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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第四章 輝く貴石〜
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卒業 2

 正式な卒業の儀を全て終え、残すは夜のパーティーのみ。浮き足立つ生徒達が続々と会場に集まっていた。

 誰も彼もが華やかに着飾り、卒業生との最後の時間を惜しむように会話に夢中になっている。


 その中でも、最後にマリオス候補生と言葉を交わそうとする者は特に多い。

 ラン達候補生も、今宵ばかりは固まってはおらずにそれぞれ知人や友人達を回っている。その所為だろうか、会場内のあちこち別の場所で、幾つも人集りが出来ていた。


 セリア自身も同じように、数は少ないが学園生活の中で出来た知人などと声を掛け合っている。けれどその心は、ずっとソワソワと落ち着きのないものだった。


「セリアさんも卒業後はあの方達とマリオスとなられるのでしょう」

「あ、いえ。でもまだ決まった訳ではないので」

「今までは他の女生徒方の手前言えませんでしたけど、頑張ってくださいね」

「はい。ありがとうございます。メリエルダさんも、卒業後は留学されるとか」


 ヨークのクラスに所属していた時にクラスメートだった女生徒に笑顔で返し、その後の活躍を互いに願う話を切り上げると、セリアはまたチラリと会場の反対側に意識を向けた。

 その視線の先では、一層多くの生徒達が集まり、羨望の眼差しを向けられる銀髪の男。


 パーティーの間に想いを伝えよう、と心に決めたは良いが、この雰囲気でそんなことをしようなんて度胸は残念ながらセリアには無い。そもそも、この場で告白などすれば途端に会場中の全生徒に知れ渡ってしまうだろう。


 だからカールを囲む人集りが何処かで消えないだろうか、とチラチラと様子を伺っているのだが、一向にそんな気配はない。むしろ、輝きを放つあの男に引き寄せられるように、生徒の数が増えているような気すらする。


 そんな絶望的な状況にセリアが顔を青くしていれば、後ろからやんわりと肩を叩かれた。


「あ、ルイシス」

「どや、覚悟は決まったか?」


 自分の決意を知る男の登場に、セリアはギクリとバツが悪くなる。なにせ、逃げ出したい気持ちが顔を覗かせていた時なのだから。


「でも、あれは……」

「うん?まあ、確かに、あれはな」


 セリアの示す方向にある人集りに、ルイシスも苦笑を漏らす。予想はしていたが、やはりか。

 とはいえ、その状況もいずれ打破されるだろうと既に知っているルイシスは、変わらず余裕げな笑みを浮かべるだけだ。


「まあ、その内なんとかなるやろ。それよりお嬢ちゃん。あっちに美味そうなケーキあったで。一緒にどや?何もせんで、ぼんやりあの男見てるだけは退屈やろ」

「え?えっと、でも……」

「ほらほら。ええから、おいで」


 ルイシスに手を引かれ、会場に設置されたテーブルの上に並ぶケーキを物色し始めるセリア。




 そことは少し離れた場所で、ザウルは今聞いた言葉に驚きで一瞬息を飲んだ。


「本気、なのですか?」

「ああ。だから、協力して欲しい。ザウル」

「………分かりました。ですが」


 目の前でその気持ちを語る彼の瞳に、ザウルは言葉に詰まる。しかし、残る不安を拭いきれずに、ゆっくりとそれを訴えた。


「それで、セリア殿にとって良い結果に向くと、確証はあるのですか?ラン」

「私はそう考えている。少なくとも、今の状態のままが、決して良いものだとは思えない」


 そう言ったランの瞳は静かだ。そこにある覚悟に、ザウルはそれ以上反論する気にはなれなかった。その代わりに、込み上げた複雑な感情を言葉に乗せる。


「……貴方は、それを望んでいるのですか?」


 もしこの後、ランの思う通りに事が運んだなら、それは、ランが望む少女を得られないという結果になることに他ならない。そして、この男はその結末を自分から仕上げにいこうとしている。


 ザウル自身は、それがセリアの望みだからと、自分の心を納得させられた。胸の内の底の方に穏やかでいられない苦い部分があったとしても、それでもそれをセリアが願うならば。それでセリアが満足するならば、と。

 しかし、目の前で澄んだ碧眼を向けてくるこの男が、あの紫の瞳を持つ男に譲るようなことを、心の底から納得しているのか。


 真意を問うべくまっすぐと射抜いてくるザウルの視線を、ランは目を逸らさずに真正面から受け止める。そしてふと一瞬表情を崩すと、ゆっくりとザウルに背を向けた。


「ラン……?」

「確かに、心から望んでいるかと聞かれると違うな。しかし……」

「………」

「彼女の幸せを望む気持ちは、偽りではない」


 それだけ言い残し、ランは足を動かし会場の中を進み始めた。


 偽りではない。そう口内で小さく呟きながら、ランはぐっと拳を握りしめた。

 今から自分が行うことの結果、カールに“その”心があるならば、きっとこの先は更に苦い思いを噛み締めねばならなくなるのだろう。それを思うと、握った拳に更に力が入る。


 けれど、もしそれでセリアが喜ぶのならば。笑顔になるのならば、その笑みを守れたという満足感も与えられるのでは、と思ったのだ。

 今のセリアの心の内が、決して穏やかなものだなどとはランも思っていない。その元凶があの男にあるのだと思うだけで、かつてないほどの苛立ちも込み上げる。

 だからこそ、それを打破することがセリアの幸福に繋がるのだと思えば、その幸せを守りたいのだと、身体が勝手に動いていた。


 あの時、神殿でセリアを刃から守った時に得たあの満足感と幸福感。あれをもう一度味わえるなら。そう考えれば、心臓を刺すような胸の痛みを押さえ込み、今回のことをしようと思えた。



