手紙 1
「セリア・ベアリット殿」
「あっ、はい!!」
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
「はい!!!」
豪華な部屋の豪華な椅子に腰掛けて待っていたセリアは、扉の向こうから現れた青のローブを纏った男性に呼ばれて慌てて立ち上がる。そのまま後ろを付いて行くだけなのだが、自分だけが通された事にセリアは多少戸惑った。部屋の中では、己が呼ばれる時を待つ候補生達がジッとこちらを見ている。躊躇しながら振り返ると、その瞳に、さっさと行け、と押されて渋々ながらセリアは先程のローブの後を追った。
あの後、軽くパニック状態になった競技場は、その場に居たマリオス二人のお陰で惨事になる事なく、なんとか収拾がついた。たった二人で、王国軍や市民に指示を出しながら、冷静かつ迅速に対応してみせた姿は、流石というべきか。
その後、カールが陛下に手短かに事の次第を述べると、向こうは驚く程すんなりと事情を受け止め、その場は治まったのだ。あれほどの事態なのだから、もう少し驚くなりするだろうと予測していたのだが。
国王は、候補生達と、自分を救ってくれた女生徒を、後日改めて王宮に招く、とだけ言い、マリオス達と共にその場から去って行った。混乱が生じた場に、国の最重要人物が長く留まる事は、あまり好ましくないのだ。
そうして約束通り、本日王宮に正式にご招待された訳だが、妙な緊張感が漂う雰囲気の中、セリアは内心で必死に状況を纏めようとしていた。まるでこれから裁判にでもかけられる様な気分で案内された扉を潜れば、そこは謁見の間。奥に設けられた大きな玉座に座った男性は、間違いなく二日前競技場で見た姿と同じであった。国王はここでも、見ているだけで気圧されそうな程の威圧感を放っている。というより、周りの豪華な装飾が加わり、威厳は前に見た時より更に増しているようだ。
玉座に腰掛ける国王の横にズラリと佇む青のローブ。両端に三人ずつ、計六人のマリオスがこの場に列席していた。それだけでセリアは、今にもこの場を逃げ出したくなってしまう。憧れていた筈の場だが、どうして全員が全員自分を睨みつけるのだろうか。
心当たりがない、といえば嘘になる。陛下に事情も説明しないまま、その手から優勝杯を奪う様な事をし、剰え大混乱を起こしかねない状態を招いたのだ。やはり、無礼を働いた罪で処罰されるのだろうか。だから候補生達はあの部屋に残されているのだろうか。だとしたら、自分の人生は終わったも同然かもしれない。
セリアが内心でダラダラと冷や汗を流している間も、国王とその横に並ぶマリオス達は、真っ直ぐに栗毛の地味な少女を見下ろしていた。
やはり、何処からどうみてもただの少女である。二日前には剣を振り回しながらあのカールハインツと互角に渡り合い、その命を賭けて国王を守り抜いた少女には、到底見えない。これが、見目麗しい美少女であったならまだ納得できたのだろうが。
あまりの緊張感に、立ったまま軽く放心していたセリアを正気に引き戻したのは、端に立つ一人のマリオスの咳払いであった。ハッとしたと同時に、まずい、と慌てて玉座の前で床に跪き、頭を垂れた。ああ、またやってしまった。と伏せた顔は絶望に染まり始めている。
「話しはカールハインツから聞いた。セリア、というらしいな」
野太い声がその場に響く。それだけで周りの空気が揺れ、セリアは一瞬反応が遅れたが、すぐに我に戻り名乗る。
「べ、ベアリット家長女。セリア・ベアリットと申します」
「今日ここに招かれた理由は察していると思うが」
「うっ……それは……」
聞かれてセリアは言葉に詰まった。やはり無礼を働いたのが拙かったのだろう。しかし、このままでは、自分だけの問題ではなく、あの場に一緒にいた候補生達にまで飛び火してしまうかもしれない。そう思うと冷や汗が流れる。あれは自分の咄嗟の判断であり、友人達は関係のないことだ。無礼を働いたのは自分だけなのだから、それだけは分かって貰わねば。
「も、申し訳ありませんでした。数々のご無礼、お許しください。しかし恐れながら、あの場では他に手が思い浮かばず、陛下の安全を第一にと思い、やむを得ずあの様なことに……」
「……………」
「ですが陛下への無礼と、あの場においての自分の不手際は承知しています。処分は受ける覚悟がございます。ですが、あれは私が独断で行ったことであり、友人達に非は……」
