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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第四章 輝く貴石〜
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卒業 1

 何にも集中出来ずに気持ちが沈んでいた日が嘘のように、セリアは何処かすっきりとした頭で学園最後の日々を過ごせていた。ルイシスに言われて、やはり気持ちを押し込めるのは性に合わないと決めた所為か、気持ちは軽い。


 たまにカールを前にすると多少の気まずさを覚えることもあるが、本格的に間近に迫った卒業の準備に追われ、忙しくしていればまた気も紛れる。卒業課題や最終試験の為にまたランとカールと温室で議論などする内に、セリアは普段の生活に漸く戻れたようで嬉しさも覚えた。


 そんな普段通りの関係にセリアが満足そうに笑うものだから、ザウルはカールに対して何も言えなくなる。当然、イアンも同じように口を噤んだ。唯一ランだけが、時折難しい視線をカールとセリアの間で往来させるが、それもカールの暴言によって舌戦に持ち込まれてしまう。


 とはいえ、相変わらず冷たい視線で何を考えているのか全く悟らせないカールに、やはり物申そうとザウルが時折立ち上がるも、それはルイシスに止められた。下手なことをして掻き乱すなと言われれば、ザウルもそこで諦めざるをえない。


 そうして結局、温室で雑談や議論を交わすという普段通りの生活を過ごしている内に、あっという間に卒業の日が来ていた。




 学園での全ての行事を終えようとするこの日は、朝からセリアもあたふたと忙しく動いていた。


 パタパタと廊下を小走りで進むセリアの目的は、クルーセルから受け取ることになっている提出した論文の評価表だ。クルーセルは式の後でも良いとは言っていたのだが、その時はパーティーの準備をしなければならないので今のうちに貰っておこうと思ったのだ。


 もし今の姿をハンスが見れば卒業の時までこうなのか、と間違いなく眉を潜めるだろう速度でセリアは足を進める。そのまま角を曲がった時、目の前に影が迫ったと気付く間もなく、それに衝突してしまった。


「ふぐっ!?」

「……」

「あ!カ、カール」


 一体何が、と視線を上げれば降ってきた苛立たし気な視線とかち合い、セリアは思わず喉の奥で悲鳴を上げた。


「ごめんなさい。大丈夫だった?」

「……こんな時まで落ち着きを持てないのかお前は」

「うっ。あの、ちょっと急いでて」


 もう卒業式まであまり時間が無い。クルーセルから評価表を受け取ったらすぐに講堂へ向かわなければ。


 そう頭の中で今後の予定を思い浮かべながら、セリアはやはり若干の居心地の悪さにフイと視線を反らしてしまった。普段の様に皆で過ごす時はそこまででもなかったが、こうやって二人きりになってしまうとまだ気恥ずかしい。


 ルイシスとの会話で、自分の心とその気持ちの向かう先を確認したは良いが、こうして紫の瞳に睨み付けられると、本当に好意を伝えることなんて出来るのかとまた不安が襲いそうになる。


 それなのに、こうして鉢合わせたりすると思わず心臓がドキリと高鳴るのだから、厄介なのだ。

 とセリアはまた羞恥に顔を染めそうになるが、懸命に平静を装いながら苦し紛れに口を開いた。


「そ、そういえば、式辞の言葉はもう決まってるの?」

「当然だろう」

「あ、えっと、そうだよね。その…… 頑張ってね。カールなら心配要らないとは思うんだけど」

「お前は…… 何故目を合わせない」


 取り繕うかのように視線を泳がせながらセリアが懸命に言葉を探していれば、それをばっさりと切るかのように冷たい声。えっ、と見上げれば何処までも鋭い視線が真っ直ぐに貫いて来て、セリアは言葉に詰まる。


 しかし咄嗟に弁解しようと口を開いたセリアは、また更に冷めた声で遮られた。


「要件はそれだけか」

「あ、えっと……うん」


 心まで切り捨てられるような台詞にうっ、とセリアは一瞬怯むも、式辞を任された彼こそ今は忙しいだろうと考え直し、これ以上邪魔にならないようカールに道を譲る。

 そのままこちらを見向きもせずに去ってしまったその背に、セリアは僅かに顔を青冷めた。まさか、目を合わせなかったので彼を不快にさせてしまったのだろうか。ああ、やはり露骨に目を反らすべきではなかった。


 しまった、という後悔と共に、やはり気持ちを伝えるなど無理なのでは、とまた不安になる。しかし今はショックに固まっている場合ではない。時間が押し迫る中、セリアは無理矢理先を急いだ。



 その廊下の反対側では、セリアと別れたカールが、また別の者と鉢合わせていた。ただでさえ忙しいこの時に、しかもその相手があのランであれば、機嫌が底辺を突き破るのではと言わんばかりにカールの目付きが鋭くなる。


「なんだランスロット」

「……お前は、何の積もりだ」

「なに?」


 質問に質問で返され、更にそれが意味の解らない問いであれば苛立つのも仕方ないだろう。既にカールの眉間の皺は深く刻まれ、視線は人を射殺さんばかりに突き刺さっている。けれど今の学園の中で唯一、ランにだけはそれが全く通用しない。

