出会い 1
大きな鐘が鳴り響き、その日の授業の開始が学園中に伝わった。少し前まで生徒達で賑わっていた庭や廊下からは人の気配が消え、引き締まった空気が教室から伝わり始める。にも関わらず、どの教室へも向かわずに、真っ直ぐ廊下を歩く影が一つ。その影が歩く度に響く靴音が、誰もいない廊下に木霊していた。
「今日も良い日になりそうねー。校長」
学園の中にある一室で、一人の男が窓の傍に立ち、陽の光を全身に浴びている。それに反射して、薄緑色の髪がひかり、その端麗な顔も輝いている。
他の教室とは違う、高級感の溢れるこの部屋で、女のような口調の男が目の前にいる人物に話しかけた。
「うむ、そうだな。この一日一日が、生徒の為になるだろう」
校長と呼ばれた男は部屋に似合う高級そうな椅子に座り、外を眺めていた。
二人が会話しているのは、どの学園にも必ず一つはある校長室だ。そして、この部屋の主である椅子に座った男こそ、この学園での一番の権力者、つまりは校長である。
彼の方がもう一人よりも立場は上の筈だが、そんな事を気にする風も無く、この二人は気兼ねなく会話していた。
「ところで、君は授業の方は良いのかね?担任がいないと、生徒達が心配しているのではないか?」
答えなど分かっているが、一応責任のある立場なので聞いておく。それを、目の前の男は全く気にした様子も無くクスクスと笑いだした。むしろ、よくぞ聞いてくれたと喜んでさえいるようだ。
「大丈夫よ。私の生徒はとっても優秀だから。それに、私の良きパートナーがしっかり面倒見てくれるわ」
彼がこう言うのは、決してサボリを弁明する為では無い。それが分かっているからこそ、校長も納得して頷く。
「誰かがこれからの予定を説明した方が、新しい子にとっても良いでしょうしね」
それに早く転入生に会いたいし。と本音を漏らしながら、この学園の教師であるクルーセル・ブロシェは始終楽しそうだった。そんな彼にやれやれ、と肩を落とす校長だが、彼の言っている事にも一理あると、彼の無断欠勤とも取れる行為を見逃していた。
本来、この学園で転入生を迎える事は稀であり、なかなか認められないのだが。けれど転入試験の際に合格点以上の成績を出し、そして本人にこの学園に通わせるだけの価値があると判断された為、ようやく転入の許可が下されたのだ。
そうしている内に校長室の、これまた高級そうな扉が叩かれた。
「噂をすれば、どうやら来たようだな」
校長が椅子から立ち上がると、入室の許可を外の人物に伝えた。
「なんど言ったら分かるんだカールハインツ。お前の考えはいつも強引すぎる」
言いながら、ダークブロンドの青年の拳が、音を立てて机に叩きつけられた。口調は落ち着いているが、その声色には怒りが滲み出ている。目はしっかりと目の前の人物を見据え、強い決心が込められているようだ。
それに対して、青年の言葉の先にいる人物は、眉一つ動かさず、冷静さを保っている。まるで、彼を相手にもしていないかの様な態度を貫く。カールハインツの涼やかに光る長いプラチナブロンドが、彼の心を表しているようだ。
「私は最も有効的な解決策を述べたまでだ。貴様にとやかく言われる覚えは無い」
ダークブロンドの青年よりも少し低い声でそういうと、こちらも相手を睨みつけた。
対峙する二人の周りを何人もの生徒が囲み、これからどうなるのかと成り行きを見守っている。
その大半を占めるのは、冷静な青年の取り巻きとも言える部下達だ。といっても、彼等が勝手にプラチナブロンドの青年に憧れ、自分達を部下と呼んでいるだけなのだが。
彼等はダークブロンドの青年を、我が主にたてつく敵として鋭い目で睨んでいる。その中に他とは違う、強い憎しみさえも醸し出している瞳が混じっているのを、誰か一人でも気付いているのだろうか。
「政府の為に弱者を切り捨てるような事、あってはならない」
「腐敗は早めに取り除かねば、さらに広がるだけだ。情に流され判断を躊躇していては、新たな問題の火種となる」
