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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第一章 埋もれた小石〜
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出会い 3

「けど、案内ったって、一日じゃ終わらないぜ」


 お互い少し打ち解けたセリア達に、イアンがどうするかと聞いて来た。

 とにかく広いこの学園を一日で廻り切ろうというのには無理がある。


「とりあえず、図書室の方から回って行こう」


 一日で終わらないとは、本当に広い学園だな、等と呑気に考えていたセリアだったが、周りから嫌という程に集まる視線に気付いた。

 そして、その視線を集めているのは、横に並ぶ二人だというのにも気付く。続いて、横にいる女は誰だ、的な意味を込めた視線を向けられてくる。


 あまり深く考えていなかったが、二人の輝くような容姿に、殆どの生徒は憧れを持つだろう。主に女生徒達は、自分に敵意めいた視線を投げかける者もいる。

 別に、それでどうしよう、という気はセリアには無いが。

「セリア。どうかしたのか」

 自然に足が止まっていたらしい。視線に気付いていないのか、敢えて無視しているのか。少し先にいる二人が不思議そうにこちらを見てくる。

 置いて行かれては折角の案内を頼めなくなる、とセリアは急いで二人に追いついた。




 三人が最初に来たのは、学園の東側にある大きな図書室だ。

 吹き抜けの二階構造で、上から下まで本がびっしりと詰まった棚がズラリと並んでいる。図書室というより、図書館だ。


 周りを見渡せば、勉に勤しむ生徒や暇を持て余している生徒、雑談する生徒など様々だ。が、ラン達が入って来ると、皆一斉に目を向けた。数名の女生徒からは、歓喜の声すら上がっている。


 普段ならそのまま自分達のしていた事に戻る生徒達だが、ラン達の後ろから着いて来る見慣れない女生徒がいる事で、自然と視線もそちらに行く。今まで彼等と連れ立って歩く女性など、皆無に等しかったからだ。

「ここが図書室な。大体の資料なんかもここにあるぜ」

 他生徒の興味津々な視線を全く気にせず、イアンは種類別に置かれている本棚を一つ一つ案内してくれた。その後に続くランも、特に視線を気にしている様子でも無い。


「大きいのね」

 セリアはぐるりと室内を見回しながら言った。

 率直でもっともな意見に、イアン達二人は可笑しそうに、くっと笑った。

「でかいよな」

 同意するイアンに、後ろにいるランも頷いている。

「卒業生からも寄贈されてくるので、棚は年々増えるばかりだ。興味深い図書も贈られて来るので、それは有り難いのだが」

「本が入りきらなくなって、五年前に改築したんだとさ」

 ははっと笑うイアンに、返す言葉が見つからず、セリアは苦笑するだけだった。


 もう一度セリアが図書室を見回していると、いきなり何かが背中にぶつかった。

「きゃっ!」

 短く悲鳴を上げ、すぐ後ろにいたランに受け止められたのは、セリアにぶつかった別の女生徒であった。ぶつかられた本人のセリアは、特に大きな衝撃でも無かった為、踏み堪えたが。

「君、大丈夫か?」

「あ、はい。ありがとうございます、ランスロット様」

 そんなに激しく衝突してはいないのに、大袈裟に後ろに転んだ女生徒は、頬を薔薇色に染めながら恥ずかしそうに身を捩らせている。

「大変失礼しました。それでは」


 ぶつかったセリアには何の詫びもせず、ランに頭を下げると女生徒はさっさと行ってしまった。しかし、去り際に彼女がジロッと自分に敵意剥き出しの視線を投げかけたのを、セリアは見てしまった。

 どうやらラン達と居る事で、一部の女生徒達の反感を買ってしまったようだ。ようするに、釘を刺されたわけである。

 遠くで、ぶつかった生徒に他の女生徒達が、よくやった、とエールを送っているのは、気のせいではないだろう。どこに行っても、女性の嫉妬とは恐ろしい。


 でも、特に何かやましい事をしているわけではなく、ただ案内をして貰っているだけなので、まあ特に気にする必要もないだろう。後々何か言ってくるようであれば、事情を話せば良いだけだ。と、この時セリアは甘く考えていた。




