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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第一章 埋もれた小石〜
25/171

精華 4

 ガサリ、と草を踏む音がしたと思えば、闇の中で人影が動いていた。

 夜、女子寮を抜け出したセリアが訪れたのは、いつかの池の畔である。そこで一人、痛む足に耐えながら練習に励んでいた。練習なら自室で、と思ったのだが机やベッドなど障害物が多く、その中で足を気遣いながら、というのは少し厳しかったので、こっそり寮を離れこんな場所まで来たのである。

 ザウルから練習禁止を命じられてしまった為、昼間候補生達に付き合って貰う事が出来なくなってしまった。しかし、一週間を切っているダンス大会に出られる程上達していない。ならば、少しでも特訓は必要ではないか。と思っての行動だ。

 セリアにとっても、教養の成績は、何がなんでも落とす訳には行かないものなのである。それによっては家に呼び戻されるかもしれない、と母親にキツく言われているのだ。どうしてもこの学園に留まる為には、是が非でも今度のテストは受けなければならない。




 それにしても、この池の畔とは何かと縁があるな。など余計な事に思考を飛ばしていたセリアの耳に、今では聞き慣れた声が響いた。

「セリア殿!」

「ぎわっ!!」

 今日はもう会う事は無いだろうと思っていた人物の登場に、つい素っ頓狂な声を発してしまった。ギリリッ、と壊れた人形の様に振り返った先では、鬼の形相のザウル。普段温厚な人程、怒らせると怖いとは聞くが、まさにそうかもしれない。

 よりにもよって、一番バレたく無い人物に見つかってしまった。というより、何でここに居るのだ。


 ジロリと睨んだ視線の先で、オロオロと怯える少女を前に、ザウルは酷く不愉快な心情を何とか抑えていた。

 自室に戻って何気無く見た窓の外で見た動く人影。はっきりとは見えなかったが、確かに見えたその影がどうしても気になってこうして探していたのだ。そして案の定出くわしたこの状況。昼間あれほど言ったにも関わらず、何をしているのかと思えば。

 考えれば考える程苛立ちは募るが、この少女に大人しくしていろ、と言う方が無理だということは冷静になってみれば分かる事。そう思い直せば、握っていた拳の力も弱まる。

「寮に戻って下さい」

 言うだけ無駄なのは分かっているが、一応言ってみる。しかし、やはり目の前の少女は食い下がって来た。

「あの……その、もう少し」

「それでは治癒を遅らせてしまうだけです」

「………でも」

 それでもセリアは渋ってその場を動こうとしない。

「やっぱり、ザウルにこれ以上迷惑かける訳には……」

 こんな場所で、怪我を押して一人で居られる事の方がよっぽど迷惑だと、この少女は何故分かろうとしないのだろうか。しかし、それをこの少女に伝えた所で、相手がそれを理解する確率など微々たるものだ。それに加え、自分が彼女の心配をする様に、向こうもこちらに気を使っているのだから、今ここで追い返しても結果は同じになるだろう。

 納得行かない思考がグルグルと脳内を巡るが、思いつく最善の解決方が一つなのが、どうも悔しい。

「仕方ありませんね。お付き合いします」

「えっ!?いやいや、ザウルが其処までする必要は…」

「こればかりは譲れませんよ。良いですね」

「………ごめんなさい」

「いいえ」

 いつもの穏やかな表情でザウルが言えばセリアは申し訳無さそうに謝罪した。

 どうせこのまま寮へ帰しても、またなんだかんだと絶対に安静になどしないだろう。ならば、自分の目の届く場所で彼女の気の済むまでやらせてやるのが一番だ。

「お手をどうぞ。セリア殿」

 ニコリと微笑んだザウルが差し出した手をセリアが取った途端、グイッと強く引かれる。えっ、と思った時には遅く、ふわりと襲った浮遊感。気がつけば、足が地面から離れていた。腰の周りにはザウルがしっかりと腕を回しており、あり得ない程密着している。

「ええっ!ザ、ザウル!?」

「暴れないで下さい。セリア殿は足を怪我されているのですから」

 だからといって、なんでこうなるのだ。

 今セリアは、ザウルに片腕で抱き上げられていた。確かに、一見すればダンスをする体制に変わりはないが、それはお互いが地の上で足を動かす筈だ。しかし、これでは自分は足を動かせないどころか、完璧にザウルに任せっきりになってしまう。自分の練習なのに、これでは意味が無い。

