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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第一章 埋もれた小石〜
20/171

隔意 2

「しかし、だからといってカールの婚約に納得した訳ではない」

 そこの部分はハッキリとしたラン。分かった分かった、とイアンが宥めると、漸く四人で食堂へ向かう事が出来た。

「やはりランも…?」

「ああ。そうみたいだぜ」

 確認する様にザウルがこそっと聞いてきたので、イアンが答えてやる。そうですか、と頷くザウルにランがどういうことだと目を向けた。そこでザウルが自分の気持ちを包み隠さず伝えると、ランの顔が驚きで見開かれる。全くの想定外の事態に、唖然としている様だ。

 ランにしてみれば、やっと受け入れる事が出来た自分の想いに、まさか恋敵が二人もいたとは、少々気の毒な話である。

「何の話?」

 全く意識していなかった後ろからの声に、三人は同時に飛び上がった。いきなり問題になっている張本人が現れたので、驚くのも無理は無い。しかし、話の内容など知る由も無いセリアは、その光景に少々複雑な気持ちになる。三人で隠れるように会話しているかと思えばこの反応。なんだか幽霊扱いされた気分だ。

「なんでもない。カールの婚約がどうのって話だ!」

「ああ…」

 なるほど、やはり皆まだカールの事が気になっていたのだな。と、咄嗟に出たイアンの言葉に、セリアは疑いもせず納得した。

「とりあえず、カールにもう一度聞いてみよう」

 そんな事を言って歩き出すセリアの後姿を、学園の憧れである候補生三人は心底安心した様に付いていった。






 セリア達が食堂に着くと、丁度カールとルネが席に座った所であった。これは好都合とばかりに、四人はその隣に席を取る。カールはセリア達を一瞥しただけで、黙々と食事を続けていた。

「さっきからずっとこの調子で……」

 ルネがこっそりとセリアに耳打ちするように説明した。どうやら、ルネも同じ事を考えていたようだ。しかし、それが成功しているのか失敗しているのかは、聞くまでもないだろう。五人でカールを囲む様に席を取ったが、それを気にする事もなく、食事の手を止める事もない。

「もう少し、そうだな……卒業するまで待つ、ってのは出来ないのか?」

「後からするのなら、今であろうと問題無い」

 イアンが始めに言葉を掛けるが、あっさりと返されてしまった。どうも時期の事について問答するのは無理らしい。

「でも、もう少しお互いを理解しあう時間も……」

「必要ない」

 セリアの意見も一刀両断される。もはや取り付く島も無い。

「相手の女性にとっても重要な問題なんだし」

「彼女も公爵令嬢だ。自分の立場くらい理解しているだろう。その上での今回の話だ」

 こうもきっぱり言われてしまっては、頷く以外無いではないか。やはりカールを説得するのは至難の技らしい。彼の頑固な面は、彼と論議を交わしていても垣間みる事が出来る。

 やはりカールに取って結婚とはそういう物なのだろうか。価値観が違うのは今に始まった事ではないが、少々複雑だ。しかし、これだけ言ってもカールの意思は変わらないのだから、きっと何を言っても無駄であろう。そう理解すると納得したような声を発し、セリアも大人しく食事を続けた。


 そうして暫くは静かな食事が続くかと思われたが、セリア達がカールを説得しようとしているのを見て、それを睨み付けていた生徒が立ち上がった。普段なら他の生徒が候補生に意見するなどはもってのほかであるが、今は一般生徒が混じっている。どうやら、標的にするならその生徒だ、と彼はセリアに矛先を向けたらしい。

 セリアから数歩分離れた場所で立ち止まった生徒に、セリアがキョトンとした顔を向けると、生徒はキッと目つきを悪くした

「君。カールハインツ様に意見する気か?」

「はっ?私ですか?」

 いきなり強い口調で言われ、セリアは困惑する。横に座っていた候補生達も驚いたが、すぐに警戒の色を見せた。急に投げかけられた言葉を理解すると、セリアはぶんぶんと両手を胸の前で横に振る。

「別に、意見というほどでは……」

「カールハインツ様の判断はいつでも絶対なんだ。君に反対する権利は無い」

「あの……私はただ」



「その辺にしとけ」

 セリアと男子生徒の間に候補生が入った。流石にこれ以上は黙って聞いている訳にはいかない。マリオス候補生に前に立たれて男子生徒は一瞬怯んだが、自分が尊敬するカールハインツ自身が何の文句も言っていない事が彼を奮い立たせた。

