焦燥 1
稽古場は、剣術や馬術など、己の技術を磨こうとする生徒達が集う場所である。
今この時も……
「そこまで!」
キィンと響いた音とイアンの声で、今ままで剣先で追っていた相手から視線を外す。
遠くに飛ばされた自分の剣を確認すると、ランは小さく降参の意を表した。それにセリアもホッと息を吐くと、張り詰めていた緊張の糸を解く。
「これでセリアはランに5勝4敗だね」
ルネが今週の二人の戦績を確認する。何処かワクワクしている風に話すのは、ここの所毎日の様に続く手合わせが接戦している所為だろうか。
ルネの声にランが飛ばされた剣を拾い上げながら頷いた。
「うん。いつもだが、君の剣の腕は本当に見事だ」
「相変わらず、奔放な振る舞いだな」
冷たい声が響きセリアがそちらを振り返った先では、しなやかな白銀の髪を揺らしたカールが、練習用に刃の潰れた剣を握りながら立っていた。
彼の言葉にセリアはピクリと眉を潜める。
「カール。それ、どういう意味」
「どうとでも解釈すれば良かろう」
悪く取れば女らしく無い、と言っている様にも取れる言葉にセリアは頬を膨らませた。というより、間違いなくそういう意味を込めているのだろう。セリアの様子を見ても、カールは変わらず涼しげな顔を崩さない。
「まあまあ。カールもセリアと手合わせするよね」
「元よりその積もりで呼んだのであろう」
授業が終わり、全員で稽古場へと向かう際に、カールも一緒にと誘ったのだ。最初は断ったカールもルネに押されて渋々ながら後から行く、と約束させられていた。
天使の笑みを浮かべるルネが、あのカールをなんと言って説得したのかは謎であるが。
折角カールが到着しただから早速一戦願おう、とセリアが剣を構えようとすると、鼻で笑われ、呆れたような視線を向けられた。
「貴様は自分の体力を考えろ。ランスロットと交えたばかりの、弱った相手を捻り潰したとて面白みに欠ける」
「まあそうだな。セリアは取り敢えず休んでろよ。カールはその間俺とどうだ?」
そう言ったイアンに背中を押されてセリアはグッと言葉に詰まった。
確かに、彼等と比べてしまえば自分の体力など高が知れているだろう。勿論、ランと同等の実力を持つカールと今剣を交えたとしても結果など分かりきっている。実際、息も上がっているのだ。
それをカールが察して、遠回しにだが休む様に進めてくれたのも分かる。だが、何故いちいち神経を逆撫でする様な言い方しか出来ないのだろうか。
釈然としないセリアがイアン達に目を向けると、本気でする積もりは無いのか、どちらもある程度力を抜いた状態で剣を交えていた。その姿も、光輝いていて、ここに女生徒がいたなら、明らかに黄色い悲鳴が聞こえてきそうだ。
「セリア。お疲れ様」
こういう労りの言葉をくれるのはいつでも天使の様な微笑みと心を持ったルネだ。セリアが近づくと、今まで座っていたベンチの端へ座り直し横を進めてくれた。そこにストンと腰を落ち着ける。
「カールには勝てそう?」
「分からない。でも、絶対に負けたくない」
負けたくない、と語るセリアの目には炎が燃えている。根からの負けず嫌いと、先ほどのカールの『捻り潰す』という一言がセリアの闘争心を煽ったようだ。その為にも今は体力の回復に専念する。
今までカールとは二回程手合わせしたが、一勝一敗。 少しでも彼の弱点を探ろうと、ギラギラと燃える瞳で、カールの動きを判別ようとしたが、相手はあのカールである。そう簡単にいく訳も無く、それよりも無駄も隙も全く無い見事な動きを逆に見せつけられてしまった。
ルネと会話をしている内もイアンとカールの勝負は終わったようで、イアンがこちらへ向かって歩いてきた。
よしっ、と気合いを入れてセリアは立ち上がり、早速カールの元へと歩く。カールを凝視しながらも、しっかり休んだ所為か、体力もかなり回復されている。