「これなら、余り足に負担はかかりませんし」

「いや、でも、ちょっと」

 確かに、足が宙に浮いているのだから、負担も何も無いのだが。異様に近いこの距離感に、落ち着かない。しかし、そんな事思っている間に、ザウルが動き出してしまった。

「わっ!」

「…………」

 しっかりと抱えられている為、落ちる事は無い。それでも、振り落とされまいと身体に力が入ってしまう。

 流れる様に動くザウルは、人を抱えているなど微動も感じさせない。普段から思っていることだが、細身の彼の何処にこんな力が隠れているのだ。

 最初こそオロオロとしていたセリアだが、段々と慣れて来ると妙に安心出来てきた。ザウルが一歩動く度に、まるでゆりかごに揺られている様な感覚を覚えるのだ。日頃、足を踏み外すまいと気を張っていたのが嘘の様に、今は穏やかにステップが踏めている。といっても、実際セリアは全く動いていないのだが。

 この特訓で初めて、和やかに踊れた事にも、多少の嬉しさが込み上げて来たのは、やはりザウルのお陰だろう。







「セリア、治って良かったね」

「ご迷惑おかけしました」

「それに、ダンスもいつの間にか上手になってるし」

 ルネが温室で拍手すれば、セリアも頬を緩める。

 足に負荷を掛けない様に、と言われた三日間。結局毎晩ザウルにあの体制で特訓してもらう事になったのだ。そこで、(ある意味)身も心も任せる事になる訳で、問題だった二人の呼吸も見事に合って来たのである。勿論、他の候補生達はそんなこと知らないが。

今では、少なくとも落第はしないだろう点数は取れる程になった。

 喜ばしい事態の中、イアンは複雑そうな顔をしていた。というのも、自分の知らない所で、セリアとザウルの間に何かかがあったのだろう事が予想出来て、それが少し気に入らない。あれほど息の合わなかった二人が、三日の間にこれほど上達したのだ。しかも、セリアの方にも多少なりともザウルに頼っている節がある。まあ、そうしなければダンスなど成り立たないだろうが。しかし、それが面白く無い。何がセリアをそうさせたのか、自分には予想も付かないというのが、更に腹立たしい。

 しかし、自分が何を思っても、実際の所空回りしているのも事実。ザウルに聖花祭の相手を取られた時点で、こうなる事は想定内だった筈である。それでも、やはり見せつけられると、やり切れないものがあるのもまた事実。

 はぁっ、と吐いたため息が、温室の空気に溶け込んで行った。








「これでいいかな」

 聖花祭当日、自分の見下ろした先には、友人達の為に作り上げた花束が並んでいた。冬にも関わらず色彩豊かなその花は、我ながら良く出来ていると思う。ダンス大会の後に渡す事になっているそれらを手に取って、ルネはかなりご満悦であった。花が足りなくなるか、とも思ったが、そこは気合いを入れて配分や色合い等を試行錯誤した結果、それなりのものが出来たのだ。自分でも満足の行く作品である。

「さてと。僕もそろそろ行かなきゃね」

 花束を崩さぬ様、そっとテーブルに横たえ、ルネも足早に温室を出て行った。




 学園も誇る大ホール。その中は気合いを入れた校長の希望通り、豪華に飾り付けられていた。見るも鮮やかな花があちらこちらに取り付けられたホールは、正に聖花祭に相応しいといえるだろう。祭りに背中を押され、一歩勇気を出し、目出度く恋を成就させた生徒達も、この場を見事に彩る役割を果たしている。

 恋心躍らす生徒達で溢れる中、やはり注目を集めるのはいつもの面々。きらびやかな正装に、悠然たる立ち姿。見るもの全てにため息させる程の美貌は、その場だけを別世界に変えてしまっている。

 そんな候補生達に混じって、見事な程地味さを貫いた少女が居るのだから、生徒達がどこか違和感を覚えるのも無理はない。

「諸君。まずは今夜集まってくれた事に感謝する」

 演壇に上がった校長が、普段は何処に隠しているのだ、と聞きたくなる程の威厳をたっぷりに演説を始めた。

 しかし、校長も内心挨拶など早く終わらせたいのが事実。立場上、他人には言えないが。なので、校長の話はよっぽどの事がないかぎり、割合短めに纏められている。

「というわけで、今年も聖花祭を祝して。乾杯」

 乾杯の合図と共に、優雅な舞曲がホールに鳴り響き始めた。この後すぐにテストの曲が流されるので、セリアはグッと気合いを入れる。ちなみに、ザウル以外の候補生達は、さっさと女生徒方に連行され、遠くの方で一足先に彼女達のお相手をしている。

