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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第四章 輝く貴石〜
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契機 1

 フロース学園では生徒達が、マクシミリアン校長が戻ったと若干の慌ただしさを見せていた。それまでは内密だったが、事故に合われて長い間療養していた、とも説明されている。

 彼がキースレイ達の計画を阻止するべく奔走していたという事実を知るのはセリア達だけだが。


 それだけでなく、生徒達はだんだんと迫りつつある卒業の時期についても噂の話題にあげていた。

 ユフェト校長が去り、マクシミリアンが戻って来た今、やはり従来通り派手な卒業式になるのだろうか。それならば自分達も盛大に趣向を凝らさなければ。


 話題には事欠かず、生徒達は浮かれた雰囲気を醸し出している。


 が、授業の終わった候補生達は、むしろ平和でゆったりとした時間に浸っていた。


「………ああ、終わったんだねぇ」


 それが授業の事なのか、それとも王宮を巻き込んだ大事件のことなのか。椅子に腰掛けながらぼんやりと虚空を見上げるセリアの姿に、思わずザウルとイアンも笑いを漏らす。


「随分気の抜けた顔するやないか。まあ、気持ちは解らんでもないがな」


 同じように笑ったルイシスの言葉に、セリアもそんなに気が抜けた顔をしていただろうか、と慌てて顔を引き締める。が、やはり騒動が片付いた後ということで、脱力感が抜けきらない。


「なら、さっさと行こうぜ。お前もゆっくりしたいだろ」

「あ、うん。でも先に行ってて。さっきの資料返却しないといけなくて」

「ああそうだったな。なんなら一緒に行くか?」

「大丈夫だよ。私もすぐ行くから」


 同行しようかという誘いを断り、候補生達と別れたセリアは廊下へと出た。そのまま図書室を目指しながら、腕の中にある資料をパラリと捲る。


 歩きながらというのは少々行儀が悪いかもしれないが、返却前にもう一度軽く確認したい。


 先ほど授業中にカールとランと衝突した意見を思い返し、うんうんと唸りながら足を進める。そこでついあの冷たい眼差しを思い出した。


 まるでこちらを小馬鹿にするかの様に細められた目で主張する彼の言い分を反芻しながら、それに対抗出来る案を懸命に思い描いていく。


「カールの意見も解るけど、今度こそ言い負かして……」

「私がどうした?」

「ひぐわッ!?」


 意味の解らない悲鳴を漏らすと同時にセリアは飛び上がって振り返った。

 い、いったい何事だ。と思うもそこには予想通り、何処までも冷たい眼差しの魔人。


 聞かれていた!という思いと、何故ここに?という思いとが重なって、セリアも身体が硬直する。しかも今の独り言を聞かれていたとするなら最悪だ。何か弁解せねば命が危うい、とは思うものの、あー、とか、うー、とか。意味の成さないうめき声が漏れるだけ。


 一体何を言われるのだろう。と死刑宣告を待つ囚人の様な顔色でビクビクとしているセリアを一瞥すると、カールは短く鼻を鳴らした。


「廊下を歩くか資料を読むか、どちらかにしろ」

「えっと……うん」

「お前の様な間の抜けた人間に、ぼやぼやと歩かれていては道の邪魔だ」

「なんですって!?」


 言われた言葉に途端にムッとセリアは反応する。

 けれど、当の魔人様はそこまで不機嫌な訳ではないのか。雰囲気はそこまで険悪では無い。

 もしや先程の一言は聞こえていなかったのだろうか。とセリアは無意識に安堵した。が、カールがすれ違い様に放った言葉にまたビクリと肩を揺らす。


「私を言い負かそうなどと、余程立派な意見があるのだろうな」

「うっ!?聞いてたの……」

「フン。お前などに可能とは思わんが、それよりも先ずはその締まりの無い顔をどうにかしたらどうだ」

「な、どういう意味よ!」


 そのまま歩き去るカールの背中に問うが、当然のごとく答えは返らない。


 廊下の反対側へと消えていく背を見送りながら、セリアは訳の解らないモヤモヤに気付いた。

 そ、そんなにだらしのない顔をしていただろうか。と急に不安になり自分の頬に触れてみる。


 カールの暴言は何時もの事だが、そうではなく本当に情けない顔をしていたのかもしれない。王宮での事件が片付いて、気が抜けてしまっていたのは事実だ。もしそうだとしたら、そんな間抜けな顔をカールの前に晒してしまった訳で。


