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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第一章 埋もれた小石〜
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苦手な物 2


「セリアは何の仮装にするの?」


 憂鬱な気分で温室のテーブルに頬杖をつくセリアにルネが陽気に問いかけた。しかし、セリアはその問いかけに答えようとはしない。正確には、答えたくないのだ。あんな忌まわしい祭りの事など考えたくもない。


 つい先日、学園祭が終わったばかりだというのに、学園内は次の催しの準備で慌ただしく動いている。


 その催しとは、人々が魔の物に扮し、夜の街を闊歩するという行事。恐怖祭。毎年この時期になると、クルダスで行われる祭事の一つだ。


 昔から、この時期にはよく魔が往来すると言われ、取り憑かれない為に、自分達も魔に扮しそれらをやり過ごそうとしたことから始まった行事である。今となっては、仮装を楽しみにする者達の楽しみの一つになっているが。


 他国でも同じ祭事を祝う習慣があるらしいが、セリアはそれを見た事はない。というより、見たくもない。


 本当にお祭り騒ぎの好きな学校だ、と半ば八つ当たりに近い事を思っても、恐怖祭の夜に行われる学園の仮装パーティーが全生徒参加必須なのは変わらない。


 毎年この時期には、よっぽどの事がないかぎり部屋に籠って一歩も出ようとせず、恐怖祭を祝う行事からなんとか逃れ続けたセリアだが、今年はそうもいかなくなった。それもこれも、全部あの校長の所為だ。


 そんな事を考えているセリアの目の前に、突然オレンジ色のニタリとした笑い顔が現れた。

「ヒッ!?」

「二人共、いらっしゃい。ラン、それ可愛いね」


 飛び出しそうな悲鳴をなんとか押し殺したが、背中にツッと冷や汗が流れるのを感じる。心臓が早鐘を打つのを自覚しながら、セリアは目の前に置かれた、化け物首を模した置物を睨みつけた。カボチャをくり抜いて作ったこの置物は、海外ではジャック・オ・ランタン、と呼ばれているらしいが、そんな事は知った事ではない。


 目を逸らさず今までに無い程凝視するが、こちらが必死に睨みつけても、ただの置物は何の反応も返す筈もなく。


 可愛いだと?これの何処を見ればそんな表現が思い浮かぶのだ。一年のある時期になるとあちこちに現れ、今にも大声を上げて笑い出しそうなこれの。可愛いではなく、気味が悪いだろう普通は。


 意味を成さない恨み言をブツブツと内心呟くセリアを、まるで嘲笑うかの様にカボチャは笑顔を崩さず、こちらを向いている。

「大きさも手頃だし、温室に置くのに丁度良いと思ったのだが」

 それを聞いてセリアは一瞬にして青ざめた。

 という事は、これがここに居座るということか!?張り裂けそうな程口を開け、ニタニタと嫌な笑みを浮かべるこれが。


 ただのカボチャにだんだんと敵意すら向けだしたセリアを、それに唯一気づいたイアンは苦笑しながら見つめていた。






 恐怖祭当日、学園内はそれはもう見事に飾り付けられていた。一体、どれだけ飾り付ければ気が済むのだ、と他人が見れば思うだろう程、あちらこちらに恐怖祭をイメージした物が取り付けられている。


 幽霊や蜘蛛の巣に似せたシーツや綿があらゆる箇所に吊るされ、一般生徒ですら顔を引きつらせるのだから、セリアにとっては地獄だ。

 風が吹く度にそれらはユラユラと揺れ、不気味さを更に強調させている。今にもこちらに飛んできそうな勢いのそれらの間を、セリアは毎日必死の思いでかいくぐりながらここ何日かを過ごしてきたのだ。それを心配するイアンの心労も想像に難しくない。



 授業が終わると同時に生徒達は今夜のパーティーの準備に取りかかる。

 恐怖祭といえば仮装だ。人ならざるもの達に扮した生徒達がパーティー会場へ向かう姿が目立った。

 そんな中、非常に疲れた顔をした少女が一人、遅い歩調でトボトボと歩いている。



 まるでこの世の終わりだ、とでも言わんばかりに顔を俯かせているセリアの横で、イアンはどうしたものかとその縮こまった姿を見下ろしていた。それでも、何処か楽しんでいるようにも見えるのだが。


 恐らく参加を必死に拒むだろう、と予想して女子寮の前で待っていれば案の定、時間ギリギリでゆっくりと顔を出したセリアに遭遇した。なんとも分かりやすい行動だ。女子寮の前で待ち構えていて、文句の一つも言われない男子生徒など彼等マリオス候補生くらいだろう。

