告白 2
はしゃぐクルーセルと別れた後、セリアは一人で林の中へ来ていた。今は誰かと話す気にはなれず、人目を避ける様に木の根本に腰を下ろしている。
なんだか、とても疲れてしまった。
溜息を吐いたセリアは、体力が足先から流れ出ていくかのような疲労感に、後ろの木に背を預けた。
今まで経験したことの無いような、身体中をむずむずとしたものが駆け巡い、肩にありもしない重石を乗せられたようだ。次々と湧き上がる感情を一々自覚するのもそうだが、それに対処しようとあたふたすることも十分疲れる。
それでも、どうしても気になってしまうのだ。
カールの婚約者候補筆頭。そう言われていた令嬢を、セリアは記憶の引き出しから引っ張り出す。レイルスレーン侯爵家と、ウェルミーア侯爵家。どちらも有力貴族であり、レイルスレーンは南の農場地に広い領地を持って行て、ウェルミーアは王宮でも力のある大臣だ。
ローゼンタール家にとって充分政略的な価値はあるだろう。
それだけではない、と同時にセリアの脳裏に美しい二人の令嬢の姿も浮かんできた。何度か学園内ですれ違っているが、二人とも間違いなく美人の部類に入る容姿だろう。
カールの隣に並べば、きっと華やかに違いない。
そこまで考え、セリアの眉が無意識の内に歪む。
「恥ずかしい」
この間まで襲ってきた、頭を何処かにぶつけたくなるような羞恥とは違う。とても惨めな気分になる劣等感に、セリアはグッと拳に力を込めた。
美しい二人に比べ、自分はどうだろう。地味な顔立ちに女らしさの欠けた仕草。そう考えると、顔が燃えそうになるほどの羞恥に胸が痛む。
今まで、自分の外見を気にしたことはなかった。確かに、地味だなんだのと言われることが多かったが、それは十分自覚していたし。それに自分に悔しさを与えたのは、他の女性と比較された容姿ではなく、男性と比較する能力や立場だったから。
劣っている。相手にならない。でしゃばるな。
容姿のことでそう言われようと特になんとも思わなかったが、憧れであるマリオスや国政のことでそう言われるのはたまらなく苦痛だった。だから、それに負けるかと勉学等を必死に学んだのだ。
けれど、今は美しい女性と自分との差をどうしても考えずにはいられなくて、気持ちが沈んだ。
そもそも、こんな自分が一時でもカールと恋仲になる様を想像してしまったなんて、今更ながらどんなに愚かだったのかと自分を殴りたくなってくる。
……頭が痛い。色々と考えた所為か熱を持った額に、そっと手を当てながらまた溜息が洩れた。
「悩める女の溜息ってのは、やっぱり艶があってええなぁ」
「えっ!?ルイシス!!」
唐突に後ろから掛けられた声に驚いて振り返れば、ニヤニヤと普段の笑みを浮かべた男が遠慮もなく近づいてきた。
「い、いつの間に」
「もう少しその悩ましげな憂い顔を眺めてても良かったんやけどなぁ。けど、やっぱりそういう女は見てるより口説くもんや思ってな」
「……はぁ」
相変わらず、訳の解らない言葉の羅列を聞くと、あぁルイシスだと最近は逆に安心感すら覚えてしまう。
けれど同時に、今は口説くだとかそういう言葉を聞くと居心地が悪くなり、何処と無く穏やかな気分ではいられない。
「ルイシスは、そういう類は得意そうで、あんまり悩んだりしなさそうね」
「んん?……クク、まあ確かにな」
まるでセリアの反応を面白いとでも言いたげにオッドアイを興味で光らせ、首を僅かに傾げたルイシスが二ヤリと笑みを深めた。
「“普通の女”やったら、困ることは無いな」
そのギラリと光る絶対の自信を滲ませるセピアの瞳、得意気な態度に溜息が漏れそうになる。
が、それは次のルイシスの一言に遮られてしまった。
「つまりアンタは、そういう類で悩んでるってことやな」
全てを見透すオリーブの瞳に見つめられ、セリアはグッと言葉を詰まらせた。
しまった、と思ってももはや遅い。このオッドアイに睨まれたら、何もかもがお見通しになってしまうのは既に嫌というほど思い知った事実だ。
