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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第四章 輝く貴石〜
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女神 3

 シンと静かになった抜け道の間で、セリアは隠れていた柱の影からスルリと抜け出た。


 カールが囮になってくれたお陰で、例の抜け道から神殿の外へ出られそうだ。


「……みんな」


 今も危険な場所に居る他の候補生達を想うと、ポツリと声が漏れた。

 ここまでして貰ったのだ。私がここで立ち止まってしまってどうする。


 意を決してセリアがその場所で膝をつき床の石板を外せば、先程と変わらず、地下通路へと通じる階段が姿を表す。セリアは迷わず身を滑り込まして、何事も無かった様に石板を元に戻して置く。すると、辺りが真っ暗闇に包まれた。


 どうやら、くる時に灯っていた火は時間の所為で消えてしまったらしい。とはいえ少しすれば目が慣れるだろうから、多少進み難くともそれまでの辛抱か。


 そう思ったセリアが横の壁に手を付いてそれを辿ろうとした時、シュッとすぐ脇で何かが擦られる音がした。


 思いもよらなかった事態に喉の奥でヒッ、と短い悲鳴が漏れるが、そのすぐ後に目に飛び込んで来た光景に、必死に声を押し殺す。


「こんにちは。セリアちゃん!」

「ク、クルーセル先生……?」


 そこには、マッチで蝋燭を灯したクルーセルが、それはもう満面の笑みで立っているのだ。


「せ、先生!どうしてここに?」

「ウフフフ、セリアちゃんを待ってたのよ」

「へっ?」

「いやあ、良かったわあ、間に合って。もしかしたら来ないんじゃないかと思ってたんだけど、やっぱりセリアちゃんね。流石、勇ましいわ」

「えっと……」


 どうしよう。彼の言っている事が、普段よりも更に解らない。それはつまり、その台詞の殆どが理解不能ということで、一人楽しそうにするクルーセルが何を目的として、そしてどうやってこんな場所に居たのか、全くもって解らない。


「そんな困った顔しないでよ。イイコト教えにきてあげたんだから」

「は、はぁ……」


 そんな場合では無いと分かっていても、この男の前だと力が抜けてしまう。

 惚けるセリアに更に嬉しそうに笑みを深くすると、クルーセルはセリアが向かおうとした方向とは反対の壁に近付いた。


 そして、迷い無くその煉瓦の一部を押す。

 ガコッと音がして、それまで行き止まりを示していた壁が反転し、その奥に別の通路が隠されていたことを晒した。


「え、ええっ!?先生、これは?」

「この場所にはね、沢山隠し通路があるのよ。ほらセリアちゃん。早く早く」


 新たに出来た壁の隙間から、クルーセルが手招きしてくる。思わずセリアがそれに従い隠されていた通路へ出ると、クルーセルが反転した壁を更に押して、壁を元に戻したのだ。


「ジャジャーン!どう?驚いた?」

「えっと、はい。凄く」

「あら、嬉しい。じゃあもっと驚かせちゃおうかしら」


 これ以上一体何をしようというのか、セリアが若干警戒心を覚えれば、クルーセルはスッと自分達の居る通路の伸びる先を指差した。


「この先へ進むとね、謁見の間へ出られるわよ」

「そっ!?……それって、王宮の、ですか?」

「あら、やっぱりびっくりした?」


 軽い調子で聞いてくるクルーセルだが、セリアにしてみれば今はそんな所ではない。もし、彼の言うことが本当ならば、自分はこのまま真っ直ぐ進めば良いだけだ。掛かると思っていた時間が大幅に短縮出来るだけでなく、どう躱そうかと悩んでいた王宮の警備も掻い潜れる。


「ほらほらセリアちゃん。ぼうっとしてると間に合わなくなっちゃうわよ」

「ちょ、ちょっと待って下さい!クルーセル先生。貴方は一体ここで何を。それにどうして私にこんな。そもそも、どうしてこんな王宮の秘密を?……貴方は一体誰なんですか?」


 疑問が一気に思い浮かんで、思わずセリアはクルーセルに詰め寄る。けれど、それにクルーセルは笑みを深めただけで、またクスクスと心底楽しくて仕方ないと言いた気な忍び笑いまで漏らした。


「それはね、ひ・み・つ、よ。とはいっても、すぐに分かるわ」

「でも……」

「セリアちゃん。貴方のやりたい事は、ここには無いでしょう。ほらほら早く行ってらっしゃい」


 背中を押して先へ行くよう促すクルーセルに、セリアも質問を諦め本来の目的に集中する事にした。本当は、とても、物凄く、この上なく気になるし、戸惑いと驚きでフラつきそうだ。それでも、今は足を動かさなければいけないのだから。


 一歩踏み出した所で、セリアは最後に一度だけ振り返った。


「あの、先生は?」

「ウフフ。誘ってくれるのは嬉しいんだけどね、私は一緒には行けないの。また後で会いましょう」


 別に誘った訳ではなく、純粋に彼はこの後どうするのかが気になっただけなのだが。

 とはいえ、これ以上問答を続けても無意味だろう。それどころか、無駄に体力を浪費しているような気がする。


 一言だけ、いってきます、と残しセリアは今度こそ通路を走り出した。









 慌ただしく事が進む中、今後の指示を飛ばす為にも情報が必要なのは当然だ。にも関わらず、事の有様を把握する暇もなくジークフリード等マリオスに招集の声が掛かったのはほんの数分前の事。


