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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第四章 輝く貴石〜
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出動 4

 王都の街は普段も行き交う人々で賑わいを見せているが、今日はその比ではない。

 都の住民の殆どが集まっているのでは、と思わせる程の人混みが道から溢れている。


 興奮した様子で走り出す子供を諌める家族や、何かすれ違いがあったのか痴話喧嘩を始める恋人。動物を模した様な格好の大道芸人達の周りには人集りができ、騒がしい中で一人は寂しいと判断したのか、街ゆく若い娘に声を掛ける若者も居た。

 

 そんな彼等を誘ったのはズラリと何処までも並ぶ露店だろう。簡単に立ちながらでも食べれる串肉や、長い棒の先で光を放つ飴細工。人々の食欲をそそる匂いが、あちらこちらから漂って来る。

 かと思えば、時折聞こえる歓声。立ち並ぶ店の提供するゲームで景品を当てた者達へ贈られたものだろうか。


 何処からともなく降って来る色も形も様々な花弁に彩られ、街の華やぎは留まる所を知らない。




 そんな街の様子を遠目に一瞥すると、セリアは再び歩き出した。


 王都の高台に立つ女神フィシタルの神殿。国王も列席する春の到来祭セル・フリラの祭典は、例年ここで行われる。この日に招待された貴族や要人が集う中、神父達が建国への感謝と今後の発展を女神へ祈るのだ。


 本来であればマリオス候補生として招待されたセリアも、今頃は神殿内で祝辞を聞いている筈だが、今本人は神殿近くの区画を早足に周っていた。



 祭典に招待された招待客への注意はカールとランに任せてある。結局目星の付いた者は殆ど見つけられなかったが、何の警戒もしない訳にもいかない。

 それに、マリオス候補生という責任ある立場であり、何も無いとはいえ嫌疑の掛かった二家の跡取りでもある彼等がこの祭典に欠席なのは、多少問題があるだろう。


 そんな事情から、王国軍の動きを見ながら手掛かりを探すのは他の候補生達の役目になった。



 ルイシスが手に入れてくれた配置図によれば、王国軍が警備に当たっているのは神殿とその周りの複数の区画だけだ。それよりも外に位置する区の警備は、各街の警備隊が担っている。


 そこに目星を付けて歩き回りながら、セリアは頭の中に叩き込んだ分の配置図を思い描いた。


 神殿に程近いこの辺りは高台にあり、祭典に対する安全の為か、それとも厳格な雰囲気の王国軍が彷徨いている為か、露店の数も少な目で、まだ落ち着きがある。

 とはいえ、やはりそれでもそれなりに人は集まっていて、騒がしいとまではいかないものの、賑やかさは健在だった。


 剽軽ひょうきんな表情の仮面を付けた男達が奇妙な格好のまま固まったり、妙にゆっくりな動作をして子供を楽しませている光景を通り過ぎ、セリアはその隣の道へ入るべく足を向ける。

 

 人間が入れ代わる時が狙いやすいのでは、と山を掛けて、警備軍の交代する場所は積極的に確認する様にしていた。

 この辺りはそろそろだった筈だし、裏通りに繋がっている道なので人目にはつきにくい。


 セリアが然りげ無く通行人を装い少し狭い脇道へ入る。その途端、いきなり誰かに腕を後ろから掴まれ、強い力で引かれた。


「えっ!?」


 驚いて後ろを振り返れば、先程通り過ぎたはずの仮面の男が、自分の腕を掴んでいる。

 な、何事だ!?と混乱するセリアには構わず、男はその場から遠ざける様に誘導すると、クルリとダンスの様にセリアを回転させた。


 おどけた動作で踊り始める男に、周りから笑いや歓声が上がる。セリアは訳がわからず、男のなすがままに道の真ん中まで引きずり戻されてしまった。


 すると、今度は男の仲間だろう、似た様で違う表情を載せた仮面の別の男が自然な動作で、セリアが入ろうとした道を塞ぎ、そこから手を振ってくる。


 パフォーマンスの一貫なのだろうか。今度は三人目の男が別の女性を引き寄せながら、セリアと踊る男を牽制するかの様に後ろから軽く衝突してきた。痛みは無いし、軽い衝突だった筈が、セリアの相手をしていた男はまるで馬車にでも跳ねられたかの様に大袈裟に吹っ飛ばされ、それがまた観客の笑いを誘う。



 思わず呆気にとられるも、男の腕が離れたその隙に人の輪からセリアは逃げ出した。が結局、それは確認したかった道から遠ざかってしまう結果になる。


 集まってくる人集りに、セリアは思わずどうしようか、と頭を悩ませた。とはいえ、不測の事態ではあるが、ちょっとしたことだ。あまり目立ちたくは無いが、彼等の前を突っ切るしかないだろう。そう思い再び足を向ける。


 が、道の前では相変わらず仮面の一人が、輪の中心で喧嘩の真似事を始めた男二人をからかう動作を言葉無しに行っていた。


 戯けて見せるその男の横を、セリアが足早に通り抜けようとした途端、またもや腕を掴まれ、今度は一緒に喧嘩の観戦を促された。言葉は無いが腕を掴まれ、掠っただけの拳に吹っ飛ばされたり、水を掛けられ服から花が飛び出している男達を指差し、セリアに見ろと促してくる。


「ごめんなさい。この先に行きたいんです。通して下さい」


 やんわりと男の手を解こうとするが、男は放さずに、今度は泣き喚く様な動作を始めた。男の派手な動きにこちらも注目を集めたらしい、またもや周りの客からクスクスと笑い声が聞こえてくる。


