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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第一章 埋もれた小石〜
22/171

精華 1

 何処の世界にもあるように、クルダスにも恋人達の季節、という物が存在する。世界が新年を迎える数日前。冬の寒さに負けない様にと、男女が寄り添って体温を高め合う祭典。その時期が近づいて来たのである。



 聖花祭 ーー 初代国王が栄光と繁栄の女神、フィシタルに花を送り、愛の誓いを交わしたとされる日。王が敢えて草花が少ない冬に、色彩鮮やかな花を用意した事から、王の愛の深さを表すともされている。

 そして、王の愛を受け入れた女神フィシタルは、クルダスの永遠の栄光を約束したという。それが、現在の聖花祭の発祥である。

 元々は国の発展を祈る為の祭りだったのだが、王とフィシタルの話から意中の異性に花を贈って想いを伝える、という日に時代と共に変化していったのだ。冬に想いをとげた者達は、次に訪れる春に永遠を誓う事が多い。つまり、この国での結婚の時期が春とされているのはその為である。

 いつしか恋人達の為の祭典になってしまったこの聖花祭。それを、お祭り騒ぎ好きのフロース学園校長が放って置く筈も無く、毎年訪れる学園行事に胸を高鳴らせていた。

「ご機嫌ねぇ、校長」

「それはそうだろう、クルーセル君。若い恋というのは、見ているだけでこちらも若返らせてくれるものだ」

「フフッ。確かに、今年も面白い事になるかもね」

 いつもの如く、授業中にも関わらずに校長室で寛いでいるクルーセルが上げるクスクスとした笑い声は、暫く部屋に響いていた。







「……以上が、今年の曲目です。尚、例年の如く、教養のテストの一環としますので、そのつもりで。何か質問は?」

 指で黒縁眼鏡の位置を正しながら、ハンスは非常に苛ついた様子で言った。不穏な空気の原因は、間違いなくこの場に居ない同僚にあるのだろうが、誰も何も言わない。

 自分達の教師の説明を聞きながら、候補生達は全員出そうになるため息を必死の思いで堪えていた。普段は涼しい顔のカールも、どこか不機嫌な雰囲気が滲み出ている。

「質問が無ければ、これで今日の授業は以上とします」

 教卓に並んでいた本や資料等を纏め、ハンスはさっさとこの場を離れようと教室の外へ向かって歩き出した。手遅れになる前に、今は出来るだけ自分の教え子達から距離を取りたい。足を急がせているのを悟られないよう、慎重に、だが確実に外へ足を進める。

 まだ安全な事を願って扉に手をかけたが、それでも時は既に遅かった。

「キャーーー!!」    「ランスロット様ーー」    「ちょっと、押さないでよ!!」    「カールハインツ様ーー」    「今年は私と!!」    「いえ、是非私と!!」    「ザウル様ーー」    「イアン様!何処ですか!?」    「お願いします!!」    「ルネ様は私と!!」    「ああ、何時もながら素敵!!」


「き、君達!!一体何だね!!授業はどうしたんだ。戻りなさい!」


「何ですかハンス先生!」    「先ほど授業は終わりだと!!」    「ええ、確かに聞きしましたわ!」    「もったいぶらなくてもよろしいじゃありませんか!」    「候補生様達と、是非お話を……」    「今日という日をずっと待っていたんですよ」    「通して下さい!!」    「早く!!候補生様に!!」


「ま……まだ授業は終わっていない。戻りなさい!」

 そういってハンスはピシャリと扉を閉めた。強烈な勢いで押し入って来ようとする女生徒方を教室内に入れまいと必死で抵抗し、かなり労力を使ったようだ。額に汗を浮かべ、肩で息をする姿に、室内の生徒達は同情すら覚える。

 ハンスは、げんなりとした表情で振り返ると、もう一度教卓へ戻った。そうして一つ咳払いをすると、渋々と口を開く。

「ええ、何か質問は……?」

 ミシミシと音を立てる扉をなるべく視界に入れないように全員が勤めている中、他にする事が無いので、結局はランとカールの議論が始まることになった。






 同時刻、セリアは絶望感に打ち拉がれていた。

「ええ。今お話した通り、以上が今年のダンス大会の曲目です。毎年の様に、これはダンスの教養のテストも兼ねていますので、参加必須とします」

 聖花祭を祝う為の学園行事が、その祝日の夜に行われるダンス大会である。大会といっても、ただ楽しく生徒間でダンスを踊る、というだけのものだが。

 折角の恋人達の季節、わざわざ男女で二人っきりになれる催しを、と校長が発案したものだ。そして、その影で繰り広げられる恋路の行方を見て楽しんでいたりもする。はっきり言って、趣味が悪い。いったい何を考えているんだ、と言いたくなる。