 図書室を回って、その他の教室、講堂、ホール等を見て回ったが、行く先々で同じように女生徒方の痛い視線を受ける事になった。

 そんな視線に内心うんざりしているセリアだが、笑顔で校内を案内してくれる二人にはとても言えない。


「次は厩舎の方へ行ってみるか?」

「えっ!厩舎があるの!?」

 驚くセリアにイアンが、教養の授業に馬術も含まれている為だと説明してくれた。

 上級になれば自由に馬を連れ出す権利が与えられるらしく、学園に近い草原で彼等はよく走らせるらしい。


 この学園は校舎だけではなく、懐まで広いらしいな。などとセリアが考えている内に厩舎に着いた。

 躊躇する事なく中に入って行くラン達の後を、恐る恐る覗き込む様な形でセリアは厩舎に足を入れる。


 中では、鼻息荒く足を踏みならしている馬達が、ズラリと並んでいた。優に二十頭はいるだろうか。一匹一匹の毛並みがしっかりしていて、動きに気品がある。


「セリア!こっちだ」

 イアンに急かされて二人の傍へ行くと、厩舎の端の方でそれぞれ二人に鼻先を擦りつける二頭の馬がいた。

「どうだ?別嬪だろ。シャルルっていうんだ」

 そういって、イアンは自分にじゃれて来る月毛の馬を指した。名前を呼ばれたのが嬉しいのか、更にイアンに強く擦り寄って来る。


 馬が別嬪かどうかを問われても分からないが、見事な馬だという事はセリアにも分かった。これでも乗馬が多少は出来る身なのだ。

 シャルルに近付いてクリーム色の鼻先を優しく撫でてやれば、気持ち良さそうに目を細めた、気がした。

「んで、ランのがヘルメス」

 ヘルメスと呼ばれた栗毛の馬は、自分が撫でられるのを待つように、セリアをジッと見つめている。シャルルにしたように鼻先を撫でてやれば、嬉しそうに尻尾が揺れている。

「可愛い」

「良かった。ヘルメスもセリアを気に入ってくれたようだ」


 そのままセリアが二頭を撫でていると、後ろにいた馬が一度大きく嘶いた。驚いて後ろを振り返れば、大きな黒馬がこちらを睨んでいた。

 黒い毛には艶があり、堂々と立っている姿には余裕が感じられる。澄んだ黒い瞳は真っ直ぐこちらを射抜き、まるで吸い寄せられているような引力を感じる。


 その馬に引き寄せられるように手を伸ばすと、イアンが慌ててそれを静止した。

「おいおい、止めとけ。こいつは気性が激しくて危ないぞ」

「そ、そうなの?」

 言われて、伸ばしていた手を引こうとすると、また再び馬は大きく嘶いた。

「おい、アルセウス。どうしたんだ。」

 ラン達が宥めるように近付くが、それでも馬は鼻息を荒くするだけで、静まる気配がない。その動きさえも力強い美しさがあって、セリアは更にその馬に見惚れた。


 セリアがそのまま手を伸ばすと、黒馬は待ちわびたように、首をセリアに向かって伸ばして来る。

 それに答えるようにセリアが頭を撫でてやれば、馬は途端に大人しくなり、セリアに身を寄せて来た。


「信じられねぇ。あの、アルセウスが…」


 イアンもランも絶句しているが、セリアは全く気付かず、黒馬と戯れている。


 この学園では、未来への可能性を認められ、またそれを示す地位を与えられた生徒に、記念として馬が送られる。そして、目の前のこの黒馬もその内の一頭である。

 しかし、己の主に似たのか。この馬はプライドが高く、自分の主以外には騎乗するどころか触らせる事も殆ど許さず、世話係の者達の悩みの種であった。馬は飼い主に似るというが、何人も寄せ付けない冷たさは、主を見事に連想させる。


