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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第一章 埋もれた小石〜
43/171

手紙 4

「はぁ……」

 地面に腰を下ろし、後ろの木に背を持たれながら、セリアはボンヤリと目の前の池の水面を眺める。普段は人気の無い池の畔だが、今は栗毛の少女の姿があった。

一人になりたくて、やはりここへ来てしまったのだ。思えば、この場が始まりの場所だったと言えるだろう。候補生達と始めて会った場所だ。他の何処よりも、温室に並んで思い入れがある場所である。

 時折吹く風が頬を優しく撫で、その感覚が心地よくて、セリアはそっと目を閉じた。

 どうしたい、と問われれば、自分は間違いなくこの場に残る事を選ぶ。しかし、母からの手紙には自分の意思を問う言葉は何処にも書かれていなかった。むしろ、そんな言葉があれば驚きである。約束を違えたのは自分なのだから、その責を負わされるのが自分であるのは当然だ。だからといって、後悔はないし、競技会に参加して良かったとも思っている。ただ、それが学園から去らなければならない様な事態を招くとまで、頭が回らなかっただけ。分かっていたとしても、自分は同じ事をしただろうが。

 結局は、自分はこの場に留まれる道などないということだろうか。


 そんな風に物思いに耽っているセリアに、背後からカサリと草を踏む音が聞こえた。こんな場所に誰だろう、と驚いて振り向くと、そこには想像もしていなかった人物。

「……先、生……?」

「どうも。セリアさん」

 人の良さそうな笑みを浮かべ、ヨークがゆっくりとこちらへ歩み寄って来た。慌てて立ち上がろうとすると、それを手で制され、変わりにヨークがなんと自分の横に座り込んだのだ。大の大人が草の上に腰を下ろすなど、考えられる行為ではないのでセリアも驚く。そんな事を言えば、地面に座り込むなど年頃の娘からは考えられない行動なのもお互い様なのだが。

「セリアさん。退学届を出されたそうですね。クルーセル先生に問いつめられましたよ。何かあったのか、と」

「あ、あの……」

「良ければ、理由を聞かせてもらえませんか?」

「……はい」

 セリアはゆっくりと母から退学するよう手紙が届いた事を話した。教師という立場は友人とは違い、はっきりとした理由を述べるのに、あまり抵抗を感じない。簡潔に話しを纏めて説明するセリアの話しを聞き終えると、ヨークはゆっくりと頷いた。

「なるほど。そうでしたか」

「友人は、ここに残れと言ってくれたのですが、やはり母に刃向かう様な事は出来なくて……」

 彼等にあれ程説得されるとは思ってもみなかった。この学園を去れば、彼等とも離れる事になるのだな、と思うと、胸にぽっかりと穴が空いた様な感じがする。しかし、これ以上母に楯突く様な真似は、どうしたって自分には出来ないのだ。

「セリアさん……貴方は学園に留まりたいと思っているのですね」

「……はい」

「でしたら、迷う必要はないのでは?」

「でも、母の意に逆らう事は……」

「…………本当にそれは逆らう事になりますか?」

「へっ?」

 いつもののんびりとした雰囲気をそのままに、ゆっくりと言い聞かせるようなヨークにセリアも目を見開いた。一体、ヨークの言葉はどういう意味だろうか。逆らう事でない、というのは。

「お母上の意向とは違うかもしれませんが、セリアさんの心がこの場にどうしても留まりたい、と願うなら、そうするべきだと思いますよ」

「…………」

「確かに、親の言いつけを守ろうとするのは正しいかもしれませんね。まだ貴方も若いですし。でも、それが必ずしも最善の選択だという事ではありません。時には、自分の心に正直になってみるのも、いいものですよ。それは逆らう事ではなく、自分で選択した、という事ですから」

「……」

「決めるのはセリアさんです。セリアさんの将来ですから」

 そうなのだろうか。今まで考えもしなかったが、言われてみればそうかもしれない。もし、このまま自分がここに残るという選択をした場合、母に逆らう事になると信じて疑わなかった。しかし、それだけではないのかもしれない。

「ここに居たいと、貴方の心は強く望んでいる様に見えます。それでも、それを無視するほど、貴方はこの学園を離れるべきだと思いますか?」

「………」

「気楽に考えてみるのも悪くないですよ。反抗するのではなく、自分の意思に従う、と思ってみてはどうです?」

 ヨークの言葉にセリアは俯いた。本当は、自分で分かっている。この場に居たいと、どうしてもここに残りたいのだと。自分でも驚くほど素直な欲が生まれるのだ。これほど何かに執着したのは、始めてだった。

