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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第一章 埋もれた小石〜
32/171

蜘蛛 4

 大人しくしていろ、勝手な行動は慎め。朝から言われ続けた言葉を思い起こし、セリアは深いため息を吐いた。

 図書室では、パラパラと紙を捲る音があちらこちらから聞こえてくる。閲覧禁止書棚の奥で、資料という資料をひっくり返している候補生達とは対照的に、セリアは棚の間を徘徊していた。グルグルと図書室を歩き回るセリアを、監視の積もりなのか、時折候補生の誰かが探しに来る。その度に何だか申し訳ない気持ちになるセリアだが、大人しくしているから、と言っても信用には至らなかった。

 やはり、歴史から排除された集団の存在が、学園の図書室に置いてある本に堂々と記されている筈もなく、関連していそうな資料は未だに見つけられていない。しかし、フロース学園の図書室はクルダスでもその蔵書数を誇れる大きさであり、情報も多い。ここで見つけられないのなら、何処へ行っても同じであろう。

 唯一の手掛かりも、閲覧禁止書棚の端でカールがやっと見つけた本の中の、ほんの一部に載っていた程度だ。セリアが探して情報が得られる可能性は、限りなく低いのだが、それでも一応目は通す。

 しかし、やはり今回の事に関係していそうな書物は一つも無い。二、三度分厚い歴史書を取り出し、隅から隅まで目を走らせてもみたが、やはりデナトワーレの名前は出て来なかった。

 こうなっては仕方が無い。

 セリアは悩んだ末に、一つの決断を下した。そして図書室を出るべく扉へ向かう。

「セリア」

「わっ!!」

「何処へ?」

 セリアの行動に気付いたのだろう、ランが背後から声を掛けた。

「また何か企んでいるのか?」

「た、企むって人聞きが悪い。私は少し調べたい事があって……」

「何処へ?まさか、王都へ行く積もりでは」

「そ、それは無いわ。断じて。私もそこまで無謀でも、考え無しでもない」

 セリアが透かさず返した言葉に、ランは渋い顔をした。考え無しはともかく、無謀がそのまま性格に染み付いている様な人間の台詞では無い。自覚が無いのが、また恐ろしい。

 しかし、どうやら学園の外まで出る様子は無いようなので、取り敢えず安心する。

「では、何か分かったらまた知らせてくれ」

「うん。じゃあ」

 ランの言葉に深く頷くと、セリアは足早にある部屋を目指した。







 先程の勢いは何処へやら、今セリアは大いに縮こまっていた。

「廊下はあまり走らない様にと、言われた事はないのですか?」

「うっ。それは……」

 ジロリと黒縁眼鏡に睨まれてしまい、うっと怯む。

 気持ちが先走り、無意識の内に早足になっていたセリアは、丁度目的の場から出て来たハンスに出会してしまったのだ。

 ここ最近目立つセリアの不相応な行動に不満が溜まっているハンスは、尚も厳しい目でその犯人を見下ろしている。眉間には皺がくっきりと刻まれており、かなりご立腹のようだ。カールの様な冷たさは無いものの、ジロリと睨む視線はやはり恐ろしい。

 自分に非があるのは分かっているのだが……

「貴方には、もう少し慎みを持って行動して欲しいものです」

「あの、その……」

「それが難しいのならせめて、普段から落ち着きを持つ事を心がけなさい」

「は、はぁ……」

 その後も、くどくどと説教じみた言葉を並べようとしたハンスだが、いつも以上にそわそわしているセリアに気付き、眉を顰める。不適当な行動を注意しているというのに何だその態度は、と若干苛立つが、何かしら事情があるのだろうと無理矢理納得した。