どう逃れるべきか、と考えるセリアの横にルイシスが徐に腰を下ろしたかと思うと、更には身体を傾けてきた。そしてコロンと転がったルイシスの頭が、当然の様にセリアの膝に乗る。
「ちょ、ちょっと!また勝手に」
久し振りに感じる膝の上の重みに、セリアは目を見開いてまたルイシスを退けようとするが、どうにも無駄のようで相手は頭一つだというのにビクともしない。
そうなれば当然、またこの膝枕の体勢を強いられることを受け入れなければならない訳で。
「ああ、これやこれ。うん、絶妙な柔らかさ。もうクセになってしまうなぁ、これは」
一人うんうん、と頷くルイシスは至極満足そうだ。まったく何を考えているのだこの男は、とまた溜息が込み上げたセリアは、遠慮なくそれを吐き出す。
「ええやないか。卒業して王宮に上がっちまったら、こんな風にのんびりする時間は暫く取れんやろ。更にはお嬢ちゃんの膝を貸してもらうなんて贅沢、次は何時になることやら」
「普通は最初からしないものだと思うけど」
「けどお嬢ちゃんは優しいからなぁ、文句はあっても許してくれるやろ?」
自信満々にそう言われてしまえば、言い返す気力も削ぎ落とされるというものだ。渋々ながら、セリアはルイシスの暴挙を許すしかない訳である。
それにしても、彼の先程の口振りから、もう既に王宮でマリオスとして働く未来にかなり確信を持っているように感じる。
「自信あるのね、ルイシスは」
「そらそうやろ。こんないい男雇わないなんて勿体無くてせんやろ、マリオス達も。それに、俺には幸運の女神様がおったからな…… けど」
そう言ったルイシスがジッと見つめてきたかと思うと、ゆっくりと伸ばされた手に頬を撫でられた。
「その女神様は、どうやら色々お悩みみたいやな」
「うっ……」
「ほれ、俺に相談してみ。損はさせんで」
もうお見通しだ、と見透かしてくるオリーブの瞳と自信たっぷりのセピアの瞳が、ジッと見つめてきてセリアは居心地が悪くなる。
心の何処かでこの感情を誰かに聞いて欲しいと思ってしまう。
とはいえ、そう簡単に誰にでも明かしたい類の話ではないし。それをしてどうなる訳でもないだろう。むしろ、この感情はこのまま自分の胸に閉まっておいた方が良いのではとすら思えてくる。
しかし、そんな風に考えてやはり黙っておこうしたセリアの決心を、ルイシスはいとも容易く打ち砕く。
「カールが気になって仕方ないって、この辺りに書いてあるで」
「ぐっ!?」
頬を撫でていた手がこの辺り、とその一部を突ついてきた。ルイシスの見透かした様な発現にセリアが喉を引き攣らせる間にも、ルイシスの攻撃は続く。
「あの男が恋しいって、頭から離れんのやろ。今日のあの失敗も、カールが原因。ちゃうか?」
「な、なんで……」
何故そこまでお見通しなのだ、とセリアはむしろ薄ら寒さすら覚えた。この男はもしや、人の心を読む能力を持っているのでは。
そういえば昔、そういう能力を持った人間が国の中枢に近付き、影から権力者達を操るという内容の本を何処かで読んだ気がする。
まさか、ルイシスがマリオスになろうとするのも……
「あのなぁ、青い顔で人を化け物みたいに見て来るけど。お嬢ちゃんの様子が可笑しいのなんか見てたら分かるやろ。そんで、そういう顔は大抵女が男思って悩んでる時にする顔やで。イアンの求婚断ったって聞いたら、ならカールかって予想くらい簡単に出来る」
その顔はなんだ、と不満そうなルイシスが説明してやれば、ああそういうことか、とセリアは僅かに安堵した顔で納得する。
実際はザウルとイアンの行動があってこそ、カールだと特定するに至ったのだが。一応そこは、あの不憫にも失恋中の男達が最後に残された少女との友情に、万一にでも皹を入れない為に黙っておいてやった。
そこまで言われて漸く話す気になったのか、セリアの肩から多少力が抜けたことに、ルイシスは上手くいきそうだ、と内心笑みを深めた。