「セリアよ。私は何も其方を責める為に呼んだのではない」
「へっ?」
思っていた様な言葉ではなく、むしろ全く逆の展開に、セリアは思わず声が裏返ってしまった。
「今回の件、其方達には命を救われた。心より、礼を言いたい」
「えっ!?い、いえ……」
「それと、まだ学生である其方に危険を冒す真似を強いてしまったこと、心苦しく思っている。すまなかった」
「え、ええ!? そんな、滅相もございません。クルダスの国民として、当然の事をしたまでで……」
セリアは、いよいよ訳が分からなくなり慌て出した。国王陛下に謝られるなんて、一体何が起こっているのだ。夢でも見ているのか。だとしたら悪夢だ。などと頬を抓りそうな勢いでオロオロしだすセリアを、国王の横に立っていたマリオスの一人が見据えた。
「何故杯に危険物が仕組まれている事を知っていたのかを聞きたい。答えられるか?」
凛と通る男の声に、セリアは動きを止める。質問してきたマリオスをチラリと窺えば、蜂蜜色の瞳と視線が合った。どう説明すればよいものか、と言葉に一瞬詰まるが、やはりデナトワーレに捕らわれた時、そこで競技会で何かが起きる可能性がある事を知った、と説明する以外ないだろう。そして、国王陛下が相手では、恐れ多くて容易に忠告など出来なかった事も。
ゆっくりと語るセリアの話しに耳を傾けていた国王は、セリアが話し終えるとゆっくりと頷いた。
「そうか。其方にはいくら感謝しても足りないな。せめてもの礼として、私に何か出来る事はないか?」
「は、はい!?そんな……」
そんな恐れ多い申し入れ、失礼とは思いながらも断る以外ないではないか。そう思ってブンブンと首を降って否定するが、ホレホレ遠慮するな、といった感じで国王も引き下がらなかった。なんだか何処かで見た事がある様なノリだが、今はそれどころではない。
「本当に何も無いのか?」
「はい。勿論でございます」
そんな国王陛下から直々に何かを与えられる程、自分は大それた事をした訳ではない。それでなくとも、国王とマリオス達には、既に国を十分に守ってもらっているのだ。それだけでもこちらが感謝しなければならないほどなのに、これ以上何かを強請るなどとんでもない。
失礼とは思いながらもキッパリと断れば、国王も渋々ながらも諦めてくれた。そのことにセリアもホッと安堵する。その後も、再び感謝されたり学園生活の事について質問されたりで、セリアの危惧していた様なお咎めは全く何もなかった。それでも、次には何を聞かれるのだろう、と内心でビクビクしていたりする。
「陛下」
そのまま話しが長くなりそうな雰囲気を、マリオスの一人の諌める様な一言が破った。それを聞いて国王も今気付いた様な顔をする。
「おお。話しが長くなってしまったな。すまない」
「い、いえ。お時間作って戴き、ありがとうございました」
「うん……………それはそうとセリアよ。最後に一つ聞いてよいか?」
「は、はい!なんなりと」
漸く終わった、と思った矢先にまだ何かあるのか!?とセリアは緊張で身体を固くする。次に一体どんな言葉が来るのだろう、と構えていると玉座に座る国王が少し動いたのが気配で分かった。チラリと窺えば、マリオス達は全員が自分を射る様に見ている。難しそうな顔をするその眉間に寄った皺が、セリアの緊張をより強めた。
「其方はこの国が好きか?」
「……っ!?」
その問いにハッとして顔を上げた途端、セリアはカールの言葉を思い出した。
『陛下、と呼ぶに相応しい人物』
まさにその通りだった。先程までの気さくな雰囲気とは違い、また相手を威圧するだけでなく包み込む様な偉大さを感じる。国の全てをその一身に背負い、民の未来を導く国王。時には英雄として、時には父として、国を支えるその人物が、今目の前に居た。その姿に魅了されるセリアだが、問いに答える為、深く息を吸い込む。
「はい!」
その一言を言い切ったセリアの顔は、何時かの様に凛としていた。それ以上は言葉にしなくとも、その周りに纏う空気で、この少女がどれほど自国を誇りにしているかが伝わってくる。肯定する、たった一言を、国王は満足したようにしっかりと記憶した。
「はぁ……」
再び通された豪華な部屋で、セリアは今度は候補生達を待っていた。自分の時は一人だったのに、何故彼等は全員なのだろう。と疑問に思う。それよりも、国王への散々の非礼を咎められるでもなく、更に感謝までされてしまうとは予想していなかった。その器の大きさに、セリアは今更になってすっかり気後れしてしまう。
