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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第四章 輝く貴石〜
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女神 1

 走るセリアの後ろから、煉瓦造りの通路に反響した足音がついて回る。通路内に等間隔で置かれている蝋燭にまだ火が灯っているのは、少し前にここを誰かが通った証拠だろう。


 途中で敵に遭遇しないかが気掛かりだったが、だからといってセリアの足が緩むことはなかった。



 初代国王と女神に纏わる伝説が強く根付いているこの国では、神殿での祭典は国の重要事項の一つだ。そんな神殿だから、万一の事態を想定し、重要人物達の抜け道の一つくらいあって当然だ。

 本来ならそんな重要な秘密、それを利用するだろう神殿の高位司祭や王族でもない限り、存在すら知らない筈だが、そこにマリオスが絡んでいるのであればなんら不思議は無い。



 間に合え、と縋る様に心中で唱えながら走り抜けた通路の終わりに、漸く昇る階段を見付けた。けれど、それを見たセリアは顔を青くさせて更に速度を加速させる。

 階段が導く先の天井から、僅かに光が漏れているのだ。恐らく、敵がそこを通った時にずれたのだろう。つまり、もう敵は神殿内に潜んでいるということ。


 神殿の何処に繋がっているのか、と階段を駆け上がり恐る恐る天井を押せば、ガコッという音と共に石板が外れる。

 ゆっくり顔を覗かせるとそこは広い部屋で、点在する大きな柱が目に入る。その柱の一つに隠れるような場所に出た。

 そのまま辺りに人が居ないのを確認し、床板だった石を動かしながら地下から這い出る。



 その場は広間の様だが、壁や天井の至る所に彫り込まれた見事な細工は、まさしく神殿内部であることを証明している。

 けれど、ここには人が居ない。神殿内の何処かであるのは間違いないだろうが、生憎とここに用は無さそうだ。祭典の行われている場所へ急がねば。


 セリアはキョロキョロと辺りを伺いながら、探してみても警護の姿がない神殿内を静かに進む。

 まずは出口を探さなければ、と広間を横切っていると、抜け道のあったのとは少し離れた柱の影に、蹲る人影を見付けた。


 敵か、と咄嗟に警戒するが、その影が縄で縛られぐったりしているのを見て慌てて駆け寄る。

 

 倒れていたのは、壮年の男性であった。上衣を取られたのか、下着にも似た薄い服の上から腕も足も拘束され、更には猿轡までされた男を、セリアは必死で揺すり起こす。

 布を噛まされている口元を解放してやれば楽になったのか、男は深く息を吸い込んだ。


「…だ、大丈夫ですか?」

「ハァ、ハァ………あ、貴方は?」

「マリオス候補生のセリア・ベアリットです」

「あ、ああ!あの、すぐに祭壇の間へ。自分は司祭をしています、シードアと申します。いきなり襲われて。その曲者が、中へ……」


 慌て出す司祭の縄を手早く解けば、シードアは咄嗟に立ち上がり駆け出した。流れる冷や汗を無視して彼の後を追えば、セリアは探していた祭壇の間の扉の前に漸く辿り着いた。


「あ、早くお伝えしなくては……」

「待って下さい。今はダメです」


 曲者のことを直ぐにでも知らせようと声を上げる司祭を咄嗟に制し、セリアは静かにその扉を開けた。


 こんな場所で騒ぎでも起こしては、相手に便乗する機会を与えるだけだ。更に混乱に乗じて逃げられては目も当てられない。


 開けた扉の隙間からそっと視線だけを覗かせるセリアは、司祭に襲った者は誰かの確認を頼んだ。


 そこはどうやら祭壇の間の裏手らしく、何重にも垂れ下がったカーテンや柱に遮られ良くは見えないが、こちらに背を向け祭典を進行させている他の司祭達と、座席の前列に列席する参列者の数人は確認出来た。

 中でも国王は最前列の一つに腰掛けていて、直ぐに見付かる。


「誰だか解りますか?」

「は、はい。多分、あの者だと…… ああ、神聖なる春の到来祭セル・フリラを愚弄するとは、女神の怒りが……」


 ブツブツと呟き出す司祭が指差す人物は、ローブで顔を隠しているものの立ち姿からも緊張は感じられない。完全に司祭の一人として溶け込んでいる相手に、セリアはどうするかを考える。さっと見回せば、問題のキースレイも列席していて、国王のすぐ側で何食わぬ顔のまま司祭等の言葉に耳を傾けていた。

 この状況で万に一つでも下手をすれば、全て終わりだろう。


 そんな時だ、ワアッと歓声が上がって、最高司祭による女神の祝福を受けるべく国王が立ち上がったのは。祭典の際に、王族が受ける決まりのこの祝福は、女神と王族の絆を象徴する長きに渡って行われてきた仕来たりである。


 例年と同じく、当然の様に国王が祭壇へ一歩、また一歩と近付く。

 顔から血の気が引く想いでそれを見ていたセリアの視界の隅で、司祭を襲ったと思われるローブの男が懐へと手を伸ばした。


「カール! ラン!」


 咄嗟の事だった。セリアは、何を見るよりも先にそう口走り、何を考えるよりも先に体ごと扉から飛び出して行った。


 突然の事に誰もが呆気に取られたのだろう。唐突に神殿奥から現れた栗毛の少女を、止める声が上がる暇さえ無い。その所為で、国王へと近付くローブには誰一人注目していなかった。