 どうしよう、とセリアは羞恥から顔に熱を溜めた。頬を押さえる自分の手が冷たく感じる程に。


 うんうん、と意味の成さない唸り声を上げながら頬を押さえてえいると、再び背後から迫った影に肩を叩かれセリアは飛び上がった。


「セリアちゃん」

「ひぎゃああ!」


 響いた悲鳴に声を掛けた方も驚いて目を見開く。


「セ、セリアちゃん!?」

「あ、あ…… クルーセル先生?」

「ごめんね。驚かせる積もりは無かったんだけど」

「い、いえいえ。すみません。私の方がちょっとぼんやりしてたので」


 この少女は自分が声を掛ける度に面白い程驚くな。などと思いながら、クルーセルはそれ以上突っ込むことをせずに要件である紙の束を見せた。


「それで悪いんだけどね。この後皆に会うんでしょう」

「ええっと、カール達ですか?はい。会いますけど」

「よかった。それでね、これを皆に渡しておいて欲しいのよ」


 そう言って渡された資料にセリアはああ、と納得する。六つの束に分かれているのは、自分の分も含めて全員分なのだろう。

 よくみれば、それぞれの名前も記載されている。


「皆のレポートテーマの指摘部分と参考資料のメモなんかも入ってるから、今日中に渡したいんだけど。でも私これから校長室に行かなきゃいけなくてね」


 それは、行かなければならないのか、単に行きたいだけなのか。気にはなるが、聞かない方が賢明だとセリアは苦笑しながらそれを受け取った。


「じゃあお願いね」


 ヒラリと手を振りながら立ち去るクルーセルを見送ると、セリアも今度こそその場を後にした。





 当初の目的の図書室を後にすると、セリアは温室を目指しながら手の中に預かったクルーセルの資料に視線を落とす。


 別にこれを候補生達に渡すのは造作も無いことだ。しかし、今のセリアにはそれすら難しく思えてくる。その悩みの原因は、束の一つに記されたカールの名前。


 つい先程気まずい思いをした所為か、彼の反応が気になってしまって仕方がない。

 温室に入って最初に渡すのでは、少し気負い過ぎに見えるっだろうか。ならば最後にするべきか。でもそれだと後回しにしたように思われるかもしれない。

 なら誰かの間に渡すべきか。ああ、そうすると誰と誰の間かが決められないではないか。


 そんな傍から見ればこれ以上は無いほど下らない内容に頭を抱えながら歩いていたセリアは、気付けば温室へ着いてしまった。だが、まだどう渡すべきか決めていない。


 グルグルと終わりの見えない思考を続けながら中へ入れば、来たか、と候補生達に迎えられる。


「セリア、随分遅かったが。何かあったのか」

「あ、うん。ちょっとクルーセル先生に頼まれちゃって」


 悩んでいる間に歩調がどんどんと遅くなったことは、セリアも黙っておいた。

 そこでさり気無く視線を巡らせれば、問題のカールが椅子に腰掛けながら本を開いている。その意識は完全に本に向いているようで、こちらをチラリとも見ないその様子に、セリアはホッと安堵した。


 そんな風に一人で悩んだりホッとしたりを繰り返していた所為か、背後から近づいた手に気付かなかったのは。


「お、それだな。こっちが俺ので、これがカールか?」

「わぁっ、まだ待って!!」


 まだどう渡すかを決めていないのに。と驚きと焦りでセリアは飛び上がった。すると当然、手に持っていた資料も同じ様に跳ね上がる訳で。


「あ、あああああ!」


 バサバサと無情な音を立てて資料が舞い踊る。それを絶望の目で追うセリアは、咄嗟に手を伸ばして更に躓いた。


「ヘグッ!?」

「セリア!」


 紙の山の中に頭から突っ込んだセリアは、打った額を抑えながら必死に手を伸ばす。


「わあ、ごめんなさい!ま、混ざっちゃってる……… えっと、これがランで。こっちは穀物類の輸出と輸入の統計と。財産権に関する判例を纏めたのはルイシスのだっけ?ぎゃあ、南山地方の地形資料までバラバラに……」


 これは一度崩れると正しい順番に並べ直すのに苦労するのだ。と焦りながら落ちた資料を掻き集めていると、ふいに腰回りを強い力で引っ張られる。

 あっ、と思った時にはフワリとした浮遊間に運ばれ、ぐちゃぐちゃの資料から一歩離れた場所に立たされていた。


「セリア殿、まずは落ち着いて下さい」

「あ、ザウル……」


 どうやら、ザウルに引き寄せられたようだ。目の前の穏やかな空気を纏う琥珀色の瞳に、セリアは一度深く息を吸い込む。


「お怪我などは?」

「へ、平気。それよりごめんなさい。皆の資料が……」

「そんなことはどうかお気になさらずに」


 穏やかな笑みに慰められるセリアだが、その肩を横から堪えきれんとばかりに軽く叩かれた。


「ブッ、ククク。お嬢ちゃん、また派手にやったな」

「ルイシス。失礼ですよ」

「そんなこと言うたかて。アハハハ、ホンマにお嬢ちゃん見てると退屈せんわ」

「ルイシス!」


 咎めるザウルなどお構いなしに、腹を抱えて笑うルイシス。


 それはもう仕方無いとしか言いようが無いので、黙って散らばった紙を集める。同じ様に候補生達にも、勿論笑い続けるルイシスにも手伝われながらバラバラになった資料を必死に直した。


 あれは何処だそれは此処だ、となんとか整理を終え漸くセリアが顔を上げられた頃、またしても目の前に迫った影。

 ギクリとしながら恐る恐る見上げれば、何処までも冷たく、そして皮肉な笑みでこちらを睨むカール。


「だから締まりが無いと言ったのだ」


 そら見たことかと言わんばかりの態度に、セリアもムッと口元を引き結ぶ。確かに、少し抜けていたかもしれないが、此処まで言われて黙ってなどいられるか。


「な、なによ!別に、ずっとぼぅっとなんてしてないもの。それに、さっきの草案に対する反対意見だって纏めてきてるんだから」


 そう言って臨戦体制のセリアが睨みつければ、ほぉとカールが口端を釣り上げる。そうなると当然、ランも黙っていないわけで。

 先程の訳の解らない悩みなど何処へやら、何時もの議論へと突入していた。



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