 しかし、この校長の余計な気遣いに便乗して、めでたく春を迎えた生徒達も居るため、結構このイベントは人気だったりする。とくに、女生徒達にとっては、数少ないマリオス候補生と接する機会でもあった。


 ヨークの発する一言一言を理解する度に、顔を青くしていくセリア。それはもう、気の毒になるほど顔から血の気が引いていくその姿に気が付いたのか、話すヨークの顔も微妙に崩れてきている。

「ええっと……何か質問は?無いようなら、今日の授業はここまでにします」

 その言葉を合図に、わぁっと教室を飛び出していく女生徒方を尻目に、セリアはヨロヨロと立ち上がるとヨークの下へ歩いていった。

「ヨーク先生……」

「セリアさん。どうしましたか?」

 あくまでも優しく声を発するヨークをセリアが見据えた。

「ダンスですが、どうしても参加しなければなりませんか?」

「えっ? まぁ、テストも兼ねていますし、出来れば参加した方が良いですね」

「はぁ。そうですよね」

 一縷の希望を打ち砕かれ、セリアの表情はどんどんと曇っていく。それには流石のヨークも少し慌ててしまった。

「その、そんなに心配する必要は無いかと。不安ならば誰かに手伝ってもらってはどうです?マリオス候補生達とは仲が良いのでしょう?」

「えっと…」

「彼等は教養の科目も完璧な成績ですし。それに、カールハインツ君もランスロット君も、この大会の優勝経験者ですよ」

「………はぁ」

 彼等が全てにおいて完璧だ、というのは知っているが、こればっかりは彼等も手に余るだろう。

「でも……」

「私も何か出来ることがあればお手伝いしますので、何時でも相談してください」

 ニコニコといつもの表情を取り戻したヨークは、そう言ってセリアを残して教室を去ってしまった。それを見てセリアもはぁっと溜め息を吐く。

 こんな行事があるとは思ってもいなかった。しかし考えてみれば、あのお祭り騒ぎが大好きな校長ならやりそうな事である。だが、それとこれとは話が別。全員参加必須なのは分かったが、なんとか理由をつけて抜け出せないものだろうか。

 そんな事を考えながら、セリアは重い足を引き摺り、トボトボと教室を出て行った。





 人から隠れるようにして、廊下を進んだ所にある扉を開き、ザウルは素早くその中に身を滑り込ませる。人気の無い場所を選んで進んだ結果、ここに辿り着いたのだ。友人達は上手く逃れただろうか。

 毎年のことながら、あの現象には流石のザウルも参ってしまう。

 マリオス候補生の教室に押しかけた女生徒達は皆、今年のダンスで彼等のパートナーになろうとする者達であった。一年に一度の恋人達の時期。その事実に背中を押された女生徒達は、例えそれが一時の夢であろうとも、候補生の隣を勝ち取らんと必死になっているのだ。

逃げなくとも断れば良いのだろうが、恋とは時に人に計り知れない力を与えるもので、あのカールでさえ恋する乙女の猛攻に立ち向かって勝利したことは無い。

 そんな女生徒方からどうやってザウルが逃げ出して来たかというと、簡単な話である。ランとカールの議論が始まってしまえば、時間というものはかなり早く過ぎる訳で、授業の終わりを告げる鐘が学園に鳴り響いても、二人の攻防は続いていた。

 放課後になれば、教師達も教室を後にする必要がある。実際は、この時期のこの日のこの時間、マリオス候補生の教室に近づきたがる物好きな教師など皆無なのだが、生憎と職員室は候補生のクラスの前を通らねば辿り着けない構造になっている。その為、廊下を塞いでいる女生徒方を何とかしなければならない役目を運悪く負わされた数人の教師達が、時間を掛けて何とか彼女達を解散させたのである。

 女生徒達は、この場で申し込むのに失敗したとなると、次は教師達の目の届かぬ所へ行かねば。と、それぞれお目当ての候補生達が現れそうな場所へ一直線に向かっていった。

 その隙を逃さず、マリオス候補生達は一斉に教室を抜け出したのだ。そして、ザウルは出来るだけ人の気配が少ない道を進んで、今この場に到達した。

誘われるのが嫌な訳では無いのだが、今年はどうしても譲れない理由があるのだ。

 去年までは、あの数の中からどう選べというのだ、と考えながらも、いつの間にか自分の知らない所でパートナーが決まっていたりもした。それは他の候補生達も同じだろう。どう決められていたのかは、未だ謎に包まれている。

