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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第四章 輝く貴石〜
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茶会 1

 二人の話し合いがどうなったのか、セリアにはその内容までは解らない。けれど暫く経った後で、一人部屋から出て来たオスカルが、微笑みながら離縁はしないと言った時、セリアは心から安堵した。

 そのオスカルの穏やかな表情は、一日経っても変化しなかった。


「もう学園へ戻るのか。もう少しゆっくりしていくことは?」

「ごめんなさい。でも、出来るだけ早く戻らないと」

「そうか。もうすぐ卒業ではなにかと忙しいだろう」


 そうやってセリアとオスカルが笑いあう場だが、当然というべきかクリスティーナの姿は無い。今は会う気にはなれない、とオスカルの口を通して伝えられたセリアは若干の落胆も覚えたが、同時にもう娘の行動に口出しはしない、と言われた時は、胸の中にいつもあった氷が溶けて行くような感覚を覚えた。


「セリア、本当に感謝している。お前に諭されなければ、私はずっとクリスティーナとすれ違ったまま取り返しのつかない過ちを犯すところだった」

「父様……」


 確信とまではいかないが、きっと父と母はこれから良い方向へ向うのではないか。そう思えて誰よりも喜んだのは、おそらくセリアだろう。


「今なら分かるよ。お前の言う通りだった」


 昔、泣いて謝る少女を見た時、オスカルがするべきは言葉を探して固まることではなく、傍に同じようにしゃがんで抱きしめてやることだったのだ。


「……夫婦というのは、難しいものだな」


 深くそう思うのと同時に、オスカルは最後に残った不安も今ここで言うべきだろう、と口を開いた。


「セリア。クリスティーナとも話がついた今、これまでの様に結婚話や婚約がどうのとはならないと思う。しかしセリア、そろそろお前も年頃だ。何か希望があるなら、今の内に教えておいて欲しい」

「えっ?希望、って…… なに?」


 いきなり飛び出した内容に、セリアは思わず目を見開く。今まで父は自分の気持ちを汲んで、話を纏めようとする母を説得してくれていたのに。


「あ、いや、お前に結婚しろと言ってる訳ではない。今のお前には学園や将来のことの方が大事だということも解っている」


 顔を青冷めさせたセリアに、オスカルが慌てて違うと首を振った。


「セリア。お前が何か意志を持って、生涯結婚はしたくないというなら、私はその意見を尊重する」

「えっ!?そ、そんなこと、出来ないんじゃ?」

「跡取りのことは心配しなくて良い。養子を取ることも出来るからな」

「養子……でも、そんなにすぐに見付かるかどうか」

「当てならあるよ。カレンの子供なら、何の問題もない」

「あ、姉様の!?」

「ああ。カレンとギルベルトの仲なら、きっと二人以上は子供を授かるだろうし。その一人を養子にして跡を継いで貰うことも出来る」


 そう言い切るオスカルに、セリアは唖然と口を開いたまま固まってしまった。急な話の展開に、言葉を返すべきかすら分からなくなる。

 一体これはどういうことだろう、と驚くセリアを、オスカルは少し困った様子で自分の真意がきちんと伝わるように言葉を選んだ。


「けれど、それはお前が結婚をどうしてもしたくないという場合だ。だからお前には、家督やそういった心配はせずに、気持ちの面で考えてほしい。今までは、夢を追いかけるのに精一杯だったから考えられなかったというのは分かる。けれど、考えていないというだけで、決して嫌という訳ではないと私は思うのだが」

「……」


 オスカルの言葉に、セリアはゆっくりと頷いた。その答えにホッと安堵するように短く息を吐くと、オスカルは更に続けた。


「結婚というのは、やはり互いを良く知り合う必要があると、今回つくづく思ったよ。お前には、出来れば同じ失敗はしてほしくない」


 自分は政略結婚として割りきってしまっていた。だから、結婚前にクリスティーナを知る時間すら碌に得なかった。それが、今までクリスティーナを苦しめる結果に繋がっていたのだと、今は身に染みている。


「婚約しても、やはり数年は互いを知り合う為に削くべきだと思う。しかしそうなると、十年や二十年経った頃に結婚を考え始めたとして、すぐに相手が見付かる訳ではない。分かるな?」