イアンと擦れ違った時、頑張れ、と頭を撫でられた。応援してくれるのは有り難いのだが、子供扱いされている感が否めない。のでなんだか腑に落ちない気がするが、今は目の前の妥当カールである。
自分の前で腕組みをして仁王立ちしているカールを前に、グッと剣を握る手に力をいれた。
「手加減は無しでお願いします」
「ならば私を退屈させないことだ」
いかにも余裕顔でそう言われれば増々負ける訳にはいかない。この高慢な物言いは死ななきゃ直らんだろうな。等と若干物騒な事を考えながら、剣を構える。
シンと静まった空気をランが開始の合図を伝える声が破った。
「始め!」
そのまま剣の切っ先を相手に突きつける。
「悔しい……」
手合わせの結果は、簡単に言えばセリアの敗北。
「冷静さを保っていればお前にも勝機は見いだせた筈だ」
「うっ」
事実なだけに何も言い返せないのが悔しい。
普段ならば、女という事でどうしても劣ってしまう体力や腕力を補う為、セリアは技術で攻めるのだが、それをしなかった。
いや、それが出来なかったのだ。
最初こそ互角に渡り合っていたのだが、カールの挑発的な言葉に乗ってしまった。その言葉に踊らされるように、冷静さを欠いてしまったセリアはカールの敵ではない。流石に簡単にとは行かなかったが、結局勝利を手にしたのはやはり彼であった。
しかし、セリアに実力が有るのも事実。カールの横顔にも汗が目立つ。候補生以外の他の者が相手なら、眉一つ動かさず捩じ伏せるのだから。カールの言う通り、冷静でいれば勝てる可能性は十分にあった。
「次は絶対に勝つ」
と高らかに宣言するセリアを候補生達は暖かく見守っていた。
「ごめんね」
「おお。気にするな」
そう言ってセリア達は稽古場前で別れた。
剣術や馬術は男のスポーツという風習がクルダスでは根付いている。なので学園内で稽古場を利用する生徒は決まって男子だ。なので、更衣室も男子用だけで十分事足りる。
しかし、学園という場所では男女公平にするため、申し訳程度だが女子の更衣室も設けられている。といっても、男子用よりも小さいし、稽古場から少し離れた位置にあるのだ。
流石に、ワンピース型の制服でランやカールに立ち向かうのは無理があるため、セリアも今は長ズボンとシャツに着替えていた。なので、更衣室で着替えるとなると、必然的に彼等を待たせてしまう事になる。なので、さっさと支度を済ませようとセリアは足を急がせていた。
何の飾りも工夫もしていない制服にさっさと着替え終わり候補生達と合流しようとしたセリアの耳に、近くから話し声が聞こえた。少し高めの声から、それが女生徒である事が分かる。
はて、こんな場所に来るとは、何用だろう?と疑問に思ったセリアだが、自分には関係ないし何より友人達を待たせているので、そのまま去ろうとした。
が、次にセリアの耳に届いたのは何かを倒した様な音。次いで誰かの怒鳴り声まで。
こんな音がすれば気になってしまうのが人の性というもの。何が起こっているのか確認する積もりで、そぉっと音がした更衣室の裏を覗き見る。そして、その先で見た光景に目を見開いた。
まず目に入って来たのは仁王立ちした三人の女生徒。こちらに背を向けている為、顔は見えないが、どうも虫の居所は悪いらしい。そして、その三人が何かを囲んでいる。目を凝らすと、それが地面に座り込んでいる別の女生徒だというのが分かる。
見るからに穏やかな状況ではない状況だが、どうしたものか。今自分が出て行った所で、特になにかが出来る訳でもない。むしろ、彼女達の怒りを増長させてしまうかも、とセリアは冷静に考えた。
しかし、泣き崩れる生徒を放って置けないのも事実。やはり見て見ぬ振りは出来ない、とセリアは一歩踏み出した。
「あのぅ……」
「何よアナタ!」
低姿勢で恐る恐る声を発したセリアは、まるで止めようとしている風には見えないが、これはこれで彼女なりにやっているのだ。
