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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第一章 埋もれた小石〜
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蜘蛛 7

 王都は広く、当ても無しに探し回ったところで、たった一人の少女を見つけるなどは不可能だ。しかし、今の候補生達に出来る事はこの大きな都市の中を走り回ることだけであった。

「いたか?」

「いや、誰も見てない」

「駅員の目撃情報があっただけで、他はまだ」

 セリアはフロース学園の制服を着たままだった様で、少しの情報は得る事が出来た。しかし、それだけだ。彼女が実際何処へ向かったかは分からないまま、時間だけが無情にも過ぎていく。

 王都で考え付く場所といえば、セリアがデナトワーレの紋章を初めて見た場所だ。せめて何か手掛かりがないかと、縋る様な気持ちでこの場所へ来た。しかし手掛かりどころか、まだ目撃情報すら無い。これが美人だったり、気品溢れるお嬢様だったなら、もう少し目立っていたのだろうが。

「何処へ行ったんだ………」

 無事でいてくれ、と願うしか出来ない候補生達の耳に、暗闇の中から軽い足音が聞こえた。気になって視線を送ると、何処かで見たことのある少女が、キョロキョロと視線を彷徨わせながら走る姿。

 その少女の顔と、脳内の情報が一致すると、候補生達は途端に駆け寄った。

「シーナ・ダムレス嬢!!」

「えっ!?」

 呼び止める声が聞こえた瞬間、ビクリと肩を揺らした少女が恐る恐る振り返ると、その先に見た人物に目を見開いた。

「あっ!!」

「失礼ですが、貴方は行方不明だと聞いていたのですが?」

「あっ!はい。先ほどまで捕らわれていました」

「それで、どうやって。それより、貴方は今まで何処に」

「先ほど助けられて。それでイアン様達を呼ぶように言われたんです」

 そのまま説明するシーナの話を聞く候補生達の背中には次第に悪寒が走り始めた。

 助けられたというシーナはここにいるが、セリアはいない。つまり、まだその場に残っているのだろう。捕らわれているのか、己自らその場に留まっているのかは分からないが、どちらにしても危険な事に変わりない。

「とにかく、その場所を。ルネ、お前は警察に……」

「待ってください!警察はダメです。内部に私を攫った人がいます」

「っ!?内通者か?」

 だとすれば、セリアがシーナに警察ではなく、候補生の名前を出したのも頷ける。しかし、そうだとすればどうしたら良い。敵の数に見当もつかないうえ、セリアが向こうの手に渡ってしまっている。ただ突っ走って全員を一掃出来る自信はない。

「だからって、何もしない訳にいかないだろ」

「とにかく、セリアの所へ行かなきゃ」

 シーナには安全な場所まで行く様に言い聞かせ、候補生達は教えられた教会の場所へ足を向け地を蹴った。






 牢から引き摺り出され、後ろ手に拘束されたまま連れて来られた場所を見回して、セリアは頬を引き攣らせた。

 木製の扉を潜り抜け、その先に広がる廊下を歩いていくと今度は鉄の扉。重い音を響かせながら開いたその扉の奥は、とにかく広かった。今まで自分が押し込められていた石張りの部屋と比べると雲泥の差だ。しかし、ここでも蜘蛛の巣は健在である。

 部屋の中心には円形の祭壇らしき物があり、石で作られた寝台の様な物が置かれていた。その周りをぐるりと囲むように黒いローブを頭から被った人間が佇んでいる。その一人一人が蝋燭を手にしていて、その灯が窓一つ無いこの暗い部屋を照らしていた。なんだか訳の分からない、呻き声の様な声を出していて、聞いているだけでも胃に響く。

 セリアが中へ入ると、そのローブの人間が一斉にこちらを向いたのだ。そして、まるで崇めるかの様にこちらへ向かって手を伸ばしてくる。それだけでも十分に異様な光景だ。

 そのままセリアは自分を拘束する男に押され、祭壇の上の寝台の前に立たされた。ローブの人間達は、この祭壇には近付かない様で、周りから手を伸ばし続けてはいるものの、セリアに触れる事は叶わない。

 立たされた祭壇の上で、現実離れした光景を呆然と眺めていると、セリアが入ってきた扉とは別の方向から、重い音が響いた。そちらを見ると、地上へ続いているのだろう階段と、その上で開かれた扉の向こうからこちらを見下ろすアルディ男爵。