 自分を見るなり寮内に引っ込もうとしたセリアを、半ば無理矢理な形で引きずり出した。


 今のセリアの格好は、黒い帽子と同色の上下。一見してカラスにも見える服装を、彼女は魔女と言っているが、明らかにやる気の欠片も見受けられない。

 イアンはというと、ラフな服に頭にバンダナを巻いた、盗賊の格好だ。セリアの近くに居るならばこの方が良いだろうと判断した上でこれに決めた。

 いや。これはただ、彼女が心配なだけであって、別に他意は無い。と言い訳じみた言葉が頭の中で木霊する。


 そんな事を考えている内に、二人は目的地へ着いた。どうやら本当に自分達は最後の客らしく、周りに他の生徒は残っていない。

 目の前には、他の何処よりも派手に彩られた会場が聳える。生徒達はここの飾り付けに一層力を入れたのだから。


 大きな木製の扉を前にし、セリアは覚悟を決めた様にグッと取っ手を握った。力を込めれば、重苦しい音を立てながら扉が開き始める。そして次の瞬間、中から骸骨が現れた。


「ようこそ」


 正確には骸骨の面を被った生徒だったのだが、今のセリアにはそれを判断する余裕は無く、悲鳴を上げる暇も無くその場に崩れ落ちた。それを見たイアンが咄嗟に駆け寄る。


 実際に倒れるとは思いもしていなかったのだろう。ただ会場に来た生徒を出迎えるだけの役目だった生徒も青い顔をしてイアンの肩越しにセリアを覗き見ていた。


 いきなり現れた骸骨に、気絶する一歩手前まで驚いたセリアだが、なんとか自分を奮い立たせて立ち上がる。が、その直後、イアンの肩越しに再び骸骨を見て、今度こそ泡を吹いた。それはもう気の毒になる程顔を真っ青にして。


 セリアの反応を見たイアンは、「悪い」と詫びながらも、生徒の骸骨の面を乱暴に剥ぎ取ってしまった。彼も仕事なのだろうとは理解できても、今はそんな事考えている場合ではなく、セリアをどうにかする方が先である。

 役割をこなしていただけなのに、女生徒には倒れられ、しかも全生徒の憧れであるマリオス候補生に責められたように感じた生徒も、いっそのこと倒れてしまいたい思いだった。






「セリア。遅かったね」

「顔色が優れないようですが、大丈夫ですか」

 心配してくれているのに失礼だとは思うが、セリアはどうしても彼等の顔を直視出来ないでいた。


 薄暗い照明に照らされた会場内では、世に言うおぞましい者達で溢れかえっている。なにしろ薄暗い為、どんなに簡素な仮装でも本物に見えてしまうのだから質が悪い。

 そして、中で自分を待っていてくれた候補生達もしっかりと仮装していた。


 ザウルは顔を包帯で覆っている。そこまでぐるぐる巻きにするには相当時間が掛かっただろうに。赤い髪がさらりと流れる様子や、落ち着いた雰囲気は変わらないのに、包帯の隙間から覗く琥珀色の瞳がギョロリと動いている様に見えてしまう。


 ルネは頭から角を生やし悪魔の服装をしているが、その微笑みは天使に見える。悪魔の姿をして天使を連想させられるのは、この学園内でもルネくらいだろう。しかし、照明の所為かその笑顔にも何処か陰が差している風に感じた。


 こればかりは克服出来ないと、セリアは申し訳ない気持ちで一杯になりながらも、 やはり彼等の顔は見れない。イアンは盗賊だし、ランは黒いマスクとマントで覆われた怪盗。どうしても、幽霊やその類でない彼等二人の後ろに隠れる形になってしまう。



「何を怯えている」

 一層低い声が響くと同時に、後ろに大きな影が現れた。飛び上がらん勢いでセリアが振り向くと、予想通りカールがこちらを見下ろしている。黒の燕尾服にマントを羽織っている様は吸血鬼を扮しているのだろうか。普段が魔王なのだから仮装などいらないのでは、と思ったが口には出さないでおく。