「それで、何をそんなに慌てていたので?」

「あ、いえ。その……ヨーク先生はいらっしゃいますか?」

「ヨーク? 彼なら、私用で外出していますよ」

「え、えええええ!?」

 そんなぁ、と嘆くセリアに、ハンスは更に眉間の皺を深くする。つい今しがた慎みと落ち着きを持て、と言ったばかりだというのに。

 しかし、セリアがその事に気付く筈もなく、焦った様にハンスに詰め寄った。

「い、何時ごろ戻られますでしょうか?」

「それは分かりません。……何かあったのですか?」

「あ、その、えっと……歴史の事について少し質問がありまして……」

 ヨークの担当科目は歴史だ。しかも、マリオス候補生クラスの授業も手掛ける程優秀な。彼ならば、二百年前の事について何か知っているかもと思ったのだが。しかし、不在ならば仕方ない。

 がっくりと肩を落とすセリアに何を思ったのか、ハンスは黒縁眼鏡の位置を正すと、軽く息を吐いた。

「それは明日まで待つように」

「は、はい」

「君はすぐに戻りなさい」

 そういうハンスに、半ば無理やりな形で職員室から追い返されてしまった。完全に当てが外れたセリアは、そのままトボトボと廊下を進む。その姿を、少し不審気な眼でハンスが追っていたのだが、それにセリアが気付く事はなかった。




 毎日新たな報を伝える新聞で、この日人々の注目を最も集めた一面があった。ある子爵家の令嬢が行方不明になったのだ。それを聞いた誰もが思った。

 またか。と



「行方不明になったのはダムレス家から、か……」

「あったぞ!」

 ランが開いた資料は、半年前の議会の記録。それに目を通すと、やはり王弟殿下について少ないが言葉が交わされたとの記述がある。

 どうも子爵は、国王即位後もその兄弟が王位継承権を保持し続ける事に反対したようだ。

更に読み進める内に分かった事だが、ダムレス子爵は、議会内でもかなり信頼が置かれている存在らしい。もう何年かすれば、議会内でもそれなりの権威を得るだろうと噂されている。

「これは、悠長にやってる場合じゃないんじゃねえか」

「無事保護出来れば、その証言が動かぬ証拠になるやもしれんな」

 カールの言葉に一同が頷いた。もしかしたら、ダムレス家令嬢から強力な証言を得られる可能性もある。少なくとも、実行犯を捕らえるくらいは出来る筈だ。

 しかし、肝心な事はまだ殆ど分かっていない。結局、図書室の資料からはこれ以上詳しい事は分からない様である。いくら引っ掻き回しても、あの古びた資料以外からは、狂信集団の名前は見つかっていない。

 ならば残る手は王都を手当たり次第に探すだけとなった。

 これから王都へ行ってみようか、と校門を目指していた所で、候補生達を呼び止める声があった。

「こ、候補生様!」

「……!?」

「あの、校長が皆様に集まって欲しいと…」

「そうか……わざわざすまない」

「へっ!?い、いえ!」

 ばっ、と頭を下げると、候補生達を呼び止めた生徒はホッとした様に退散する。

「セリア、悪いが行かなくては。すまない」

「ううん」

 ランに謝られセリアは首を横に降った。出来るだけ早く王都へ、という思いはあるが、校長の呼び出しでは仕方ない。それに彼等が謝ることでも無い筈だ。

 すぐに戻る、と言って歩いて行く背中をセリアは静かに見送った。

 そこでふと思いつく。この間に、昨日会えなかったヨークにデナトワーレの事を聞きに行けるではないか。彼等もそう直ぐには出て来られないだろうし、実に有効的な時間の使い方である。

 そう思い立ったら、即行動。セリアは校舎へ向かって歩き出した。

 気持ちが先走り、昨日と同じ様に廊下を急ぐ。キョロキョロと見回していると、探していた人物の後ろ姿を見つけた。

「ヨーク先生!!」

「セリアさん?」

 突然かけられた声にヨークが驚いて振り向くと、慌てて走りよって来る栗毛の少女。かなり真剣な表情で迫って来るものだから、ヨークもぎょっとしてしまった。いったい何事だろうか。