 ランもランで、機嫌は決して良い訳ではないようで、普段は形よく整っている筈の眉が寄っている。


「何故あんな態度を取る?」

「……貴様にとやかく言われる筋合いはない。退け」

 これ以上面倒に付き合ってられるか、と道を塞ぐランを無視し、カールは再び足を動かした。


「お前は……」


 そんなカールをランは強く睨みつけるが効果がある訳もなく。そのまま廊下の向こうへと消えていくカールを、ランが見送る形になった。







 そうした些細な事はあれど、候補生達の卒業の儀は滞りなく進行していった。


 セリアも、廊下でカールと遭遇した時に投げつけられた言葉には多少戸惑ったが、カールの冷たい物言いは今更だ。それに、伝えると決めたのだから、とセリアは不安を押し殺し決意を新たにする。

 それに彼の言う通り、あの様に目を泳がせながらの会話は、やはり相手にとっても気持ちの良いものはないだろう。ならば気持ちを伝える時は目を反らさないように気をつけねば。と、呑気というか、単純というか解らない思考でセリアは早々に先程の衝撃からは立ち直っていた。


 そんなセリアが座る講堂内では、式も終盤に差し掛かり卒業生代表による式辞へと移行していく。校長の演説が早々に終わってしまったので、若干予定よりも早い気がするが。

 代表としてカールが演説台に立つと、途端に講堂内に感嘆の声が溢れた。


「ああ、やっぱりカールハインツ様って素敵」

「残念ですわ。あの御姿をもう見られなくなってしまうなんて」


 そんな会話が後ろから聞こえてしまい、セリアはドキンと肩を一瞬振るわせてしまう。

 彼女達の言う通り、卒業してしまえば普通ならもう滅多にカールとも、それにラン達他の友人とも会う機会は減ってしまうだろう。


 そう。本来であれば、自分はこの卒業と同時にマリオス候補生と関わる機会も最後になる筈だったのだ。憧れで突き進むことも、国の為になりたいと考えることも。

 それがもしかしたら、憧れだけだった筈のマリオスと同じ位置へ行けるかもしれないのだ。遠くで輝いていただけの青色を、間近で、しかも自分が身に纏うことが叶う。


 今思い返せば、この学園に入ることを決めた時は、決して楽ではなかった。けれど、それらが無駄ではなかったのだ、と。そう思えて胸が温かくなる。

 ただマリオス候補生の役に立てていたなら、という思いは嘘ではない。もしそれだけで終わっていても満足していただろう。しかし、自分の行いがこうして形に見える結果として残り、この先の未来を切り開く夢を叶える一歩に繋がったのだと思うと。


「私、この学園に来てよかった」


 ポツリと小さくセリアが呟いた言葉は、誰に届く前に講堂の高い天井へと消えていった。








 式もすんなりと終わり、生徒達が夜のパーティーの為にといそいそと準備に去っていくなか、講堂から校舎へと足を向ける男が二人。その表情は、なんとも不気味なほどに満足そうだ。


「いやぁ、やはり式などと堅苦しいものは早々に切り上げるに限るな。クルーセル君」

「そうねぇ校長。卒業の儀も大事だけど、それよりも生徒の自由な恋の時間の方がよっぽど大切だものねぇ」


 二ヤリ、と笑う二人の会話を、聞いている生徒が居ないのはせめてもの救いだろう。

 いや、しかし今後の二人の行動を考えると、むしろ誰かの耳に入りその者が他の生徒達に注意を促した方が良かったのかもしれない。


「今朝だけでもう、三回も告白のシーンに遭遇しちゃったのよ。さっすがラン君ねぇ。やっぱり彼の周りだと収穫が多いわぁ」

「ほぉ、それは素晴らしい。だが、候補生達が相手では恋心が成就する瞬間に立ち会えないではないか。その点、私は他に目星をつけていたからな。二組の男女が手を取り合う場面を見れたよ。いやぁ、やはり若さとはいいものだなぁ」

「あら素敵ねぇ。今年も、愛の詩集が完成出来そうで良かったわぁ。ユフェト君が校長だったら、なかなかこうは行かなかったもの」

「うんうん。その生徒がこれまで送ってきた学園生活で感じたこと全てを表すのが、この卒業での愛の告白の言葉だからな。学園の校長として、見逃す訳にはいかんよ」


 行き交う生徒達の雑多に紛れその会話を聞く者は居ない。その状況が、この二人の暴挙を助長させているのだが、まだ誰も気付いていないだろう。


「さて、私はこの後図書室の方に用があるのでね」

「私もね、校門前の広場に予定が入ってるの」


 ニヤニヤと笑みを深くする二人の目は、完全に次なる獲物を狙う目だ。この二人が、影ながらこの国で最も恐れられている勢力の上に立つ二人だと、一体どこの誰が予想出来るだろうか。

 むしろ、そこは深く考えない方が、国の為にも良いのかもしれない。


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