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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第四章 輝く貴石〜
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出動 5

 対峙する姿勢はそのままに、ルイシスもルネも動かない。いや、動けない。


 相手に下手なことをさせるか、と睨む緊張感の中、ルネが小首を傾げて見せながら口を開いた。


「セリアは何処?」

「さあな」


 ピリッと再び火花が散る。

 ルイシスが出てきた角の向こうに視線を定めるルネは、間違いなくその場で肩を抱くセリアの存在に気付いている。それを知っていてもルイシスは、ニヤリとした笑みを貼り付けたまま白を切った。


 あまりの緊張感と二人の会話の運び方に、出ていくに行けなくなったセリアは顔を青くさせるが、少しでも身じろぎすれば、大人しくしろと言わんばかりに睨みつけてくるルイシスに、益々どうしたら良いのか解らなくなる。


「ねえ。セリア出してよ」

「出来ん相談やな」

「いいじゃない。色々、言いたい事とか、聞きたい事とか。あるんじゃない」

「……悪いが、どうやら無いみたいやで」


 何度同じ目にあっても慣れない。言いたい事も聞きたい事も、彼を前にすると途端に言葉を失ってしまうセリアを見透かした様に言い返したルイシスに、僅かにホッとしてしまう。

 本当なら、ここで彼を問いつめる事が出来れば一番良いのだろう。だけど、彼が答える訳も無い。またはぐらかされて終わるだけだ。


 けれどそれでもルネは諦められないのか、セリアに出ておいでと語りかける様に言葉を紡ぐ。


「折角近くに居るんだし、恨み言の一つくらい聞いてあげようと思ってたんだけど」

「そら残念やったな。またの機会に取っとき」


 空気が刺すようなそんな中、これ以上は無駄だと判断したのか。張りつめた緊張を僅かに解いてルネが肩を竦めた。

 それを確認するなり、ルイシスがセリアを一度見やったと思えば口角を吊り上げる。


「お嬢ちゃんは先に行き」

「ええ!?そ、そんな……」

「おっと、待った。ここで心配だから出来ない、とか言ったらアカンで。俺の面子丸潰れやろ」

「ルイシス……」


 正に今口から飛び出す寸前だった言葉を封じられ、セリアはその名を呼ぶしか出来なくなる。代わりとなる言葉を模索する様にセリアが戸惑うその隙を逃さず、ルイシスは背を押してきた。


「ほら。ここは任せて」

「でも、それじゃあルイシスが……」


 「さっさと行け!」


 カッと声を荒げたルイシスのそれは、今までの本気なのかどうか解らない、軽い感じの声とはまるで違う。地の底を這う地鳴りとも、天を貫く雷鳴とも取れる怒声にセリアが怯んで相手の瞳を見れば、恐ろしいまでに鋭く刺さるオッドアイの視線に見透かされる。滲み出る自信の色にルイシスの真剣さを感じ、それ以上は何も出来ずに背を向けて走り出した。



 小さくなる足音以外は何も聞こえない。遠ざかるセリアの気配に、取り残された形の男二人は追いかけるでもなく、ただお互いに見合ったまま一歩も動かないでいた。


 ルネはニコニコと以前温室で見せた様な輝かしい笑顔を浮かべているし、ルイシスも何時の間にか普段ののらりくらりとした余裕気な態度を取り戻している。


 双方が敵対する立場にあるなど、およそ想像がつかない。

 けれど、二人の間で交わされる視線の奥に潜む色は、何処までも冷たいものだ。


「ルイシスといい、カールといい。皆、鬱陶しいくらい邪魔してくれるよね」

「せやなあ。可愛い女を前にした男の性って奴やろ。アンタも随分面倒な娘に堕ちたなぁ」

「まったくだよ」


 ルイシスの言葉にルネが頷きながら同意する。その顔は心底呆れたと言わんばかりで、それに混じった苛立ちすら伝わってくるようだ。


 二度、三度、頷いて見せたルネは深く溜息を吐き出した。


「ホント、セリアって舐めてるよね。僕がこれだけ言ってるのに、こんな状態でも何も聞いてこないなんて」


 事態は一刻を争うところまで来ている。ならば、無駄だと思っても何かしら言葉をぶつけるくらい、しても良いものを。

 何故あの少女は理解しないのだ。あの少女の願いであれば、自分はたとえどんな事でも盲目に応じる事に。


 今も、その存在を確信しながら応援を呼ばないのは、態々追っ手を遠ざけたのは何の為だと思っているのか。己の眠り姫を野蛮な男達の前に曝さない為。その為だけに、自分の加担する計画を危ぶめたというのに。そんな事は考え付きもしないのだろう。本当に、何処までも見くびってくれる。