友人達は今頃どんな話しをしているのだろう。もしや、別々に尋問し、事の真理を確かめるつもりだろうか?とそこまで考えてセリアは思い直した。いくら何でもそれをするには遅すぎるだろう。自分達は同じフロース学園の生徒。昨日の内に口裏を合わせる事は可能なのだ。もし本気で尋問する気ならば、とっくに行われていただろう。
しかし、考えても分からない。うーん、と唸りながらセリアは深く椅子に腰掛けた。
「其方達にも礼を言わねばならないな」
「ありがとうございます」
「今回、私を狙った者やその他の事は、こちらで処理させて貰いたい。よいか?」
国王の言葉に候補生達全員が頷く。この件に王弟殿下が関与している可能性がある事、伝えるべきかと悩んだ候補生達だが、証拠もないまま王族を疑うのは望ましくない、とその事は伏せた。それに、国王と彼の横に並ぶマリオス達が、何も知らないとは考え難い。
「それにしても、其方達は素晴らしい学友を得たようだな」
「セリアのことでございますか?」
「あれほどの才気を宿した少女を、私は見た事がない」
「……彼女も、我々同様、心から陛下と国に尽くしております」
「それは私も心強い。彼女には、是非とも其方達と共に国を導いてもらいたいものだ」
「…………?」
それはどういう意味だろうか、と候補生達は首を傾げる。セリアを見ていると忘れてしまいそうになるが、今の彼女はどう好意的に見ても、国を導く様な地位からは遠い場所にいる。それを、目の前に座る国王が知らない筈はないというのに。
「今のマリオス候補生達の評判は聞いている。いずれ、其方達がクルダスを支えてくれる要となることを、期待しているぞ」
「勿体なきお言葉、心より有り難く……」
謁見の間から戻った候補生達は、目の前の現状を見て苦笑を洩らしていた。
「どうするんだ、これ?」
「そっとしておきたいが、そういう訳にもいかないだろう」
候補生達が囲む椅子の上では、スヤスヤと寝息をたてるセリアが、それはもう気持ち良さそうに眠り込んでいるのだ。椅子から落ちない為なのか、膝を抱え丸まっている姿は、まるで赤ん坊。ここ最近慌ただしかったのだから、セリアの疲労も分からなくもない。このまま寝かせてやりたい気持ちもある。だが、そうも言っていられないだろう。
「セリア、起きろ」
「ふがっ!?」
まだ夢の中のセリアの鼻をイアンが軽く摘むと、息苦しさからセリアは奇妙な声を上げた。なんだかあんまりな起こし方に、他の候補生達から非難の視線が向けられるが気にしない。
目を覚ましたセリアは、まだ寝惚け半分にここは何処だ、と辺りをキョロキョロと見回している。少しの間そうして漸く思い出したのか、あっ、と声を上げた。
「お待たせセリア。もう帰るよ」
「えっ、帰る?」
「うん。ほら、フロース学園に」
「あ、ごめん。うん、そうだったね」
そうだ。もう用は終わったのだから自分達はフロース学園に帰らねば。
扉の外で自分を待つ候補生達に、セリアは慌てて付いて行った。
セリア達が陛下に謁見を済ませた次の日、二人の男が国王専用の執務室で実に愉快そうに笑い声を上げていた。
「しかしお前も無茶をする。危うく私より先にあの世行きだったではないか」
「お前より先に行く積もりは無いさ。それにしても、今回は派手にやったな」
「証拠はどうだった?」
「思わしくないよ。いい身代わりを用意している。それに、事が失敗する前から逃げておった」
「それは予想外だな。計画に手落ちでもあったか?」
「さあな」
向かい合って座る二人の男は、真剣な話しをしているにも関わらず、更に笑い声を響かせていた。
「ククッ!!それにしても見たか、あの時のカールハインツの顔を? 私の前に立っても今までは眉一つ動かさなかったというのに、あの少女の弁明をする時は必死であった」
「それは、面白いものを見逃したな。言っただろう。私のクイーンは手強いと」
「ああ、それは十分理解したよ。問題はキングを取れるかだな。どうだ?」
「やってみせるさ。またとない好機だ。これを逃せば、次は何時になるか分からない」
軽い口調で校長が返すと、向かい合っていた男もゆっくりと頷く。その時、執務室の扉を軽く叩く者が居た。
「陛下、マリオス様達が揃いました」
「おお、そうか。分かった」
外の者にそう伝えると、校長の向かいに座っていた男、国王はゆっくりと立ち上がる。
「ここからはお前の勝負だな。お手並み拝見といこうか」