「人間が創った虚像に恐怖するなど、時間の無駄だ」

「うっ」

 核心を突くカールの言葉に何も言い返せない。

「もしかしてセリア。こういうの……」

「苦手、です」

 きっぱり言い切ったが、それもカールに鼻で笑われてしまった。

「下らんな」

「仰る通りです……」



 そんな会話をしていると、会場の前の方が騒がしくなった。セリアもつられてそちらに目を向けるが、人の頭が邪魔をして、何が起こっているのか確認が出来ない。候補生達は、その長身を活かして全てを把握している様だが。


「諸君。今宵はおぞましい宴によく集まってくれた」


 普段より少し声を低くしてそう言ったのは、もしかしなくても校長だろう。どうやら彼も、この催しを十分楽しんでいるようだ。それにしても、おぞましいとは、少し言い過ぎではないだろうか。というより、わざわざそんな言い方をしなくても良いじゃないか。


「存分に楽しんでくれる事を祈る。尚、宴の最中は何が起こるか分からないのでそのつもりで」

 そんな。あのお祭り騒ぎ好きな校長の事だ。何かが起こると言っている様なものではないか。


 血の気が引いていくのを感じているセリアに、ザウルがそっと近付いた。

「セリア殿。もう少しすると明かりが消えますので、そうしたら心の準備をして下さい」

 そっと耳打ちする様に言われたセリアは内心悲鳴を上げた。

 明かりが消えるとはなんだ? 心の準備とは? 一体何が起きるというのだ。


 セリアが焦りまくっていると、ザウルの言った通り、不意に明かりが落とされた。真っ暗になった会場内では、一寸先すらも見えない。

 内心ビビリまくるセリアだが、折角ザウルに警告して貰ったので、それに従う。心の準備とは良く分からないが、取り敢えず落ち着こうと深く息を吐いた。そして再び息を吸った瞬間、明かりが点く。


 終わった、と安心したセリアが息を吐き出そうとした瞬間……


「ガーーー」

「ひ、ひええええええ!!」

 目の前にゾンビが現れ、まるでこちらに襲いかかるように両の手を広げたので、セリアは吐く息を悲鳴に変えてしまった。


 あまりに虚を突いた事態に、腰が抜けてその場にへたり込む。これでは先ほどの入り口で起こった事とそう変わりがない。

 セリアが床でビクビクと震えていると、慌てたようにゾンビの面が剥がれ、その下から驚いた顔のクルーセルが覗いた。

「えっ?セ、セリアちゃん!?」

「ク、クルーセル…先生?」


 思いもよらない教師の登場にセリアは目を見開く。周りを見れば、候補生達が、非常にバツの悪そうな顔を向けてきた。


 一体、何がどうなっているのだ、と説明を望む視線を送っていると、イアンがポツリと呟いた。

「だから……これが校長の言ってたやつなんだ」

「はっ?」

「毎年、明かりを落として教師が生徒を脅かすんだ」

「なっ!」

 なんて趣向を用いるんだ、この学園は。生徒をショック死させる気か。


 等とセリアが呆然としていると、本当に心配した風なクルーセルが目線を合わせて覗き込んできた。


「ごめんねセリアちゃん。そんなに驚くとは思わなくて」

「いえ。ごめんなさい。大きな声を上げてしまって」

 心底申し訳ない、と言った感じのクルーセルに、こちらこそ申し訳ない気持ちになる。彼も仕事でやったことだろうに、自分が迷惑をかけたようなものだ。


 周りではセリアの悲鳴に反応したのだろう女生徒がつられて声を上げている。それ以外は、セリアの桁違いに大きな悲鳴を怪訝に思ったのだろう生徒達の視線が集まり始めた。本当に、勘弁してほしい。


「あと何回か同じのがあるけど、大丈夫か?」


 イアンの無情な一言にサァッと青くなるセリアだが、二度も同じ場所に来ることは無いだろう。ならば耐えられるかも、とこの時は甘く考えていた。






 普段から輝きを放つ美貌を持った候補生達は暗闇でも光っているような錯覚すら覚えさせた。つまり、どんな状況でも彼等は目立つのだ。

 そうなると、脅かす役の教師達も自然と彼等が目に入る。暗闇の中を歩き回る彼等は、まるで吸い寄せられる様に、そちらに足が向いていた。結果的に、候補生達の周りで何度も同じ事が起こるのだ。

 その被害を被るのは当然、候補生達の傍に居るセリアであって、会場内ではその後も奇妙な悲鳴が何度も響いていた。






 今日は非常に、とても、疲れた。と、フラフラになりながらなんとか寮の自室に戻ったセリアは、直ぐにベッドへ倒れ込んだ。

 何もする気が起きず、そのまま寝てしまおうと目を閉じたが、どうも落ち着かない。部屋は今真っ暗な状態なのだが、なんだか良からぬ物が飛び出して来そうで、はっきり言って怖い。かといって、明かりを点ければ目が覚めてしまう。