「セリア殿。足のお怪我は?」

「あっ、もう全然大丈夫。ありがとう」

 何かと気を使う候補生達のお陰で、必要以上に足に負荷が掛からなかった為、そして元々セリア自身頑丈なので、足首の怪我はもう完治しているといってもいい。

「そろそろですね。では、お手をどうぞ。姫君」

 いや。姫君と言われても、変に気恥ずかしいだけなのだが。と、内心セリアが思ったのは内緒である。

 しかし、ザウルが言うと妙に様になっているのは、やはり彼が本物もびっくりするほど「王子様」のイメージにあっているからだろうか。穏やかで不思議な雰囲気と、褐色の肌に透き通る琥珀の瞳。ザウルを異国の王子と紹介されても、なんら疑う事はしないだろう。胸に手を添え軽く頭を下げる際に揺れる赤髪が、また印象的である。

 しかし、この後のテストが憂鬱である事に変わりは無い。それでも、ここまで練習に付き合って貰ったのだ。最低限の結果は出さなくては。フゥ、と息を吐くと、セリアはゆっくりとその手を取った。




 今まで練習は、ザウルとセリアの二人きりで踊っていたので意識していなかったが、こうして他人が踊っている中で見ると、セリアの動きは明らかに不自然であった。フラフラとするし、妙に緊張している。秘密(?)の特訓で多少は改善されたといっても、やはり何処か身体が硬くなってしまう。それでも、今までの時間を無駄にするものか、と自分を奮い立たせ、なんとか三曲踊り抜いた。といっても、一曲に重点を置き、他の二曲は諦め半分だったのだが。


 奇跡的に大きなミスも無かったし、何とか形にはなっていたので、取り敢えず落第は免れただろう。しかし、やはりザウルには申し訳ない事をした感が否めない。本来なら彼は優勝しても可笑しく無い程の成績を叩き出せる実力を備えているのだ。自分に付き合った為に成績が下がる様な事になってしまったのは、やはり後ろめたい。

 そう思ってザウルを見上げたのだが、何故か満足そうな顔をしていたので口は噤んでおく。

 テストが終わったと同時緊張が解け、途端に今までの疲れが一気に押し寄せてくる。それをザウルも感じ取ったのか、ホールの隅へ移動してくれた。

「ありがとうございました。セリア殿」

「えっ!ううん。こちらこそ。ありがとう、ザウル」

 ペコリと頭を下げれば、いつもの穏やかな表情。申し訳ない気持ちは残るものの、ザウルの雰囲気にそれも少し緩和した様な気がする。いやいや、駄目だ。迷惑を掛けてしまったのは疑いようの無い事実なのだから。しかしここがザウルの不思議な空気の力というか、なんだかこちらの心情も穏やかになってしまう。

 そんな、ちょっと良い雰囲気だった二人の間に、可愛らしい声が響いた。

「セリア。ここにいたの」

「ルネっ!」

「例の物は温室に置いてあるよ」

「あっ、そっか!ありがとう」

 何かを思い出したらしいセリアは途端に慌ててその場を離れようとする。

「ごめんザウル。また後で」

「セリア殿…?」

 ザウルの呼びかけも空しく、セリアは一目散にホールを後にした。テストも終わった今、その行動を咎める者も、止める者もいない。なんだか取り残される感じで置いて行かれたザウルは、しばし呆気に取られていたが顔には出さない。

「ごめんね。邪魔した?」

「いえ。そのようなことは……」

 非常に複雑な顔をしたザウルに、ルネは失敗したか、と謝罪したがまあそれは置いておく。そして、持っていた花束の内一つを差し出した。テストの終了と同時にさっさとホールを抜け出し、これを取りにわざわざ温室まで行って来たのだ。

「それより、はい。これ、頼まれてた花束」

「すみません。お忙しい時に無理を頼んでしまって」

「ううん。僕も楽しかったから」

「そうですか…………それよりルネ。一つお聞きして良いですか」

「うん?何?」

 聞き辛そうにしているザウルにルネが問いかける。聞き返してみたものの、ザウルは一向に話を進めようとしない。どうかしたのか、とルネも不審に思う。彼がこれほど聞き辛そうにするのは珍しい。

「……セリア殿は、何故温室に?」

「ん?…ああ、そっか。うん、そうだよね。大丈夫だよ、ザウルも喜ぶと思うから」

 ぽつりと出されたザウルの問いに、ルネは一人だけ納得したような言葉を返した。それを見てザウルは更に困惑したのだが、ルネは答えを教えようとしない。終いには「内緒」と言われてしまった。ザウルとしては非常に気になる所なのだが、無理に聞くような真似は出来ない。