「お前とクイーンが設けた場だ。私が手柄をたてないでどうする」
ニカニカと笑う校長は、そのまま部屋を後にする友人を静かに見送った。
謁見の間に通された校長は、玉座の上に座る国王の前で跪いた。その左右を囲むのは、縦に並んだ総勢二十名の青いローブ。皆重い空気を滲ませ、難しい顔をしたまま若干俯いている。
普段はその責務に追われ、王都に居ない者も少なくないマリオス達がここまで集まるのは非常に珍しい。しかしこの時は、自分が尽くす国王の一言に呼ばれたマリオス達が、重要な決議を決める為、顔を揃えているのだ。
全員がこの場に集わされた理由を既に十分理解しているため、余計な説明や前置きは一切無い。ただ、重い沈黙だけが続く。その内、一人がポツリと洩らした。
「私は反対です。既に別の計画を進めている時に、この様な事態……」
「しかし、いずれは必要になるという事は事実」
「それにしても、時期が悪い。急な変化は混乱を招く。しかも、長い伝統を変える様な事となれば尚のこと」
渋い顔をする青年に、彼より年上の一人が静かに返した。それに青年は再び反論する。その言葉に、今度は校長を挟んだ反対側から声が上がった。
「もう一つの改革は既に決定している。それとほぼ同時期に別の変化まで齎すという事に反対なのは私も同じだ」
「そうは言っても、今回の働きを見れば、切り捨て難いということも否めないだろう」
「それで王宮の信頼を失う事になれば、元も子もない」
「だからといって、そう簡単に見送る、という決断も得策とはいえない。何より、今は人材が必要な時期」
今回、マリオス達が顔を合わせているのは、そこにも理由があった。ここ数年、新たな逸材が見つかっていない事は事実。使える人材なのか、という事で、マリオス達は王宮へ足を向けた。
しかし、やはり簡単に納得出来る議題でもなく、こちらでも反対と賛成に別れた言い合いが行われた。賛成の声はあるものの、顔を渋らせている者が多いことは否めない。
「そもそも、こんな議論に値する人物だろうか? 国への強い忠誠心が足りない事が、昔からこの件が見送られる理由とされてきた」
「その点は問題無いと思います。我々はその場に居ましたが、国への想いは見込み違いでは無いかと」
「周りの者に感化され、その様に見えているだけではないと言えるか?」
「彼等と同じだけの実績を出せると判断されたこそ、今こうして名が上げられているのでは?」
議題に上がっている人物本人を直接見た者はこの中でも数名。その中の一人がきっぱりと言い切ったした。その言葉に、他の者が付け足す。
「しかし、素行が褒められるものではなかったのも事実。陛下への受け答えも、あまり感心できるものでは……」
「素行に難がある件に関しては、既に前例がいるのでは?」
その言葉に、マリオス達は視線をその場の一人へ向ける。途端に、視線を集めた者が切り返した。
「おいおい、勘弁してくれよ。まっ、俺も自分が品行方正だとは思ってねぇけどな」
「おい!陛下の御前だぞ。控えろ」
「へぇへぇ。しかし、俺は反対も賛成もしかねるぜ。やらせて見るのは面白ぇが、失敗すりゃそれまでだ。成功すれば得る物は大きい。そうでなけりゃ、取り返しがつかないかもしれねぇ」
「だからこうして話し合いの場を設けているのだろう」
そう言われた男は、頬を掻きながら再び適当な返事を返す。態度や言葉を改める気は、残念ながら微動も無いようである。
次に恐る恐る声を発したのは、その男の横に立っていた人物だった。
「しし、し、しかし……じ、時期が、悪、い、というのも、そ、そそ、その………じ、じ、事実か……と…………」
「言いたい事があるならはっきりしたまえ」
「ひ、ひぃぃ。お、おお、お許しを……で、ででですが……しゅ、周辺の、う、ううう動きが………き、気、ににになると、とととき、で、ででで、です。い、いい、まは……情勢にも、そ、その……お、落ち着きが、ほ、欲しい、とと、と、と、時に…………で、ですから、か、かか、改革を、お、おし、おし、押し進めるのは、その、その、ど、どうか………と」
「その意見には、私も賛成だ。混乱を招くような事態、今は好ましくない」
気の弱そうな男が、汗をダラダラと流しながら述べる言葉に賛同の声が上がると、オドオドしていた男もホッと安堵する。この男の言葉は普段から非常に聞き取り難いのだが、今となっては慣れたもので、それを責める者は少ない。むしろ、注意などしようものなら、この男は一層怯えてしまう。それは、出来れば避けたい事態であった。それに、その発言が毎回的を得ているのも事実。なので、文句を言う者は一人もいなかった。