「それに、友人というのは何にも代え難い宝です。今ここで手放してしまうのは、とても惜しいと思いますよ」

「…………」

 それが、候補生達の事を言っているのだとはすぐに分かった。ヨークの言葉はセリアにも理解出来る。だからこそ、何も言い返せなかった。

「後はセリアさんに任せます。長い話しに付き合わせてしまってすみませんでした」

「い、いえ。ありがとうございました」

 ペコリと頭を下げるセリアを残して、ヨークはハハッと笑いながらゆっくりと歩いて行ってしまった。その後ろ姿は、今の今まで真剣な話しをしていたとは思えない程のんびりとしている。

 その姿が見えなくなると、セリアはさて、と顔を上げ、もう一度真剣に考える。この場に残りたいという気持ちは嘘ではない。ただ、母に反抗する事がしたくなかっただけ。けれど、ヨークの言う通りそれが逆らうという事ではない、と考えたならどうだろう。 逆らう訳ではないと、しかしこの場に留まりたいのだと強く示せば、あの人も納得してくれるのだろうか。

 一度思い付いた考えは、心にあるこの場に残りたい、という気持ちと重なって、次第に膨らんで行く。都合の好い様に解釈しているだけかもしれないが、それでも考えずにはいられなかった。それはやがて、固かった筈の意思を、ジンワリと和らげて行く。

 いいのだろうか?ここに居ても……







 温室内では、候補生達が難しい顔をしていた。セリアの説得に失敗し、もしかしたら本当に彼女を止める術は無いのでは、と頭を抱える。

「どうにもならねぇのか?」

「何とかお止め出来ないでしょうか……」

 あれだけセリアの意思を見せられても、どうしても納得出来ないのは、やはり彼女がそれを望んではいないからだろう。

「とにかく、校長に当たってみないか?もう少しセリアの退学届の受理を遅らせてもらえるように……」

「あのぅ………」

 恐る恐る、といった風に顔を覗かせた人物に、候補生達は驚きに目を見開いた。先程温室を出て行った筈の栗毛の少女に、全員の視線が向く。

「セリア!?」

「あの、その……まことに申し上げ難いのですが、何と申しましょうか……そのですね……」

 あれだけ曲げなかった意志を、今更変えたというのは、非常にバツが悪いのだが、伝えない訳にもいくまい。しかし、どう切り出して良いか分からないのも正直な気持ちだ。

「あの、色々考えたのですが……やはり、その……私もここに居たい気持ちが強いともうしますでしょうか……その……」

「……?」

「ですから……あの、まだこの場でやりたい事がある、と思い直してですね……その、つまり……」

「っ!!セリア、ここに残るの!?」

「あ、えっと……はい。出来ればそうしたいな、と」

 ポツリと零された言葉を、候補生達はしっかりと聞き取った。それの意味を理解すると同時に、全員に安堵の笑みが広がる。

「あの、本当に申し訳ないんだけど……」

「そんな事気にするな!!皆お前が残ってくれる事が嬉しいんだからよ!!」

 グシャグシャ、と優しくだが乱暴に頭を撫でてくるイアンが、笑顔でそう言う。喜びと安堵でつい腕に力が入ってしまうのは、仕方無いと言って良いだろう。言いたい事は沢山あるし、何が彼女の意思を変えたのかも気になる。しかし、そんな事より今は素直に喜びたい。

「本当に人騒がせな事だ」

「うっ、すみませんでした」

 カールにビシリと言われてセリアも言葉に詰まる。しかし、本当の事なので何も言い返せない。カールもそれ以上は特に責める様子見せず、いつもより幾分穏やかな空気を纏っている。

「しかしセリア、急いだ方が良い」

「そうですね。今は校長室へ行かれた方が……」

 言われてセリアはハッとした様に顔を上げる。早く校長に退学届の撤回を頼まねば、受理されてしまではないか。これは急がなければ。

「そ、そうだね。ごめん。行ってきます」

「セリア!」


 温室を出ようとしたセリアに、後ろから声が掛けられた。どうしたのだろう、と振り向くと候補生達全員に見詰められる。

「帰ってくるのだな?」

「……はい!」

 ランに言われた言葉にセリアは力強く頷く。そして、今度こそ温室を飛び出した。その後ろ姿を見送る候補生達は、一先ず胸を撫で下ろす。とにかく、セリアが考えを改めてくれてよかった。