「お、女の分際で、出しゃばってカールハインツ様の決断に口出しするな、と言ってるんだ!」

 自分達ですらカールハインツと話す事も殆ど無いのに、なんの取り柄も無い女子生徒が隣に居るというのに嫉妬するのは何も他の女子だけではない。

 男子生徒は精一杯それだけ言うと、候補生達の前からさっさと退散しようと踵を返した。いわゆる、逃げるが勝ち、というやつである。

「おい!お前…」

「待ちなさいよ!!」

 今のは言い過ぎだ、とイアンが文句を口にしようとした瞬間、後ろから怒声が響いた。それは男子生徒にも聞こえたようで、ビクリと肩を震わせ足を止める。

 候補生達がまずい、と思った時には既に遅く、セリアは固まっている生徒にズカズカと歩み寄って行った。

「今の言葉、取り消して!」

「はっ!?」

「女性だからって、なんで口出しするな、なんて言われなくちゃならないの!」

「そ、そんなの当たり前だ。お前なんかに、この婚約でカールハインツ様にもたらされる政略的な利益が分かるはず……」

「何が政略的な利益よ!!」

 少し強気を取り戻した生徒が言い返した言葉は、セリアの怒りを更に膨張させるだけに終わった。

「確かに、ローゼンタール家にとっては有益かもしれない。でも、大事なのはそれだけじゃないでしょう!」

「し、しかし……」

 セリアの気迫に押されて、男子生徒も言いよどむ。

「それに、女性にだって意見する権利はあるわ!性別が違うからって、口出しするな、なんて言われる必要性は無いはずよ!!」

「セ、セリア殿。落ち着いて下さい」

 ザウルやルネが必死に宥めると、セリアはぐっと押し黙ったものの、まだ落ち着いているとは言い難い。口元は強く引き締められているが、肩はわなわなと震えている。

 セリアと過ごしている内に分かった事だが、女だ、という理由で女性の権威を無視するような行為は彼女の神経を逆なでする事に他ならない。特に、「女のくせに」などと言われた日には、セリアの怒りが頂点に達する。まあ、彼女の場合、それで色々苦労した様だから、分からないではないが。

 しかし、その「女」が自分に怒鳴りつけた、という事実は男子生徒のプライドに少なからず傷をつけたようだ。

「そう感情的になって我を忘れるなど無様だな。これだから女は」

「なっ!」

「カールハインツ様や、他の候補生の方にも上手く取り入っているようだがな。しかし覚えておけ、本来ならお前なんかに相手をしている暇なんか無い方達なんだぞ」

 これは流石に候補生達も怒りを我慢しきれずに言い返そうとした。今の言葉は、セリアに 取ってこれ以上無い程の侮辱だろう。友人に対しそこまで言われて、黙っている方が無理だ。しかし、候補生達が何か行動を起こす前にカールがすくっと立ち上がったので、その場の空気が瞬時に凍る。

 とくに大きな音を立てた訳でもなく、ただ普通に立ち上がっただけなのに、これほど威圧感を放つとは。先程までセリアと言い合っていた男子生徒などは、気の毒な程顔を青くし、足をガクガクと震わせている。その場にいる全員が恐怖に打ち震えている間も、候補生達だけが落ち着いてカールの様子を見守っていた。

 そんな視線などお構いなしに、カールは何を言うでもなく、そのまま静かに食堂を出て行った。しかし、彼の通った後はまるで吹雪が通り過ぎた様に空気が冷たくなっている。

 その後も他の生徒達が言葉を発する事が出来ないで居る間に、残った候補生達は悔しさに拳を震わせているセリアをさっさと食堂から連れ出した。







「大丈夫?」

 ルネが心配そうに見詰めると、幾分か落ち着いたのだろうセリアが、フゥっと息を吐き出した。

「すみませんでした。ご迷惑お掛けしました」

 冷静になって、また彼等に迷惑をかけてしまったとに気づき、セリアは深く謝罪した。

 候補生達にしてみれば、むしろ先ほどの男子生徒こそが謝罪するべきであって、セリアに非は全く無いのだが。むしろ、セリアと同じほどの怒りを覚えた。

「彼の言葉を気にする必要は無い。我々は、君を大切な仲間だと思っている」

「そうです。先ほどの言葉の様な思いを抱いた事はありません」

 俯くセリアに、候補生達が優しく語りかけた。しかし、それがまた胸に響いて、こんなに良くしてくれる彼等に、申し訳無い気持ちで一杯になる。

「ごめんなさい。ありがとう」

 素直な礼の言葉を述べる以外出来ない自分がもどかしい。確かに、自分には力が無いのだから、出しゃばっていると思われても当然かもしれない。出会った時から迷惑をかけてばかりだし、もしかしたら先程の彼の言葉通り、自分の相手をするなど彼等にしてみれば勿体ないのではないだろうか。