 ゆっくりと階段を下りるアルディは、先程までは着ていなかった黒いローブを纏い、実に優雅に振舞っている。祭壇の周りのローブ達は何が嬉しいのか、アルディの登場に感嘆の声を上げていた。

 得意げに歩くその姿を、セリアはジロリと睨む。そのセリアの視線に気づいたアルディは、益々口の端を吊り上げた。

「本当に勇ましいお嬢さんだ。他の者達は、そのまま失神するか泣き叫びながら救いを求めるかだったというのに」

「………もうこれで終わりよ。シーナさんが逃げ延びれば、少なくとも貴方は失脚するわ」

「フフッ。心配してくれるのはありがたいが、その必要は無い。あの令嬢は、残念な事に私の顔を見ていないのでね。それに、誘拐されて気が動転していたといえば、彼女の証言も戯言以外のなんでもない」

「たとえそうでも、彼女はこの場所の事を話すわ。そうすれば何らかの証拠は見つかる筈」

「確かに、ここを調べられては、何らかの形で痕跡は見つかるだろうね。もし、この場がそれまで残っていればの話だが」

「……?」

 どういう意味だ?とセリアが眉を顰めると、アルディは嘲る様に笑った。

「今日の儀式が終わればこの地下を埋めることにしたよ」

「なっ!?どうしてそんな事を」

 ここはデナトワーレの集会場であって、神聖な場ではなかったのか。なぜそう簡単に埋めようなどといえるのだ。

「過去のデナトワーレが贄として捧げた女の数は三十八。これだけの数の儀式を行うのに、場が一つであった筈がないだろう」

「ま、まさか!」

「察しが良いね。例えこの場所を失っても、我々が次の巣へ赴けば良いだけのこと。つまり、この場で君が我々を捕らえないかぎり、君の勇敢な行為は無駄という事になるね」

 言葉にならなかった。自分の考えの甘さに、嫌気がさす。シーナを助け出せたとしても、肝心のアルディ達を捕らえるには至らないのだ。

 絶望で顔から血の気を無くしたセリアに、短剣が向けられる。

「さて。お喋りはこのくらいでいいかな。我々としても、早めにこの場から切り上げたいのだよ」

 そう言って突き出された短剣を、すんでの所で躱す。しかし、その瞬間また頬を思い切り叩かれれた。

「うっ!」

 張り倒され崩れた先は、台の上。しまった、と思った時には既に遅く、肩を手で押され動きを封じられた。周りではすっかり興奮した様子のローブ達が、先程より一層手を高く掲げ、声もより大きく響いている。

 上を見上げれば、血走った眼を向けて来るアルディが振りかざした短剣。蝋燭の灯を反射し、鈍く光るその刃を見て、セリアの身体を恐怖が駆け上がる。

「くっ!!」

 来るだろう痛みに、セリアは咄嗟に目を固く瞑った。




「……うぐっ!!!」

 しかし、次に聞こえた男の呻き声と同時に肩の拘束が緩まった。恐る恐る目を開ければ、飛び込んで来た光景に驚きで声を上げる。先程まで自分に短剣を翳していたアルディの腕に、一本の矢が刺さっているのだ。突然の痛みにアルディも短剣を落とし、ぐっと腕を押さえる。

「セリア!!」

「ルネ!?」

 聞こえた声は、いつもはにこやかに温室の草花に水を与える少年の物だった。声の方へ振り向けば、階段の上の扉から入る光を後ろに、弓を構えるルネの姿。えっ、と驚くのと共に、助かったのだと一瞬過る安心感。

「セリア殿!!」

「無事か!?」

 次々に乱入してくる候補生達に、セリアも唖然としてしまった。その間にも、候補生達はセリアの周りを囲んでいたローブを次々に薙ぎ倒して行く。候補生達は全員がかなりお怒りの様で、その表情はかなり怖い。

 突然の乱入者に混乱するその場に構わず、候補生達はそのまま手当たり次第に吹き飛ばして行く。その姿にも、日頃の品は残っているので、まさに敵と戦う英雄、といったところだ。