 今まではそれでも構わなかったのだが、それは去年までの話だ。今年は少し勝手が違う。初めて、自分から誘いたいと思える人物が居るのだ。そして、その少女が居るだろう場所へ一刻も早く向かいたい。出来れば、他の友人よりも先に。

 しかし、もし誰かから声を掛けられてしまえば、その時は断り切る自信が無い。セリアと約束している訳ではないのだから、誘いを断る理由が無いのだ。それは、他の候補生達にも言える事である。


 実はこのダンス大会、曲目を発表する前に誘う事も誘いを受ける事も禁止されている。以前はそうでも無かったようだが、その所為でその時のマリオス候補生に入学と同時にダンスのパートナーにしてくれと頼んだ女生徒が殺到したそうだ。当時の候補生達も、そんな入学早々、かなり後の学園行事の約束をホイホイと交わす訳にも行かず、結局その時期になるまで断り続けたと聞く。

 そんな事があってから、混乱の期間を出来るだけ短くする為、今の様な規則が設けられたのである。

 そんな訳で、セリアはまだ誰のパートナーにもなっていない筈である。そしてセリアの場合、申し込んだ相手を断る様な事はしないだろう。それは、彼女を一番初めに誘った者がその隣を勝ち取る、という事に繋がる。なので、誰よりも先に目的の場所に向かいたいのだが、今はこんな状況の為、迂闊に行動出来ない。




 ザウルが足を踏み入れた図書室は、どことなく静かだった。普段ならば課題や調べものをする生徒、暇を潰す生徒等でそれなりに雑音は聞こえる筈だが。

 ふっと周りを見回してザウルはその理由を察する。女生徒が一人も居ないのだ。何処へ行ったかは、今は出来るだけ考えたく無い。しかし、雑談や噂話等に花を咲かせる存在が居なければ、静かになるのも当然か。

 ザウルは、奥のもう一つの出入り口から出ようと足を向けた。今通って来た道を逆戻りするのは、かなり危険であるからだ。それに、ここを抜けた方が温室への距離は短い。そう思い、ギョッとした視線を投げかけてくる生徒の間を足早に通り過ぎる。

 と、視界に此処には居ないと思っていた人物が映り、途端に歩みを止めた。

「セリア殿?」

「っ!!」

 声を掛けると、栗毛の背中がビクリと肩を振るわせてからこちらを振り向いた。

「あっ!ザウル」

 声の主が自分の知った人物であった事にセリアはホッと胸を撫で下ろす。ジィッと本を眺めるのに集中していた為、背後の気配に全く気付いていなかったのだ。

「何をされているので?」

「え、えっと……」

 聞いた途端にセリアが今まで手に持っていた本をさり気なく後ろに隠そうとしたが、その前にザウルが表紙を目で捉える。そこに乗っていたは、社交舞踏、の文字。

 バレてしまっては仕方ない、とセリアは観念した様におずおずと本を見せてきた。

「あっ、えっと………ほら、今日聞いたんだけど、ダンスのテストがあるっていうから」

「ああ、成る程。そうでしたか」

 ダンスのテスト、の部分を気にする所がセリアらしいというか、乙女らしからぬというか。

 思い掛けない偶然だったが、セリアがここに居たのは幸運だった。この分では、まだ誰にも誘われていないのだろう。しかし、そこではっとなる。周りを見れば、右も左も男ばかりで、女生徒はセリア一人。

「セリア殿」

「何?」

「その、もうパートナーは決められましたか?」

「えっ?まだ、だけど」

 セリアの答えにザウルは一人安堵する。

 こんな男に囲まれた場所に居たのだ。もう誰かに誘われていても可笑しく無い。というより、こんな場所で一人本に集中していたのだろうか?自分の気配に気付かぬ程。だとしたら、もう少し自覚を持て、と言いたくなる。セリアが自分達以外の者の誘いを何食わぬ顔で了承する様が容易に想像出来てしまって、その事に多少の苛立ちを覚えた。

 まあ、多くの女生徒に目の敵にされているセリアと自分から関わろうとする男生徒など皆無に等しいので、それは要らぬ心配なのだが。しかし、ザウルにそんな事が分かる訳もない。