 考え込んでいる内に額に何かが当たったと思った瞬間、ピッと小気味良い音が響いた。

「いたっ」

 軽い打撃を食らった額を押さえて前を見ると、イアンが人差し指をこちらに突き出しているので、指で弾かれたのだと理解する。涙目でイアンを見返すと、その表情が少しムッとしている様にも見えた。

「お前、今余計な事考えてただろ?」

「うっ…」

 気にするな、と言われた手前、正にその事を考えてましたとは言い難い。しかし、こうして何度も世話になってしまうと、どうしても先程の様な事を思ってしまう。

セリアの反応にイアンははぁっと息を吐くと、もう一度彼女に向き直った。

「良いか。アイツに言われた事で、お前が気にする様な事は一つも無い。この言葉信じられるか?」

 ここで「いいえ」なんて言ったらもう一度打撃を食らいそうなので、一応頷いておく。

「…………」

「ランも言った通り、セリアは僕達の仲間だよ」

 俯くセリアにルネがそっと言い聞かせる。優しい声でそんな事を言われれば、胸にあたたかいものが広がるのは抗えないだろう。今まで数えきれない程迷惑を掛けたにも関わらず、ここまで良くしてくれる彼等には、感謝してもしきれない。


 折角の感動的な場面なのだが、セリアが候補生達とのやり取りで周りを全く意識していなかった為に、悲劇は起こる。

 今はすっかり夜の時間帯なので辺りはもう暗い。通い慣れた道とはいえ、所々に木の根などがむき出していて、注意していても危ないのにそれすらしていないセリアが無事な筈が無く、少し大きめの石に大いに躓いた事で、先ほどまでの会話は中断させられる事となった。








 男子寮のある一室では、香ばしい紅茶の香りが漂っていた。

 必要最低限の物以外何も置かれていないその空間は、殺風景で、まるで生活感を感じられない。無駄が一切存在せず、角という角がビシリと整頓されている部屋を、ザウルの心配そうな視線が横切っていた。その視線の先では、ザウルの淹れた紅茶に手を伸ばすカール。紅茶の乗っているテーブルに掛けられたテーブルクロスにも、シミどころか皺一つ見られない。隙がどこにも無いのは、正に部屋の主を表している。

「お前も何か言いたい事がありそうだな」

「……本当に宜しいのですか?やはり人生に置ける重大事を決めるには、早すぎるのでは」

「人には、それぞれ立場という物がある。やらねばならない事も。これが私と、私の家の利に繋がるのなら、答えは決まっている」

「………」

 威圧的に真っ直ぐ見詰められると、やはり何も言えなくなってしまう。言いたい事は口を出ようとするのだが彼のヴァイオレットの瞳があまりに澄んでいる様を見れば、反対する気も削がれてしまった。迷いも躊躇も一切見せない彼の態度に、逆に気圧されてしまう。

「しかし、それでは貴方が…」

「私は、私の目的の為に動く。ただ、それだけだ」

 そのまま会話を打ち切る様にカールはカップに再び口を付けた。満足したようで、一瞬だけ口を緩める。それを見てザウルも自分が煎れた紅茶に手を伸ばした。

しばらく無言の状態が続いたが、カールが何かを思い出したのか、徐に顔を上げる。その瞳が冷たくなっていたので、空気がピンと張り詰めた。

 それに敏感に気付いたザウルがどうしたのかと尋ねると、数秒の後、カールは無駄の無い丁寧な動きでゆっくりとカップをソーサーに戻す。

「あれはどうした?」

 冷めた声で聞かれた問いに、一瞬何の事か、と考えたザウルだが、すぐに食堂での一件を思い出す。ああ、と納得するとザウルも安心した。

「食堂を出た直後は、少し動揺されていた様ですが、今は落ち着かれたようです」

「…そうか」

 それだけ言うと、カールはもう一度カップを手に取った。自分の為にしか動かない、と語ったその口で他人の心配をするとは。やはり、彼はあまり本音を明かそうとはしない様だ。しかし、彼がセリアの事を気にかけていたというのは、紛れも無い事実である。