 戸惑うザウルを他所に、ルネは内心でほくそ笑んでいた。

 友人達の中で最初に温室を訪れた意外な人物。それは実はセリアだったりするのだ。

自分もセリアが花を頼んで来た時は驚いたが。しかし、その理由を教えられた時に更に驚いた。まあ、セリアならやりかねないだろう、と最終的には納得出来たが。

 しかし、セリアが温室へ行っている間に自分も友人達へ花を届けねば。そう思ってホール内を徘徊する。予想通り、候補生達はそれぞれ女生徒に囲まれており、辿り着くまで大変である筈なのだが、ルネも同じ候補生。軽く声を掛けるだけで、教祖に道を譲る信者の如く左右に逸れる生徒達の間を、それは楽に通って行った。彼の手から候補生に渡される花束に、期待で心を踊らせた女生徒は多いだろう。残念ながら、その誰の希望通りにもならないのだが。

 残るは一人となった時に、漸くその姿を見つけて近づいて行った。

「カール」

「どうした」

 相変わらず冷ややかな目を隠そうともしない視線で射抜かれる。一見普段と変わらない様に見えるが、今はどうも虫の居所は良く無いらしい。

「これ」

「……なんだそれは」

「なんだって、見れば分かるでしょ」

 目の前に花束を差し出せば、途端に顰められる眉。まあ予想通りの反応ではあるが。しかし、自分の力作に対してなんだとは、少し面白く無い。

「それを私にどうしろと」

「今年はこれが入り用になると思って」

「…必要無い」

「まあ、そう言わないで」

 無理に押し付けようとするのが気に入らないのか、元々受け取る積もりがないのか、増々険しくなって行く空気。周りの生徒は恐れをなして一定の距離を空けてしまった。

「絶対に後々必要になるから。ねっ」

「………………」

 押し黙ったカールに花束を強引に持たせてその場を離れた。「必要になる」と釘を刺しておいたので捨てる事はしないだろう。何より、彼は根は優しい人間だ。押し付けられたからといって、無闇に破棄しようとはしない筈。

 大体は自分の思惑通りに事が進んでいるので、内心満足だ。

 どうなるかと思っていた聖花祭、今年はなかなか面白い事になりそうである。





「あら、ルネ君」

「っ、!…クルーセル先生」

 薄緑色の髪を丁寧に梳かし、いつになくきちんとしたクルーセルがルネを呼び止めた。普段からそうして真面目な感じを保っていれば、相方の心労も大分減るのだろうが、それは天がひっくり返っても期待出来る事では無さそうである。

「今年も綺麗なお花を沢山ありがとうね」

「いえ。先生もありがとうございます。お陰で僕もセリアの花束を作る事が出来ました」

「あら、それは良かったわ」

 日課である朝の日向ぼっこで時折一緒になるセリア。といっても、クルーセルがセリアを見つける度に呼び寄せて、そのまま校舎まで二人で歩くだけなのだが。そこで冬でも手に入る花束はないかと相談され、ルネの事を教えたのだ。それを聞いたセリアは真っ先に温室へ頼み込んで来た。

「ところで、お花はさっき皆には渡し終わってたわよね」

 よく見ているな、と思いながらもクルーセルの言葉に笑顔で答える。

「はい。ラン達には渡しました」

「じゃあそれは?」

 クルーセルが指差す先には、ルネが作ったのだろう美しい色合いの花束ともう一つ、リボンで纏められただけの何処か不格好な花束。リボンで纏められている方は、ルネの手作りではないだろう。色の分け方や配分が、何処から見ても素人の仕事だ。

 その不格好な花束を持ち上げてルネは嬉しそうに語った。

「これは、セリアに貰ったんです」

「あら、良かったわね。それじゃあ、それはセリアちゃんに渡す分?」

「はい。後で会った時にでも。ラン達に渡しにホールに戻ってくると思うので」

 自分に渡す分は、セリア自身が用意したらしい。僅かに手に入る花を、何とか纏めて束にしたのだろう。しかし、五人分には足りなかったらしく、クルーセルに相談したという訳だ。セリアが自分で用意した分、これは特別な花束になるのではないだろうか。友人達には悪いので、それは秘密にしておくが。

 ニコニコと微笑むルネに、クルーセルも笑みで返す。

「皆喜んでくれると良いわね」

「はい。そうですね」

 なんだか言葉だけでは理解できない会話が成されているが、その真意を計る事が可能は当の本人、セリアはこの場には居ない。







 人混みから抜け出したくて、無意識の内に足が向いてしまった池の畔で、ザウルは一人佇んでいた。銀色の月明かりに照らされ、静かに池を見下ろすその姿は、もうそれだけで十分神秘的に映っている。