 もし、その身を引き換えにすると言われたなら。自分を見つめ、この名を呼び掛けてくれると言うのなら。この心のままにぶつけたい想いの丈を乗せた言葉に、耳を貸す時間を与えると言ったなら。

 自分はたとえ、たとえ何であろうと、彼女の意のままに動く奴隷となるのに。


 問われれば、セリアの知りたがっている計画の全貌も明かした。望まれれば、ヨークをそのまま裏切った。その声でもってして全てをセリアの望み通りにしろと命じられれば、たとえ世界の全てを敵に回そうとも、その望みを遂行したのに。


 己がどれ程盲目になっているか、どれ程迄にその存在に執着しているか。どこまで愛しているのか。これだけ示して尚理解しない。否、しようとしない。


「本当に、巫山戯てるよ」


 表情は操作出来ても、流石に腹の底で燻る苛立ちまでは意思の力では抑えきれないようで、ルネの声が棘を含む。


 恨み言の一つでもいい。その声で叫ばれたなら、この手を切り落とすことも、目を潰すことも厭わないというのに。何故解らないのだ。たった一言、その唇から紡がれる音一つで、己を思い通りに動かせる力があることを。


 苦々しく吐き捨てるルネに、今度はルイシスが深く同意を示した。


「まったくもって同感や。何処までも物分りの悪いお嬢ちゃんやからなあ。けど……」


 言葉の途中でチラリとルイシスが辺りへと視線を走らせる。ルネもそれに気付いたのか、周りを覆う空気が張りつめた。

 もう時間稼ぎは十分だ、と双方納得したのだろう。ルイシスの影が揺らめくのと、ルネの腕が胸のポケットへ伸びるのは、ほぼ同時だった。



 轟音を立てるかの様な重い拳が繰り出されれば、それを紙一重で避けたルネが咥えた小さな笛からピィィと鋭い音が辺りに響く。

 チッと短い舌打ちの後、仲間を呼ばれてしまったルイシスは、けれどここで逃がすかと、再び重心を移動させて狙いを定めた。


 幾らルネといえど、相手がルイシスでは肉弾戦で勝ち目は無い。振り回された長い足が腹部にめり込んだ瞬間、信じられない程の衝撃に身体は地面から浮き上がり、次の瞬間には壁に叩きつけられる。


「ガハッ!!」

「けど、そこが可愛い。やろ」

「......まあ、それもそうなんだけどね」


 口内を切ったのか、ルネは唇の端から流れ落ちる血を拭い、滲んだ鉄の味がする液体をペッと吐き捨てた。

 重すぎる蹴りに、ルネは顔を顰めるもぐずぐずしていられないと立ち上がる。けれど流石に無傷ではすまなかったようだ。身体を動かした途端走った痛みに、グラリと視界が歪む。咄嗟に体制を整えるが、罅の入った骨に内心で舌打つ。


「時間稼ぎは十分。こっからは本気でやらせてもらうで」

「仕方ないよね。セリアが近くに居たら他を呼ぶことは出来ないし。でも、いいの?そんなに余裕で」


 まるでその言葉を合図にした様に、バラバラと集まってくる男達の足音。ザッと数えるのも嫌になるほどの多さに、ルイシスの余裕げな表情が一瞬崩れた。


「幾らルイシスでも、この数は難しいと思うよ」


 ルネの言う通り、幾らルイシスでも四方も八方も塞がれ、ナイフや鉄のパイプを手にした屈強な男達を相手にするのは、簡単な事では無い。

 しかし、だからといって、逃がしてくれそうな雰囲気でも無い。


 絶体絶命。そんな縁起でもない言葉が頭に浮かぶ。けれどすぐにそれを払拭したのは、最後に見た栗毛の少女の不安気な瞳だった。


「男はなあ、女守る為に強なるんやで。ここで俺がやられたら、あのお嬢ちゃんが泣いてしまうやろ」


 ニッと口角を吊り上げるのと同時に、渾身の拳を襲いかかって来た男に叩きつけた。それが合図となり、緊張の糸が切れた様に影達が迫り来る。


 一斉に距離を詰めた男達をルイシスは一人、また一人と蹴り飛ばし、殴り倒し。関節を外して、顎から衝撃を与え。確実に一人ずつ地面に引き倒して行った。


 しかし、周りを取り囲む男達は絶えない。確実に数を減らしている筈なのに、終わりが見える気がしないのだ。

 一体何人倒したか、好い加減数えるのも面倒になってきた頃。ルイシスが蹴りを見舞おうと一歩下がろうとした足を、唐突に何かに阻まれる。


「なっ!?」


 見れば、そこでは伸した筈の男が倒れた体制のまま己の足を掴んでいたのだ。


 ヤバイ、と思う間も無く、背後に迫った気配と後頭部に叩き付けられる衝撃。グッと倒れそうになるのをルイシスは咄嗟にバランスを立て直す。傾いた身体を逆に利用して、前に倒れる重心を左脚に移動させ、右足を後ろへ向かって振り上げた。当然、後に居た男は下からの攻撃に後方へ飛ばされる。