キッと振り向いた女生徒は目をつり上げてこちらを睨んで来た。やはりというか非常にキツそうな顔をしている。しかし、普段からカールの睨みを頂戴しているセリアはこんな事では怯まない。
「何をしていらっしゃるので?」
「放って置いて下さらない。私達、今お話しているの」
話し中と言っているが、どう見ても友好的な会話では無い。しかし、何とか彼等の意識はこちらに向いてくれた様だ。
「はぁ。しかし、嫌がっている様に見えるのですが」
「アナタには関係無いでしょう!」
言われてセリアは、うっと言葉に詰まる。関係無いと言われてしまえばその通りなのだが、放って置けないのも事実である。
何と返そうか悩むセリアをジロリと睨む生徒に、今まで黙っていた別の生徒が声をかけた。
「もういいわ」
彼女はそう言うと、クルリと踵を返した。それを見た残りの二人も慌てて後を追う。どうやら彼女がリーダー格らしい。人に見られては分が悪いと思ったのか、三人はさっさと退散した。
後に残されたセリアと、彼女達の標的になっていた生徒との視線が重なる。
今までそれどころでは無かった為気付かなかったが、良く見れば彼女はかなりの美人であった。ふわりとした肩に届く金髪と、大きな蒼い瞳が美しく輝いている。まとっている雰囲気は何処か儚げで、守ってやりたい、と思う者を多く出すだろう。
その美人がスクッと立ち上がり、ペコリと頭を下げたのでセリアはぎょっとしてしまった。まるで、人形が突然動いた様な錯覚を覚える。
「あの…ありがとうございました」
「あ!いえいえ、そんな。大した事はしていないので」
「私、アシリア・リンドロースと言います」
「はぁ。セリア・ベアリットです」
丁寧にお辞儀をされたので、セリアも慌てて自己紹介をする。
アシリアと名乗った少女が、それは見事に洗練された動きを見せるものだから、セリアも緊張してしまった。
「あの。助けて戴いたお礼をしたいのですが…」
「ええ!そんな良いですって」
とんでもない申し出をセリアは透かさず断った。そんなお礼なんてされる程、大した事はしていない。しかし、途端に縋る様な目を向けられて、一瞬怯む。
「では、せめてお友達になって下さい」
「はい?」
「あの、私としては、折角お会い出来たのに、ここで別れてしまいたくなくて。それに私、あまり仲の良いお友達が居なくて。セリアさんなら、仲良くなれるのではと思って」
「えっと………」
全く脈絡の無い話に混乱するが、アシリアが目に涙を浮かべ始めた事でまたしても慌てる。何処へ行っても、美人の涙とは老若男女関わらず効果を示す物だ。
「勿論、セリアさんにとって迷惑ならすみません。残念ですが、ここで引き下がります」
「い…いえいえ、そんな。迷惑だなんてとんでもない。むしろ、私のような者で宜しければ、是非ともお友達になりたいと申しましょうか」
なんだか途中言葉が変になった気がするが、気にしない。そんな風に言われては、断るに断れないでは無いか。
セリアの言葉を聞いて「良かった」と漏らすアシリアは心底安心した様な顔を見せた。そして少し浮かれた様にはしゃいで見せ、それがまた可愛らしくて、まるで花園を舞う蝶のような印象を与える。
「宜しくお願いします。セリアさん」
「あ。こちらこそ」
アシリアが余りにも嬉しそうにするので、思わずセリアも和んでしまう。そのまま二人で少しほのぼのとした会話に突入か、と思っていたがセリアが急に何かを思い出した様に声を上げた。
「あああ!しまったー!!」
「えっ!」
「アシリアさん。私、向こうに人を待たせているんです。一緒に行って貰えますか?」
「は、はい!」
突然のセリアの行動に、アシリアは一瞬呆然としたが、直ぐに己を取り戻す。
セリアにとっても、折角友人になれた人物なのだ。このまま此処へ置いて行くのも憚られる。なので咄嗟に言った言葉だが、アシリアは了承してくれた。それにマリオス候補生ならば、突然の訪問者にも見事に対応してくれるだろう。
