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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第四章 輝く貴石〜
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衷心 2

 ヨークの操る馬の背で、セリアは非常に気まずい思いで俯いていた。心配をかけているだろう候補生達のことは当然気になる。けれど、この機を逃せばきっと、もうルネと会う事も、彼の心に語る事も叶わなくなってしまう。

 あれほど恐怖していた事でも、いざもう会えないとなると、どうしてもジッとしていられなかった。


「ヨーク先生。あとどれくらいですか?」

「……」

「ヨーク先生?」


 返事が無いことに、セリアは思わず顔をあげる。もしや聞こえなかったのだろうか。この距離でそれはないと思うのだが。


「私を、先生と呼ぶのは辞めなさい」

「えっ?」


 何を言われたのか解らない。どうして、今更そんなことを言うのだろうか。


「あの様に、何処までも純粋に国の為を思う貴方が、師と呼ぶべき人間ではありませんよ。私は」

「でも、先生がキースレイ様達と行動していたのは、国を想ってのことだったんじゃ……やり方は違っても、それでも……」

「私にも、ルネ君にも、この国をより良くしようという思いは、あまり強くはありませんでしたよ。むしろ、だからこそキースレイ様が引き入れたのでしょう」

「ど、どういうことですか?」


 混乱するセリアをヨークはチラリと一瞥する。


「つまり、国を想う、という漠然とした行動理由では、最期まで共にあるだけの信用には足らないということです。国へ対する忠誠の形は、文字通り人それぞれですから。彼等の様に極端な考えに、最期まで共感出来る人間は少ない。実際、ハガル様達とキースレイ様は、最期ですれ違っていた」


 初めだけ彼等の意見に賛同しても、人の考えは変わる。信念などという、目に見えないそれを信用するほど、彼等の覚悟は甘くない。


「じゃ、じゃあ、ヨーク先生とルネはどうして?」

「彼等と同じ到達点を持っていたからですよ。理由は違っても、最終の目的が同じならば、利用する駒、程度の信用は出来る」

「到達点?」


 その到達点とは一体何だ。セリアが首を傾げるが、考えられるとすれば一つだ。


「貴族制度の完全撤廃、ですよ」

「それは、身分の無い国を目指した、ということですか?」

「いいえ。貴族への復讐、といった方が正しいでしょう。私も、ルネ君も」

「ふ、復讐?」


 ヨークが聞きたいのか?と確認するように目を合わせれば、セリアはそれをしっかりと見返した。短いため息の後、ヨークが仕方ないと言いたげに口を開く。


「私達は、貴族という物に、兄弟を奪われた者同士でした」

「きょう、だい……? えっ、でもレミオット家に、他に跡継ぎは居ないって……」

「ええ。そういう事ですよ。とはいえ、まずは私の話をしましょうか」


 馬の足はそのままに、ヨークは過去に思いを馳せる様に瞳を細めた。


「私の母は、ある貴族の屋敷に仕える女中でした。早くに夫を亡くし、まだ幼い私を抱えて、懸命に働く女性でした」


 母を思い出しているのか、その声は何処か寂しげだ。


「私が、十三の時だったでしょうか。その頃には私も屋敷の手伝いをしていたのですが。ある日、その家の女主人が激しい剣幕で私達親子を追い出したのです。母を口汚く罵りながら」

「そんな、どうして」

「その女主人の夫、屋敷の当主が、母を身籠らせたのですよ。夜中に呼び出し、無理やりね。一夜の戯れの為に」

「……えっ…!?」


 思わずセリアは言葉を失った。それは、つまりその女性は……

 フルリとセリアは以前ルネに組み敷かれた時の事を思いだし肩を震わせた。しかし、それとは多分違う。


 ルネは決して自分に手をあげたりはしなかった。酷い事をされそうになったのは変わらないが、それ以上の仕打ちがあるのだと、その言葉で気付かされる。


 ルネは、それでも自分を気遣っていたのか。今更ながら、彼の告白の言葉が思い起こされた。

 けれど、ヨークの母は違う。肌を奪われたのは、たった一夜の戯れの為。


「そのまま身一つで放り出された私達は、なんとか借り屋を見つけ、働きながら細々と生活することにしました。勿論、屋敷からの援助など無く、当主も母の方から誘って来たのだと吐き捨てましたよ」

「そんな……」

「まあ、身分も無い私達が貴族に楯突くなど出来る筈もなく。それでも、母の努力もあり、私も屋敷に務めていた時に覚えた知識で懸命に働きました。そしてその内、母は男児を出産しました。あの男の子供だ、と私はそれまで憎らしく思っていましたがね」


 母を貶めたあの男の血が流れている。それだけで、まだ生まれていない胎児を恨めしく思った。でも……


「でも、生まれた赤ん坊が、可愛かったんですよ。玉の様な身体で、小さな手を伸ばして。母も、子供に罪は無いと、愛情を持って育てました。貧しかったけれど、屋敷の時の様に誰に怯える必要の無い、幸せな日々でしたよ。弟の成長を見守っていく時間は」


 その頃には、自分達を追いやった憎らしい男のことも、記憶の片隅に追いやることができていた。今は何より、弟と母を守らねばと、生きることに懸命だったから。


「なのに、あの男は………」


 ギシリとヨークが奥歯を噛みしめる。


「あの男は、自分に跡継ぎが産まれないとなると、弟を引き渡せと言って来たんですよ」


 屋敷の方では、跡継ぎが授からない事に、男も女主人も焦りを見せていた。自分に子が出来なければ、地位や財産を引き継がせられない。そこで男は、以前出て行った女中の事を思い出したのだ。