「あの、ヨーク先生。その、お聞きしたい事があって。デナトワーレの事について何かご存知ではありませんか?」

「はっ!?」

 周りに人がいない事を確認したセリアから出た言葉に、ヨークは思わず聞き返してしまった。

「い、今………何と?」

「デナトワーレです」

 久しぶりに耳にするその言葉を唐突に発したセリアを、ヨークは驚きに目を見開いて見詰める。普段から色々と、自分では考えつかない様な事を発言をする少女ではあったが、過去の狂信集団の名が出るとは、思っていなかったのだ。

「セリアさん…………勉強熱心なのは良いことですが、それが一体どういうものかを理解しているのですか?」

 ヨークの真剣な問いにセリアはゆっくりと頷いた。それを見てヨークも納得する。セリアの表情から、国の都合でもみ消された存在を面白半分でほじくり返そうとしている訳ではないのだろうことは分かった。

 その上で聞いてくるならば、教え子の質問に自分も誠意を持って答えねば。

「それで、何を知りたいのですか?」

「なんでもいいんです。使用していた集会場の場所や、一員だった貴族でも」

 そこまで知っているとは、一体何をしようとしているのか。本来なら、一生をその存在すら知らないまま過ごしたのだろうに。

 セリアの真剣な瞳に見詰められたヨークは、そのまま少し考え込む。いくらなんでも、二百年も前の集団の事だ。少し脳内の記憶を掘り起こさなければ、そうは情報も出て来ない。

顎に手を添え、正に考え中の姿勢を取ったヨークを、セリアも緊張した面持ちで見守る。

 やがて、何かを思い出したのか、そういえば、と言うヨークの言葉をセリアはジッと待った。

「デナトワーレの一員の事は分かりませんが、集会場には教会を使っていたと聞いた事があります」

「教会……?」

「ええ。王都にある教会の地下を集会場として、同時に聖地としていたみたいです」

「そ、それは……」

 それは凄い情報ではないか。二百年前と同様に、今のデナトワーレも教会を集会場にしている可能性は高い。地下ならば少し探し難いかもしれないが、それでも闇雲に探すよりも、遥かに見つけやすい。

 セリアはバッと頭を下げヨークに礼を述べると、今得た事実を候補生達に知らせるべく走り出した。その後ろ姿をヨークがポカンと呆気に取られながらも、見守っていた。





 先程校長室に呼ばれた候補生達を目指して、セリアは階段を駆け上がっていた。校長室というだけあって、それは上の階に設けられている。高みの見物にはまさにうってつけの場所、というべきか。

 急いで上っていたセリアは、突然目の前に現れた影に気付かず、そのまま突進してしまった。

「ふわぅっ!!!」

「危ない!!」

 セリアはバランスを崩しかけたが、反射的に足を踏ん張り何とか難を逃れる。手は宙を掴み、かなり腰を引いた格好のままホッと安堵していると、ジロリとした視線を感じた。誰かにぶつかったのだと瞬間的に思い出すと、その人物を確認する為に上を見上げる。すると、そこには呆れた様な、安堵した様な、かなりご立腹の様な。とにかく、眉間にこれでもかと皺を寄せた、黒縁眼鏡のハンス。

 階段からの転倒は免れたが、彼の睨みは受けなければいけない様だ。

「ハ、ハンス先生!すみませんでした」

「君は……その様に走り回るなと、何度言えばその意味を理解するのですか?」

 慌てて姿勢を正し謝罪すると、案の定冷たい声が投げかけられた。ひぃっ、と内心悲鳴を上げて縮こまるセリアが、次に聞いたのは大きなため息。

「何処にも怪我は無い様ですね」

「え、あ、はい。それはもう、全く。その、先生は……?」

「人の心配をしている暇があるなら、もう少し自分の行動に慎みを持つ努力をしなさい」

 ギロリと再び睨まれた。しかし、何も言い返せない。よりにもよって、ハンスに衝突してしまうとは、なんたる不覚。しかし、前方の確認が不十分だった事は否めない。下手をすれば二人とも怪我をしていたかもしれないのだから。