「では、もしよろしければ自分とお願い出来ませんか」

「い、いえいえ。私など勿体ないと言いまするか。そんな、出来ませんと言いますでしょうか」

 ザウルが言った瞬間、セリアはサッと顔を青ざめ、慌てて首を横に振った。これには、流石のザウルもピクリと眉が動く。

 焦ったり慌てたりした時にセリアの口調が可笑しくなるのは知っているが、言われた事には納得出来ない。

 不審に思ったザウルの雰囲気を悟ったのか、セリアは慌てたように弁明する。

「いえ、ザウルが誘ってくれたのは嬉しいのでありますが、私には身に余るというか……」

 その後も暫く、ああでもないこうでもない、と言葉を続けていたが、言っている内に自分の言葉に意味が伴っていないのを漸く理解したのか、セリアは一旦言葉を切ると、渋々と口を開いた。

「その……昔から、ダンスというものは苦手で。私の所為でザウルの成績まで下がったら申し訳ないし」

 言われてザウルは、ああ、と納得する。確かに、今回はテストも兼ねているのだ。そんな事を気にしてパトーナーがどうだの言う者はいないだろうが。

 セリアの言い分は分かった。しかし、一度断られたからといって引き下がる様な事もしない。

「自分もそこまで踊れる人間ではありません。お気になさらないで下さい」

「でも、本当に下手だし。練習はするけど、本番までに間に合うか。それに、ザウルなら他にもっと……」

「自分は、セリア殿にお相手をお願いしたいのですが」

 琥珀の瞳でジッと見詰められながらそんなことを言われては、誰でも言葉に詰るだろう。いつものザウルらしからぬ有無を言わせぬ雰囲気にセリアも押し黙った。最後に「ご迷惑でしたか?」などと聞かれてしまえば否定する以外なくなる。その後も何度か自分の実力の程を念押ししたのだが、ザウルがそれを聞き入れる事は無く、結局、申し訳なく思いながらも、ザウルに頼むことになったのだった。







「あら、ハンスちゃん相当お疲れね。やっぱり逃げておいて正解だったわ」

 ぐったりとしたハンスが職員室へ入ると、そこでは非常に寛いだ様子のクルーセルが片目を瞑った笑みを飛ばしてきた。それに、腹の底でフツフツと溜まっていた怒りは躊躇することなく爆発する。クルーセルの姿が教室から消えていたのは、あの混乱から逃れる為校長室に避難していたからだということは、承知している。当の本人が、隠すこともせず、しれっと言ってのけているのだから当然だが。

「クルーセル・ブロシェ!!貴方という人は」

「あっ、皆のパートナーは決まった?」

 ハンスの怒りをまるで気にすることなく、クルーセルはウキウキと言葉を続ける。それが更にハンスの怒りを膨張させていることを知っているのだから、質が悪い。

「貴方は、全て私に押し付けて何をしていたのですか!」

「あら、校長とのんびりお茶してたわよ。お茶菓子も美味しいのがあったし」

 あっけからんと言う様に、脱力感で軽い眩暈を覚える。フラフラと近くの椅子に崩れ落ちれば、流石に悪いと思ったのかクルーセルが心配した表情を見せた。

「だ、大丈夫?」

「誰の所為だと思っているんですか」

「まあまあ。そう怒らないでよ」

 ジロリと睨んでも、軽く躱された。

 もう彼との付き合いは長いので、こういったことは何度もあったのだが。 全く、何処までが本気なのか分からない。彼の教師としての能力は、彼がマリオス候補生の担任であることからも伺いしれるし、理解もしている積もりだ。自分は担任補佐という立場なのも十分、肝に銘じている。しかし、この仕打ちはあんまりではないか。

「でも、やっぱり凄いわね。流石、恋する乙女」

「……」

 瞳を輝かせて面白がるクルーセルに、本気で辞職願いを出そうか、と今年何度目かになる考えがハンスの中で思い浮かんだ。







 授業が終わって暫くした後、セリアと並んで温室に入ってきたザウルを見た途端、他の候補生は自分達の負けを悟った。

 教室を出た後、それぞれ温室へ向かったのだが、女生徒の猛攻を回避出来た者は居なかった。ランとカールは教室を出たものの、数分で女生徒に囲まれてしまい、あれよと言う間に自分のパートナーが勝手に決められていたのだ。特に、紳士的な態度を貫くランに、女生徒を押し退けて前に進む事など出来る筈も無く、無理矢理に近い形で押し通されていた。イアンにいたっては、何とか温室まで辿り着いたのだが、そこで待ち構えていた女生徒方に確保されてしまったのだ。

