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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第四章 輝く貴石〜
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天資 2

 王弟ヴィタリーが流刑地へ送られる日取りはすぐに決まった。むしろ、一刻も早く目に入らぬ場所へ去れ、と言わんばかりの手際の良さだ。

 まだあの事件から半月が過ぎただけというのに、ヴィタリーを護送する馬車がその目の前に用意されているのだから。


 それまで住んでいた王都の邸宅から、国王暗殺の首謀として僻地へ送られるその身に、ヴィタリーは思わず自嘲めいた笑いが漏れた。

 敵ながら、見事に身代わりとして利用してくれたものだ。ここまで来れば、今はもう敗けを認めるしかないだろう。


 ならばさっさと送られてやるか、とヴィタリーが片足を馬車へと乗せたその時、背後から聞こえる筈の無い少女の声が耳に入った。他の者ならば無視しただろうが、あの少女が一体何をしにここへ、という思いからゆっくりと振り返る。


「ヴィタリー殿下」

「………貴様か」


 まさかこんな所までのこのこやって来るとは。驚きも呆れも通り越して、逆に感心すら覚えそうだ。



 なんの積もりだ、と睨んで来る視線に怯みながら、セリアは護送の兵士にマリオスからも許可は得ている旨を伝えると、話は通っているのかすんなりと道を譲られた。

 学園都市から態々ここまで走らせて、少し興奮気味のヴァーゴの鼻を撫でて落ち着かせながら、改めてヴィタリーの前に向き直る。


「あの、今日出立されると聞いて、最後にお目にかかろうと……」

「フン。追いやられる私を見て笑いに来たという訳か」


 鼻で笑うヴィタリーにセリアは返答に困って眉を寄せた。そんな積もりではなかったが、彼にしてみればそう見えるのかもしれない。

 けれどこれが最後の機会だ、とセリアは思っていた疑問を口にすることにした。


「あの、もしかしてヴィタリー殿下はずっとご存知だったのではないですか?その、キースレイ様達の真意を」

「…………」

 何を、と語らずとも一瞬ピクリと反応したヴィタリーの眉に、セリアは自分の推測が正しかったのだと確信する。

「知っていて、それでもその計画に加担した」

「………」


 無言は肯定と取るべきだろう。それを確認して、セリアはもう一度深く息を吸い込んで自身を落ち着かせてから、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「そうまでして、一時の権勢と解っていて。それでも……」

「いいか小娘」


 セリアの言葉を遮ったヴィタリーは、心底呆れたと言わんばかりに嘲笑う冷たい一瞥をくれると、またフンと鼻を鳴らした。


「例え一時だろうと、一瞬だろうと、その手に掴んだ力の味は、どんな極上の美酒にも勝る。欲を満たす富が、権が、この身に沁み込むその快感。貴様に想像が出来るか?」

「…………失うものだって、多かった筈です」

「フン。やはり貴様には、まだ解らぬようだな。これ以上を語るのは無駄というものだ」


 そのまま羽織っていたマントを翻して馬車へ向かうヴィタリーに、セリアは慌てて一歩踏み出した。


「待って下さい。あの、殿下……これを」


 再び呼び止める声に振り返ったヴィタリーに、セリアは手の中のそれを懸命に差し出す。


「………小娘」

「あ、あの…… 今はこれだけですが、陛下にお願いして中庭の薔薇の株を譲り受けました。根に負担を掛けないために少し先になりますが、いずれ殿下の元へ届けて下さるように。その、殿下の大切なものだと思ったので。余計なことだったら、申し訳ありませんでした」


 だんだんと言葉尻が萎んで行くセリアが差し出したのは何の変哲も無い、たった一本の薔薇。けれど、それがどの薔薇なのか、言わずともヴィタリーには解ったようだ。


「権力や富の為に何もかもを犠牲にする人を、私は貴方から学びました。そうならざるを得ない人が居るということも。でも、私は忠義を、薔薇を目指して歩いて行きたいです」


 小さな花を、まるで信じられないものを見るような目で少しの間眺めていたヴィタリーだが。やがて肩を揺らしながら喉の奥で笑い出した。


「ククク、何処までも甘いな。それに愚かだ。最早ここまで行くとただの馬鹿としか言い様がない」

「なっ!わ、私は……」

「いいか小娘。花の礼に一つだけ忠告してやろう。一度でも花から逸れる道を歩いてしまえば、後戻りは叶わん。例え、かつてどれほど忠義を尽くしていようが、誠実だろうが、この道へ踏み入ればあとは突き進むか破滅するかだ。次に道を逸れるのは、貴様の学友か、それとも貴様自身か…… この私も、これで終わったと思わぬ方が良いぞ」


 そう言って、返す言葉に詰まるセリアの手から薔薇を受け取ると、今度こそ馬車へと乗り込んでしまった。


「さて、愚かな小娘が一体何時まで花の道を歩めるか、見届けてやろうではないか」


 ニヤリと笑みを深めたヴィタリーが御者へ声を掛ける。迷い無く進み始めた馬車を、セリアは黙って最後まで見送った。








 望みのものはと聞かれて、王宮の中庭に咲く薔薇の株と最後にヴィタリー殿下と面会する許可を、と言った少女を思い出しながら、ジークフリードは手に持った封筒に視線をやった。


