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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第四章 輝く貴石〜
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契機 2

 王宮での事件が終わり、訪れた平和な日々にセリアもホッとしていいるかと思いきや、ここ数日続く不調に内心焦りを感じていた。


 その不調の原因ともいえる男は、先程授業が終わると同時にさっさと教室を後にしてしまった。揺れる銀髪を思い出しセリアはまたもやモヤモヤと訳の解らない感情に苛まれる。

 こうやって最近、気付けば何時もカールの事を考えてしまうのだ。


 一体、自分はどうしてしまったのだろう。と考えて見ても答えは出ない。けれどその所為で、他に向けるべき意識まで疎かになっては拙いだろう。

 やはり、自分は気が抜けてしまっているのだろうか。


 そんな風に一人で悶々としているセリアに、後ろから声を掛ける者が居た。


「大丈夫か、セリア」

「……イアン?」


 振り返れば何時の間にか後ろに居たイアンが、苦笑を漏らしながら頭を撫でてくる。


「なあ。これからちょっとシャルルを走らせてやろうと思っててな。少し付き合ってくれよ」

「遠乗り?うん、いいよ。皆はもう誘ったの?」

「いや。俺と二人で」


 二人、という部分が妙に強調され、セリアはハッと顔を上げる。視線の先では、表情は苦笑したままなものの、その瞳は決して冗談や軽い調子で語る時の色ではなかった。


 どうして、と一瞬疑問が過るが、イアンの後ろで静かにこちらを見詰めてくるザウルが見えてしまい、セリアは断るべきではない、と感じる。


 それに元々、断るようなことでもない。


「うん。あ、でも鞄だけ置いて来てもいい?」

「ああ」


 短く紡がれた返事に、セリアはもう一度うん、と頷いて席を立った。







 颯爽と駆け抜ける馬を操るイアンをすぐ近くに感じながら、セリアは捕まる場所が未だ決められずに妙な体制のまま安定感の無さにどうしようか、と頭を悩ませていた。


 後ろからイアンが腰をしっかり支えてくれるので落ちる心配は無いのだが、やはり自分でも何かに捕まりたい。けれど何処に手を伸ばしていいか解らず、やはりイアンの腕に頼ることになる。


 どうせなら自分もヴァーゴで付いて行くと言ったのだが、何故か断固として聞き入れてはもらえなかった。

 何故!?と慌てる自分を抱え上げ、そのままシャルルが走り出してしまったから、文句を言った所で遅いのだが。


 とはいえ、流石馬術は候補生の中でも一番のイアンだ。

 後を追う蹄の音を聞きながら、セリアは折角なので遠慮なく過ぎ去って行く景色をほんの少し楽しむことにした。手綱をイアンに任せても良い分、多少意識を逸らしてもなんら問題はない。