「それで犠牲になる者達にも心がある。彼等が苦しむような国を作ってはならない」
「それこそ正に机上の空論。犠牲を払わなければ何も生まれない。だからお前は甘いと言うのだ」
お互い一歩も引かないまま、同じような口論を延々と続けている。
「……また始まった」
繰り広げられる口論を少し離れた場所で聞いていた人物が、またか、と少し肩を降ろした。
この二人はどうしてこうも毎回仲違いするのだろうか。と呆れた風に手を頭の後ろに回す。
「ねぇイアン、止めた方が良いんじゃ……」
イアンと呼ばれた青年が隣を見ると、少し心配そうに自分を見上げる水色の髪と深緑の瞳と合った。
「無理だな。言って聞くような奴等じゃねぇって。だろ、ザウル」
「ええ……まあ……」
イアンが褐色の肌の青年に同意を求めると、彼は少し困り顔で、それでも頷いた。それと同時に長い彼の赤色の髪が揺れる。
どうやら、この類いの口論は、日常茶飯事らしい。
まだ続く論争が響く中、それを遮るように教室の扉が開かれた。
「何事だ?」
「ハンス先生……」
目つきの悪い男が入ってくると、生徒達は一斉にそちらを向いた。お互いに自分の意見をぶつけ合っていた二人の青年も例外ではない。
ハンス・ギーレンが黒縁眼鏡の奥から教室内を見回すと、彼は疲れたように溜め息をついた。
「また君達か」
呆れたような口調に、青年達が不満そうな顔をしてもハンスはお構い無しだ。もう一度溜め息をつきながら肩を落とすと、ずれた眼鏡の位置を正した。
「国政に興味を持つのは良いが、議論に熱を上げるのは授業中にしなさい」
彼がそう言い残し扉の向こうに消えると、渦中の中心人物であるダークブロンドの青年は、失礼する、と一言残し、足早に教室を出て行ってしまった。その後を、水色の髪の青年に目配せをしたイアンが慌てて追った。
「おいラン!待てよ」
イアンに呼ばれ、ダークブロンドの青年、ランスロット・オルブラインはようやく立ち止まった。振り返ったその顔は、明らかに不機嫌だ。イアンはやれやれ、と呟くとランの背中を軽く叩いた。
「そう怒るなって。まったく。どうしてカールが相手だと何時もああなるのか」
「やり方にどうしても賛同出来ない。彼の言う方法では、罪無き者までもが犠牲になってしまう」
考え方が根本的に違う二人なので、意見に行き違いがあるのは仕方が無い。しかし、二人共いずれは国を背負って立つ事になる人材なのだから、もう少し認め合っても良いと思うのだが。
「ほら、こう言う時は落ち着く所へ行こうぜ」
イアンはランの腕を掴むと、軽く引っ張りながら学園のある場所へと連れて行った。
「あっ!いらっしゃい。準備出来てるよ」
「おお、ルネ。ありがとうな」
ラン達が入ってくると、先程教室にいた筈の水色の髪の青年が、煎れたばかりの紅茶を持って二人を出迎えた。
ここは学園の片隅にひっそりと建っている温室である。白い骨組みにガラスが張られ、中はかなり広い。中へ降り注ぐ陽の光も温かく、ちょっとした楽園の様なものだ。
この温室は校長の趣味で作られた物で、目立たない場所にあり、生徒達は特に用も無いので、存在すら忘れられていた場所だ。だが中には色鮮やかな花々が、それは見事なほど美しく咲いている。
あまり生徒の来ないこの場所を見つけた水色の髪の青年、ルネ・レミオットは、校長の許可を得て、忘れられた場所に新たに花を植え、自分で世話をしていた。そして何時の間にか、この場所は彼と、彼の親しい者達の憩いの場になっていたのだ。
「はい、ラン」
ルネはニコニコと微笑みながら、テーブルの上に紅茶の入ったカップを置く。
ランが出て行ってしまった後、イアンの瞳の意味を汲み取ったルネは、一足先にこの温室へ出向き、紅茶を用意していた訳である。
学園からわざわざ持ってこなければならない為、普段はあまりやらないのだが、ここで紅茶を飲むのが一番落ち着くと彼等は思っていた。
「わざわざすまない、ルネ。君にも心配をかけてしまったな」
「ううん」
