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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第四章 輝く貴石〜
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茶会 3

 授業後の時間を過ごすべく、候補生達の集まった温室には今、久しぶりに紅茶の香りが漂っていた。

 

 ルネが居た頃は彼が何時も用意してくれていたのだが、やはり自分でやってみると多少手間を取るな、とザウルは苦笑を漏らす。

 そんな久しぶりに感じる、温室の花々に混じる紅茶の香りにランも顔を緩めた。


「いい香りだな、ザウル」

「ありがとうございます。ですが、ルネの腕には及びません」

「……いや。君らしい、心が落ち着く味だ」


 ザウルが差し出したカップを、ランは口に含みながら笑みを浮かべた。


「ああ。わざわざ用意させて悪かったな」


 イアンからも得た満足した様子に多少安堵を覚え、ザウルは次に温室の奥で座り一人本に視線を落とす男にも茶を進めた。


「…………」


 無言でそれを受け取ったカールも、一瞬口元を緩める。言葉は無くとも、この男も満足したようだ。

 そんな言葉少ななカールを見て、ザウルは一瞬込み上げた苦い思いを誤摩化しきれず思わず口を開いた。


「そういえば、セリア殿は遅いですね」

「実家というと多少心配だが、今日中には戻ると言っていたな」


 ランがそう返した瞬間、イアンの眉がピクリと動いたのをザウルは視界の端に捕らえる。


「えぇ。ですが、どうしても気になってしまいますね」

 そこまで言ったが、問題の男からは何の反応も無いことにザウルは僅かな歯痒さを覚え話を振ってみた。

「カールは、心配ではありませんか?」

「なに?」


 何のことだ、とまるで興味の無いような反応に、ザウルも言葉に困る。が、すぐにカールが下らないとでもいいたげに鼻を鳴らした。

「フン。アレが何処で何をしていようと、私に関係があるのか?」

「あ、いえ。その…… そういう意味では」

「ましてやアレの個人的な問題であろう。自分で解決させろ」

「それは……」


 言っていることは間違ってはいないのだろう。けれど普段以上に突き放すような物言いに、ザウルは眉を潜めずにはいられない。

 それでも返す言葉を見つけられずに、ただ静かに立ち尽すしか出来なかったが。


 そんな、なんとも言えない微妙な雰囲気の中、それをぶち壊す乱入者が現れた。


「おぉい、色男」

「はっ?ルイシス!?」


 いきなり飛んだ妙な台詞に、ザウルが声の主に反応し驚いて振り返れば、同じようにランとイアンもそちらへ顔を向ける。

 そんな反応を向けられたルイシスだが、本人は何処か楽しそうだ。温室に踏み入れた足を真っ直ぐ奥で沈黙しているカールへ向けた。


「アンタや、アンタ。ほれ、預かりモンや」

「……」


 手に持っていた手紙を差し出され、カールが何かを問うように相手を睨みつける。そんな視線を受け、ルイシスは苦笑しながらも詳細を話した。


「同学年のコから、恋文って奴やろ。なんや自分のことアンタの婚約者みたいに言ってたけど、どんな手使って誑かしたんや、あんな美人さん」

「なっ!?」


 その言葉に一番反応を示したのはザウルだ。まるで信じられない言葉を聞いたかのように目を見開きながら、震えそうになる喉を振り絞り口を開く。


「な、何かの間違いでは……?カールに婚約者など、そんな話は聞いていませんが」

「まあ、そうやろな。けど、そういう所も女の可愛い部分やろが。アンタ、分かってないなぁ相変わらず」


 軽く流そうとするルイシスだが、ザウルにしてみればとんでもない。もしそんな風に吹聴する女生徒の話がセリアの耳に届きでもしたら。


 けれどそんなザウルの思考を強制的に停止させたのは、思いもよらない言葉だった。


「間違いではないな」

「はっ?」

 手紙を受け取ったカールが差出人を確認しながら呟いた。

「レイルスレーン侯爵家の次女。将来的に婚約しても良い女の一人だ。正式な話はまだされていない筈だが。それに婚約者の候補、という部分が抜けているな」

「ど、どういう意味ですか?婚約というのは」

「学園を卒業してしまえば、すぐに王宮でマリオスとなる為の責務が与えられるだろう。少なくとも数年は婚約の手続きも、婚姻相手を選ぶ時間も惜しくなる。ならば卒業手前のこの時期に、相手を見繕っておいて損はないだろうと思ったまでだ」

