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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第四章 輝く貴石〜
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誓約 1

 カレンの言葉が重く伸し掛かり、フラフラと覚束ない足取りでセリアは学園へ戻って来た。その間も、グルグルと同じ考えが頭の中で廻り続ける。

 自分の幸せと彼女は言ったが、そんなこと考えたことがなかった。ずっとイアンの望みを、と思っただけで。

 しかし、だからといって急な言葉を肯定し受け入れる覚悟も決まらず、かといって頭から否定して突っぱねることも出来ない。


 そしてカレンが持って来た伝言も、同じようにセリアの焦りを煽る。

 あの母が、イアンの求婚にすぐに返事をしろと言ってきたのだ。いや、今更か。本来なら今まで何も言われなかったことの方が不思議なのだから。

 いよいよ決断しなければならない。もう迷っている時間などないのだ。


 それは判っているのに、どうしても最後の一歩で躊躇ってしまう。たった一言で全てが丸く収まるというのに。


 しかし、それ以上は考えたくなかった。カレンの言葉も、胸に刺さる躊躇いも、イアンに対する罪悪感も、全て忘れてただ一つ頷けばいいだけだ。もう猶予は無い。


 考えるな、考えるな。と繰り返し自身に言いきかせる内に、セリアは漸く温室へ辿り着いた。時刻は既に夕食時で日も沈み始めている。もう誰も残っていない可能性の方が高いが、一応覗いてみた。


「セリア殿?」

「ザウル。よかった、まだ残ってたんだ」

「はい、忘れ物をしてしまって。セリア殿はどうされたのですか?お姿が見えなかったので、寮に戻られたと思っていたのですが」

「あ、うん。ちょっとね」


 イアンもそうだが、あの男の姿も見えないことに、セリアは無意識の内に安堵してしまう。その胸に走った感情が一体何を意味するのか。そのことは考えずにセリアは、先程下した決断を実行せねばと口を開く。


「あのねザウル。お願いがあるんだけど」

「はい。なんでしょう」

「イアンにね、話があるから。食事の後でいいから林の方まで来てって伝えてもらいたいんだけど」

 そう言いながら目を泳がせるセリアの表情に、ザウルは内心でああと苦い思いを噛み潰した。

「イアンに、ですか?セリア殿の夕食は?」

「あの、今外でお茶してきたばかりで。それに、あんまり食欲がないから……」


 目を泳がせるセリアの様子にザウルは、何か言うべきか、と一瞬口を開きかける。が、その思いに静かに蓋をすると、しっかりと頷いた。


「分りました。イアンには伝えておきます。林の奥でよろしいですね」

「う、うん。ありがとう」


 ザウルの言葉に小さく頷くと、セリアは安堵とともに逃げるようにそのまま背を向ける。


 そして小動物の様な速さでその姿が見えなくなった頃、ザウルは短く息を吐き出した。


「だ、そうです。イアン」

「……ああ、らしいな」


 小さく紡がれた声に、イアンは温室の入り口から顔を出した。

 遅くなったザウルの様子を見る積もりで来てみれば、温室へコソコソと隠れるように入っていくセリアを見つけた。普段にも増しておどおどした様子に、どうかしたのかと気になって温室へ入ろうとした時に聞こえた会話。そのままセリアが立ち去るまで入り口の外で身を隠したのは仕方ないと言えるだろう。


「セリア殿は、どうされるお積もりなのでしょうか」

「さぁな。だが、アイツは今カールに惚れてるからな」

「はっ!?」


 思わぬ言葉にザウルは一瞬理解が遅れる。けれど咄嗟に振り返って見たイアンの表情は、自嘲するようなものではあっても冗談を言っている風ではなかった。


「それは、事実なのですか?」

「分からねぇ。ただの勘だ。だが、まあ勘ってのは悪いものほど当たるモンだろ」

「……そう、ですか」


 胸が冷えていく様な感覚に、ザウルは喉元から込み上げる溜息をなんとか飲み込んだ。

 けれど同時に、そうなのか、とその事実を受け入れねばとも思う。もしセリアが本当にカールを望んでいるのなら、湧き上がる苦い想いよりも、それを叶えてやりたいという想いの方が強かった。


