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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第一章 埋もれた小石〜
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蜘蛛 3



「確かに、二百年前の集団が、なんのきっかけもなく返り咲くのは不自然だ」

「それって……?」

 早く先を聞きたいと焦るセリアを尻目に、カールは王宮議会で交わされた議論についての資料を幾つか手に取って行く。

「殺された女人の家に、何か共通点が無いか調べたが、興味深い事が分かった」

 そういってカールは更に奥へと向かう。閲覧禁止書棚の間を進んでいった先には、小ぢんまりとした机と椅子が用意されていた。その上に広げられた資料を手に取る。カールの次の言葉を待ってみたが無言でいることから、自分で調べろ、という事だろうか。

 初めて触れる王宮内の様子が書かれた資料に、セリアも少し緊張してしまう。ここに纏められている事は、実際に議会で交わされた言葉だ。やはり、何処かずっしりとした重みがある様に感じる。

 慎重に持ち上げると、その指で丁寧に一枚一枚資料を捲っていった。



 ザッと目を通して分かったことは、渡された資料のどれもに次期王の座に就く人物に関しての言葉が少なからず交わされている事。それが、ちょっとした反発の声だったり、大きな揉め事であったりと様々だが、どれもにヴィタリー王弟殿下の名が出ていた。

 一瞬で脳を過ぎる嫌な予感に、背筋を冷や汗が流れる。

 セリアのその表情を読み取ったのか、カールは新聞記事の切り抜きを纏めた物を差し出す。そこには、ここ最近で犠牲になった者の名前が載っていた。

 恐る恐る先ほどの資料と照らし合わせると、セリアが疑った事を確定付ける事実が目の前に突きつけられる。

「これ………」

「何らかの形で王弟殿下が王位に就く事に反対の意を表した家の者が、犠牲になっている」

 今回、デナトワーレの犯行と思われる事件による被害者は現在七人。その内の六人は夫や父が王宮議会の一員だ。そして、全員がヴィタリー王弟殿下の王位継承に異を唱えている節が見られる。

 ならば、その家の者を殺害したのはその事に対する報復か、意に従わぬ者への圧力か。

「で、でも、いくらなんでも、まさか……」

「まだ決まった訳でなくとも、無視は出来まい」

 カールが冷ややかに言って見せる。確かに、まだ確証は無くとも、関係無しと決め付ける事は出来ないだろう。というより、関係が無かったら可笑しい。

 信じられないといった風に、セリアは驚きで資料を凝視していた。






 デナトワーレ、ヴィタリー王弟殿下、王宮議会、王位継承権

 今日聞いた言葉だけでも、十分自分達が何に首を突っ込もうとしているかを予感させる。

「厄介、ですね……」

「ああ」

 自分達ただの学生が闇雲に手を出したところで、それこそ返り討ちにあう可能性は十分にある。確証も無ければ証拠も無い。まだ推測の域を出ていない考えを突きつけた所で、何の解決にも至らないだろう。むしろ、こちらに目をつけられて、動き難くなるだけである。

「だからセリアを追い出した訳か」

「うん。カールが場合によっては話すかもしれないけど」

「カールが……」

 もし、カールが下した判断ならば、セリアが今回の事に介入することを頭ごなしに反対はしない。悔しいが、今までカールが出した結論で、間違っていたことは少ないからだ。例え、その過程でどれほどの犠牲を払おうと、それ以上の結果が返ってくる。カールの冷静な判断には、候補生達も絶対の信頼を寄せているのだ。

 しかし、セリアにはこの件に関わりになってほしくない、というのが正直な気持ち。今後自分達がどの様に動くかはまだ分からないが、何らかの行動には出る積もりでいる。その時に、セリアを巻き込みたくはない。あの少女には、安全な場所で護られていて欲しい。

それが、例え彼女の意思に反する事であっても。

 もし、今回の事を聞けば、何が何でも関わろうとするだろう。セリアとはそういう少女だ。それはもう、嫌というほど分かっている。だからこそ、カールには是非とも誤魔化し通して欲しい。

 そしてなによりの問題は………

「絶対に動かぬ証拠を見つけるまで、下手に動けないってことよね」

「のわっ!!」

 ひょっこりと背後から現れたセリアに、その場にいた全員が飛び上がって驚いた。

はっとして振り向けば、なにやら闘志を瞳に宿したセリア。続いて後ろに立つカールに視線を移せば、こちらと目を合わせようとはせず、どこか不機嫌だ。

 これは、つまり、あれであろう。

「やはりこうなったか」

「文句でもあるのか」

 ため息と共に吐き出されたランの言葉に、カールが片眉を上げて言い返した。

 ランも、決して文句があるわけではない。ただ、こうなっては欲しくない、という希望を打ち砕かれただけだ。

「セリア、下手に動けないって?」

「だって、私達でも調べれば分かった事よ。他に誰も気付いてない筈がない」

 男の腕に蜘蛛の紋章を見た事を抜きにしても、王弟の王位継承の件に関係しているだろう事は、議会での内情を知っていれば誰でも容易に推測出来ることだ。それでも、今もデナトワーレが野放しにされているとすれば、考えられる理由は一つ。