「それよりどうしました?随分と慌てていたようですが」

「あっ!そうです。その、候補生様達を探していまして」

「彼等を……?」

 相手が男性ならば、その後に「様」を付けるのが、貴族の子女にとっては礼儀正しいとされている。急いでいる今、これ以上また何かを注意されてしまう時間は無い訳で、多少の違和感は残るが、出来るだけ淑やかに振る舞った積もりだ。

「彼等ならまだ校長室ですよ。暫くは出て来ないと思いますが」

「え、えええええ!!」

「貴族の令嬢が、そんな声を出すものではありません」

 結局はこうして注意されるのだが、今はそんな事気にしてはいられない。

「そ、そんな!!いつ頃出て来られますか?」

「それは分かりません。しかしだからといって、大事な話の邪魔はしない様に」

 この少女なら何をするか分からない、という様な視線でセリアを一瞥すると、ハンスはそのまま階下へ降りて行ってしまった。

 ハンスの話を聞いてセリアは呆然とする。それでは、折角ヨークに教えてもらった、教会が集会場かもしれない、という事を話せないではないか。校長に呼び出されたのだし、ハンスの口ぶりから彼等が直ぐに出て来るとは思えない。

 候補生達を待ち、明日王都へ向かうという手もある。しかし、そんな悠長にしている時間は無い。また一人、攫われてしまっているのだ。彼女が生け贄にされてしまう前に、何とか見つけ出したい。

 悩んだ末に、セリアは今から一人で王都へ行く事にした。乗り込む様な真似は出来なくとも、せめてその教会の場所くらいは突き止めておきたい。一日や二日で見つけられるか分からないが、ジッとなどしていられないではないか。

 そうと決まれば直ぐにでも出発しなくては。セリアは階段を飛び越え、さっさと校門を出て行ってしまった。






「君達も知っていると思うが、最近令嬢が一人誘拐された」

 重苦しい校長の雰囲気が、その部屋全体を満たしていた。豪華な椅子に腰を下ろした校長は、候補生達を一人一人見詰めている。その表情はいつものおちゃらけた感じではなく、真剣そのものだ。

「また例の事件に巻き込まれたのでは、との噂もあるが、その可能性が極めて高い事は君達も予想していると思う」

 例の事件とは、言われずとも分かる。貴族の女性が次々に殺されている件だろう。

「まだこの学園から犠牲者は出ていないが、今後どうなるか分からない。この件が解決するまでは、君達にも十分用心して貰いたい」

「我々も、最大限の注意は払っています」

「うん。君達の実力は知っているよ。だからといって、危険な行動に出る必要は無い。ただ、学園の生徒達の動向には意識を向けていてくれ」

 校長が彼等に望むのは、生徒達の監視である。といっても、不用心な行動に出ないかを見ていて貰いたいだけだ。生徒の行動を一々制限する様な真似は校長も望んでいないのだが、今はそうも言っていられない。 教師達も十分に警戒する積もりであるが、やはり全生徒に目を行き届かせる事は難しい。ならば教師よりも生徒達と距離が近い、候補生達にも協力してもらおう、という事だった。

 校長の話を聞いて、彼等の脳内に映るのは、栗毛の地味な少女の姿。自分達が一番その動向に注意していなければならないのは、間違いなくセリアだろう。彼女の場合、一人で何をするか全く分からない。



 候補生達が集まっている校長室の窓からでは、学園都市から王都へ向かって走り出した汽車に、栗毛の少女が乗り込む姿は見えなかった。



蜘蛛を崇拝する狂信集団。

あんまり深く考えた事ないけど、その信者も普段は普通の人なんだよね。


偶然見つけただけだけど、やっぱり怪しい。確認はする必要がある……よね?

そうすれば、後々皆に報告も出来るし。


だから、もう少しだけ……



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