 咄嗟の危機を搔い潜ったものの、油断などしてられない。痛む頭に一旦距離を取るが、そこは既に牽制する男達に塞がれていた。

 こめかみを伝い落ちる液体の鉄臭さが、妙に鼻につく。前方も後方も、何時の間にやら男達に囲まれていた。

 これは、マズイな。

 と、内心でどれだけ悪態をついても、グラつく視界は元に戻らない。


 フラリとよろけた途端に距離を詰められ、腹部と頭部を同時に強打された。


 グッと込み上げる胃液に遠のく意識。咄嗟に足を踏ん張るが、それが無意味なのは意識しない内から解った。何故なら、今正に頭部にトドメの一撃を叩き込まんと振りかぶる男が居るからだ。


 クソッ、と奥歯を噛み、何とか反撃をと拳に力を込めるも、この状態ではたかがしれてる。ならば、と咄嗟に地を蹴って横に飛び退いた。途端に、すぐ側の地面に鉄の何かが激突した音が響く。


 なんとか凌いだ、と安堵する間も無く、鉄パイプを持った男が再びこちらに狙いを定める。けれどルイシスは飛び退いたはいいが、フラつくままに足を踏み外したのだ。


 しまった、と冷や汗が伝う中、再び迫る鉄パイプとの距離が急速に縮まる。




 ガツン、と衝撃音がした次の瞬間、身体が吹っ飛んだのは何故かパイプを持った男だった。


「ルイシス!」

「あ、アンタ……」


 鮮やかな蹴りで敵を吹き飛ばした人物に、ルイシスは一瞬驚く。が、それもたったの一瞬で、すぐに体制を整え、別の男を殴り倒した。


「ご無事で……」

「これが無事に見えるかい。いい男が台無しや」


 途端に飛び出す減らず口。その様子に、ザウルも思った程彼が重傷ではなさそうだと一先ず安心する。


「取り敢えず、助かったわ」

「貴方の連絡が間に合ってよかったです」

「まあ、アンタは目立つからな。候補生ん中でも余計に」


 甘い飴と引き換えに、褐色の肌に赤い髪を有した青年にメモを渡してくれとルイシスが少年数人と交渉したのは、路地に入って行くセリアを見付けてすぐのことだ。


 お互いに、どのペースでどの順にどんな場所を回るかは打ち合わせ済みだ。しかも一際目立つ美貌に更に特徴的な容姿を持ったザウルに連絡が行き渡るのに、そう時間は掛からなかった。


「セリア殿は……」

「兎に角行かせた。ルネの坊やの事や。お嬢ちゃんの行った方向に人は向かわせんやろ。取り敢えずは、な」

「……………ルネは?」

「すまん。逃がした」


 自分達を取り囲む男の中に、麗しい天使の様な彼の姿は無い。一瞬苦虫を噛み潰したような表情を作ったルイシスの言葉通り、もうここには居ないのだろう。


 本当ならこの場で捕らえたかったのだが、と奥歯を噛むルイシスに、ザウルは気遣わし気に視線を送る。頭から血を流すこの男は、平静を装っているものの、その飄々とした態度を信用しても良いのだろうか。


「ホンマに、男に群がられても全く嬉しくないっちゅうのに」


 ザウルは気遣わし気だった視線を瞬時に呆れた様なものへ変えた。

 そんなザウルの反応すら可笑しいのか、ニヤニヤと普段の余裕気な笑みを浮かべたルイシスが拳を握った。


「借りが出来てもうたなぁ」

「後で是非返して戴きます」


 ジリジリとにじり寄る男達に狙いを定めると、二人は同時に地を蹴った。


「ほな、とっとと片付けてお嬢ちゃん所に行こか」

「はい。同感です!」


 一人で戦っていた時とは明らかに違う。少しでも危なくなると途端に入る援護に、ルイシスは、こういうのも悪くは無い、と思いながら更に笑みを深くした。



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