 候補生達がホッと胸を撫で下ろしていると、温室に新たな訪問者が現れた。その人物を確認して候補生達は驚きで目を見開く。

「クルーセル先生……?」

「あら、セリアちゃんは居ないの?」

 キョロキョロと温室内を見回すクルーセルに、候補生達は戸惑った。彼がセリアに何用だろう。まさか、退学が決まった事を伝えに来たのだろうか。

「あの、退学の件ですが、セリア殿はお気持ちを変えられたようで……」

「そうなの?よかった。ヨーク君に言われてもしかして、と思ったんだけど。じゃあ、もう大丈夫ね」

 よかった、と微笑むクルーセルに候補生達は自分達の心配は杞憂に終わったのだと理解する。彼もセリアの事を気にかけていたのか。

「なら、明日からが楽しみね」

「……?」

「これで私のクラスはもっと楽しくなるわ」

「あの、クルーセル先生、それはどういう意味でしょうか?」

 ランが聞けば、クルーセルはよくぞ聞いてくれた、とばかりに顔を輝かせた。

「うふふ。聞いて驚いてよ」

「……は、はぁ」

「実はね…………」







 校長室の前に立ったセリアは、一度大きく息を吐く。勢いでここまで来てしまったが、いざとなるとやはり気持ちが重い。とにかく謝り、退学届を取り下げて貰うしかないだろう。折角ここまで来たのだから気合いを入れねば。

 セリアは意を決すると、心無しか普段より大きく見える扉を軽く叩いた。

「入りたまえ」

「はい」

 入室を許可する声が聞こえ、セリアは深く息を吸い込んだ。まるで、始めてこの学園へ来た時の様だな、と思い出しながらセリアはゆっくりと部屋の扉を開ける。その奥では、校長がいつもの様に執務机に向かっていた。校長室には、珍しく他の誰も居ない。普段ならば、クルーセルが横のソファで寛いでいる姿があるのに。

「校長先生。お話したい事がありまして。宜しいですか?」

 セリアの言葉に校長も頷く。それを確認してセリアはゆっくりと先程心を変えた事を話した。やはり此処に居たいのだ、という事。そして提出した退学届を取り消して欲しいと。

「申し訳ありませんでした」

「…………」

 深々と頭を下げるセリアを、校長は無言で見詰める。その威厳に竦み上がりそうになるが、ここは引く訳にはいかない。セリアはそのまま校長の次の言葉を待った。

「ふむ、なるほど。君の事情は良く分かったよ」

「……」

「しかし、先日提出された退学届は、既に処理するように回してしまったのだよ」

「っ!!」

 その言葉にセリアは絶望に落とされた。グラリと視界が揺らぐ感覚に襲われ、立っているのすら難しくなる。しかし、これは自分が招いた結果だ。一度の迷いで生じた間違いは、取り返しはつかないのだ。

 グッと足に力を入れ、しっかりと立つ。

「だが、実は確認したところ、退学届に誤りがあってね。受理は出来なかったのだ」

「へっ!?」

 その言葉に驚いて顔を上げると、校長は机の引き出しから見覚えのある封筒を取り出していた。自分がこの部屋へ持って来た退学届だ。誤りとは一体どの点だろう。

「ここには、ヨーク君の担当するクラスの生徒、セリア・ベアリット君が退学を望む、と書いてある」

「は、はい」

「しかし、そのクラスにその名前の生徒は、既に所属していないのだよ」

「え、えええ!?」

 校長の言葉にセリアは混乱する。クラスに自分の名前が入っていない? 一体どういう事だろうか?

