されているのは分かるのだが、この空気はどうにかならないだろうか。

 セリアが前で待つ見知らぬ婚約者と、後ろから不穏な空気をまき散らす友人達に内心で怯えている間も、候補生達は機嫌の悪さを隠そうともせずただひたすらに歩いていた。


 まるで子供の様な事をしているのは彼等も自分で分かっている。けれど、やはり心配であった。昨日のセリアから、彼女が母親には逆らえないと言ったのがよく分かる。その母親が決めた婚約者だ。解消するよう話はすると言っていたが、あの調子ではどうも頼りない。というより、元々危なっかしいのだから、セリア一人に期待は出来ない。



 そんな感じでセリア達が歩いていると、校門の所に佇むスラリとした人影が見えた。帽子を深く冠り俯いているのでその表情は見えない。けれど、セリアはその立ち姿に見覚えがあった。おや、と思い、それを確認するためセリアは少し歩調を速める。

 セリアが男の目の前まで来ると、男はスッと帽子を取り、その下の顔を見せた。現れたサラリとしたショコラ色の髪と、候補生達にも引けを取らない程の整った顔立ちにセリアはあっと声を上げる。

「やあ、セリア」

「ギ、ギル!?」

 セリアが驚いて目を見開いていると、ギルと呼ばれた男は、なんとセリアの脇の下に手を入れ、その体を軽々と持ち上げたのだ。まるで父親が子供をあやすように。

「わっ!?」

「学園では、きちんと大人しくしていたかい?」

「こ、こどもじゃないんだから。それより、下ろして」

 会って途端に子供の様に持ち上げられてセリアは壮絶に青ざめた。公共の場で何をしてくるのだコイツは。

 セリアはバタバタと宙に浮く足を動かして、その腕から逃れようとする。ハハッと笑いながらセリアを下ろすと、男はそのままセリアの頭を優しく撫でた。

「君を心配するのは、もう僕らの癖だよ」


「ギル!セリアを独り占めするのは不公平ですわよ」

 そういって男の後ろから響いた鈴の様な声に、セリアもパッと顔を輝かせる。

「姉様!!」

「セリア」

 自分の名を呼んだその姿を確認する暇も無く、セリアは別の誰かに抱きしめられた。身長さを活かして栗毛に頬擦りしてくる人物に、セリアもくすぐったさから身動ぐ。それが伝わった様で、その人物も満足したようにセリアを解放してくれた。

「二人共、どうしてここに?」

 セリアが見詰める先では、大きなサファイアが美しく輝いていた。いや、正確には、サファイアよりも澄んだ蒼の瞳だ。形のよい薔薇色の唇、雪の様に白い肌。後ろで美しく結い上げられている、明かりに透けると輝く金髪。どこを取っても隙の一つも見せない、完璧の更に上を行く容姿。その月の様に清純な光を纏う彼女に、候補生達も見覚えがあり息を呑んだ。

 上品な物腰と優雅な立ち姿。世界一美しい鐘の音にも勝ると言われる声。誰よりも美しく、何よりも気高い、クルダスの社交界の花形を見間違える筈がない。彼女は、ボワモルティエ侯爵令嬢、カレン・ボワモルティエだ。



 突然の訪問者に、珍しく候補生達も動揺を覚える。

 一体、何が起こっているのだろうか?そもそも、何故社交界の花形である彼女がここにいるのだ。そして、何故セリアは彼女と親しげに話しているのだ。こういっては失礼かもしれないが、セリアとカレンとの間に接点があるとは思えない。

「今日はね、セリアの婚約者の事で来ましたのよ」

「へっ!?」

「大丈夫よ。今回の事は白紙になったから」

「え、えええ!?」

 カレンの言葉にセリアも唖然としたが、それは候補生達も同じこと。急な展開に、カレンと横に立つ男以外は誰も理解が追い付かず呆然と立ち尽くす。校門の前で、憧れのマリオス候補生と、見目麗しい二人の男女が佇んでいる異様な光景は、学園の生徒達の注目を集めるには十分だった。

 ハッとセリアが気付くと、周りは段々と人が集まり始めている。うっ、まずい。とセリアは慌ててこの場を収集するべく後ろで唖然としている候補生達に説明する。

「あの、この人は私の従姉で、レディ・カレン・ボワモルティエ」

 そう言うと、紹介されたカレンはそれは嬉しそうに微笑んだ。候補生達もセリアの声に我に返ると、その手を取って甲に社交辞令のキスをする。普通の人間なら暫くは混乱したままでも可笑しくはないこの状況で、動揺を無理やりにでも押さえ込むとは、流石である。