「内通者がいるか、それなりの権威の保持者が後ろにいると考えていいはずよ。王宮や議会内、警察にも口出し出来る誰かが」

 これだけ何人も犠牲者が出ていて、未だに手掛かりがゼロだとは考えにくい。誰かがその権限を持ってしてなんらかの手回しをしていると考えられる。

 それならば、物的証拠。誰にも握りつぶされない、文句のつけようがない証拠を突き出す他無いだろう。

 そして、それを見つけ出す前に、こちらが潰されては元も子も無い。だからこそ、貴族や警察に聞きまわったりなどの目立つ行動は避けた方が良い。

 その姿を見て、候補生達は頭を抱えたくなった。どうしてこうも変な所は鋭いのだ。悪いことでは無い筈だが、それが時折恨めしくなる。肝心な時にはこれでもか、という程鈍いくせに。

 こうなってくると、もうセリアはどっぷりと巻き込まれることは免れないだろう。鈍臭い者であったなら、なんだかんだとこちらで手を回して早い段階で退場させることも可能なのだろうが。

 しかも、妙にやる気満々である。候補生達にとっては好ましくない事態だが、先ほどからセリアの瞳に宿る闘志は、冷める様子が無い。

 よし、頑張ろう。と拳を上げるセリアを尻目に、候補生達は全員大きく息を吐いた。






「やっぱり、王都にあるって書かれてる集会場しか無いと思う」

「賛成です。そこならば、なんらかの痕跡は残っている筈ですから」

 現在、セリア介入阻止に失敗した候補生達は、温室にて資料を手に会議中である。セリアのことに関しては、もうこうなっては仕方無い、と諦めた。

「王都はここから馬車で一時間だ。行けない距離ではない」

「でも探すっていっても広いぞ。一体どんな物なのかも分かってないのに、闇雲に走り回ったってそれこそ見つかりっこないだろう」

 ウーンと悩む候補生達だが、やはりまだ情報が少なすぎる。何せ二百年前の集団だ。しかも歴史からその存在を排除されている。集会場に関しても、王都にあった、としか記述されていない。

「とにかく、今日はもう遅いから、明日一度行って見ない?」

 いきなり王都へ行った所で何が見つかるとは思わないが、一度は出向く必要があるだろう。

 ルネのその意見に一同が賛成すると、その場はとりあえず解散となった。





 候補生達が談話室にて、セリア抜きの話し合いを行っているのは、もう必然としか言い様が無いだろう。

 彼等が最も気にかけているいる事は、セリアの安全。その一つであった。

「どうすんだ?今回は女ばかりが殺されてるんだぞ」

「下手に干渉すれば、誰であろうと危険な事に変わりはあるまい」

 それはそうである。しかし、狙われやすい、という点ではセリアが一番危険だろう。生け贄に選ばれるのは女性のみ。狂信者達がセリアにその矛先を向ける可能性は十分考えられる。

「しかし、だからといって突き放しても、きっとお一人でまた………」

 彼等の悩みはそこにあった。自覚が皆無のセリアだ。例え自分達が安全な場所に押し込もうとしたところで、それならばと自分で突っ走って行ってしまう。なにしろ行動が予測不能な為、何をしても無意味に終わってしまうかもしれない。

 だからと言って、自分達の傍に置いても、それはそれで危険なのだ。

 頭を抱える候補生達に、カールが冷たく言い放つ。

「あれが決めた事だ。その結果がどうなろうと、あれにもその覚悟はある」

「だから、それが問題だって言ってるだろう」

 覚悟があるからこそ問題なのだ。こちらはセリアにそんなこと望んではいない。彼女の力は認めている。守られるだけの普通の娘でないことも分かっているのだ。しかし、それとこれとは別の問題である。自分達は彼女を危険にさらしたくない。やはり、彼女はまだ自分達とは違うのだ。

「お前達も観念しろ。何を言い聞かせた所で、それを聞くような耳を持ってはいないだろう」

「そうはいってもだなぁ………」

 セリアが何を言っても聞かないことは彼らも重々承知しているのだが、やはり何とか出来ないものか。



「守る……」

 渋るイアン達とカールとの間でそんな会話がなされていたが、ランがポツリと呟いた。それに驚いて他の者も振り向く。

「どんな状況になっても、私はセリアを守る。絶対にだ」

 言い切ったランの姿に、イアン達は驚いてしまう。以前ならばセリアを巻き込む事に誰よりも反対しただろうに。やはりこの間の事で、ランの中で何かの区切りがついたのかもしれない。