多少落ち着きを取り戻したのか、そう言ったランにルネがゆっくりと首を振る。
意見の食い違いで反発することはあっても、二人がお互いを仲間と認めているのはルネも知っている。ただ双方素直でなく、それを認めようとしないので、どうにか出来ないかと思っていた。
「カールは?」
「今、ザウルが一緒にいるよ」
ランに聞こえぬよう、イアンがもう一人の友人の様子を聞くと、ルネは笑顔でそれに答えた。
「何故、彼を挑発する事ばかり言うのです」
カールの目の前に紅茶の入ったカップを差し出しながら、ザウルが言った。
「彼奴が私に楯突くからだ」
プラチナブロンドの青年は冷めた瞳を崩さず、冷静な口調で返した。
差し出されたカップに口を付けると、一瞬、少しだけその口元を緩める。紅茶に満足した証拠だ。
静かにカップを傾けるカールに、ザウルは何も言えず、その横に立ち尽くすだけだった。
その二部屋隣の教室で、一人の生徒が拳を握りながら、憎しみを露にしていた。
カールハインツ様こそが、この学園では最高の人物であり、最高権威を持つべき方だ。彼こそが、この学園の頂点に相応しい。唯一の存在にして、絶対的な君主。それが彼だ。
何故、主に歯向かう者が存在しているのだ。そして、少なからずこの学園でも支持を得ている。あいつの存在はカールハインツ様にとっても、自分にとっても邪魔でしかない。
自分の元に届いた、この紙に書かれている事が、本当かどうか解らない。だが、相手に対して少なからず打撃を与える筈だ。
怒りに歪んでいた生徒の口元が、少し緩み、不適な笑みを作っていた。
「ほら、行こうぜ」
温室でしばらく過ごした後、三人で寮へと続く道を急いでいた。
「ラン、もう大丈夫?」
「ああ、今日はありがとう。ルネとイアンのおかげで、とても落ち着いた。だが、カールとの事、自分に非があると認めたわけではない」
「ああ、分かってるって。お前もカールも、頑固だって事は」
他愛無い話を続けていた三人を、後ろから見つめる影が一つ。そして、その影が、何かを投げつけるように大きく動く。
「なっ!」
乾いた音がして、ランの足元にガラスの破片が散らばった。ガラスは、まだ落ちきっていない太陽を反射して、キラリと光っている。いきなりの事にラン達が動けないでいる隙に、影はその場を離れた。
割れた破片の中に小さく折り畳まれた紙が混じっている。それを広い上げ、中に書いてある事に目を走らせたランは絶句した。それを後ろから覗き込んだイアンとルネも同様だ。
『お前の過去の罪を知っている。この学園に相応しくない者は速やかに立ち去れ。我らのカールハインツ様の邪魔はさせない』
書いてある事の意味を理解すると同時に、思い出したくない過去が走馬灯のように蘇ってくる。忘れたい情景、しかし決して忘れてはならない事実。
次に沸き上がってくるのは、言葉に出来ぬ程の怒りだった。
ランは荒々しく踵を返すと、来た道を急いで戻って行く。
「おい!ラン」
「ラン!?」
部屋の端にいる自分にまで振動が伝わる程大きな音が響き、廊下から現れたランを、部屋にいたザウルは驚いて見つめていた。
「何事だ、ランスロット」
突然、教室の扉を乱暴に開け目の前まで迫ったランを、訝しげに一瞥したカールは、それでもいつものように冷静に言った。
「それはこちらの台詞だ」
言うと同時に、ランは持っていた紙を彼の前にある机に叩き付けた。
「お前がやらせたのだろう」
ランがここまで確信を持って言うのは、この学園に、彼の過去を知る人間はほんの少数しか居ないからだ。そして、その内二人は、つい先程まで自分と共にいた。そしてもう一人は、こんな事をする動機が無い。
そうなると残るはただ一人。ましてや紙には、堂々と目の前の人物の名が記してある。そして、彼とはつい先程衝突したばかりだ。今のランには、こうする以外は方法が浮かばなかった。
「私が邪魔なら、何故実力で来ない。こんな卑劣なやり方は、許さない」
「…………もし、私だとしたら」