 少し面白く無い、と思ったのが顔に出ていたのか、横でルネがクスクスと笑っていた。ちなみに、ルネも既に相手が決まっていたりする。

「それより、セリアはダンスどれくらい苦手なの?」

 先程からオロオロしているセリアに、ルネが核心を突く質問を投げかけた。始めから、苦手、と断言してくるあたり、よくセリアを見ている。というより、この場の誰もセリアにダンスの腕を期待していないのは事実だが。

 元々予想はしていたが、先程から落ち着かない様子でウロウロと歩き回ったり、心配気に顔を歪めたりで、嫌でもセリアの自信の程が分かってしまう。恐らく、相当不得意としているのだろう。

 なんだか若干失礼な聞き方をされた気がしないでもないが、言い返す言葉が無いのでセリアは押し黙る。見る見る顔から血の気が引いて行くセリアを見たイアンが、苦笑しながらも助け舟を出した。

「まあ、全くって事はないだろ。試しに少しやってみたらどうだ?」

「ええええっ!!!」

 どうせ最終的には踊る事になるのだ。それに、実力を早めに見せてもらった方がアドバイス等も出来るかもしれない。

 そう説明するイアン達に、セリアは大いに遠慮したい気持ちで一杯であった。勿論、有り難い事に変わりは無いし、覚悟も決めた積もりだったのだが、いざとなるとやはり気まずい。

 ううっ、と唸りながらもイアン達の瞳に促され、仕方なしにノロノロと立ち上がった。そのまま差し出されたザウルの手を取ったのだが、久しぶりの感覚に若干の違和感を覚える。

 温室のベンチに座って大人しく二人を見守る積もりだったイアン達だが、目の前の二人の位置に妙な点を見つけてしまった。始めはそれがなんなのかはっきりしなかったが、ザウルが困り顔でこちらを振り返った事で、それがなんなのかを悟る。

「おい、セリア」

「えっ?」

「お前、まずは一人で踊ってみろ」

「ええええっ!!」

 漸く決心がついた所で、なんて要求をしてくるのだ。そんな一人でだなんてとんでもない。そうは思っても、目の前のザウルには、非常に申し訳なさそうな顔で手を離されてしまった。そんなぁ、と涙目で周りを睨んでも、この状況が変わる事は無さそうである。

 逃れられない事実は幾ら待っても変わらない。ええい、と半ば自棄になって、セリアはうろ覚えのステップを踏み始めた。

 右足、左足、と最初こそ順調に進んでいたかの様に見えたが、やはりそう長くは続かない。前後に体を揺らしながらも、段々と頭が混乱してきて、次の動きが分からなくなる。少しずつ減る気力を掻き集めるが、それも遂に尽きて、セリアは足を止めた。

「えと……こんな感じです」

「………………」

 振り向いたセリアが見た候補生達の表情は、何とも表現し難いものだった。戸惑いと混乱と、その他が入り交じった瞳で見詰められて、セリアもうっと言葉に詰まる。やはり、何か拙かっただろうか。

 俯くセリアに、候補生達はどう言葉を掛けたら良いものか悩んでいた。まさかこんな事態になるとは。ある程度は想像していたのだが、今の現状はそれを遥かに超えている。

「セリア。非常に言い難いのだが……」

「…………今のは、男用のステップだぞ」

 シン、と温室が静まり返った様な気がした。







「取り敢えず、明日からは特訓だな」

 というイアンの言葉で、セリアは温室から帰された。それも、明日までにせめて女用の立ち方ぐらいは頭に叩き込んで来い、というお題付きで。

 自分でも気付いていなかった致命的な欠点に、やはりザウルの相手は自分には勤まらないだろう、と考えさせられた。

 もう一度考え直さないか、と説得してみたのだが、どうもザウルは考えを変える気はサラサラ無いらしい。穏やかな笑顔で、特訓に付き合う、と言われてしまった。

 寮に着いてから、セリアは先程図書室で借りた本を開いて奮闘していた。

 昔は、それこそ人が踊るのを見て覚えようとしていた。恐らく其処で間違えたのだろう。記憶に残る僅かな動きを再現して、残像である女性の動きに合わせようと、自然に男用のステップを踏んでいたのだ。我ながら、情けない。

 シュンと項垂れるセリアの部屋の明かりは、その日の晩遅くまで消える事はなかった。





今更何が起きようと、俺は驚かないし、焦らない。そう決めた筈なのに、なんでこんな事になってるんだよ!?


なんだ!あいつに惚れるのはそんなに拙いことだったのか?それとも、俺に恨みでもあるのか?


でも、やっぱどうしたって惚れちまってるんだよな。




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