 首を伸ばしてチラリと後ろを見遣れば、既に学園は見えない程遠くなっていた。学園都市からも離れて、シャルルの駈けた草原が伸びる。

 景色へと意識を移すと同時に、顔を叩く風をより一層感じ、爽快感に頬が緩む。


「気持ちいい」

「ハハ、ならよかった」


 イアンが言うと同時に手綱を軽く引き、シャルルが歩調を緩める。先ほどの様な爽快感は無いが、今度はカポカポとのどかに歩く調子に、また心が落ち着く。


「……最近、調子悪そうだな」

「えっ?」


 唐突に言われた台詞にセリアはサッと顔を青ざめた。イアンの言葉に心当たりがありすぎる為、そんなに解りやすかっただろうか、と頬に手を当てる。

 最近癖になりつつある表情の締まりを確認しながら、もしや気を使わせてしまったのか、とセリアは不安気にイアンを窺った。


「そ、そうかな?」

「まあ色々あったからな。少しくらい気を抜いても罰は当らないだろ。疲れが溜まってたんじゃないか?」

「んん、そうかも。でもそこまで気を抜いてる自覚はあまりないんだけど」


 むしろ、別のことを意識しまくっていてある意味気の抜けない状態なのだが。

 とはいえ、どうやら気を使わせてしまったらしい。多少の申し訳なさが込み上げてくる。


「でも心配しないで。そんなに大したことじゃないの」

「本当か?また一人で悩んでるんじゃねぇだろうな」

「本当だってば」

「そうか」


 そこまで言うと、ふいにイアンがシャルルを止めたので、セリアはどうかしたのかと首を傾げた。


「なら、俺との結婚も、考えてくれるか?」

「えっ?………あ」


 思わずイアンを振り返れば、ジッと見詰めてくる視線とぶつかりセリアは言葉に詰まった。

 そこでセリアは漸く思い出す。彼が誓った青の盟約を。


 いや、忘れていた訳ではないが、それを気にしている暇が無いほど色々なことがあった為に、ずっとあやふやになっていた。

 しかし、そうだ。自分は彼と結婚することを考えなければならなかった。


 セリアは改めて自覚するが自分の胸の内へ意識を向けた時、未だ彼との結婚に実感を持てないでいた。

 何故だろうか。彼を好きにならねばならないのに、そのことが以前よりも胸の重みとなってつかえる。


 そこまで考えると、ふと一瞬あの銀髪が思考を過り、セリアは慌ててそれを追い出した。こんな時にまで何を考えているのだ自分は。カールは今は関係無いではないか。

 と、目を泳がせながらグルグルと定まらない思考を繰り返すセリアを、イアンはジッと見下ろしていた。



 例の事件が終わり、普段の生活に戻りつつある日常。それを実感すると、抑えなければと仕舞い込んでいた気持ちが暴れ出した。もう抑制する必要はないだろう。手遅れになる前に、少しでもその心を自分に向けてくれるように、と。


 最近続くセリアの心ここに在らずな状態が、一体何から来るのか。恐らく気の弛みから来ているのだろう、という自分や他の友人達の予想が外れていないことをただ祈るばかり。


 しかしそう思う度に何故か思い浮かぶ、燃える邸でほんの一瞬見たカールに抱きつくセリアの姿。それを確定するかの様に、ここ数日セリアの一瞬の視線の先に居る彼。

 まさかな、と思いながらもその可能性が浮かんだと同時に胸の奥から競り上がって来た焦り。


 愚かで惨めな程の焦燥を自覚すると、もう居ても立ってもいられなかったのだ。

 もしや、その視線の先には本当にあの男が映っているのか。その心が抱く感情は自分の最も欲するものなのか。


「セリア。俺が好きか?」

「す、好き、だよ」


 上から押さえ付ける様に投げかけられた疑問に、セリアは咄嗟にそう返しながらその赤い瞳を懸命に見返した。

 そうだ、自分は彼を嫌ってなどいないではないか。大切な友人の彼を、好きでない筈がない。


「……それは、俺と同じ気持ちか?」

「っ!?」


 ビクリと怯むとセリアは言葉に詰まった。同時に込み上げた罪悪感に、それまでは反らさずにいれた視線が思わず下がってしまう。


「セリア」

「…………ご、ごめんなさ……」


 けれど顎をやさしく掴まれ、ゆっくりと顔の向きを変えられた。決して強い力ではないのに、抵抗がまるで出来ない。しかも馬上の為に逃げ場も無いのだ。どうしたって再びイアンと見詰め合うことを余儀なくされ、セリアはおずおずと視線を戻す。


「セリア」


 また名前を呼ばれた。その度に胸に込み上げる罪悪感が増していき、セリアはどうすればいいのか解らなくなる。


 同じ気持ちか?ルネにも聞かれたその言葉。

 それだけは、どんなに誤摩化しても「違う」としか言えない。彼等の望む感情を、自分は向けていない。


「ごめん。ごめんなさい」

「…………」

「でもちゃんと。ちゃんと返事はするから。今はだめだけど、すぐに。だから…… だからね」

「セリア」


 やんわりと言葉を切ったイアンに疑問を覚えれば、ふと近付く気配。

 えっ、と驚くと同時にコツンと額を合わされた。


「怖がらせたな。悪かった…… まあ、そう気負うな。俺は幾らでも待つから」

「あ、ありがとう」


 その言葉に一気に安堵が込み上げ、詰まっていた息を吐き出す。よかった。イアンがこの場で返事をしろと言っていたら、自分はどうすれば良かったのか。

 そう思うセリアに、けれど、とイアンは言葉を続けた。


「でもなセリア。一つだけ約束してくれ」

「……イアン?」

「返事は気が向いたらでいい。何時だっていい。その時は、お前の正直な気持ちを聞かせてくれ」

「………………うん」


 そう言うイアンに、セリアは小さく頷くしか出来なかった。


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