「お待ちください!」


 ルイシスを押し退ける勢いでザウルはカールの前に立った。その瞳は、ザウルらしくなく激しい動揺で揺れている。


「セリア殿は?セリア殿はどうなるのですか!」

「……何故ここでアレが出て来る?」


 見るからに不機嫌そうに眉を歪め瞳を冷たくするカールだが、ザウルはそんなこと構ってられるかと距離を詰めた。


「貴方も、セリア殿を特別に見ているのではないのですか?セリア殿を望んでいると、自分はそう思っていました。だからこそ自分は……」


 カールもセリアを想っている。時折見せるその行動から、自分はそう信じていた。だからこそ、セリアがカールへ寄せる心は彼女の幸せに繋がるだろうと思うことが出来たのに。


「フン、そんなことか」


 けれどカールから返って来た反応は、とてもそんな感情が籠もっている様には見えなかった。


「確かに、アレを私の元で御してみようと思ったこともある。が、今は既にその必要は無いだろう」

「ど、どういう意味ですか?」

「アレが国にとって有益な動きをする可能性があるのは分かっていた。以前はそれを発揮する場所が与えられていなかったからこそ、私の隣でなら使えると思った。が、今やアレが将来的にマリオスと同じ位置まで昇る道は開かれている。ならば、私の元にも置かずとも結果は同じだろう」


 あの国への想いを、潰すのは惜しいと思った。その輝きを活かす方法の一つとして、マリオスにはなれぬならば自分の隣に置けば良いと思ったこともある。それは認めよう。しかし、それは以前までの話だ。


 既にセリアはマリオス達や陛下にまで期待を寄せられる存在。マリオスとなることに反対もされないだろうし、今のままでいけば必ず声は掛かる。そうなれば、セリアなら自分でその機会チャンスを物にする筈だ。


「ですがセリア殿は……」

「ならばアレと婚姻を結ぶことに価値などない。結婚に関して言えば、他に有用的な女人が幾らでもいる」


 そこまで聞いて、ザウルには限界だった。

 押さえることの出来なかった腕がまるで意志を持ったかのように自然に動き、目の前の男の胸倉を掴んで強く引き寄せる。

 ここまで誰かに対して怒りを覚えたことは無いかもしれない。それほどに、ザウルの琥珀の瞳は燃えていた。


「貴方は!」

「お、おい、ザウル!?」


 周りのルイシスとランが驚いたように静止する様な声を上げるが、今のザウルの耳には入らない。全神経は目の前でこちらを相変わらず冷めたように睨む男へ向いていた。


「貴方は、彼女を愛しく想っているのでは無かったのですか!?貴方も、彼女を一人の女性として、大切に想う心があると!」

「何を勘違いしているのか知らないが、そんな無意味な感情を持ち合わせた覚えは無い」

「カール!!!」


 吐き捨てるように言うカールに、それ以上は止めろと声を荒げてその言葉を切る。


「……貴方が、何を重要とされているのか、それは理解しているつもりです。国やご自分の生家の繁栄に何が必要なのか、状況を客観的に見て、どうするのが効率的か。そういったことを判断した上で行動されるのも知っています。貴方のそうした冷静な部分に、自分達が救われたことも多い。ですが!」


 カールのこうした性格は、これまでの付き合いで充分承知していた。それが間違っているなどと、思ったことは今までは無かった。感情よりも理性を優先すべき局面があるのはザウルにも分かる。

 それでも、今回ばかりはそれに納得が出来なかった。


「もし、貴方がセリア殿をそうした目でしか見ていなかったのなら。価値だと、有益だからだと。これまでの貴方のあの方へ対する行動全てが、そんな言葉から来るものだったとしたら、自分は…… 自分は、決して貴方を許しません!」


 セリアが心を寄せることになった男の行動。それがもし、利害を考慮した上での行動でしかなかったのだとしたら。そんな言葉をセリアがもし聞いてしまったらと思うと、背筋が凍った。


 目の前で怒りに燃えるザウルが未だ胸倉を掴んでいると、その手をカールがいい加減にしろとでも言いた気に振り払った。


「貴様にとやかく言われる謂れは無い」


 何処までも冷たい、相手を射殺す様な鋭さで放たれた言葉と共に、カールは温室をさっさと後にしてしまった。



 そんなカールをそれ以上追いかけることも出来ず、ザウルは振り払われた腕を下ろして立ち尽す。


 カールの普段の高慢な言葉に、ランも何時もの如く口を挟もうとしたが、ザウルの剣幕に押されて何も言えなかった。ルイシスも同じで、いきなりどうしたんだと目を見開いている。