 真剣な瞳で真っ直ぐに会場内を横切るランの姿を、何人もの生徒が見惚れながら視線を追わせる。しかし、その彼が向かう先に立つ人物を確認しまさかと息を飲んだ。そしてすぐにやはり、と僅かな緊張がその場を占める。


「カール」

「……なんの用だ?」


 冷たい声で答えたその男は、銀髪を揺らしながら振り返り、自分を呼び止めたランをジロリと睨んだ。

 ランとカール。この二人の不仲は既に学園内で周知の事実だ。その場に漂う不穏な空気に、それまで周りを取り囲んでいた生徒達はスッと下がるように道を開けた。


「話がある」

「私は貴様と話すことなどない」


 取り付く島もない。さっさと視界から消えろと言わんばかりなカールの態度に、周りの生徒達は更に一歩下がる。

 普段よりも棘の多いカールの態度だが、ランからは意外にも怒りを覚えた様子は見れず。先ほどと変わらぬ口調でもう一度切り出した。


「私は話があると言っている」

「私は忙しい。貴様に構っている時間など……」

「カール」


 引き下がらぬ様子のランに、カールも眉を上げて逸らしていた視線を戻した。真っ直ぐ向けられるランの視線を受け止め、そこで漸くその色がこれまでにないほどの真剣さを含んでいることに気づく。


「……いいだろう」


 何処までも冷たい声が響いた。








 ふとセリアが会場内を見回すと、何時の間にかカールの姿が消えていることに気付いた。見間違いかと何度か会場の中を歩き回りながら視線を彷徨わせるが、やはり例の銀髪を捉えることができない。

 途端、思わずセリアは顔を青くした。なにせこのままでは折角の決意を行動に移す事なく、今夜のパーティーが終わってしまうのだから。


 それにしても、この大事なパーティーの最中に一体何処へ消えてしまったのか。カールの場合、彼を慕う生徒や取り巻きが後を絶たず、夜を越しても挨拶や会話が途絶えることなど無いだろうと思えるほどなのに。


 それから少しの間、流れる銀髪を探して会場内を彷徨いていると、背後からトンと肩を叩かれた。


「セリアちゃん」

「あ、クルーセル先生?」


 振り返った先に立つのはクルーセルで、そこに浮かぶ僅かな困り顔にセリアも首を傾げた。つい先ほど挨拶を済ませた時は、これ以上無いほどご機嫌だったというのに。


「セリアちゃん。カール君知らない?」

「カールですか?実は私も探してるんですけど、姿が見当たらなくて」

「セリアちゃんも知らないのね。困ったわ…… 大本命の彼とラン君までパーティー中に居なくなっちゃうなんて。これじゃあ今年の詩集が完成しないわ」

「……ランまで居ないんですか?」


 詩集だの本命だの、若干理解出来ない単語が聞こえたが。しかしセリアにとって重要なのはそこではないので、気にしないことにした。それよりも、ランとカール、この二人が同時に消えたなど、悪い予感がしてならない。


「それに、カール君にはそろそろ祝辞をお願いしたいのに」

「えええ!?それは大変じゃないですか」


 もうそんな時間が迫っていたのか。ならばますますカールの姿が無いのは拙いではないか。

 そう焦り始めるセリアを落ち着かせるようにクルーセルは軽く笑みを浮かべた。


「ああ、そんなに気にしないでセリアちゃん。まだ時間はあるから。でも、カール君を見つけたら教えてほしいの」

「あ、はい。勿論です」

「お願いね」


 そうしてまた人の間をすり抜けて消えていったクルーセルを見送ると、セリアも今一度気合いを入れなおす。こうなったら、何がなんでも速攻でカールを見つけ出さなければ。


 そうセリアが意気込んでいると、向こうからザウルが焦った様子で近付いてくる姿が視界に飛び込んできた。声が届く距離になったところで聞こえた自分を呼ぶ声にも、ザウルには珍しく焦りが混っていて、セリアはいったい何事だと目を見開く。


「セリア殿」

「ザウル、どうしたの?」

「それが、ランとカールなのですが……」


 揺れる琥珀の瞳に、セリアの胸に先ほど過ぎった嫌な予感がまた湧き上がってきた。そしてまるでそれを決定付けるかのように、ザウルが声を小さくしてセリアの耳元に口を寄せる。


「決闘をすると…… 何時もの場所へ」

「っ!?」


 決闘の二文字に、セリアは思考が一瞬止まった。

 あの二人が、こんな大事な時期に。卒業しマリオスになれるかどうかというこんな時に。


 思わずセリアは脇目もふらずにその場で踵を返し、ドレスの裾が邪魔になるのを気にする余裕もなく、パーティーの会場から走り出た。


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