「それと、カレン姉様の婚約者のギルベルト」

「どうも、ギルベルト・フォンツォです。有名な候補生様に会えるとは、思ってもみませんでしたよ」

 セリアの言葉に、ギルベルトは候補生達の前に一歩出ると、深々と頭を下げる。 明らかにギルベルトの方が年上だが、彼はあくまで丁寧に候補生達に接した。その柔らかな物腰に、候補生達も丁寧に返す。

 一先ず落ち着いた所で、セリアと候補生達は周りから集まる好奇の視線から逃れるべく、突然の来訪者を、学園内の彼等の空間へ招く事にした。








 穏やかな陽の光に照らされる温室の中、輝く容姿を備え持つ候補生達と、まるでお伽話の中から抜け出て来たような男女が、優雅に挨拶を交わしている。それだけで、もう目を開けていられない程の神々しさに、セリアは大いに戸惑っていた。

「まさか、セリアの従姉がレディ・カレンだったなんて」

 気を使って紅茶を用意してくれたルネが、心底驚いたように呟いた。

 彼等も名前は聞いた事がある。レディ・カレンといえば、年頃の貴族令嬢は誰でも一度は憧れる、凛とした完璧な淑女レディであり、常に羨望の眼差しを向けられている存在だ。

 そのレディ・カレンが唐突にセリアの従姉だと言って現れたのだから、ルネの言葉も当然だろう。

 社交界だのそういったものが苦手で、出来るだけ遠ざかって生きて来たセリアだ。その存在を知る者もそれに比例してほぼ皆無だった。いくら噂好きな貴族社会の中でも、存在が知られていないセリアと、貴族の間で花形と噂されるカレンが結び付く筈もない。想像する人間すら皆無だっただろう。だから候補生達が驚く気持ちはよくわかる。


 一方は剣を振り回し、カールやランと臆する事なく議論を交わす、栗毛のおもいきり地味な少女。一方は、誰もが敬う美しき侯爵令嬢。誰がこの二人が知り合いだと、ましてや従姉妹同士だなどと思うだろうか。

「姉様。一言連絡してくれれば……」

「あら、その変わり、セリアの驚いた顔が見れたでしょう?」

「…………」

 悪びれも無く言って退けるカレンに、セリアも困惑した。けれどこれは、なんとなく想像していた答えではある。完璧な淑女レディと名高いこの従姉は、実は人をからかう事が大好き、というちょっと困った性格の持ち主なのだ。特に、人の驚いた顔を見るのが楽しいらしく、今まで何度心臓が止まる様な思いをしたことか。

「それに、セリアのお友達にもお会いしたかったのよ」

 そういってカレンがにっこりと微笑みかけた先では、驚きを抑え切れていない候補生達が佇んでいた。この状況を纏めようとして、失敗しているらしい。それを見たカレンは、またクスクスと笑い出す。

 けれど、すぐに真剣な顔つきになると、カレンは一度セリアに向き直った。

「セリア。心配したのよ。また伯母様が無理に貴方の婚約の話を進めようとするから」

「あ、姉様。そのことは……」

「でも心配しないで。相手の方にはきっちりとお話ししてきたから」

「っ!?」

 この言葉に、セリアを含めた候補生達が再び驚いたのは言うまでもないだろう。

「あの……何を……?」

「ウフフ」

 何をしたのだ、とセリアが恐る恐る聞けば、綺麗な笑みを浮かべるカレンは、その後実に楽しそうに語り始めた。


 それによると先日、セリアの相手になる筈だった男性と、カレンは『偶然』バラ園で出会わせたらしい。カレンの横には『偶然』彼女が誘った深窓の儚げな令嬢。これまた『偶然』だが、令嬢は以前からその男性に好意を抱いていたとか。そのまま会話は弾み、三人で暫し行動を共にする事にしたらしい。

 その後の会話の内容は誰も知らないが、ベアリット伯爵家の令嬢と婚姻の話が出ていた男性の心を、儚げな深窓の令嬢は『偶然』がっちりと掴んだとか。

 そんな簡単に事が進んでいいのか、と疑問に思うが、誰もが認める完璧なレディが褒めちぎる可憐な令嬢に、好印象を抱かない男はいないだろう。そんなちょっと好い雰囲気になったところで、少し交際してみては、と言い出したのも、どうやらカレンらしい。レディ・カレンに背中を押され、自信を付けた令嬢は、どうも普段よりずっと美しく、淑やかに見えたとか。

 そこから先は簡単である。令嬢は目出度く恋を成就させ、今頃ベアリット家には婚約解消の連絡が行っている頃だとか。息子の婚姻に政略的な利益を見込んでいた男性の家族も、本人にその気が無ければどうしようもない、と諦めたとか。