 急な展開に呆然としかけるセリアだが、何時までもぼぅっとしてはいられない。アルディが落とした短剣を素早く拾い上げ、候補生達が居る場とは反対の方向へ向かった。そして、自分が通って来た扉の前で構える。

 この向こうには牢へ続く廊下があった。しかし、他の場所へも続いているかもしれない。命が助かった今自分に出来るのは、狂信集団をこの場から一人も逃さない事である。


 中断させられた儀式と、倒れて行く崇拝者。信じられない光景を目に、アルディは絶望と焦りが込み上げて来た。その腕には未だにルネの放った矢が刺さったままになっている。

「き、貴様ら。こんな事をして、ただでいられると思っているのか!」

 確かに、崇拝者の数は候補生達が想像していたよりも多かった。周りをぐるりと囲む敵に、候補生達も、短剣で応戦するセリアも限界がある。しかも、こちらは殺傷沙汰になどはしたくないが、向こうはこちらを殺す気で来ている。幾らラン達に腕があるといっても、不利なのは明らかだ。

 何処に隠し持っていたのか、鉄の棒やらナイフやらを出して来るローブに、流石の候補生達も押されている。セリアも懸命に応戦するが、一人で大人数を相手にしている上、つい先程までは囚われの身だったのだ。身体に溜まった疲労は誤魔化し切れず、ついに唯一の武器を薙ぎ払われてしまった。まずい、と思った時には遅く、すぐにまた張り倒される。

「セリア!!」

「無駄だ。生憎男の血は使い物にはならないが、生かす必要もあるまい。遺体は纏めてこの場に埋めてやる!」

 声高にアルディが言い放つと、ローブ達も動きを一層激しくさせる。自分に向かって次々に腕を振りかぶるローブ達にセリアは再び目を閉じた。

 その胸を占めるのは、悔しさ。やはりカールの言う通りだったのだろうか。自分には何一つ出来ず、おまけに友人までも危険に晒した。こうなることを見越してカールは自分に関わるなと言ったのだろうか。



くっとセリアは歯を食いしばった。

 が、その瞬間、乾いた音がその場に響く。耳を劈く様な、大きな破裂音。今までに聞いた事が無い様な物だが、セリアにはそれが何なのか心当たりがあった。

 恐る恐る目を開けると、候補生達が入ってきた扉から見える赤の制服。

「えっ……!?」

 先程の音は、多くの赤い制服を着た男達の一人が、天井へ向かって銃を発砲した音だったのだ。引き金を引いた瞬間、中の火薬が発火した音は、その場の全員の注意を引いた。

 揃って銃を持った男達が、規則正しく歩調を合わせながら地下へ姿を表す。全員が纏う赤い制服に、セリアは見覚えがあった。

「なんで、王国軍が……?」

 赤の制服を身に纏う彼等が属するのは、王国軍と呼ばれる組織。クルダスの警察や国政からは切り離され、独立した王宮直轄の兵達だ。

 国家の安全に関わる公安事件の捜査や、国交間における重要人物の保護など、国家に置いて重要と見なされた事柄にのみ動く組織。そして、彼等を実際に動かす権限を持つのはマリオスと、国王陛下のみ。つまり、彼等がここにいるという事は、そのまま国王の命令だということ。

「アルディ男爵に告ぐ。貴公をクルダスに対する謀反の容疑でその身柄、王国軍が保護させていただく」

「……………………」

「フロース学園生徒以外この場にいる全員、国家における大罪者として、逮捕する」

 髭を生やした男がそう言い切ると同時に、王国軍がデナトワーレの集会場に雪崩れ込んで来た。候補生達が乱入した時の比ではないほどの事態に、ローブ達は当然動転した。逃げ惑うローブ達を、王国軍は容赦無く捕らえて行く。

 何がなんだか分からない。何故王国軍がこの場に居るのだろうか。誰かが通報したのか。しかし、彼等は国王かマリオスの命以外では動かない。国政からは完全に独立した存在だ。それが何故。