 深刻な事態に自分の不甲斐無さを突き付けられた様で、流石のジークフリードも苦虫を噛み潰したように表情を崩す。


 事が事だけに国王を安全な王宮へお連れしたが、これでは春の到来祭セル・フリラにかなりの支障が出る。神殿での祭事後の予定も狂うし、大衆への説明はどうすれば良い。神殿での事を隠す事は難しいだろうが、つい一年足らず前にも陛下は命を民衆の前で狙われたばかりだ。こんなことが続けば、良く無い噂だって立つ可能性がある。だからこそ、一刻も早い事態の収束と、今後の方針を決める為に動きたい。


 とは思うものの、唐突だろうと忙しかろうと、王命では逆らえない。もとより逆らう積りも無いが、と重い溜息が漏れそうになる。しかし、ジークフリードは当然の様にそれを飲み込み、弛んだ自分の神経を奮い立たせた。

 表情を引き締めながら視線を厳しくさせ、自分の立つ謁見の間を見やる。


 普段の厳格な空気を取り戻したジークフリードが見渡した室内には、ズラリと同じ様に集ったマリオス等。謁見の際、来訪者が辿る赤い絨毯の道を挟んで、縦に並ぶ二十人の青があった。


「ジ、ジーク、ジークフリード様……あ、ああ、あの、あの」


 しどろもどろに喋る声が聞こえそちらに視線を向ければ、ジークフリードの横に立つ一人の男。腰を曲げてオロオロと視線を彷徨わせる姿は、緊張した場の空気に気圧されたのかとも思えるが、これは何時ものニイの様子だ。


「ま、ままま、また、こんな、こ、こんなうぉ、お、恐ろしいことが…… や、やややはり、へ、陛下の列席は、恐れながらも、み、み見送るべきだった、かと……」

「ニイ。既に済んだ事だ。このような事態になった今、確かにそれもある。が、今更何を言っても仕方あるまい」

「ひ、ひぃ、お、おおお、お許しを。で、でで、ですが、こ、この様に……陛下が出席なさる形に、なな、なることを、み、みみ、見越し、たたた様な計画がき、気になりまし、して。も、もと、元々は、陛下の列席は、な、無いとおも、思われていたのに」


 ニイの非常に聞き取り難い言葉を理解したと同時、ジークフリードはハッとした。その言葉が、何処までも的を射ていたからだ。

 陛下の春の到来祭セル・フリラへの列席は、元々は見送られる筈だったのだ。けれどその決定が突然覆った。


 そう。本来なら、今回の様なことは起こりえない筈だったのだ。元々陛下はその場に居なかったのだから。それが、突然参加されるからといって、そんな急拵えの計画で一国の主を葬ろうなどと、誰が考えるだろうか。



 ジークフリードがそこまで考えた所で、王座の横の扉が重い音を響かせながら開いた。ピリリと走った緊張感と共に姿を表した国王に、考えを一旦中断し迎え入れるべく礼の姿勢を取る。


 一斉に頭を下げたマリオス達の並ぶ室内に、低い声が行き渡った。


「これは、どういうことだ。事態の掌握に向かっている筈のマリオスが、何故全員ここに居る?」


 驚きを見せながら室内を見渡す国王に、その場の誰もが思わず許しもなく顔を上げた。


「失礼ながら陛下。我らを招集したのは陛下では……?」


 恐れながら、と語ったマリオスの一人に、国王の表情が更に厳しいものになる。


「何かの間違いではないか。私は、今回の事について重要な証言を持つ者が居ると報告を受けた筈だが」

「間違いではございません」


 唐突に響いた国王の言葉に応える声。誰もが混乱している筈のこの場で、余裕すら感じられる程のその声の主に、ジークフリードの視線が定まる。


「……キースレイ」

「陛下には、是非お話したいと申す者がおりました故参上願いました。マリオス様方も、私が招集いたした次第です」

「どういう積りだ?」


 国王の視線が厳しくなるもキースレイは気にした様子を見せず、ニコリと微笑んで国王に玉座を勧めた。


「どうぞ、陛下。お座り下さい。これから暫し、我らの話にお付き合い戴く事になりますので」

「……我ら、だと?」

「はい。我ら、同志に」


 キースレイの言葉が合図だったかの様に、ザッとそれまで整列していたマリオスの、ほぼ半数が進み出た。

 そのあまりにも予想外な状況に、残された者は驚愕に目を見開く。異様な雰囲気にジークフリードが動こうとすれば、途端に真横から上がる悲鳴。


「ひ、ヒエエエエ!!」

「悪いこた言わねえ。ニイ、大人しくしとけよ」


 どうやら臆病であっても人一倍頭の切れるこの男は、なんとか打開策をと考えたようだが、何をする前に動きを封じられた。

 顔を真っ青にさせてガクガク震えるニイの首に刃を当てながら、ハガルが視線を上げた。


「ジークフリード、お前もだ。何もするな」


 表情が引き攣るジークフリードだが、何も抵抗が出来ない。まさかこんな事態になるなどと考えていた筈もなく、武器になりそうなものなど持っている筈もなく。


 思いも寄らない事態に、ジークフリードはせめて、と低く唸るように言った。


「こんなことをして何になる。声を荒げれば警備の者が飛び込んでくるぞ」

「それはあり得ません」


 遮った声は唐突で、何時の間にその場所に居たのか。唐突に現れた人物に、残されたマリオス達は尚も困惑する。


「彼等は今頃、逃げ出した囚人を捉えるのに必死ですから。まるで見当違いの場所へ誘導されているとも知らずに」

「……お前は」

「先程は失礼致しました。国王陛下」


 態とらしく一礼して見せた男、指名手配中のヨーク・バルディに国王の視線が注がれた。



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