「勿論、全て『偶然』ですわよ」

「…………」

 あくまでも偶然とカレンは言い張った。けれど、それが決して偶然などではないことは、セリアもよく分かっている。

「姉様……」

 謝罪の言葉が自然と沸き上がる。婚約が解消になった事は素直に嬉しい。けれど、彼女にもいらぬ迷惑を掛けてしまったのだ。と罪悪感から俯くセリアを、カレンはふわりと抱きしめた。

「セリア、そんな顔をしないで。私の夢を応援してくれた、たった一人ですもの。私も貴方の夢を応援しますわ」

「……姉様。ありがとう」

 急な展開に理解が追い付いていなかった候補生達も、カレンの言葉にとりあえずは落ち着いた。セリアも安堵したのか、昨日から張り詰めていた緊張を解いたのが分かる。なんだか知らない間に事が運んでいたようだが、とりあえず目先の危機は去ったのだ。


 和やかな雰囲気の二人を、邪魔したいと思う者は居ない筈だったのだが、別の声が割って入った。

「そろそろ良いかい、カレン。セリアとは、もう少し大事な話をする為に来たんだろう?」

「まあ、無粋ですわよ。ギル」

 二人の空間を邪魔された事に眉を吊り上げるカレンも、ギルベルトの話が重要という事が分かっているのだろう。不満の声を洩らしながらも、カレンは渋々とセリアから離れた。

「これは、マリオス候補生の方達にも聞いてもらいたいことなんだが、いいかな?」

 突然話しを振られて、候補生達もビクリと肩を揺らす。今まで全く蚊帳の外だったにも関わらず、いきなり声を掛けられれば、驚きもするだろう。けれど、直ぐに全員が静かに頷いた。それを確認したギルベルトも一層真剣な顔を作る。そして、目の前に立つセリアに向き直った。

「まずは、おめでとう、と言った方がいいかな。セリア。憧れだったマリオスに一歩近づけたんだから」

「あ、ありがとう……」

「でも、一つ気になる事があってね」

「……?」

 何かあったのだろうか。とセリアが疑問の視線を向けると、ギルベルトは大きく息を吐いて、ゆっくりと口を開いた。

「大した事ではないんだ。ただ、君の事を随分と批判する記事を見付けたんだよ。それだけならよかったけど、君の事が妙に詳しく書かれていてね」

「っ!?」

「勿論、君の立場ならそれなりの反発も十分あり得る事だとは分かっているよ。ただ、君の性格や容姿なんかも鮮明に書かれていたのが気になってね」

「そ、それって……?」

 一体どういう事だろう。とセリアは頭を捻ってみたが、何故そうなるのか理由が思い付かない。自分がマリオス候補生になる事を批判する者が居るのは分かっていた事だ。簡単に受け入れられることでもないと覚悟もしていた。長く続いた伝統を覆すような事態なのだから、それは当然だろう。

 けれど、それにしても自分の事が知られているのはどうしてだろうか。候補生達の様に、昔から実力や容姿が突出していて、社交界などでもよく知られている存在ならともかく、セリアはそういう事から遠ざかっていた人間だ。ギルベルトがここまでわざわざ来るとは、それほど正確な情報が詳しく載っていたという事だろう。

「ただの思い過ごしなら良いんだけどね。当然、その記事は書き直してもらったから安心していいよ」

「えええ!?」

 ギルベルトがサラリと言った言葉にセリアは驚きで声を上げた。確かに、今回の事は大きく報道はされなかった上に、今彼が言ったような記事は見なかった。人々の間でも、自分の事がそれほど露見している様な感じはしない。そして、彼にはそれが可能だった事に気付く。

「たしか、レディ・カレンの婚約者は……」

 そこで候補生達は重大な事を思い出した。一時期クルダスの貴族社会の間を駆け抜けた報だ。誰もが憧れるレディ・カレンが、遂に婚約を決めたというもの。しかも、相手は身分を持たない庶民の、ただの小説家だというのだ。当時勉強に集中していたラン達でさえ、その噂は嫌という程耳にした。



 その気になれば、どんな貴族子息でもより取りだろうレディ・カレンが、身分違いの恋に身を投じた、というなんともロマンティックな風聞に、誰もが注目したものだ。

「出版業界なら、それなりに顔がきくからね」

 にっこりと笑うギルベルトに、セリアは胸が締め付けられた。彼の書く小説が、それなりに人気を占めている事は知っている。だからこそ、色々と出版関係者とも関わりが深いのだ。けれど、自分の所為で彼にまで迷惑を掛けてしまったとは、心苦しい以外の何でもない。