「あの……ちょっと急いでるんです。どうか放して下さい」


 そう言ってセリアは、多少強引かと思ったが掴まれた腕を強めに振り解こうとした。けれどその瞬間、グッと加わった力に握られた手首が痛みを訴え、思わず動きを止める。


 何を、と振り返った瞬間、セリアは仮面の奥の男の視線に、とても冷たいものを感じ息が詰まった。


 けれどそれは一瞬の出来事で、男は再び泣き真似を始める。はたから見れば、それは何気ない、祭りで道化を演じる男の自然な仕草だったかもしれない。けれど、その瞬間にセリアが下した評価は違う。



 一瞬の間の後、そのまま諦めたかのように方向を変えたセリアに、男は多少渋った様子を見せながらも、今度はあっさりと解放した。集まった観衆に紛れる寸前、セリアがチラリと背後を振り返れば、先程の男は近づいて来た子供に何処か可笑しなお辞儀をしてパフォーマンスを続けているが、その仮面の奥の瞳から一瞬投げられた視線は鋭い。



 人混みから離れたセリアは、多少急ぎ足で別の脇道に入った。この日の為に頭に叩き込んだ周辺の地図を思い出しながら、男達が守る道に通じる場所へ足を向ける。


 あの近辺は多少入り組んでいて、別の道から入るのは遠回りになるのだ。少なくとも、他からあの路地へ向かおうとする者は居ないだろう。だからこそ、あの男達もあの場所から監視をしていたのか。


 考えれば考える程怪しいその場所を目指してセリアは狭く薄暗い裏道を進む。

 進んでいけば行く程、王国軍の赤い制服がまるで見られない事に、更に違和感を覚えた。裏道とはいえ、これだけの騒ぎだ。警戒の為この近辺を巡回するように配置されていた筈なのに、その姿が見付からない。


 胸に込み上げる不安のままに突き進み、ここを右へ行けば、と道を曲がった途端、


「こら」


 目の前から唐突に投げられた叱る様な声。ハッと前を見ると、何とも呆れ顔のルイシスがそこに立っていた。


「ル、ルイシス!?」

「また一人で、何処へ行く気や。何かあったら連絡しろって言っといたやろ」

「うっ。でも、ちょっと確認するだけの積りで……」

「阿呆。まったく、ちょっと目を離すとすぐこれや」


 やれやれ、とでも言いた気なルイシスに多少ムッとするも、この場合悪いのは自分なので文句も言えない。


 王弟の企てが一刻を争う状況であり、出来得る限り捜索範囲を広げなければならないのは解っていたが、セリアをたった一人で行かせられるかと問われれば答えは否だ。相手側には何度も命を狙ったヨークに、何を仕出かすか解らないルネも居る。候補生達にとっては、とてもセリアを一人に出来る状態ではなかった。


 だからこそ、誰か一人は必ずセリアが見回るルートとそう離れていない場所で捜索を行っていた。

 案の定、その身に突破口ともなるきっかけを引きつけたセリアを、ルイシスが見逃す筈が無い。



 友人の登場にセリアが僅かに気を抜いたその時、突然近くから響いた複数の足音。その不穏な空気に、セリアとルイシスは目を合わせ頷くと、気配を消しながら足を動かした。


 気配を探り、足音を聞き、反対の方向へ逃げる様に素早く移動を繰り返す。その緊張の所為か、すぐ側で感じたかの様な相手の気配に冷汗がタラリと流れた。


 すると、前を走っていたルイシスが途中で顔を顰める。


「んんっ?」

「ルイシス、どうし……わっ!?」


 急に足を止めたルイシスにセリアが問いかければ、その腕を引かれすぐ側にあった曲り角へ押しやられる。強い力に従うしかなかったセリアを隠す様に覆い被さり、ルイシスは鋭い視線で道の壁の向こうを睨みつけた。


 一体どうしたのだ?とセリアが疑問を口にする直前、ルイシスが睨みつける先で複数の足音が止まる。

 追っ手がそこまで来ているなら逃げなければ。セリアのそんな考えは、次にボソリと聞こえた声に吹き飛んだ。


 壁に阻まれて姿が見えないと言っても、路地に反響した声はこちらまで聞こえてくる。


「ルネさん!どうしてここに?そ、それより、いまこっちに怪しい奴が来ませんでした?」

「ううん。見てないよ」

「なら、あっちだ」


 短い会話。だけど男に答えた者の声は、無視するにはもう聞き慣れ過ぎた人物のそれ。今更、その声の主を間違える筈が無い。



 こちらには居ない、というその言葉を信じたのか、複数の足音が遠のいていく。完全に男達の気配は消えたが、まだ一人は確実にこの向こうに居るのだろう。


 このままでは、きっとまた彼と対峙しなければならなくなる。もしそうなったら、自分はまだ平静を保てるだろうか。セリアはゴクリと生唾を飲み込んだ。

 フルリと思わず震えた肩を摩れば、その頭をルイシスに軽く撫でられた。


 今はそんな事よりも逃げなければならないのに、こんな時に何故そんなに落ち着いているのだ。とその行動の意味を理解する前に、すぐ側にあった気配が遠のく。

 えっ?と思った時には遅く、ルイシスが隠れていたその身を壁の向こうに晒した後だった。



「久しぶり、かな。こんな所で何してるの?」

「おお、元気そうやないか。せやなあ、ちょっとした探検や」


 相対した男達の間に見えない火花が飛ぶ。

 普段と変わらぬ余裕気な笑みでルイシスが睨んだ先には、以前と同じく天使の笑みを持ったルネが静かに立っていた。


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