 オルブライン邸に現れた御者が、どうしてセリアを狙ったのかは結局のところ分からなかった。犯人も分からずじまいなため、不安は残るし、歯がゆい気持ちもある。決して喜ばしい事態ではなかった筈だが、それを見事に跳ね除け自分達の下へ戻ったセリアを見てランは感じたのだ。栗毛の少女の確かな存在を。

「それは、俺も同じだ」

「自分も、この身を捧げてでもセリア殿は守ります」

 結局はそういうことだ。セリアが干渉することを止められないのであれば、自分達が全力で守るしかないではないか。いくら考えたところで、それ以上の良策は思いつかないのだから。




「………あのなぁ、セリア」

 昨晩、セリアを守ると決めたばかりの候補生達に、早くも苦難が訪れた。その元凶である当の地味な少女は、縮こまって本当に申し訳なさそうにしている。

「離れるなって言ったよな」

「勝手な行動も慎むようにとも伝えた筈だが」

 イアンとラン。双方の睨みを一身に受けて、セリアは内心で更に悲鳴を上げた。出来れば助けてくれないかと、チラリとザウルを伺うが、その琥珀の瞳が静かな苛立ちを秘めていたので途端に目を逸らす。

 カールは呆れた様子で冷ややかに見下ろしてくるし、ルネは困り顔で笑っているしで、申し訳ないとは思うものの、本当に勘弁してくれと言いたい。



 昨日の予定通り、候補生達は王都へ来ていた。授業が終了してすぐに学園を出たので、とりあえず少しでも見て周ろう、と考えていたのだ。が、その計画は早くも無視される事になる。

 つい先日、ローゼンタール家の帰りに通ったとはいえ、セリアにとって実際に王都を訪れるのは初めての経験だった。慣れていないくせに、妙な気合であちこちをウロチョロと動き回るのだから手に負えない。候補生達は、最初こそ目の届く範囲に居たセリアに安心していたが、いつのまにかその姿を見失った事に気づいた。

 一言で説明すると、迷子である。

 正体不明の頭痛を覚えながら、候補生達は来た道を引き返していった。

 そうして捜索すること一時間。やっと見つかったセリアは、友人を探しているのか、フラフラと裏通りへ入ろうとしているところを捕獲された。どうして候補生達がそんな場所へ居ると思うのか不思議で仕方ないが、見つかった事に取り敢えずは安堵する。

 そして現在セリアは、自業自得だが、キツイ説教を食らっていた。

「とにかく、これからは大人しく、頼むから大人しく付いて来い」

 何だか大人しくを二回言われたが、セリアは何も言い返せない。グゥッと押し黙り無言で頷いた。




「結局、手掛かり無しだな」

「やはり、そう簡単に見つかりはしないか」

 学園に戻ったセリア達は、一日探しまわって収穫が無であることにがっくりと項垂れていた。まあ、情報も何も無い状態から、それがどんなものか明確ですらない存在を見つけ出すには、王都は広過ぎるだろう。

 まさか捜索一日目で何かが掴めるとは思っていなかったが、多少の落胆は仕方ない。

「セリアは何か気付いた?」

「ううん。私は王都も初めてだから」

 この中で王都が初めてだった人間はセリアのみだ。他は、何度か赴いた事があるらしい。カールなどに至っては、王宮まで足を踏み入れた事があるという。

「じゃあ、明日はもう一度、閲覧禁止書棚を調べる事にしない?」

 王都へ赴いたセリア達が一見して感じたことは、そこはまさに平和そのものであるということ。最近続く貴族女性殺害の事件に緊張感はあるものの、人々の生活はあまり影響されていない様だ。そんな場所へ、情報が皆無の状態でもう一度行ってみた所で、結果は同じだろう。

 ならばそれが得策だ、とルネの意見に一同は賛成する。しかし、それに渋い顔をする者が一人。閲覧禁止書棚に近づく事を許されていない人物、セリアである。もう既に一度入っているとはいえ、そう何度も堂々と立ち入る訳には行かない。

「セリアも一緒に図書室に行こう」

「間違っても、一人で王都に行くとは言わない様に」

 イアンに言われてセリアはうっ、と怯んだ。どうして今まさに考えている事がバレてしまったのだ。

 ギクリとするセリアを見て、候補生達は再び呆れた様にため息を吐いたのだった。




また、セリアが一人で行動しない様にしっかり見張っておかないと。気付くとすぐに勝手に突っ走ろうとするから。危ないっていうのは分かってるんだから、もう少し身長に考えてもいいと思うんだけど。


でも、そんなにのんびりしてもいられないんだよね。だって、また…………


セリアは強いって分かってるけど、どうしても心配なんだ。

だからね、セリア。お願いだから、一人で無茶はしないで。




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