「それと、君に言い忘れていた事があってね」

「はっ?」

「いやぁ、私もついうっかりしていてね、君のクラスが変更になった事を伝えるのをすっかり忘れていたのだよ」

「え、あの……どのクラスでしょうか?」

 一体、どういう事だろう。クラスが変わるなど、何故だ?何かまずい事でもしたのだろうか。混乱するセリアを他所に、校長はゆっくりと口を開いた。

「セリア・ベアリット君。君にはマリオス候補生クラスに編入して貰う」

「………………はっ?」

 突然発せられた言葉に、つい声が上擦ってしまった。それでも、校長の言葉の意味は脳に入ってこない。

 マリオス候補生クラスに、どうして自分が編入するのだろう。考えてもその答えは出ず、むしろ、それは絶対あり得ないのでは、としか思えない。

「こ、校長先生!!そんな、マリオス候補生クラスって、どうしてですか!?」

「君に適切だと思い、今回の編入を決めたのだが」

「ですが、マリオスになれるのは、男性だけです」

「女性の権限は法律で認められているよ。それに、このフロース学園において、女生徒が候補生になれないという校則は初めから無い」

「それは……」

 確かに、校長の言っている事は本当だ。女性が自由な職務に就く権限は、数年前に正式に認められている。しかし、実際に女性が何か職に就く事は珍しい。というより、何処もあまり歓迎しないのだ。やはりクルダスでは、まだ女性は家庭を守る為だけの存在、という意識が強い。

 しかもマリオスといえば、優秀で、選ばれた男性がなる事が伝統となっている。しかも、クルダスという国を代表する存在だ。そして、フロース学園のマリオス候補生に選ばれるということは、そのままマリオスになる可能性が十分にあるということ。マリオスとなる事を認められたということだ。

「で、でも、私には無理です!!そんな、マリオス候補生なんて」

「この事は、国王陛下の承認も得ているのだよ」

「へ、陛下の!?」

「そして、マリオスの誰一人として反対はしていない」

「マリオス様達まで!?」

 そこでハッとセリアは思い出す。王宮へ行った時の、あのマリオス達の射る様な視線を。まさか、あの時既にこの件が上がっていたのだろうか。だから、まるで見定める様に見られていたのだろうか。

「そ、そんな、でも……」

 だとしても、これは別問題だ。誰が見ても分かるが、自分は役不足である。マリオスとは、国を導き、陛下に尽くす、国の要とも言える存在。その候補生だといっても、そんな大役、自分に務まる筈がない。

「校長先生の好意は嬉しいです。でも、マリオス候補生は、私では務まりません」

「君は十分に結果を残してくれると信じているよ」

「かいかぶりです。いくら陛下の承認を得ているとしても、私には……」

「セリア君」

 また、あの威圧する様な声で名を呼ばれ、セリアも押し黙る。チラリと見上げた視線の先には、自分を強く見詰める校長。

「君はこの学園に転入する際、マリオスや候補生達に強い憧れと尊敬を抱いていると言っていたね」

「は、はい」

「そして、君は陛下をお守りする為に競技会への参加を申し出た。そうだったね」

「はい……」

「それは、どうしてかな?」

 急に何の話だろう、とセリアも疑問に思うが、今は校長の問いに答える事にした。

「それは、この国が好きだからです。自分の生まれた、クルダス国の国民として、陛下やマリオス様を心からお慕いしています」

「ふむ。その答えだけでも十分候補生になる資格はある様に思うが」

「っ!?自分には無理です!!私にその力が無い事は、誰もが認めています」

「私はそうは思っていないがね。君は十分、今の候補生達と同じだけの実力は持っていると確信しているよ」

 先程からまるで茶化す様に喋る校長に、セリアは気でも触れたか、と言ってやりたくなった。自分をマリオス候補生になど、一体何を考えているのだ。これだけ自分は無理だと言っているのに、全くそんな事聞いていないようだ。

「セリア君。国王陛下、とは何だと思う?」

「はっ?」

 突然の質問にセリアは一瞬戸惑った。また唐突に、一体何の話だ。

 急な問いは、セリアを言葉に詰まらせる。しかし、校長の方は答えを求めていた訳ではないようで、そのまま続けた。

「王位に着く者とは、いわば王冠そのもの。国に住む民一人一人の為にある、冠だよ」

「は、はぁ……」

「ならばマリオスとは、王冠を飾る宝石。冠を更に飾り立て、それを冠る者に更なる栄光を齎す、輝かしい宝なのだよ」

「…………」

「彼等は、その宝石の輝きを持って、国の行く先を照らし、導いて来た。その輝きは、ランスロット君やカールハインツ君。イアン君にもザウル君にも、そしてルネ君にも十分備わっている」

 陛下が王冠ならば、マリオスは宝石。その言葉は、セリアの中にすんなりと浸透する。冠る者に栄光を、民に平和と幸せを与える。まさしく、冠とは適当な表現かもしれない。そして、候補生達にその輝きがある事はセリアも十分に理解している。彼等は本当に光り輝いているのだから。