 つい手が伸びてしまい、枕元のランプを点けたり消したりを繰り返すセリアに、唐突に窓を軽く叩く音が届いた。

 こんな時間に外から音が聞こえてくれば、セリアでなくとも驚くだろう。ビクッと肩を揺らして振り返った先で見た物に目を見開く。慌てて窓を開け放つと外に居た人物が「よっ」と軽い声を発した。

「イアン!何してるの!?」

「シーッ。静かにしろって。序でに明かりも消してくれ」

 見つかっちまう、と告げるイアンに従いセリアは大急ぎで明かりを消した。


 夜間に女子寮を男子生徒が尋ねるなど、校則破りも良いところだ。いくらマリオス候補生といえど、見つかれば言い逃れは出来ないだろうに。

 にも関わらず、セリアの自室の前まで上手い具合に伸びた枝に悠々と腰掛けるイアンは、そんなこと気にしないといった顔だ。


「どうしたの?何かあった?」

「いや。お前が今頃怖がってるんじゃないかと思ってな」

「うっ!」

 正にその通りだったのだから、何も言い返せない。認めるのは何だか悔しいが、仕方なく頷いておく。



 トボトボと女子寮へ消えたセリアを見送った後、一度は男子寮へ戻った。しかし、どうしても気になり、自然と足が向いてしまった先では、案の定目当ての部屋から明かりが点いたり消えたりが繰り返されていた。

 木を伝って覗いた先では、落ち着きのない少女が部屋の中をウロウロと歩き回るので、つい笑ってしまった程だ。扉を小さく叩けば、面白い程ビクリとしたので、ここへ来た自分の判断を褒めてやりたい。一人であれば、きっと何時までも同じ状態だっただろう。

「俺が来たんだから安心しろよ」

「う……ん」

 なんの根拠もない励まし方だが、やはり人が居てくれると心強いのかセリアは安心した様子で小さく頷いた。


 笑みを零しながらも頭を優しく撫でてやると、子供扱いしていると思われたのか、少し睨まれた。こういう威勢の良い所は嫌いでない。むしろ「好きだ」。

 いや、威勢の良さだけではない。正直に言ってしまえば、彼女の全てが「好き」だった。なんとも単純な台詞だと自分でも思ったが、他に表現の仕様がない。

 一体、何処でこうなってしまったのか。セリアは自分の好みである、か弱い守られる少女とは似ても似つかないタイプだというのに。思えば、初めて彼女を目にした時から気になっていた気がする。最初は、興味で終わらせる積もりだったのに。


 しかし、何処かで納得している自分にもイアンは気付いていた。それだけ彼女は自分達には刺激的な存在だったのだ。凛々しく剣を構えたと思えば、幽霊如きに本気で怯える。何処か掴みどころが無くて、安全な場所から直ぐに抜け出して危険に飛び込んで行ってしまいそうで、目が離せない。それでなくとも、見張っていなければ何処か危なっかしいのに。



「取り敢えず落ち着け。それで今日はもう休め。なっ」

「……うん。イアン、ありがとう」

 心配してわざわざ来てくれたのだろう。なんだかまたしても申し訳ない気持ちが込み上げてきたセリアは、素直に感謝を述べた。彼が来てくれて幾らか落ち着きが取り戻せたのは事実だ。


 セリアの様子に満足したのかイアンは一つ大きく頷くと頭から手を離す。長居して見つかるような事態は彼も避けたいらしい。

 もう一言二言交わすと、イアンは来た時と同じように木を伝い、鮮やかに地面に着地した。上を見上げれば窓から顔を覗かせたセリアが見下ろしてくる。それが初めて言葉を交わした時の事を思い起こさせ、ドクリと心臓が脈打った。それを悟られないように、ヒラヒラと手を振りその場を離れる。まあ、心配せずともセリアが気付くとは思わないが。


 少し離れた所から後ろを振り返れば、今度こそ明かりが消えた少女の部屋。どうやら、彼女はきちんと眠れたようだ。それを確認すると、イアンは自分の居るべき場所へ戻るべく足早にその場を去った。







「セリア、大丈夫かな?」

 男子寮に設けられた談話室。ここでは、マリオス候補生達が肩を並べていた。今話題に上がっているのは当然、今日のセリアの事。いつもは危機感も警戒心も見せない彼女が、まさかあそこまで怯えを露にするとは思わなかったのだ。