 そのまま誰もいない空間で、ザウルは一人、ここで過ごした時間を思い出していた。

今更ながら、自分は随分と大胆な事をしていたのだな、と実感する。いくらあの時はあれしか思い浮かばなかったとはいえ、もう少し他に方法があっただろうに。柔らかい少女の感触が消えない手を見詰めながら、ザウルは用意して貰った花束を握りしめていた。

先ほど手にしたばかりだが、既に手放したく思えてしまう。勇気を出して頼んだは良いが、なんと言って本人に渡すべきか。

「ザウル!!」

「っ!?」

 物思いに耽っていた背中に唐突に声が掛けられ、不覚にもビクリと反応してしまった。突然の声に驚いたのではなく、その声の主が今まさに自分の思考を支配していた人物だったからだ。

「やっと見つけた。探したよ」

「自分を、ですか?」

 セリアがこの場に現れたという事にも驚いたが、何よりも自分を探していたらしい事に目を見開く。一体どんな用事だろうか。

 そんな考えを巡らせているザウルの目の前に、これまた突然花束が差し出された。えっ!?と思い目線を上げれば、照れくさそうにしている少女の姿。

「女神フィシタルより、永遠の栄光を貴方に」

「っ!!」

 目を点にして、理解力が追いつかない思考を必死に廻す。何処かで聞いた事がある台詞だが、それを何処で聞いたのか、その情報源が脳の内から出てこない。それでもなんとか思い出そうと、記憶をたぐり寄せる。

 自分の想い人の思わぬ行動に、混乱で空回りする思考が、やっと機能を取り戻したと同時、思い当たる節があることに気付いた。

 それは、この花束が持つもう一つの意味。すっかり寂れてしまってはいるが、まだクルダスの人々に根深く残っている風習の一つである。


 本来この祭りは、クルダスの永遠の栄光と繁栄を願う為の祭典だ。女神に花束を贈った事で、国は輝く栄誉を手にした。そこから花を贈る行為は、相手の幸せを願う事を表した。今はすっかり異性に愛を伝える為の花束になってしまったが、歴史を少し勉強した者なら誰でも知っている事だ。といっても、若い世代同士ではすっかり忘れられてしまっているのだが。

「それでは、自分からも贈らせて下さい」

 この花束をお互いがそれぞれに贈る事は、そのまま国の繁栄を表すともされている。初代国王が花を捧げた際、女神は国に栄光を(もたら)し、大地に花を咲かせ王へ贈ったとされているからだ。

「他の誰でもない。ここにいる貴方の幸せを、永遠に願うと、誓います」

 誰が最初に言ったのか。相手の幸せを願うのは、少なからずそこに愛が存在しているからだと。だからこそ今の花束の形がある。しかし、それもあながち間違いでは無いと思えた。自分は今、確かにこの少女の幸せを願っている。そして、同時に好いている。これまでに無い程。

 ふわりと自分の持っていた花束を差し出せば、同じ様にふわりとする少女の笑顔。何度も見た子供の様に笑うその表情を、他の誰でもない自分だけが引き出したのだと思うと、それがとても心地よく感じられて、口が緩んでしまう。

 しかし、そこで気付く。セリアが嬉しそうに手にしている他の四つの花束に。

「セリア殿……カール達にも花を贈ったので?」

「えっ?うん。皆にも色々迷惑をかけてるし、お世話になってるから。その感謝の積もりで」

「そ、そうですか………」

 理解すると同時に、しまった、という気持ちになる。これでは、「栄光の花束」は渡せても、自分の本来の目的が全く果たせていない。気持ちを伝える積もりが、微動も伝わっていないではないか。

 しかし、贈った花束を返せとも言えず。かといって、花束を渡した後で、完璧に好機を逃してしまった状態で、伝えられるかと聞かれれば、そこまで図太い神経はしていない。

やられた。完全に機会を無駄にしてしまった。この分では、他の友人達も同じ様な結果に終わったのだろう。

 しかし、手に感じる花に嬉しい気持ちを隠せないのも事実。どんな形であれ、幸せを願っている事は伝わった筈だ。それで今は良いのではないか、と思えて来た。

 今はどうでも、きっといつかは伝えられるだろうと、そう信じて。



 ちなみに、余談だがその年のダンス大会は、ランが二度目の優勝を果たしたらしい。


毎年、思い出すのはあの日の事。自分の一部を失った様な感覚は、今でも忘れる事が出来ない。大切に思えば思う程、なくしてしまった時に取り返しがつかない。分かっていた筈なのに、抗えなかった。彼女に出会って心に平穏が戻った気がした。しかし、やはり考えてしまう。それもいつかは消えてしまうのではないかと。


今度こそ、絶対に失いたくない





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