「その輝きを、私は君にも見出したのだよ。どうかね、セリア君」

「そ、そんな……私には……」

「確かに、君の輝きは彼等の様に、誰にでも見えるものではないかもしれない。しかし、角度を変えて見れば、驚く程の光を内に秘めているのが見えるよ」

「そ、そんな事は……」

「実際に、彼等は君の光に惹かれたようだしね」

 候補生達がここまでセリアに惹き付けられるのは、国の為に尽くそうとする、その姿勢から来る、その光を見たからだ。外から見ただけでは分からないが、視点を変えれば溢れんばかりに眠っている光を。

「君達は、残念ながらまだ未開発の原石の様な存在だよ。いってしまえば、道に転がっている石ころと何の変わりもない。しかし、ランスロット君達は、その事をいち早く理解し、日々自分を磨いている。マリオスという、輝かしい宝石になるためにね」

「それは……」

 それはセリアも十分に理解している事だ。彼等が日々努力し、己を高め合っている姿を、自分も目の当たりにしている。そんな彼等の力になることを自分は目指していたのであって、彼等と同じ立場に立ちたいと望んでいた訳ではない。

「セリア君。候補生になる事を、そこまで気負う必要はない。ただ、君が自分を磨くというなら、候補生クラスはよりよい環境を提供してくれるのでは、と思ったのだよ」

「あの……」

「これは、国王陛下の望みであり、ご意思でもあるのだが、どうかね?」

「うっ……!!」

 国王陛下の意思。 その文字に、セリアは面白い程反応し、返す言葉に詰まった。自分が尊敬する存在である「陛下」の二文字を楯にされては、何も言い返せない。

 セリアは、出そうになる言葉をぐっと飲み込み、深々と頭を下げた。そして、大きく息を吸い込む。

「私は、マリオス候補生様達の友人として、彼等をその傍で見てきました。彼等は、本当に宝石と呼ぶに相応しい存在です」

「…………」

「彼等の様な輝きを、私は持っていません。でも、陛下や校長が与えて下さった場で、少しでも国の為に尽くせるよう磨く事は出来ます」

「……では」

「マリオス候補生クラスへの編入、是非受けさせて下さい」

 これ以上この場で辞退しようとしても、校長はきっと意見を変えないだろう。ホレホレ了解してしまえ、と押すノリに、セリアもそれ以上は断れなかった。

 それに、まだ役不足だと理解はしていても、心の底で喜んでいる自分がいる。つい先程まで、候補生の力になりたい、と言っていた自分が、彼等と対等の立場に立てるのだ。それは、許されるのだろうか。もし、認められるなら、こんな嬉しい事はない。しかし……




 その後も校長の話しは続いていたのだが、セリアは何処か上の空で聞いていた。あまりにも急な展開に、やはり思考は追いつかないようである。勢いで頷いてしまったが、まだ実感は湧かない。

 校長から退室の許可が出たため、セリアはフラフラと扉へ向かった。そのまま一礼して部屋の外から扉を閉めると、すぐ横の壁に寄りかかる。なんだか、足下が掬われる様な感覚がして、立っていられたなかったのだ。

「セリア!おめでとう」

「へっ!?」

 すぐそこから声がして顔を上げれば、それは嬉しそうな表情の候補生達。にっこりと笑うその笑顔は輝かしいのだが、彼等が何に対して喜んでいるのか分からない。

「マリオス候補生になれたんでしょ。僕達も嬉しいよ」

「えっ!?なんで知って……?」

 嬉しそうに話すクルーセルに教えられた事実に、候補生達は心から喜んだ。セリア本人よりも一足先にその事を知った彼等は、校長室の外でセリアを待っていたのである。しかし、そんな事知る由もないセリアは、自分ですらまだ自覚出来ていない事態を、何故彼等が知っているのだろう、と混乱した。それ以前に、彼等がこれほどまでに祝福してくれる事が意外だったのだ。

「驚いたが、とても喜ばしい事に変わりはないな」

「ええ。これからはセリア殿と共にマリオスを目指せるとは」

 セリアが候補生になるなど、願ってもない事ではないか。突然の事だが、全く予想していなかった訳でもない。彼女の実力ならば、きっといつかはそうなるのでは、と思っていた。むしろ、そうであって欲しいと願っていた、というべきか。なので、こうして唐突に現実になっても、候補生達には何の抵抗も無い。