 最後に会った時にその望みを口にした後、おずおずと差し出されたものだ。聞けば、レイダーからの届け物に同封されていたものらしい。


 自分宛てに書かれたその中身を確認する暇が、悪夢の様な事件から暫く経った今漸く作れた。


 差出人の所には、ちゃっかりと本名を綴った自分のかつての親友。

 封筒を受け取った時は、今更こんな形で何を、と以前にも感じた蟠りを思い出した。しかし、それを差し出す少女の顔を見ながら、もしやとも思う。

 もしや、この手紙なら自分の疑問を解消してくれるのでは。何故自分の認めた親友は、この少女の為に命を投げ出せたのか。


 浮かび上がった期待に逸る気持ちを抑えながらジークフリードはその封蝋へと手を掛けた。



『やあ、ジークフリード。久しぶりだな。うん、目に浮かぶよ。お前がどんな顔でこの手紙を読んでいるか。眉間の皺の数までくっきりとな。そんな固い頭だから、あの娘の魅力にも気付かないのだよ』


 そんな言葉で始まっていた。早速、ジークフリードは手紙を破り捨ててやりたい衝動にかられる。が、すんでの所でその感情を抑え、眉間の皺の数を増やしながらもその先を読むことにした。


『お前がこの手紙を読んでいるということは、恐らく彼等は失敗したのだろうな。どんな形で決着したのかは解らないが、彼等の望みが完遂しなかったことは解る。きっと、愚かなほど真っ直ぐで、馬鹿らしい程純粋な少女の瞳にその野望を打ち砕かれたのだな。その場合、もう事の真相を語る者も居ないのだろう。いやぁ、解ってはいたが、彼女はとんでもなく面白い。そうは思わないか?』


 手紙の語る彼女、というのが誰を指すか、明記されていなくとも解る。が、ジークフリードにはその文字の羅列に共感出来るほど同意する要素が無かった。


 確かに、忠義に溢れた素晴らしい逸材だとは思う。まだ若さ故の甘さや純粋さも、決して否定すべきものではない。むしろ、あの年頃であればある程度は必要なものだ。

 女の身でありながら、懸命に国に尽くそうとする姿勢も称賛出来る。未熟さは今後補えるものだし、その存在は今後の人材育成の面に置いて、新たな可能性を開くだろう。



 ………だが、それだけだ。


 そう。それだけ、というのがジークフリードの素直に感じた感想である。

 他の候補生にも同じだけの才能は感じた。特別な事と言えば、その性別と他に見られぬ程強い忠義心と言ったところか。


 自己をあそこまで犠牲にしてでも国の為に、という姿勢は感心を引くが、ジークフリードにはどうにも納得しきれないものがあった。


 何か余程の信念や理念に裏打ちされた上での行動であれば納得のしようもあるが、彼女にそこまでの考えを見出せずにいる。そうなると、やはりただ他よりも強い忠義の持ち主。そしてもっと言えば、少し無謀で破天荒。それ以外に考えようが無かった。


 その彼女に、何故マクシミリアンや親友があそこまで入れ込んだのか。


『ああ、そうだろうな。お前はどうせ、彼女は何故そこまで忠義の為にと奔走出来るのか、などと考えているのだろう。それもきっと、憧れや育った環境だとか、そういったものが若い彼女にそこまでの情熱を与えているのだとかなんとか、全くもってつまらない理由で片付けているのだろう。こうも正確にお前の考えを予測出来てしまうとは、どこまで頭の固い男だなお前は』


 大きなお世話だ、とまた眉間に皺が寄った。というか、そうではないのか?と思わず呟いてしまう。

 若さ故の情熱。それが正しい答えの様な気がしてならない。時が絶ち成長すれば、きっとその考えも少しずつ変わっていく。


 いずれ、その忠義がキースレイ達の様な考え方に変わったとて可笑しくはない。むしろ、キースレイの情熱と似ている。そうは思わなかったのか?なのにどうして、キースレイと立ち向かわせるようなことをしたのだ。なぜ、親友は彼女を違うと言うのだ。

 


 自分の考え方をなにもかも見透かした様な親友の手紙に、ジークフリードはまた苛立ちを感じて少々乱暴に紙を捲った。


『お前は納得出来ていないだろうな。ならば何故ただ女性だということだけで、私がここまで彼女に賭ける気になったのか』


 どうせコイツの考えなど、今も昔も解ったことなど無い。ここで、ただの気まぐれだ、と言われても可笑しくないのだ。


『おい、解るぞ。今お前は、これが私の酔狂だとでも思ったんだろう』


 途端に眉間に皺が思い切り寄る。自分は相手の考えがまるで解らないのに、相手は手紙だけの存在になってもこちらを見透かしてくるのだから。

 もう読むのを止めたくなってくるが、ここで終わる訳にいもいかない。ジークフリードは再び文字の羅列を目で追った。


『そんな固い考えでは、この先永遠に彼女がどういう存在なのか、気付かないで終わるだろうな。全く嘆かわしいことだ。そんなだから未だに独身なんだろう。いっそのこと彼女を嫁にしたらどうだ?可愛い幼妻が居れば、ちょっとはマシになるかもしれんぞ』


 バシン、と今度こそジークフリードは耐えきれずにその手紙を床に叩きつけた。

 この相手を小馬鹿にしなければ手紙一つ碌に書けない、そんな奴に付き合うのにどれだけ苦労を要するか。きっとこの自分の反応もお見通しなんだろう、とジークフリードは非常に疲れた顔で床に広がった紙をかき集める。


『おいおい、そんなに怒る奴があるか。まったく、しょうのない男だ。そんなお前に、私が特別に答えをやろう』


 始めからそうしろ。とジークフリードは悪態をついた。焦らすだけ焦らしたあとに、もしその答えとやらが下らないものだったら、今度こそ手紙ごと破り捨てて燃やしてやる。とジークフリードは心に決めた。


『彼女が忠義と呼んでいる己の感情。それは、我々の忠義とは少し違うものだと、お前は理解出来るか?』


 急にそれまでの巫山戯た文体ではなく、真剣さを増した書き方にレイダーの本気を感じ、ジークフリードも漸く真面目に文字を追い出した。


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