 自分が選ばれなかったことに落胆も、嫉妬も悲しみも当然ある。望んだあの少女を、自分は手に出来ないのか、と。

 しかし、それは己一人の感情だ。そして自分の中でそれは優先順位が低い。それよりも強い望みが、今はあるから。


「あの方の望みこそが、自分の望みです。あの方に与えられた安らぎと温もりに、少しでも報いる術があるのなら」


 それでいい。それこそがいい。

 己の手に出来ずとも、その笑みを傍で感じることさえ出来るのなら。


「しかし、貴方はそれで良いのですか?」


 イアンの強すぎる程の想いが、この事実を受け入れられるのか。伺うようにザウルは思わずその疑問を口にする。

 その一言に、イアンはフッと表情を崩した。


「良いも悪いもあるのか?」

「…………」


 まるで何もかも悟った様な。そんな重い一言に、ザウルは無言しか返せなかった。







 足を向けた林にセリアが着いた時には、陽はとうに沈んだ後だった。月が顔を覗かせる中、セリアは沈みそうになる気持ちを必死に奮い立たせ何度も決意を新たに決める。そうしなければ、今にも脚が逃げ出してしまいそうだったから。


「はぁ……」


 吐き出された溜息と共に下げた視線の先にあるのは、一度寮に戻って取ってきた青い羽。大きな宝石の付いたそれは、手の中で少しの重みを感じさせるが、今はそれ以上の重量があるように感じる。


「セリア」

「ヒグッ!?」


 すぐ背後で響いた声に、セリアは慌てて振り返った。


「イ、イアン!?」

「どうしたんだ?お前が話があるってザウルに伝言頼んだんだろ」

「そうだけど、そのもっと遅いかと思って」


 むしろ速すぎる。もっと後になるだろうと油断していた。と、セリアは改めてイアンを前にした途端くじけそうになる決意に、もっと心の準備をする時間が欲しかったという焦りを必死に押し殺す。

 もう既に充分待たせたではないか。


「それで、話ってなんだ?」

「あ、うん。あのね、イアン。私、その……」


 ああ、だめだ。とセリアは震える喉を叱咤するが、どうしても言葉が詰まってしまう。けれどそんなこと構うものか、と懸命に引き攣る頬を上げて笑みを作った。


 何も考えるな。ただ決めた言葉を紡げばいいだけだ。


「青の盟約のことで。私、イアンとの結婚を受けようと……」

「セリア」


 最後まで言い切る前に、上から被せるように名を呼ばれ、セリアは思わず言葉を切ってしまった。ああ、もう少しだったのに、という思いのまま視線を上げ、そこで見たイアンの姿にヒヤリと背筋を冷たい汗が伝う。

 まるで、表情が無い。静かで無感動なイアンの紅い瞳。


「俺は言ったよな。返事は何時でもいいが、その時はお前の正直な気持ちを聞かせてくれって」

「しょ、正直な気持ちだよ。時間は掛かっちゃったけど。でも、私はそう決めたから」

「……なら、お前は俺を好きだってことでいいのか?」


 ギクリと肩が跳ねた。そしてああ、と込み上げる罪悪感を、奥歯を噛んで叩き出す。そんなものは今は必要無い。イアンの求婚を受けると決めた時に覚悟したのだ。嘘だろうが何だろうが、貫かなければと。


 震える拳を握り締め、セリアは小さく頷いた。けれどそれ以上イアンの顔を見ていられず、俯いた顔を上げられない。


「セリア」


 途端に耳に届いた静かな声。声量は無くとも、何故か有無を言わせぬほどに強いその声に、静かにセリアは顔を上げる。そこで見たのは、一歩、こちらへ踏みだしたイアン。


「あっ、」


 思わず一歩下がった。けれどそれに構わずにイアンは更に距離を詰めてくる。歩幅の違いは歴然で、一歩下がった筈なのにその姿は近付いていた。

 怖い。

 考えの読めない冷めた表情のイアンに、背筋に走ったのは間違いなく恐怖で。セリアは咄嗟にまた数歩下がるが、トンと背中に当たった何かにそれ以上を阻まれる。ハッと気付いた時には木の一本に退路を断たれていた。


 これ以上逃げられない、と血の気が引く間にも草を踏みしめる音がすぐ傍であがり。背後の木を確認した視線を前へ戻した途端。


 ダンッ!と顔の真横をイアンの腕に突かれていた。


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