 セリアは必死に唖然とする最高司祭様やどよめく他の司祭達の間をすり抜けて、その一人が持っていた唯一武器になりそうだった剣を奪うと、そのまま飛び上がった。


「め、女神の宝剣がっ!?」


 司祭の一人が大事そうに両手で支えていたのは、その名の通り、女神により齎されたとされる宝剣だ。


 そんな国宝級の剣を素手で掴んだセリアは、懐の短剣を目の前の国王に突き立てんと進む男の手元を、横から薙ぎ払う。

 剣とは名ばかりで、儀式などに用いられる国宝のそれは刃が無い。相手に傷を負わせるには向かないが、国王の命を狙う短剣を、鋭い光と同時に弾き返すには十分だった。



 ガキンッという金属音が、神殿の高い天井に木霊する。

 女神の宝剣を高く掲げ、国王の前でその存在を守る様に立ちはだかり、その身に纏う凛とした空気。

 突然乱入した栗毛の少女の姿と、その状況に茫然となっていた筈のその場の誰もが一瞬息を呑んだ。



 しかし、当のセリアと、彼女によって目的を妨げられた者にとっては、そんな一瞬など気になる筈も無い。


「また、貴方か……」

「ヨーク先生!?」


 弾かれた短剣を再び構え直したヨークは、その刃を突き立てんとまたもや突進してくる。


「陛下!!」


 セリアは咄嗟に国王を横へ押しやるが、その所為でヨークへの対応が一瞬遅れる。けれど国王に向けられていたと思った刃は、その予想を裏切り栗毛の少女へ向けられたものだった。


 しまった、と思った時には短剣の先端が胸に刺さる寸前で、セリアは固く目を瞑るしか出来ない。

 

「セリア!!」


 自分を呼ぶ声が聞こえた瞬間、グッと強く引き寄せられ、その身体が倒れこむ。ドサッと音がするのと、身体に感じた衝撃が刺し傷ではなく、床に押し倒されたからだと理解したのは同時だった。


「ラ、ラン!」

「ぐっ……」


 聞こえたうめき声にハッとセリアは起き上がった。血の気が引く思いでランを確認したセリアの目に、腕を押さえるランの手が、少しずつ赤い液体で滲んで行く様子が映る。


「掠っただけだ。大したことじゃない」

「だ、だって、そんな……」


 ランがやっと言葉を発すると、まるでそれまで時が止まっていたかの様だった神殿が、一気にざわつきを取り戻した。


「と、捕らえろ!」


 誰かのそんな声と同時に、国王と彼を襲ったヨークが国王軍によって引き離される。国王は守られる様に周りを固められ、ヨークは後ろ手に拘束されながら地面に引き倒された。が、ニヤリと笑んだ男の顔には、誰一人気付かず。





 そんなことが起こっている間にも、セリアは状況が上手く飲み込めずに震える手のままランの側で座り込んでしまった。


「ラン…… ラン、怪我を」

「大丈夫だセリア。そんな顔をしないでくれ」

「だ、だって、血が」


 アワアワと戦慄くセリアの前で、起き上がったランは片手で傷を押さえながら、負傷したその手でゆっくりとセリアの頬を撫でた。


「本当に、何とも無い。それよりも、君を守れて良かった」

「でも、そんな……」


 この少女が守れるのであれば、腕でも足でも切り落とされようと構わない。それよりも、漸く己の手でセリアを守れたということに、ランは心地良ささえ覚える。


「セリア。君が無事で、良かった」


 やんわりと微笑むランとは裏腹に、セリアの肩は震えが収まらずにいた。


 怖い、と思った。それが何なのか、解らない。目の前に迫った刃が脳裏に焼き付いて、今も迫ってきそうな錯覚に陥る。


 冷静な部分で、手当の為に司祭に連れられその場を離れるランを見送るが、セリアは他人には見えない様に、震える手を必死に握りしめていた。

 

 何故だ。自分は助かったのに、ランも掠り傷だと言っていたのに。何より、陛下は無事だったのに、身体の震えが収まってくれない。寒くて、冷たくて、背筋を嫌な汗が流れ落ちて行く。

 こんな風に命を狙われるなど、始めてではないのに。なのに、今は体がとても冷たくて、どうしてもあの温もりが欲しかった。


 誰か、誰か…… とまるで助けを乞う様に心が騒ぐが、一体自分は誰を求めているというのか。


「おい、どうした?」


 ハッと気付かされ、そこで漸く放心していたのを自覚しながらセリアが声の主を見上げれば、立ったままこちらを見下ろすプラチナブロンドの青年。


「カ、カール……」

「何処か怪我を負ったのか?」


 座り込んだまま動かないセリアをカールがサッと確認するが、見た所外傷はなさそうだ。だが、顔を青白くさせる様子から、まさか、と一応聞いておく。


 すると、何処かまだぼんやりとした表情のセリアが徐に手を伸ばして来たから、思わずカールは動きを止める。何をしようと言うのか、と身構えるも、伸ばされた手は何故かカールの服の袖に指を引っ掛けた所で止まった。


「……どうした?」

「あ、あれ?えっと……な、何でも無い。と、思う」


 不審気に見下ろして来るカールに、セリアは慌てて手を離しながら答えた。

 い、一体何をしているんだ自分は。と己の行動に驚くが、途端に、それまでの悪寒が収まっていくのに、より一層訳の解らなさを覚える。


 本当に無意識だった。ただ、カールに少しでも触れれば、また何時かの様に安心出来るのでは、と、思った様な気が…… する。かもしれない。

 あ、あれ?とセリアは一度自分で自問自答してみる。自分は今、一体何を考えた?




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