 その馬が、会って数分も経たない少女に撫でる事を許し、あまつさえ身を寄せているのだから驚きだ。

 すっかり懐いたアルセウスを、可愛い、と言いながら夢中で撫で回すセリアの耳に、遠くから夕刻を告げる鐘の音が届いた。それは、後ろにいる二人にも聞こえたようだ。

「おっと。もうこんな時間か。そろそろ戻らないと晩飯を食いそびれちまうな」

「そうだな。回りきれなかった場所は明日にして、今日はもう引き上げよう」

「ほらほら、行くぞ」

 まだアルセウスと一緒にいたい衝動で、立ち去る足が遅くなってしまうセリアを軽く施しながら、イアン達は厩舎を出た。



「今日は本当にありがとう。二人共」

「いや。役に立てたのなら嬉しい」

「そうそう。それにまだ終わってないぜ。見てない所は沢山あるんだからな」

 そう言ってくれる二人に、感謝しながら、セリアはラン達の紳士ぶりに感心した。きっとこういう人程、人望も厚いのであろうな。


「人望って言えば、マリオス候補生よね」

 マリオス候補生も、きっと人望厚い若者なのであろう。浮かんだ考えにセリアはそれまで忘れていた事実を思い出した。

「そうだ。二人はマリオス候補生って知ってる?」

 学園に詳しそうなこの二人なら、当然国の未来を任される人材である彼等の事も知っているであろう。


 いきなり問われた質問に、虚をつかれた思いの二人は何と答えれば良いか戸惑ってしまった。

「し、知ってるが。何でだ?」

「ちょっと気になって。将来、この国を背負って立つ存在になるかもしれない方でしょ。どんな人なのかなって」

「…そうか。セリアはどんな奴だと思うんだ」

 セリアの候補生像に興味が湧いて、うきうきした目でイアンは逆に聞いた。人々が、マリオスにどの様なイメージを持っているのかを伺う良い機会である。


 いきなり話を勧めるイアンをランが止めようとするが、そんな事は気にしない。

「そうね。まず、勉強熱心だろうから、丸い大きな眼鏡を着けているかな」

「………はっ!?」

 予想だにしていなかった答えにイアンは声が上擦ってしまった。

「あと、いつも大きな本を抱えていて。歴史書とか。授業は白熱していて、議論が飛び交って」

 いや。確かに授業中に議論が飛び交うのは間違っていない。主に自分の隣にいる人物と、もう一人の所為なのだが。だが、歴史書を抱えているなんて、何処からそんな想像が浮かんでくるのだ。

「それで、国の事を大事に想ってくれている人かな」

「………」


 最後の言葉は、この国の誰もが思っている事だろう。マリオス候補生は、国の未来を考える人材だと。

「それで、君は彼等に会いたいのか?」

 ランの問いに、セリアは一瞬驚いた顔をすると、顎に手を当てて考え出した。

「うーん。きっと忙しい方達だから、会えるかは分からないけど。でも会えたらお礼が言いたいな」

「お礼?」

「うん。この国の未来を本気で想ってくれて、ありがとうって」

 マリオス候補生に求められるのは、何と言っても国を想う心だ。少なくとも、セリアはそう信じている。

 そして、自分もこの国で生きているのだから、国を想う者に当然、感謝の心がある。その気持ちを、もし会ったならば伝えたいのだ。


 セリアの力説に、胸の内がじんわりと温かくなるのを感じたイアンは、ふっと微笑むとセリアの頭を優しく撫でた。

「その気持ち、十分アイツ等に伝わると思うぜ」

 にこりと笑ったイアンに、セリアもまた笑い返した。


「おい、イアン」

 和んでいる空気を壊して、イアンをセリアから引き剥がすと、ランは耳打ちした。

「何を考えている。隠す必要は無いだろう」

「あ~悪い。なんか、アイツの顔見てたら、照れくさくてさ」

 セリアには聞こえぬよう、十分注意しながらイアンは返した。別に深い意味があった訳では無いのだが。これでは、彼女に真実を打ち明けにくくなってしまった。それも、面白いので悪くは無いが。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない。よし!一旦部屋に戻って、食堂に集合だ」

「えっ!?」

 また、突拍子もなく告げられた事に、セリアは困惑した。まさか夕食も一緒にするつもりだとは思っていなかった。確かにこの学園の食堂は男女共用だが。

 でも、折角親しくなれたのだし、誘って貰えて嬉しくない訳が無い。イアンの言葉に気持ちよく頷きながら、近付いた寮に目を向けた。





 彼等とは食堂の前で待ち合わせた後、セリアは女子寮の自分の部屋へ戻って行った。

 男子寮の建物と女子寮の建物は距離は少々あるが隣同士に建っており、その間に、大きな食堂がある。それなりのキッチン設備が整っているので、大きさもそれなりである。


 自分の部屋に戻ったセリアは、一度ベッドに腰掛けると、どっと疲れが湧いたように感じた。かなりの場所を見たように感じたが、イアンはまだあると言っていた。

 本当に、どれだけ広いのだこの学園は。一人個室が与えられるこの寮も、かなりの大きさがある。昔は、何処かの貴族の屋敷だったそうだとランが説明してくれた。


 しばらくぼうっとし、一息ついた所で、約束の時間だと思い直し、気合いを入れてベッドから立ち上がった。





 階段を下りて玄関を出ると、急いで食堂へ向かう。その道中で、女生徒方の興奮した声が聞こえてきた。そして、それは食堂に近付く程に大きくなっていく。どうやら原因は、食堂前に立っている四人の若者らしい。