それよりも、彼等を待たせてしまった事の方が重要だ。手合わせまでしてもらって、更に着替えなどで時間を取られるのは、彼等も嬉しくないだろう。なにせあの中には魔王様までいらっしゃるのだ。間違いなくキツいお言葉の一つは頂戴するだろう。
漸く現れたセリアを見ると、候補生達は直ぐに後ろに隠れるようにしている影を見つけた。まだ少し距離がある為、はっきりとは見えないが、どうやら別の女生徒らしい。
「ごめん。お待たせしました」
「気にすんなって。昔から言うだろう。女の着替えと買い物は長いって。それより、後ろの奴は誰だ?」
セリアの謝罪に軽く答えたイアンがそう訪ねると、今までセリアの後ろに隠れていた影が真っ赤に染まった顔を見せた。
「マ、マリオス候補生様……」
ポツリとアシリアが呟くと、彼女は再びセリアの後ろに引っ込んでしまった。彼女も、新しく出来た友人が待ち合わせていた人物が、まさか全生徒の憧れであるマリオス候補生だとは思いも寄らなかったのだろう。顔を赤面させながらどうしてもセリアの影から出られない。
自分の後ろに引っ込んでそのまま出て来ない少女を見やると、セリアは再び疑問符を浮かべている候補生達を見やった。
「はい。どうぞ」
「あ!ありがとうございます!ルネ様」
「ううん。どう?少し落ち着いた?」
「はい。申し訳ありません。私のような者が皆様の温室にお邪魔してしまって」
取り敢えず場所を移動したセリアと候補生達は、アシリアを連れて温室へ来ていた。しかし、この温室は他生徒にとって、候補生達が集う尊い場所、というイメージが強い為アシリアは恐れ多いようだ。先程からずっとこの調子で、何かする度に恐縮していた。
「その様に思う必要は無い。セリアの友人ならばいつでも歓迎する」
「あ、ありがとうございます。ランスロット様」
流石、将来は国を背負って立つ者だ。こういった女性の扱いも見事なもので、思わず感心してしまう。そして何より、急な来訪者にも嫌な顔一つせず、丁寧に接してくれた彼等にセリアは心から感謝していた。
「しかし、驚きました。セリアさんは何処で候補生様方とお知り合いに?」
アシリアの疑問は当然の物だった。何しろ全生徒の憧れの的で、国の未来を担うマリオス候補生と、かなり親しげにしているのだ。普通の生徒ならば恐れ多くて近づけもしない存在なのに。
聞かれてセリアはうっと言葉に詰まる。まさかランとカールが決闘していたとは言えないし、それに乱入したなどとはもっと言えない。しかし、上手い誤魔化し方も思いつかない。だからといって下手な嘘を言うのも気が引ける。
どう答えようかとセリアが頭を悩ませていると、ルネが口を挟んだ。
「セリアは剣が得意なんだ。それが切っ掛けかな」
ルネの素晴らしい答えにセリアは、おおっと感心した。なんと上手い。これならば嘘は言っていないし、ちゃんとした答えにもなっている。ナイスなアイディアをありがとう。とセリアが内心喜んでいると次の関門が現れた。
「女性なのに剣術を!?」
アシリアが、今度は訝し気に聞いた。これも当然の疑問である。女性が剣術、しかも学園で一二を争う実力を持った候補生達の目に止まる程とは。クルダスでは多少珍妙に映るだろう。
なんと言おうかと、先程から同じ事ばかり考えているセリアを置いて、ランが答えた。
「別に構わないのではないだろうか。確かに余り聞かないかもしれないが、それは彼女の個性の一つだ。それも含めて、私は彼女が友人である事をとても嬉しく思っている」
この答えに驚いたのは他でもないセリアだ。まさかここまで言ってもらえるとは思っておらず、面食らってしまう。しかし、彼の言葉が、胸が暖かくなる程嬉しいのは事実だった。胸中で「ありがとう」と言っておく。