 逆に、セリア自身の方が狼狽していた。

「で、でも、やっぱり私には無理だと……」

「学園側が判断したなら、その地位に相応しいということだ。それとも、貴様は我々もマリオスには不相応だと言いたいのか?」

「えっ!?め、滅相もない!!」

 セリアがマリオスに相応しくないにも関わらず、候補生に選ばれたのなら、同じように候補生に選ばれた彼等も力不足だと言っている様なものだ、と言いたいらしい。セリアにしてみれば、そんな積もり微動もないのだが。

 反対されるか、呆れられるだろう、と思っていた候補生に、ここまで祝福されてしまいセリアは戸惑った。誰も自分の力不足や分不相応を指摘しようとしないのだ。その事にセリアは何よりも面食らう。

「ほらセリア。そんな難しい顔しないで。セリアなら大丈夫だよ」

「ああ。我々は、君が立派にその役目を果たせると信じている。急な事で不安になるかもしれないが、その時は我々が全力で力になろう」

「ねっ。だからセリアも一緒に喜ぼうよ」

 先程から困惑か絶望したような顔しか見せないセリアに、ルネが言い聞かせた。その言葉に、セリアの胸の内でくすぶっていた喜びが、顔を覗かせて来る。

 つい数時間前まで、退学するかしないかという立場だった自分が、いまやマリオス候補生だ。あまりに現実離れしている様な気がする。まさか、自分にそんな大役が回って来るとは夢にも思っていなかった。しかし、ランやカールの議論を聞いて、マリオス候補生クラスではどんな授業がされているのか、気になっていたのも事実。その全ては国の為になりたい、という想いからの行動だった。そして、マリオスとは何よりも国に貢献出来る立場と言えるだろう。その候補になる資格がある、と判断されたのが嬉しい事は否めない。

「いいのかな。私が、候補生になっても」

「当たり前だろ。俺達は全員歓迎するぜ!!」

 当然だろう、と透かさず言い返され、セリアも唖然としてしまう。

 不安はあるし戸惑いもある。この後の事を考えると、肩に掛かる重圧が一層重みを増すのも事実。だが、周りには彼等が居る。今までもずっと自分を支えてくれた、頼もしい友人が。彼等が自分に笑みを向けるだけで、自分が彼等の横に立つのが許される様な気がする。

 出来るだろうか、自分に。彼等に追いつけるだろうか。国を導くような存在になれるのだろうか。

 沸き上がる疑問を掻き消す様に候補生達が満面の笑みを向けてくるので、セリアも自然と心から浮かび上がる笑顔を隠し切る事は出来なかった。



 栗毛の地味な少女が浮かべる子供の様な笑みに、波乱に満ちた宿命が、舌なめずりをしながら視線を向けている事を誰一人として気付いていない。 後に来る大きな嵐が、その少女を飲み込まんと、大きな腕を広げ始めた瞬間だった。





〜第一章 埋もれた小石〜


完結



やったー。第一章完結よ、完結。ホラホラ、ハンスちゃんもヨーク君も、お祝いしないと。

「なぜ、私がこの様な所に……」

「ここまで長かったですね。ハンス先生も、一緒に喜びましょう」

もう私、授業が楽しみで楽しみで。

「貴方はこれを機に、真面目に教師の仕事をしてください!!」

考えておくわ

「く、クルーセル。貴方という人は!!」

「ハンス先生。少し落ち着いて下さい。折角、ここまで来たのですから。しかし、私のクラスからセリアさんがいなくなるのは少し寂しいですね」

あら、歴史の授業でまた会えるじゃない。

「そうですね」


色々あったけど、ここまでこれて感激だわ。

マリオス候補生になったセリアちゃんが、どんな活躍をしてくれるのか、楽しみだわ。ね、ハンスちゃん。ヨーク君。

「私は、是非とも遠慮願いたいです。ただでさえあの候補生達は手に負えないのに……」

「セリアさんは頑張ってましたからね。私も嬉しいです」


さて、挨拶が終わったからこれから校長室に行って……

「クルーセル!!貴方はまだ仕事が残っているでしょう!!」

「お二人とも、落ち着いてください!!」

ハンスちゃん、お願いね

「あっ!クルーセル!!」



ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

これからも、どうぞ宜しくお願いします。



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