 候補生達も、全く状況を理解出来ていない様子で、呆然と立ち尽くしている。あのカールですら、目を見開いているのだから驚きだ。

 セリア達が動けないでいると、あっと言う間にその場のローブ全員が呆気なく逮捕されてしまった。あのアルディと神父も同様だ。

 二人の顔は、訳が分からない、といった風で、彼等も急な展開に呆然としている。それでも、アルディ男爵の方には、僅かばかりの恐怖がその瞳に潜んでいる様にも見えた。





 事態が治まった頃、セリアと候補生達は王国軍に保護され、無事学園まで送り届けられた。

 その道中もセリアは呆然としていた。あれだけ自分が足掻いても何も出来なかったというのに、あっというまに片を付けてしまった王国軍を見て、自分の無力さを改めて実感させられる。しかし、どうしても分からないことが一つ。何故王国軍があの場にいたのか。

 国家的な犯罪でないかぎり、王国軍が動く事はない。そして、この件はそれに属するだろうか。二百年前は三十人以上の人間が殺されているのだから、王国軍が動く理由としては十分だろう。が、今回は違う。被害者の数はまだ十人にも満たない。人の命に関わることとはいえ、実際には王国軍の腰は重い。

 ならば考えられるのは一つ。王かマリオスの命令だということ。しかし、一体どうして。

 考え込むセリアだが、ふいに顔を上げるとこちらを睨む候補生達に気付いた。

 しまった。王国軍の事にばかり気を取られて、肝心な事をすっかり忘れていた。また彼等に迷惑を掛けたのだ。しかも、今回は命の危機すらあった。彼等の怒りももっともだろう。

 とにかく謝らねば。と思って口を開いたものの、周りから集まるあまりにも怒りを含んだ表情に、ひぃっと悲鳴を上げてしまう。これはまずい。かなりご立腹だ。

 どう切り出そうか、と思い悩んだセリアは渋々問いかけた。

「あの………怒ってる?」

「当たり前だ!!」

「ひぇっ!」

 途端に怒鳴り返されセリアは身を竦めた。

「本当に、ここまで巻き込まれる積もりはなくて…ただちょっと調べようかと思っただけで……」

「それで捕まっていれば同じ事だ!!もし我々が間に合わなかったらどうする気だったんだ!!」

「でも、シーナさんは助けられたし、あの教会の場所は分かったから、何かの手掛かりには……」

「そういうことを言っているのではない!!あのままだったら君は自分がどうなっていたか分かっているのか!!」

 今度ばかりは笑って許す気にはなれなかった。確実に死に繋がる事態だったのだから。ルネの弓の腕が無ければ、この少女は自分達の目の前でその胸を貫かれる様な結果に終っていただろう。助かって嬉しい筈なのに、どうしても苛立ちの方が勝ってしまう。

「何故君はいつも一人で動こうとする?一人で対処出来る相手だとでも思っていたのか!?」

「そ、そんなこと……」

 そんなことは決して思っていない。今回の事を一人で解決しようと考える程、思い上がってもいない積もりだ。だからといって何もしないなど出来なかった。

 しかし、何を言っても結局は同じ事。最終的に彼等にまた多大な迷惑をかけてしまったのだ。そこにどんな理由があろうと、こうなってしまったからには、彼等には自分を責める権利があるだろう。

「巻き込んだことは、本当に申し訳ないと思ってる。また皆を頼ろうとしたのも。でも………」

 今回の事だけではない。この学園に来てから、候補生達はその力を自分に見せ付けてきた。その実力、能力、そして強い意思。今までのことから、彼等は十分この国の為に必要な存在になるだろうことが分かる。マリオス候補生に選ばれただけの力を備えていることを、毎回彼等の傍で自分は見てきた。

 そんな彼等に、尊敬と感謝を覚えると同時に、何も出来ない自分が酷く悔しかった。結局は無力で小さな存在だと、思い知らされたのだ。

 候補生達の力になりたい、と願っていた筈が、彼等を頼るしか出来ない自分に気付いた。それが口惜しく、虚しい。だからこそ、何か自分に出来るなら、なんとしてもやり遂げたかった。

 しかし、それはやはり思い上がりだったのかもしれない。自分に何が出来る訳でもないのに。彼等の近くにいて、少し夢を見過ぎていたのだろうか。自分にも、彼等と一緒に何かを成し遂げる力がある、と心の何処かで勘違いしてしまっていたのか。