静かに見守っていたカールが、ようやく口にしたのは、否定でも肯定でも無く、彼を更に挑発するような言葉。
「私の名誉の為に……決闘を申し込む」
ランがそう言うと同時に、周りがざわつき始めた。
本来、貴族同士での決闘は、申請する事も受ける事も禁止である。それが、まだ家督を次いでいない子息であっても同様だ。発覚すれば、貴族にあるまじき行為として、厳重な調査の末、相応の罰が下される。
この学園の生徒が立てる最も高い地位にいる人物同士が、それをしようと言うのだから大事だ。
皆、一様にカールの反応を伺っている。
カールは、ふっと笑みを零すと、よかろうと一言、同意の意志を口にした。
途端、更に室内がざわめき出した。
「ここなら、邪魔は入らない」
「いいだろう」
二人が言い終わると、剣と剣が激しく交わる音が響いた。
学園は敷地が広い為、どうしても生徒や教師の意識が向かない場所も出てくる。温室がそうであるように、学園内の林に面した大きな池の畔もその内の一つである。
その場所で、二人の青年が真剣を振り回し、相手を捕らえようと必死になっていた。
「どうしよう。決闘だなんて」
二人を、少し遠くから見つめていたルネがそう零した。
「なんとかお止め出来ないでしょうか」
「無理だな、ああなった二人は止められない」
二人は学園内でも、一、ニを争う剣術の持ち主である。お互いの力は五分五分で、どちらが勝ってもおかしくはない。下手に間に入ってどちらかに隙を作らせてしまえばその瞬間、予期出来ない程の惨事になりかねないのだ。その為、誰も手を出せないでいた。
「ですが……誰があの様な事を」
机に叩き付けられた紙の内容を見た時、ザウルもラン達同様、言葉を失った。
紙に記されていた、彼の過去と聞いて思いつく事は一つ。しかし、それは決して罪などと呼ばれるべき物ではなく、咎められる物ではない、不慮の事故である。しかし、ラン自身に罪の意識があるため、彼への衝撃は大きい。
そして、その事を知るのは極数名。考えられる人間は限られ、また彼に動機がある人間も多くはない。
「まさか、本当にカールが……」
「そんな事ないよ」
ルネが間髪入れず否定した。
「カールは、こんな酷い事はしないよ。本当は、とても優しい人だもの」
「では、一体誰が」
ザウルが顔を上げると、林の中の木の一本に身を隠すようにして、ランとカールの様子を伺っている生徒がいた。顔には絶望の色が濃く見え、足は震えている。
「カールハインツ様……なぜ」
「お前、何か知ってるのか」
イアン達が背後に迫ると、彼は大げさに驚き振り向いた。そして、自分に声を掛けた人物の顔を確認すると同時にさっと青ざめ、反射的に逃げようと地面を蹴った。が、後ろから襟首を引かれ、そのまま地に転がってしまう。
「な、何をするんだ」
その生徒は尻餅をついたまま後退りしようとするが、腕や足が震えて上手く動けない。
相手の、ただならぬ様子に不審感を抱いたイアンは、その胸倉を掴み引き上げた。
「おい!どうなんだ。お前は何か知ってるのか」
「もしや、貴方があれを……」
その言葉に更に顔を青ざめ、額から汗を滲ませる相手を見て、イアンは沸き上がる怒りを抑えきれなくなった。掴んでいる胸倉をゆすり、その人物に怒鳴り散らす。
「テメェ、自分が何をしたのか分かってんのか!」
「ほ、本当の事を言っただけじゃないか。カールハインツ様の邪魔をした奴が悪いんだ」
開き直ったようにそう叫ぶ生徒に、イアンは思わず舌打ちする。
少し離れた場所では、まだ剣を交えている二人がいる。
「止めろ二人共!……ラン!カールは関係ないんだ!」
「お二人共、お止め下さい!」
友人達の必死の呼びかけは、目の前の敵に全神経を集中させている二人には届いていない。お互い相手の動きと剣先を見つめ、反撃の機会を伺っていた。
「ダメだ。聞こえてない」
「でも、このままじゃ……」
どうしようかと途方に暮れていた時、ザウルの横を誰かが横切った。はっと見るとその人物は、長い栗毛を揺らし、あちこちに落ちている木の枝を二本拾い上げた。