 ローゼンタール家とパンデラス家との婚約は、日に日に確かな物になっていった。ローゼンタール家の力を改めて認識させるように、遂には王陛下の承認も得るに至った。後は、正式な発表をするのみである。

「本当に良いのかな、これで…」

 まだ納得いかない、といった風のルネがポツリと零せば、それに苦笑したイアンが答える。

「カールの説得ならもう無駄だろ。アイツはそう簡単に自分の意見を変える様な奴じゃない」

「………」

「それに、アイツも、相手の女性も、必ず不幸になるとは限らないだろ。案外、上手くやるかも知れないぜ」

 確かに、不幸になると決めつけるのはまだ早いかもしれない。なんだかんだ言って、根は優しいカールだ。相手の女性を不幸にさせない力もあるだろう。使うかどうかは別として。

「でも、意外にすんなり事が進んだと思わない?」

 セリアは多少そこに疑問を抱いた。今回の事は見ていても分かる程トントン拍子に進み、何の横槍も入らなかったのである。横槍といっても、セリアが気にしているのはカールの相手に嫉妬した貴族の令嬢方の物では無い。

「今まで、力のある議会と王宮内が結びつくのは難しかったのに」

 議会と王宮との間で、今回の様な婚姻による結びつきが行われようとすれば、必ずと言ってよいほど他方から邪魔が入った。それらを撥ね除け、見事に成功した例は数える程しかなく、殆どはなんらかの形で失敗に終わっている。その全てが穏やかな方法だけで妨害されて来た訳ではない。

 王宮は国王に最も近い位置で、議会は陛下に対抗する唯一の権力。その両方で力を得る者が現れ、均衡が崩れる事を嫌う者が出るのは仕方の無い事である。しかし、中には少々強引な手段を使う者も居るので、基本的に議会と王宮内が姻戚関係を結ぶにはそれなりの危険が伴った。

 そして、今回は双方がそれぞれの場でかなり大きな影響力を持つ家同士の婚姻である。良く思わない者の方が圧倒的多数を占める筈なのにも関わらず、全くそんな話は聞かない。もしかしたら、ローゼンタール家やパンデラス家を敵に回す事を恐れているだけかもしれないが。

「少し気になるな」

 セリアの意見に納得したようにラン達も頷く。どんな事になっても、友人が危険な目に遭うのは防ぎたい。婚約が仕方の無い事であるなら、せめてカールの身の安全と幸せを願うのであった。






 ローゼンタール家とパンデラス家の婚約。その話は日増しに確実な物へとなっていく。実際婚姻によって結ばれれば、王宮と議会の両方で今までに例が無い、絶大な力を思う存分振るう者が出てくるのは明らか。

「このままでは、少々厄介な事になるのは時間の問題だろう」

 自分の主の放った言葉に、素直に頷いておく。

 今回の事は出来るだけ慎重に進めたかったが、相手が大きい分そうも言っていられない。少なくとも、多少の犠牲は払わねばならないだろう。

「こうならないようにするのも、君の仕事ではなかったのかね」

「流石に、そこまでの干渉は少々無理があるかと」

 あっさりと言い返せば、フンと鼻で笑う姿が目につく。

「直ぐに手配します」

「ああ。頼りにしているぞ」

 心にも無い事を。とは思っても口には出さないでおく。この関係に、信頼などという不確かな物は存在していない。あるのは、お互い利益を得るという確証と、利用価値。ただそれだけだ。頼りになどされていない。お互いが失敗はしないと分かっているだけ。






 まるで、セリアの危惧していた事をそのまま現実にしたような会話が、学園より遠く離れた場所で行われていた。しかし、夜の闇に紛れた二人が、人目に触れる事は無い。




 嵐の前は静かになるというが、この日は風の通り過ぎる音がやけに耳に障る夜であった。





私の行動に迷いは無い。目的の為ならば、利用するのみ。そして……それだけだ。私が望む事を成し遂げられるならば、他に何が起きようと構わない。己が身に何があろうと。


しかし、あれはそれが不服らしい。そしてあろうことか、私の身を案じると言った。


私の周りの平穏を望むなら、お前は私に何を与える。





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