 オスカルの真剣な言葉を、セリアは黙って静かに受け止めた。彼の危惧していることは分かるし、そしてその原因が自分にあると理解も出来た。

 彼の言葉通り、考えていないから、とこのままずっと過ごし続ければ、いずれ選択肢は限り無く狭くなってしまうだろう。


「セリア。結婚が幸せの全てだとは言わない。お前が国政に全てを捧げること選ぶなら、それでも良いと思う。けれど、互いを尊敬しあい、支えあえる良き相手と伴侶となることも、幸せの一つだと覚えておいてほしい」

「……」


 父の言葉は正しいのだろう、とセリアは小さく頷いた。その表情が完全に納得したものであることに、オスカルは安堵して漸く最初の質問に戻った。


「それで、例えばだが、将来的に婚約をするならこういう男が良いだとか、こういうのは嫌だとか、そういうのがあれば言って欲しい。お前の希望が分かれば、私も相手を見つけやすいしな」

「……父様。ありがとう、心配してくれて」


 何かを考えるように、懸命にこちらの反応を伺いながら喋るオスカルが、母とは違う意志で結婚を勧めてくるのはセリアにも分かる。そしてその気遣いが、嬉しくもあった。


 しかし、とセリアは首を横に振る。


「でも私は、今は他の誰かと、って考えられなくて」

「……そうか。お前がそういうなら、今はそれで良いんだろう」

「うん。……それじゃあ、私はそろそろ行くね」

「そうか。道中は気をつけて行くように」


 最後にそういうと微笑んだセリアが、少し小走りで部屋を出て行く様子に、オスカルは苦笑を漏らす。そういうところは、やはり昔の子供の頃のままだな。


 と、そこまで考えオスカルはん?と走った違和感に動きを止めた。


「……他の誰か?」


 その言葉は一体、どういう経緯から出たものだろうか。そんな疑問と共に、そういえば、とあの時のセリアの言葉を思い出す。

 同じように落ち込んだ自分を抱きしめてくれた者が居たと、たしかそう言わなかっただろうか。


 いったい、誰が?

 胸を襲うその疑問に、オスカルはぐるぐると回る思考に暫く固まって動けないでいた。








 学園へ戻る汽車の中、セリアは来る時とは違う、なんともドキドキと落ち着かない気持ちをどうしようかと悩んでいた。


 その原因は間違いなく先程の父との会話だ。


 結婚というものを考えた方が良いのだということはセリアも父に説得されて納得する部分もあった。けれど、そうなると自然とまたあの男のことが思い浮かぶ。


 自分は、カールと結婚したいのだろうか?

 そんな風に考え、途端に込み上げた羞恥にセリアはうぅ、と唸った。頬が熱くなり胸の中心が締めつけられたように苦しくなる。


 あまりの羞恥に耐え切れなくなり、もやもやとする感情をどう対処すれば良いのか分からず、セリアは思わず周りに人が居ないのを良いことにガツンと窓に額をぶつけていた。


 汽車の頑丈な窓はその程度ではビクともしなかったが、打撃を受けたセリアの額にはビリリと痛みが走る。


「いっつつ」


 自分でやっておきながら情けないが、思ったよりも痛かった。それでも湧き上がる訳の分からない羞恥心は消えない。

 そしてまたやはり何かに頭をぶつけたい様な衝動に駆られる。けれど、最初の一撃が未だ効いていて、頭と何かを衝突させるのは避けたいセリアは、今度は座席の背凭れを掌で叩いていた。


 セリアにしては珍しく、というか始めてかもしれない、年頃の娘らしく顔を赤らめ。けれど同時に、唸ったり、背凭れを叩いたり、時折また窓に額をぶつけたりと、奇怪な行動も繰り返しながら、己の気持ちを向ける方向が分からないでいた。


 父に話した通り、今の自分がカール以外と婚約をするだとか恋仲になるだとかは、セリアにも考えられなかった。

 けれど、ではカールとならそれが考えられるのか、と思うと今度は身悶えるほどの羞恥に襲われる。それでも、カールの傍で包まれるようなあの心地良さをまた味わうことの出来る未来を、期待してしまう自分にもセリアは気付いていた。


 そう考えると、自分がやはりカールに惹かれているのだと自覚もさせられて、その度にドクドクと心臓が早鐘を打つ。

 もしこれが誰かを恋慕うということなら、なんと心臓に悪いことか。こんなに心臓に負担を強いるのであれば、カレンが話して聞かせてくるギルの書く恋愛小説の乙女達がよく体調を崩したり、薄命だったりするのも頷けるというものだ。