 唯一イアンは少しも動いた様子が無く先程と同じ体勢のまま紅茶を飲んでいるが。


 ほんの少しの間、一体何があったんだと呆然とした空気が温室に流れる。が、先程と同じくそれを打ち破ったのはあの男だった。


「っかあぁぁっ!そうかいそうかい」

「……ルイシス」

「アンタがそないに怒るっちゅうことは、決定的なんやろなぁ」


 まるで何もかもお見通しだとばかりに男のオリーブの瞳が光る。そして先程から微動もしないイアンに狙いを移すと、その肩にポンと手を置いた。


「追い詰めた積もりが、背中押したんか。まあ、残念やったなぁ」

「殺すぞ」


 ギロリと睨まれたが、ニヤニヤと笑うルイシスはまるで気にしていなさそうだ。


「話が見えないのだが?」


 一人、何が起こっているのか理解が追いついていないランが呟けば、ルイシスが二ヤリとまた笑みを深める。


「アンタも鈍いなぁ」


 昨日、学園を去る前に見せたセリアとイアンの独特の雰囲気。イアンの青の盟約に対する何らかの答えを彼女が出したのはルイシスも感じていた。

 それがどんなものだったのかは流石のルイシスも見ただけでは分からなかったが。


 けれどここで今日、カールの言葉にザウルがらしくない程怒りを表して解った。あの少女が選んだのは、あの銀髪の男だということが。

 まあ、もしかして、と思わせるセリアの行動を見てしまった後だからこそ、その考えが浮かんだのだが。


 そしてまるで関心が無いとばかりに動かないイアンを見れば、恐らく彼の行動が少女の決断を後押ししてしまったのだろうことも予想出来る。イアンとしては、これ以上何かをすれば気持ちを抑えることは難しい故に、祝福もしなければ邪魔も出来ない、といったところか。


「口ではどうせ好きにしろとか言って格好つけたんやろ。違うか?」

「……」

「まあ、青の盟約までしたお前なら、カールが阿呆言ってお嬢ちゃんと上手くいかん間に横から掻っ攫おう考えるくらいするやろな」

「いい加減にその口閉じろ!」


 見透すようにオッドアイが光れば、イアンは不快そうに腕を振ってその存在を遠ざけた。その見るからに険悪な雰囲気に、これ以上この話題でイアンの図星を突くのは止めた方が良さそうだ、とルイシスも素直に離れる。


 自分の言葉に漸く状況を把握したらしい目を見開くランを横目に見ながら、しかし、とルイシスは思い切り頭を掻いた。


「けどな、それならそうともうちょい早く言うて欲しかったな。いや、気付かんかった俺が悪いのかもしれんけど。でも知ってたら、こないに面倒なことにはさせんかったのに」

「……それは、どういう意味ですか?」

「聞いた通りや。さっきまでそこにおったで、お嬢ちゃん」

「なっ!?」


 ルイシスの言葉に思わず全員が振り返るが、当然そこに既に少女の影などある筈が無い。


「ど、どこから、どこまで聞かれていたのですか?」

「さぁ、そこまでは……けど、どこ聞いても最悪なことに変わりないやろ」


 カールの言葉に意識を向けていたし、ザウルの態度にも驚いていたしで、何かがこの温室から離れていく気配を感じただけだ。

 けれど、どう考えてもそれがセリア以外である筈がない。

 

「あああ、やっぱ阿呆やなあの女。なんでこないな面倒を、わざわざ引き起こさなやってられんの?」


 よりによって一番面倒なことにしかならないだろう男を選んだのもそうだし、こんな最悪のタイミングで最悪の状況に出くわしたのもそうだ。

 どうせ器用ではないのだから、もっとすんなりと収まりそうな素直な男にしておけば良いものを。数ある選択肢の中で、よりにもよってあの男を取るか。


「まあええわ。玉砕結構。失恋の一つくらい覚えさせた方がええやろ」

「なっ!?何を言ってるんですか!」

「だって、肝心のカールがあの様子なんやで」

「あれが彼の本心だと言いたいんですか!?」

「そないなこと言ったって俺が知るか。アイツはどうも駄目や。分かり難い。だから面倒にしかならんって言ってるやろ」


  ルイシスとしては、カールはどうも分かり難い部類の男だった。彼が口にする言葉には裏があるのか、はたまた本心からの言葉なのか、どうも見抜けていない。

 セリアに対する気持ちがあるのでは、と思ったことが無かった訳ではない。しかし、先程の台詞通り、全て合理的に考えた故、セリアの才能を利用したいが為、と言われてしまえば、納得は出来ないこともないのだ。


 そんな時、それまで黙っていた筈の男が難しい表情で顔を上げた。


「……あれが本心かどうかに関しては何も言えないが。カールにはまだ語っていないセリアに対する感情がある」

「ラン?」

「それは、私が保証しよう」


 静かにそう言ったランに、ルイシスもザウルも、そしてイアンも僅かに目を見開いた。








 温室を出た足を、そのまま校舎へと向かわせながらカールはまだ残る煩わしさに舌打ちした。その脳裏には、先日見たイアンとセリアの姿がちらついている。


「何を、苛立っている」


 思わずと言ったようにポツリと漏らした言葉に、更に不快感が増したカールは、もう一つ舌打ちすると再び足を乱暴に動かした。



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