 そんな会話が成されている談話室に、今まで不在だったイアンが入ってきた。

「イアン。何処へ行っていた?」

「ちょっとな。野暮用さ」

 イアンの答えに特に追求するでもない候補生達は、彼にも席を作る。そこにイアンが腰を下ろせば、再び会話が再会された。

「でも、セリアにも苦手な物ってあったんだね」

「フン。もう少し女らしい声量にすれば良いものを」

 カールがこう言うのも無理は無い。お世辞にも年頃の娘が出すような可愛らしい悲鳴ではなく、強いて表現すれば”奇声”とも言える音がずっと響いていたのだから。


 セリアの声に釣られて続くように他の女生徒達が悲鳴を上げたが、こちらはきちんと可愛気のある物だった。音量もそれなりに押さえられていて、正に育ちの良い娘が上げる声に相応しい。それがセリアには全く見受けられなかった。


「でも、傍に居たって事は、カールもセリアが心配だったんだよね」


 にっこりと笑うルネの言葉にカールは顔を逸らした。


 確かに本当に煩わしいと思ったなら、相手が泣こうが喚こうが彼は放って場所を移動したであろう。しかし、彼はそれをしなかった。それは、カールも一応セリアを気にかけていたからに他ならない。彼を知るものならば良く分かるだろう。


 ルネに言われてバツが悪くなったのか、カールはそのまま談話室を出て行ってしまった。それに続くように他の候補生達も次々と退室していく。


「ザウル。少し良いか?」

 同じく退室しようと立ち上がったザウルだが、思わぬ人物に呼び止められた。彼が自分に何用だろう、と疑問に思いながら振り返れば、意外にも真剣な瞳が向けられていたので驚く。


 他の候補生達が出て行くまで待ち、それから改めてイアンと向き合った。ゆっくりと開かれた口から、次に出てくる言葉に身構える。


「前に俺が、セリアの事頑張れって言ったの覚えてるか?」

 ザウルは、いきなり何の話かと思ったが、そういえばそんな事もあったなと思い直しゆっくりと頷く。


 イアンはザウルが頷くのを見て少しホッとした。

 以前、セリアに惚れたのかと冗談まじりに聞いた時、彼は分からないと答えた。その時、適当にだが自分は頑張れと言ったのだ。覚えていてくれたのなら有り難い。わざわざ説明しなくとも済む。


「悪いがあれは取り消す。やっぱり応援は出来ねぇ」

「………そうですか」


 イアンの言わんとしている事を察したしたザウルは、静かにだがそう答えた。


 なるほど。やはりこうなってしまったか。決して予想していなかった訳ではない。別に望んでいた訳でもないが。だが、それ程彼女は自分達を惹き付ける。だからこうなっても、なんら不思議はないのだ。


 しかし、だからといって、そう易々と譲ってやる積もりは毛頭ない。

「なら、こちらもその積もりでいます」

「ああ。そうしてくれ」

 自分だけが向こうの気持ちを分かっているのに、向こうがこちらの事を知らないのは公平ではない。ザウルがそれを気にするかは分からないが、自分が納得いかないのだ。セリアの事に関しては、卑怯とかそういう言葉になる事は出来ればしたくはなかった。


 お互い微動だにしない所が、まるで譲る気も負ける気も無いと意思表示しているようである。そうしてしばらく睨み合っていた二人だが、ザウルがフッと表情を崩し、その場の緊張が解れた。

「不思議ですね。貴方とこの様な関係になるとは」

「まあ。考えた事もなかったからな」

 それはそうだろう。国を想ってこの学園に入学した彼等にとって、自分が恋をするなど考えもしなかった事なのだから。






 二人がそんな話をしている間、当の本人であるセリアは、やはり明かりだけは点けようかな、とランプに手を伸ばしている所であった。


セリア、いつも僕達と一緒に居てくれるのは嬉しいんだけど、大丈夫かな?

だって、セリアも一応、女の子なんだし。やっぱり女の子の友達も居た方が良いんじゃないかな。セリアからはそんな話聞いた事ないけど。

でも、僕達と一緒だといつも国の議論とかになっちゃうし。勿論、僕達はセリアが居てくれた方が良いんだけど。

セリアみたいな子初めてだから、どう思ってるのか分からないな。


セリアにも、女の子の友達が出来ると良いんだけど。




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