 なるほど、漸く自分も世の中の恋物語の真理の一部が分かったぞ。


 などと新たな発見にうんうん、と頷くセリアの視界にフロース学園の門が入った。考え事をしながら移動していたら、いつの間にか到着していたようだ。


 そして、この後はどうするべきか、という疑問にぶち当たる。


 この時刻なら、丁度授業が終わった頃だろうか。ならば、一度荷物を置いて温室へ顔を出し、候補生達に戻ったことを伝えるのが良いかもしれない。


 けれどそうするとカールとも顔を付き合わせることになる訳だ。


「……どうしよう」


 それを思うと胸が弾むような期待と、逃げたくなるような羞恥、両方が顔を出してくる。そして同時に、この気持ちをどうにかしたいという思いも。


 先程から煩く高鳴り沈まってくれない心臓は、何処かで彼にこの気持ちを伝えることを期待している。けれどそれを思うと、自らその辺に穴を掘って入りたくなる様な衝動が込み上げてきた。もしくは、頭を何処かにぶつけたい。


 カールへの想いを自覚してからというもの、自分でもどうしてそうなる?と突っ込みたくなるような訳の分からない衝動が次々と溢れ、セリア自身少し追いつけていない。


 気持ちを伝えるとは一体どういうことだ。カールと結婚したいのかもしれない、と本人に言えというのか。無理に決まっている。何を恋人でも無いのに破廉恥な。なら恋人になりたいと伝えるのか。いやいや、そんな小っ恥ずかしい台詞、口にするだけで羞恥に顔が燃えそうだ。



 そんな風に自分の気持ちの行き場を見出せないまま寮の自室で荷を下ろしていると、ふいに部屋の扉を叩かれた。


「戻ってるんでしょう。少し良い?」

「アンナ?」


 扉の向こうから聞こえた声に首を傾げながら、何か用だろうかと立ち上がる。そして来訪者を迎えるべく扉を開けると、声の主とは別の人物が飛び込んできた。


「セリア様!!」

「え、あれ?エリスさん!?」


 廊下から顔を出したのはエリスで、思わぬ来客にセリアは驚いた。以前一度手助けをするような形になってから、懐かれたのか何かと話しかけたりはしてきたが、こうして部屋に押しかけてきたのは始めてだ。


「よかったぁ、セリア様。お会いできました」

「だから言ったでしょう。今日中には戻ってくるって」

「はい。アンナ様。ありがとうございます」


 何事だ、と目を白黒させるセリアが説明を乞う意味でアンナに視線を向ければ、廊下で何処か呆れたように溜息を吐いていた。


「貴方を探して昨日から学園中を走り回ってたのよ。そのコ」

「え、ええ!?私を?」


 驚くセリアが更に聞けば、どうやら用事があって自分を探していたようだが、セリアは昨日から実家へ戻っていたのだ。学園内で見付かる筈がない。とはいえ、そんなことエリスが知るすべもない。

 結果、長い時間学園内をウロウロしていたという。


「あの、候補生達には聞かなかったんですか?」

「それが、あの、私なんかが、また候補生様の御側に行くなんて、畏れ多くて。あの温室も、普通の生徒は近付き難いですし」

「えっと…… そんなに遠慮されなくても良いと思うのですが」


 とはいえ、以前はルイシスに招き入れてもらった温室だが、エリスにしてみれば自分から尋ねていくのはかなりの勇気を要する行為だ。しかもあの時はまだこの学園に入ったばかりだったから知らなかった、一般生徒がマリオス候補生に近付くということがこの学園内でどう見られるのか。それを知ってしまった後では、気軽に温室へ足を向ける気にもなれない。

 それに、遠くから覗き見た時、中にセリアの姿は無かったのだから、きっと校内か寮にいるのだろう、と考えその場で踵を返した。


 結果、校内を彷徨うことになったのである。


「そんな時、アンナ様がお優しく声を掛けて下さって。昨日はお戻りにならないと」

「この部屋の前を何度も、何度も往復していたからね」

「今日もお部屋に招いていただいて、セリア様がお戻りになるのを一緒に待っていてくださったんです」

「貴方が部屋の前でずっとウロウロしてたからでしょう」


 アンナの表情から、その行動がどうやら相当不本意だった様子が見てとれる。多少の申し訳無さを覚えると同時に、セリアはエリスにそれで、と先を促した。


「それで、ご用事というのは?」

「はい。本当はセリア様にお聞きするのもどうかと思うのですが、他の方々もどうしてもというので。どうか、ご協力いただけないかと」


 伺うように上目で瞳を揺らすエリスに、セリアは何だろう、と首を傾げた。


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