ランの答えに納得したのかアシリアは「そうですね」とだけ呟くと、また花の様に微笑んだ。これにもセリアは安堵する。
もしかしたら怪訝に思われるかとも思ったがそうでは無いらしい。これもラン達候補生のお陰だろう。本当に、彼等には感謝してもしたりないな…とセリアは考えていた。
その後も話は弾み、結局は夕食の時間になるまで全員で温室に留まっていた。そのまま自然な流れでアシリアも夕食を一緒にしないかと誘いがかかる。
候補生からの誘いなど、多くの女生徒にとっては涙する程嬉しいものであって、断る理由など微動も無い。どんなに都合が悪かろうと、体調不良であろうと、全ての優先順位が下がり、候補生のお誘いが断然上に来る。それ以外は大体が恐れ多いか、生死に関わる重大な用事があるかだ。アシリアもその内の一人だったようで、多少の動機の不純に気後れしながらも喜んで誘いに乗った。
カールも一緒に、と誘ったのだがまだ用事があるらしく、校舎の方へ戻ってしまった。相変わらず不規則な食生活はセリアが来た後も変わらない。
なので、四人の候補生とセリアとアシリアとでの夕食になった。
セリア達が食堂に入ると、いつもの嫉妬の視線に混じって、驚きと落胆の色が垣間見えた。それは、今までの地味な少女に加えて、候補生の横にいる少女が増えた事による物である。しかも絶世の美少女が。地味なセリアならば対抗出来た物を、余計な人物が増したのだ。女生徒方にとっては、面白くないの一言であろう。
そんな視線を気にするでもなく、アシリアは自然と候補生達に溶け込んでいた。一瞬驚いたものの、これほどの美少女ならば、多方面からの視線も慣れているのだろうとセリアも納得する。
アシリアの実家であるリンドロース家とは、クルダスでも主立った貴族の内の一つだ。そのリンドロース家の令嬢だけあって、アシリアの作法は完璧であった。
ちなみにセリアの実家、ベアリット家もそれなりの家なのだが、そういった作法全般を苦手としているセリアだ。比べてしまうと、どうしてもボロが出る。といっても、そんなに大きな失敗をしている訳ではないのだが。でもやはり、気品に満ち、動作が洗練されているのはアシリアだ。それを特にセリアは気にしてはいないのだが。
こうして普通の令嬢と見比べてしまうと、やはりセリアは女らしさが欠けている様に見えてしまう。特別美人でもないし、というか地味だし。セリアはその細腕で剣を振り回し、アシリアは同じ手でナイフとフォークを器用に扱う。
どうしてセリアに惚れてしまったのだろうと、イアンはしみじみと考えていた。というより、本当に不思議で仕方がないらしい。特に美人でも、機転がきく訳でも無い。というか危なっかしい。
放って置けばのほほんと自ら知らない間に厄介事にどっぷりと巻き込まれているし、それでなくとも自分から突っ込んで行く。今まで見て来た中で女らしさなど見た事が無かったし、寧ろルネよりも男らしい気さえする。
なぜセリアなのか、本当に不可解だ。しかし、そういった所も既にツボなのだが。
意識してないでもジロジロと凝視していたらしい。セリアにどうしたのか、と聞かれイアンは慌てて視線を外した。すると、別方向から視線を感じ、目を動かすとその先にはザウルが複雑そうな顔でこちらを見ていた。どうやら、考えていた事は同じらしい。目で会話するとは正にこの事だろう。
そんな事を思っている内にも、目の前ではセリアが盛大に咽せて涙目になりながら、ワタワタと慌てていた。
全くもって、不可解である。
最近の私はどうも変だ。今まではこんなこと無かったのに、どうしたと言うのだろう。このままだと、セリアに対しても、アシリアに対しても失礼なのではないだろうか。いや、それ以前に何が起こっているのかも分からないのだ。学園内では少し穏やかではない動きが出ているというのに。
どうすれば良いのか答えが見出せない。どうしたら良い?