「不幸な事に、弟はあの男の特徴をよく受け継いでいました。髪や目の色、顔立ちまで。それを知った途端に、強引な手段で弟を渡せと迫って来た。勿論、話し合いに来た使者は追い返しましたがね」


 けれど、そんな事で諦める男では無かった。最初にチラつかせた金という手段が通用しないと理解するやいなや、ヨーク達の家が暴漢に襲われたのだ。

 犯人は捕まらなかったが、誰の差し金かは考えずとも解る。


「母は怪我を負い、騒ぎを起こした事で私達は家を追い出されました」

「そんな…… 警察は?」

「勿論相談しましたが、相手は貴族です。権威に怯え、誰もまともには取り合ってくれませんでしたよ。身分という免罪符で、あの男の理不尽は全て許された」


 身分。たったそれだけで、こちら側は何も出来なかった。


「その後来た使者を、追い返す事が出来なかった。遂には三人共命を狙われるか、弟を渡すか。そこまで追い詰められていたんです。私には、何も出来なかった。泣いて嫌がる弟を、失意に沈み弱っていく母を、守る事が出来なかった」


 手綱を持つ手にグッと力が込められる。


「弟さんとは、今も会えないんですか……」

「……亡くなりましたよ」

「えっ?」


 セリアは流石に絶句した。一体、どういうことだ。跡継ぎとして引き取られていったのでは無かったのか。


「引き取られたのは弟が七つの時です。まだ幼い子供が、急に環境が変わり窮屈な生活を強いられた。庶子という立場で、女主人もあの男も、寄って集って辛く当たった。しかもあろうことか、泣いて母に会いたいと頼んだ弟にあの男は、母は金でお前を売ったと吹き込んだんです」

「そんな。酷すぎます……」

「弟は直ぐに患ったそうです。そして、あっさりとこの世を去った。まあ、私がそれを知ったのは、弟が死んで十年も後のことでしたが。母が死んで葬式の時に、以前共にその屋敷に務めていた知人が、話してくれました」


 言葉が見つからなかった。セリアは、押し黙るしか出来ない。

 とんでもない横暴だが、高慢な貴族であれば、出来ない話ではない。それに、子供が授からない貴族夫婦が庶子を後から引き取る、という話は、決して始めて聞くものではなかった。


「まあ、昔の話です。とはいえ、私はそれからあの男をずっと憎んで生きていました。それがこの国への不満に代わったのは、あの学園でルネ君を見てからです」

「ルネを?」

「彼は、私とまた逆の立場ですが、同じく兄弟を貴族というものに奪われた」


 その言葉に、セリアはゴクリと生唾を飲み込んだ。途端、以前レミオット家で聞いてしまった夫妻の会話を思い出す。


「彼の兄も、同じく庶子でした。が、跡継ぎの居なかったレミオット夫妻は、その子供を母親から引き離し、表向きには夫妻の実子として育てました」

「えっ?でも、それじゃあルネは……」

「そう。何年かして、もう子を諦めていた夫妻の間に漸く授かった、始めての正統な跡継ぎです」


 その存在が、彼の兄にとってどれほど残酷か、想像すら出来ない。生まれてきたのは、正真正銘、次期レミオット当主となる美しい男児。


「しかし、一つ問題があった。ルネ君は、生まれた頃は病弱だったのですよ」

「でも、そんな話は聞いたことが…… 学園に居た頃も、ルネは普通に過ごしてました」

「ええ。だからこそ、より事態は残酷なんですよ」


 正統な後継者が生まれた今、レミオット夫妻は何がなんでもルネに家督を継がせたかった。が、それまで表向きとはいえ跡継ぎ扱いしてきた兄が居る。事実を揉み消したかった夫妻が、『正統な』後継者だと必要以上に強く周りに主張した彼が。


 そんな彼には、血縁者や関係者の承認も得て、幼いながらにも婚約者まで決まっていた。

 自分達の行いが、よりルネに家督を譲る事を困難にしていたのだ。


「とはいえ、ルネ君は頻繁に病に伏せる、体の弱い子供でした。もしかしたら、何時不幸が訪れるかもしれない。その時の為、ルネ君も、彼の兄も、それまで通り、兄弟として育てられる事になりました」

「………」

「とはいえ、兄弟はとても仲が良かったんです。彼は、自分を脅かす存在の筈のルネ君を、とても可愛がったそうです。そしてルネ君も、本当の事は何も知らされず、そのまま九年が過ぎました」


 それまでは、穏やかに過ごしていた兄弟。勿論、察しの良いルネは子供ながらに、周りの兄に対する扱いが自分と違う事に気付いていた。けれど兄はそんなことおくびにも出さない。だからこそ、兄弟の絆はより深まっていったのだ。


「しかし、その頃になると、ルネ君の身体はよくなり、普通の少年と同じくらいには丈夫になっていました」

「……まさか」

「ええ。もう兄の存在は、用済みとなったのですよ。邪魔な存在でしかない彼を、レミオット夫妻は遠方の地へ追いやりました。周りには病気の為の療養と伝え、暫くしてから死んだことにすれば良い、と」


 それを知った時のルネ君の慟哭が、如何ほどだったか。

 そう呟いたヨークに、セリアは思わず息が詰まった。


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