 そんなセリアの表情を読み取ったギルベルトは、その栗毛に大きな手を優しく這わせる。

「そんなに気にすることはないよ。君には何度も助けられたんだ。僕が君の夢を応援するのは当然だろう?」

「あ、ありがとう。ギル。姉様」

 言い聞かせるようなギルベルトの言葉に、セリアは心から礼を言った。その言葉に、彼も幸せそうに微笑む。

 セリアは、自分達を救ってくれた大切な存在だ。それでなくとも、マリオスに憧れ、国に尽くそうと努力する姿を昔から見て来た。妹の様なセリアが漸くその夢に近づけそうなこの時期、自分達に出来る事はしてやりたいのだ。

「とにかく、多少は警戒した方がいいかもしれない。僕ももう少し調べてみるけどね」

「それは、何者による記事ですか?」

 胸に沸き上がる疑問を、候補生が口にした。その問いに、ギルベルトは申し訳ない、といった表情を作る。

「普通の新聞記者さ。ただ、その情報を誰かが提供してきたらしい。詳しくは分からないが」

「……そうですか」

「気にしてくれているようで、感謝するよ。セリアからも、君達がとてもよくしてくれていると聞いている」

「いえ。彼女は、自分達にとって大切な仲間です。これからも、共に候補生として役目を果たして行きたいと思っています」

 きっちりと言い切ったランに、他の候補生達も頷いた。それを見てギルベルトも安心したようだ。マリオス候補生が付いているなら、これほど心強いことはない。気になるのは事実だが、一先ずは安心だろう。



 けれど、安堵したようなギルベルトとは対照的に、カレンは不安そうな表情を見せる。そして、セリアの両肩にそっと手を置いた。

「でもね、セリア。自分をしっかり支えてくれる殿方も女性には必要なのよ」

「はい!?」

「時々寄りかかりたいと思う時に、横に居てくれる相手が居るというのも、とても幸せよ」

「は、はぁ……あの……」

「それでね、貴方ととても良いお友達になってくれそうな方を知っているのだけれど、紹介しても良いかしら?」


「レディ・カレン!!」

 なんだか会話が可笑しな方向へ向かっていたが、カレンの言葉を遮って声を発したのはザウルだった。焦りからつい声が大きくなってしまった事に、本人はまだ気付いていない。 強く発せられたザウルの声に、その場の全員が注目する。

「セ、セリア殿のことは、自分達が精一杯支えて行くつもりです。それに、その……彼女も、マリオス候補生としての役割があります。ですから……あの……」

 勢いで言葉が出始めたが、それも長くは続かなかった。勢いとは無責任なもので、それが治まった時の対処など考えていない。今回も例外ではなく、ザウル自身最終的に自分が何を言いたいのか理解出来なくなり、口籠った。


 普段は落ち着いているザウルが、これほど焦りを露にするとは珍しい。どうしたのだろうか、とセリアは首を傾げる。

 周りから集まる視線に居心地悪そうにザウルは視線を彷徨わせた。バツが悪そうに口の中で次の言葉を探すその姿を見た途端、カレンは目を見開いてニヤリと微笑んだ。


「まぁ!!」

 それは嬉しそうに頬に手を添えたカレンの姿に、ザウルはもしかしなくとも自分は大きな過ちを犯したのでは、とその時になって漸く悟った。

「まあ、セリア。貴方はなんでこんなに面白い事を教えてくれなかったの?」

「はい?」

「分かったわ。セリア、頑張りなさいね」

「は、はぁ……?」

 急に子供のようにはしゃぎ始めたカレンは、セリアにそれだけ言うとさっと身を翻す。言われた方のセリアは、カレンの言葉を一つも理解出来ていない。何が面白いのか、何を頑張れと言われたのか。首を捻って考えるが、全く分からない。

「ギル、行きましょう。早く帰って色々準備しなきゃ」

 何の準備だ、とは恐ろしくて誰も聞けなかった。

 ドレスの裾を翻して進むカレンの後を、やれやれ、と肩を落としたギルベルトが慌てて追う。その姿を、候補生とセリアは呆然と見送った。




 数日後、学園に直接届いたボワモルティエ侯爵家からのパーティーの招待状を見た時、候補生達はセリアの行動力に似たものを見たような気がしたのだった。


こんなに嬉しい事は久しぶりよ。セリアにあんなに素敵なお友達が居たなんて。きっと楽しませてくれるわ。でもまずは、はっきりして貰わないと。でないと、セリアを任せられませんもの。



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