「あっ!」

「セリア、こっちだよ」


 セリアが慌てて駆け寄ると、イアンとランの他に昼間会ったルネと、もう一人、昨日の決闘の場にいた褐色の肌の男子生徒が居た。

 彼と目が合うと、その生徒は丁寧にお辞儀をした。それと同時に、琥珀色の瞳は伏せられ、長い赤髪が揺れる。

 整った顔と寸分の狂いが無い見事な姿勢と、不思議な雰囲気を持つこの少年の落ち着いた空気に、心が静まったように感じたセリアは、周りから上がる黄色の声で我に帰った。


「ザウル・アルシャーノフです。あの時は、二人を止めて頂き、ありがとうございました」


 また、お礼を言われてしまった。何故、この者達はここまで感謝するのだろうか。どの様な経緯があったかは知らないが、神聖とも言える決闘を強引に中断させてしまったのだから、むしろ責められても可笑しくはないのに。


 何はともあれ、取り敢えず謝罪はしておこうと、セリアも深々と頭を下げ、その意を伝えた。その後自己紹介を終えると、彼もニコリと微笑んでもう一度頭を下げられた。その丁寧な物腰に周りの声が更に大きくなった気がする。

「ほら、さっさと行こうぜ。話はそれからだろ」

 イアンが再び事の進行を決める。どうやら、彼等の中でイアンはそういう位置にいるらしい。持ち前の明るさから為せる業であろう。


 セリア達が入ると、案の定、生徒達の視線が向く。これほど揃いも揃って端正な顔をした者達ならそれも仕方がないが。チラホラと混じる、敵意剥き出しの女生徒達の視線は、どうにかして貰えないだろうか。まあ、気持ちも分からなくは無いが。

「早く座らねえと、席取られちまうぜ」

 急がなくとも、彼等が近付けば自然と席が開けられているのだが。

 目の前でいそいそと席を譲る生徒達に申し訳なく思いつつも、セリアは彼等の隣に席を取った。ザウルとルネがテーブルの反対側に座り、イアンの隣の端の席だ。

「ん?そういや、カールはどうした?」

「あぁ。彼は、先程済ませ、今は自室に戻っています」

「相変わらず、不規則だなぁ」

 いつも食事を二の次三の次にしてしまうカールは、それまでの作業に区切りがついた時、思い出したように食事を取る。その為、時折何も食べずに時間を過ごしてしまうので、よく友人達からも心配されているのだ。治すように言っても、彼は聞きはしないのだが。


「折角セリアを紹介してやろうと思ったのに」

「誰の事ですか?」

 目の前に座るルネに聞いてみる。健気に丁寧な口調を貫こうとするセリアに、隣の二人は困惑した顔になっているが、そんな事は気にしない。

「昨日、セリアが止めてくれたもう一人の方だよ」

「あっ、…あの」

 チラリとランを覗き見ると、少し不機嫌そうな顔をしている。本人にその意識は無いのだろうが、眉間に寄った皺はくっきりと深い。そんなに仲が悪いのだろうか。

 まあ、決闘などをしていたぐらいだ。少なくとも、多少のすれ違いがあるのだろう。


「セリア殿は、何処で剣術を?」

「あっ。小さいころから、伯父に習っていたんです」

「女性なのに、反対はされなかったのですか?」

「伯父は特に何も。家族には内緒だったので」

 まるで、悪戯がバレた子供のように、少し笑いながら話す様は、昨日決闘に割って入った勇ましい女性の姿とは、かなり違っていた。凛とした姿勢で二人を射抜く様に睨んだ瞳は、今は優しげに細められていて、昨日感じた威圧感は全く無い。