 落ち込むセリアの内心は、候補生達には伝わっていない。彼等はただ、何でも一人で考え勝手に行動するな、と言いたかったのだ。彼女に幾ら力があるといっても、やはり危なっかしい。せめて、自分達の目の届く場所にいてくれと。心配で溜まらないのだと、分かって貰いたかった。

 しかし、セリアが全く逆の事を思っているとは、彼等も理解していないのだろう。

「私に何が出来るとは思ってはないけど、やっぱり………いつも迷惑かけてばかりなのは分かってるけど」

「セリア………」

 悔しそうにそれだけ吐き出すセリアに、やっと候補生達は何かを悟った様だ。俯くセリアに、先程怒鳴ってしまったランも落ち着きを取り戻した。

「先程は悪かった。言い過ぎた」

 ランの言葉にセリアはブンブンと首を振る。

「ランの言う通りだよ。でもいつもただ皆を見てるだけの自分が悔しくて」

「………」

「私が力不足だってことはこの学園に来る前から分かってたのに」

 こんなにも無力な自分が、候補生達の、ましてや国の力になりたいなど、冗談もいい所だ。



「………セリア………ダムレス家令嬢も、無事保護されたそうだ」

「……………?」

「彼女は紛れも無く、君が救ったんだ」

「…………」

 確かにセリアの行動は無茶な上に褒められるものではなかったが、それが一人の少女の命を救った事は事実だ。もしセリアの行動が無ければ、彼女は今夜確実にデナトワーレの犠牲になっていた。

 それにセリアが辿り着かなければ、デナトワーレを潰す事も難しかっただろう。場所も分からず、アルディ男爵まで辿り着いていたか。誰が何と言おうと、セリアはシーナを救い、デナトワーレの件を解決するのに大きく貢献したのだ。

「だからといって、君の向こう見ずな行動を認めた訳ではない」

「………」

「ただ、今回の事は君の行いがあってこそだという事は、皆が認めている」

「でも……私は何も……」

 俯く頭に優しく手を置かれ、セリアも押し黙った。先程まで怒られていたのが嘘の様に、セリアの頭を撫でる手付きは優しい。

「皆セリアが心配なんだよ。あんまり無茶しないで。セリアは仲間なんだから」

「……!?」

 仲間、という言葉にセリアは大きく反応した。

 こんな自分を、彼等はまだ仲間だと言ってくれるのか。彼等を頼るしか出来なかった自分を、対等の立場の者に対して使う名称で呼んでくれるのか。

 そう思っただけで、先程までの自己嫌悪の念が薄れる様に感じた。周りを見れば、安心させる様に優しく微笑む候補生達。あのカールですら、今までに無い程の穏やかな空気を纏っていた。

「ごめん。ありがとう」

 素直な感謝の言葉は、誤解されることなく候補生達にしっかりと伝わっただろう。






「まったく、やってくれる」

 薄暗い部屋で、淡いランプの灯に照らされた男が、腹立たしげに舌打ちした。その様子を、もう一人が興味無さげに見下ろす。

「やはり期待をかけすぎたか?」

「予定の半分は処理されているのです。貴方なら何の問題もなく計画を実行出来るでしょうに」

「フン。涼しい顔をして。元はといえば、お前にも責任はあるではないか」

 この男がここまで怒りを露にするとは珍しい。普段なら冷淡な笑みでもう少し張り合いのある嫌みを飛ばして来るものだが。まあ、自分の筋書き通りに事が運ぶのを当たり前に思っている男だ。今回も、目的が大きいだけに、早い段階で計画にズレが生じるのを好ましく思っていないのだろう。

「それより、どうするお積もりで?」

「もう手は打ってある。その事は心配いらない。元々こちらに足がつく様な方法は取っていないがね」

「それを聞いて安心しました」

「お前はどうなのだ?」

「……問題ありません」

 それを聞いて、ランプに照らされた男は安心したのか、ニヤリと笑みを深くした。





もし、セリアの言っている事が確かなら、敵の次の動きには大方の予想がつく。しかし、本当にそんな事が?いくらなんでも、やりすぎである。実現してしまえば、何が起こるか想像もつかない。

ならば、我々がしなければならない事は……


しかしそうなると、セリアはきっとまた無茶をするのだろう。また、目が離せなくなるな。今度こそ、君に危険が及ばないように出来るだろうか。



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