「たしかに、もう一つの計画が決まった以上、そちらを優先するべきだ。二つを同時に行う程、今余裕があるとは思えない」
「しかし、いずれは通過せねばならない道」
「だからこそ、今回は見送り、一から慎重に育てた人材を採用すべきだ。突然現れた者に、国の未来を賭けるだけの価値を、私は見出せない。必要な変化ならば、尚更時間をかける必要があるだろう」
その言葉に今まで黙ってマリオス達の会話を聞いていた校長が、ピクリと反応した。それを見逃さず、国王はマリオス達を一度鎮める。
「どうだマクシミリアンよ。何か申したい事はあるか」
「はっ。発言をお許し戴けるなら……」
顔を上げた校長が、ズラリと並んだマリオス達を見据える。その迫力と威厳は、国王を除く全ての者を黙らせるのには十分であった。
「一つ、訂正させて戴きたい。私は、改革を望むが故に今回の事を申し出た訳ではありません。後にこの国にとって、陛下にとって重要な逸材になる可能性があると、私が判断したからこそ、その為に変化が必要になり、進言したまでです」
「………………」
「そのことを、マリオスの皆様には、ご理解戴きたく」
「………………………」
途端に困惑の表情を浮かべ、お互い顔を見合わせるマリオス達。言い聞かせるような校長の言葉に、それまでの考えを多少改める者も出る。しかし、それだけで修まり切る様な場ではない。
「この場に議題として持ち上がる時点で、器量が十分なのは認めよう。しかし、慣例を無視する事態になる事は事実。私はそれに賛成出来ない」
「しかし、慣例に捕われる必要もあるまい。昔からの伝統は大事だが、それに固執した為に衰退した国もある」
「しかるべき理由があるからこそ、今まで守り抜かれて来た伝統だ」
次々と上がる声に、その場の空気も少しずつ重苦しいものになってくる。すると、端の方で今まで黙っていた男がゆっくりと口を開いた。低く響く声に、その場の誰もが注目する。
「陛下のご意思にもよるが、私は反対する気はない」
「なに?」
「実力、能力、国への忠誠心。必要なものは揃っている。足りないのはそれを活かす環境のみ。そしてそれを我々が提供出来るのならば、意地でも拒否する理由はない。後は国自身が定める事。違うか?」
「その環境を与える人物を、間違ってはいないかと審議しているのではないか!」
「マクシミリアン殿がここまで押す程の者、期待はずれで終わる事もあるまい。それに、この目で見た限り、捨て置くには惜しい人材であった事も事実。そして、我等は今それを必要としている。そうではなかったか?」
がっしりとした体躯の男が蜂蜜色の瞳を開いてそう言えば、周りはシンと静まった。しかし、まだ懸念する者は男に声を投げる。
「決定した場合、議会が黙っていないぞ」
「それを鎮めるのも我等の勤め」
「だからといって、簡単に納得する筈も………」
「何故そこまで危惧する。なんの為の候補生制度だ」
「候補生がどんな存在であるかは、国全体が承知している」
「そこで実績を出せず、用無しと見定められればそれまで。言ってしまえば測りの期間。まだ実際には起こってもいない変化に何を言った所で、それを背負うのは本人のみ。違うか?」
「ぐっ………」
言われて反論していた者は押し黙る。今回の事が決定したからといって、それはまだ力を見定めるためだけに留まる。そこで結果を出せないようであれば、それまで。本当なら、悩む必要のない事であるが、慣例と国民が抱くだろう混乱、これらがマリオス達の頭を固くさせていた。
しかし、指摘されてしまえば否定出来ない。再び静まり返った場で、国王と校長の瞳が一瞬輝きを増す。
「各々答えが出た様だな。まだ反対の意を唱える者が居れば申し出よ」
「……………」
国王の言葉に、表情を歪める者や、唸る者も出た。しかし、誰一人として、これ以上言葉を述べる事はしない。そのマリオス達一人一人をジッと見回した国王は、満足そうに頷いた。
自分はどうしても納得出来ません。
本当に、一体セリア殿に何があったのでしょうか。話しが急過ぎて、自分も事態の整理が追い付かない。何故、突然あのような……
とにかく、セリア殿に少しでも考え直していただければ。
自分には、言葉を掛ける事しか出来ませんが、これだけは聞かせて下さい。その決断で、貴方は後悔されないのですか?