「ザウル様はなさるんですか?剣術」

「自分は、余り。護身術程度です」


 ザウルと談笑していると、肘を突かれた。横を向くと、そこにはにやけた顔のイアンがいたので、何となく嫌な予感がする。

「お前、諦め悪いぞ。別に構わないだろ」

「いいの。私が構うの」

 小声で言われたのは、言葉使いの事だと、すぐに推測出来た。

 初対面のザウルや、昨日今日会ったばかりのイアン達と食事を共にしているだけでも、図々しいだろうかと思うのに。これ以上慣れ慣れしく接するのも彼等に対して失礼ではないかと思う。


「セリアはイアンとランとは仲良く喋るんだよね」


 ルネの一言に顔を上げると、イアンが教えてくれたよ、と笑顔で言われた。その微笑みは、何かを企んでいるのか、純粋な天使の笑みなのか、判断が着かない。

 セリアが横に座る人物を睨みつけると、当の本人は最後のパンを口に放り込んでいる所だ。

「はい。自分もそのように聞きました」

 ザウルの絶望的な一言にショックを受けていると、ランが口を開いた。

「別に構わないのではないか。特に形式に捕われる必要も無いだろう。それに、君には自然体の方が似合っている」

 真っ直ぐな瞳で殺し文句を言われ、反対側に座る二人に頷かれた事で、セリアは遂に白旗を上げた。その後、横で必死に笑いを堪えるイアンを、軽く肘で小突いておいた。






 夕食の時間も終わりに近付いて、残る生徒も疎らになる。去って行く生徒を一人一人気にしている様子のセリアにザウルが気付いた。

「どうかしたのですか?」

「あっ!えと……マリオス候補生様はいないのかな、って思って」

 先程話題に出たのだから、何となく気になってしまう。

 セリアの一言に、イアンがビクッと肩を揺らしたので、逆にこちらが驚いた。

「ど、どうしたの!?」

「いや……何でも」

 セリアが視線をザウルに戻すと、彼もまた目を見開いて、驚いた顔をしていた。何かまずい事を言っただろうか。視線をそのままザウルに向けていると、非常に困惑した顔をしている。

「セリア殿は、聞かされていないのですか?」

「え…何を?」

 ザウルが視線をさり気なくセリアの隣に向けると、一生懸命何かを目で訴えて来るのが分かった。ランも非常に複雑な表情をしている。

 彼等とセリアの反応から、セリアには何も伝えていないのは明らかだ。特に隠す理由は無いように感じるが、イアンが余りにも必死に目を動かし、言うなと意思表示をしてくるので、ここは自分が引いた方が良さそうだ。

「いえ……」


「さっ、飯も食ったし。そろそろ戻ろうぜ」

突然切り出したイアンを、セリアは不審げに見ているが、イアンが自分の背中を押して来るので、しぶしぶ出口へ向かった。その後に続く三人も、何処か複雑そうな顔だ。

 まさか、マリオス候補生の話題は、この学園では禁句なのだろうか。とも思ったが、そうである理由が分からない。


 考え込むセリアの後ろで、ザウルが静かにイアンに聞いた。

「何故隠すのですか」

「いや、成り行きでこうなっちまってな」

 近々話そうとは思うが、マリオス候補生達の事を知りたがるセリアを、近くで見ているのは何故か面白い。なので、もう少しこのままで、と思っていたのだが。こうなっては、いよいよ打ち明けにくくなってしまった。

「まいったな」

 不思議そうな顔をしてくるセリアに、イアンは笑うしかなかった。





 自分に与えられた自室に戻って来たセリアは、ドサっとベッドに体を預けると、はぁっと息を吐いた。部屋に帰ってみると、やはり疲れていたのか、激しい疲労感に襲われた。

 初日という事で、それなりに緊張もしていたし、広すぎる学園も歩き回ったのだ。まだ時刻は早いが、このまま寝てしまおうか。

 とも思ったが、風呂だけは入ろうと、体を起こした。流石、名門校のフロース学園だけあって、一人個室の寮には、それぞれシャワーと洗面所が付いている。熱い湯を頭から被ると、少し緊張が和らいだ気がした。


 シャワーですっきりしたが、薄暗い部屋に戻ると、やはり眠気がぶり返して来る。セリアはそのままベッドに倒れふすと、髪が濡れているのも構わず、そのまま眼を閉じた。



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