いきなりの事に驚きその者に声を掛けようとしたが、その前にその人物は動いた。
ヒュン、と音がした瞬間には、ランとカール、二人の鼻先に木の枝が突き付けられていた。
はっと前を見ると、つい先程まではいなかった筈の人物が、剣をかわすように間に割って入り、枝を自分ともう一人に向けている。いきなり現れた人物は、この学園の制服を着た、見覚えの無い少女だった。
乱入者以外はその場で呆然としてる中、栗毛の少女はキッと二人を睨むと口を開いた。
「友人が止めようとしてるのよ。決闘を中断させようとするのはそれなりの理由がある筈。それが友達なら尚更。その声を無視するなんて、彼等に失礼じゃない」
それだけ言うと、少女は枝をその辺りに放り投げ、踵を返しその場を離れてしまった。
突然の事に声が出せなかったイアン達だが、二人を止めてくれた事には感謝する。
そのまま少女が見えなくなると、カールは剣を降ろし、気が削がれた、とそのまま背を向ける。
去り際に、例の生徒が前に出て来たが、カールは見向きもせず「私の前から消えろ」とだけ言い、学園に向かって歩いていってしまった。うう、と生徒はその場に崩れ落ちたが、同情する者は一人もいない。
「まったく、心配させやがって」
カールとの決闘で、ランは全く無傷という訳にもいかず、温室でイアンの手当を受けていた。
「ラン。あれはカールがやった事じゃなくて……」
「分かっている」
ランに事の真相を話そうとしたルネだが、話始める前に遮られてしまった。
「ああすれば、本人から出てくると思ったんだ。カールもそれを察してくれたようで助かった。決闘は勝敗に拘ってしまったが」
つまり、カールの取り巻きは多すぎる為、カール自身も巻き込んで本人を誘い出した、という事だ。
「じゃあ最初から、カールじゃないって分かってたの?」
「ああ。意見でぶつかる事があっても、彼があんな卑劣な真似をする筈がない」
どんなに衝突していても、お互いを高め合うライバルで、良き友人だ。心の奥底では、認め合っている。
だから、今回もカールに協力してもらう事にした。筈なのだが、食い違った主張がある為、どうしても反発してしまう。
「なんだよ。だったら最初からそう言えば良いじゃねぇか」
「すまない。あまり時間が無かった」
包帯も巻き終え、そろそろ寮に戻ろうとした時だ。イアンが不思議そうに言い出した。
「それにしても、あのお嬢さんは一体誰だったんだ。ランとカールの間に割って入るなんて、それもただの枝で」
「ああ。私も、彼女には気付かなかった。制服を着ていたから、この学園の生徒だとは思うのだが」
「でも、見た事無いよね」
「……案外……また直ぐに会うかもな」
夕食に間に合うように、少し急ぎ足で歩く三人を、昇り始めた月が照らしていた。
月が照らす寮の一室では、ザウルに手当を受けたカールが、窓の外を眺めている。
ザウルは、ランとカールの思惑を聞いておらず、少し心配気に彼を見ていた。すぐ後で、イアン達から聞く事になるのだが。
「なぜ、彼の挑戦を受けたのです?貴方はやってはいないのでしょう」
「ふん。彼奴を潰す良い機会だと思っただけだ。さすがに、そう簡単にはいかなかったがな」
ランの作戦に乗っただけだと言えば良いのに、全く素直でない。こちらも、最初こそ冷静に犯人が表れるのを待っていたのだが、剣を交える内に、つい本気になってしまった。
ランとの決着はいつもどっち付かずで、片方が勝てば、次はもう片方が勝つ。といった事を繰り返していた。ので、剣で叩き潰したい、と思ったのは事実だが。
「しかし、あの女性には驚きました」
ザウルも、ランとカールの間に入った女子生徒の事を気にしているようだ。それを聞いたカールもふっと息を付くと、口に笑みを浮かべた。彼にしては珍しい事である。
「私の剣筋を見切るとは、面白い。またいずれ会う事になるだろうな」
彼のプラチナブロンドの髪を、室内ランプの淡い光が、優しく照らしていた。