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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第四章 輝く貴石〜
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出動 3

 ルイシスの呼び掛けに、それぞれ己の場所で調べを行っていた候補生達が集められた。一体何を掴んだのだ、とやきもきするセリア達を眺めながら、ルイシスは相変わらずそれは可笑しそうにニヤつくものだから、周りの視線が多少厳しいものになるのも仕方ないと言える。


「それで、ルイシス。どうしたの?」

「まあまあ、待てお嬢ちゃん。招待客の方の調べはどうなってるんや?」

「それが、あまり思わしく無くて。それらしい人物はまだあまり居ないわ」


 それはカール達も同じ様で、皆一様に眉間に皺が寄る。時間も残り少ないのに、手掛かりと呼ぶにはあまりにも心許ない情報ばかりだ。悔しそうに顔を歪めるセリアに、ルイシスはますます笑みを深くした。


「そうかそうか。なら、俺の持ってきた土産が役に立ちそうやな」

「お土産……?」


 首を傾げるセリアに、ルイシスが懐を探り何枚かの紙の束を取り出した。それはなんだ、と目を丸くするセリアの前で、ルイシスのセピアとオリーブ色の瞳が光る。


「祭り当日の、王都全体の王国軍の警備配置図や」

「……ええっ!?」


 その言葉の意味を理解するのに数秒用したセリアは、思わず口を開いたまま固まる。


「どや?あって損無いと思うで。マリオスやったらこっちにも何か細工しとるやろ。配置的に妙な場所は無かったけど、当日これと矛盾してる王国軍の動きがあったら、ビンゴ!ちゃうか?」


 なんらかの間者を忍び込ませるなら、警備を掻い潜らせる必要がある。警備が厳しくなる祭り当日でも、王国軍を動かせるマリオスならそれも容易い。


「そ、そんなの、一体どうやって……」

「おいおい。代々軍人の家系を舐めん方がええって、前に言ったやろ。まあ、ちょっと無理言った感はあるがな」

「ル、ルイシス!!」


 思わず感極まってセリアはルイシスの手を力強く握った。いきなりの触れ合いにルイシスは一瞬驚いた様な顔をするが、そんなことセリアは気づいていない。


 これならば、もしかしたらイケるかもしれない。多くの関係者の目に触れる配置図に妙な点は見せられなくとも、当日それを少し操作することならマリオスには当然可能だ。もしその動きを見付けることが出来たなら、突破口が見出せる。


「ルイシス。ありがとう!」

「せやなあ……ほな、お礼はキスでええよ」

「ふえっ!?」


 唐突に握ったのとは反対の腕を背に廻され、思わず頓京な声を出すセリア。しかもあろうことか、距離はあり得ないほど近付いてくる。

 とんでもない状況に驚いたのはセリアだけでなく、ルイシスの暴挙に当然八方から怒声が飛んだ。


「て、テメエ!何勝手に」

「別にええやないか、減るもんでもあらんし。俺はたった一人で遠路遥々実家へ行って、しかもその後も駆けずり回ってやっとったんやで」


 確実に面白がっているルイシスが、急かす様にセリアをこれ見よがしに引き寄せれば、候補生達の空気が険悪化していく。冗談なのか本気なのか、とんでもない状態に、セリアも軽く放心したままだ。


 ルイシスの行動に怒りを飛ばしながら、必死に阻止しようと真っ先にイアンが立ち上がった。

 駆けずり回っているのはこっちも同じだろうが。ならば自分達にもセリアの接吻を受ける権利がある!などと、若干危ない方向へ思考が廻り始めるが、それを知るのはそう仕向けたルイシスのみであろう。

 怒り心頭のイアンがセリアを引き離そうと腕を取るが、腰をガッチリ捕らえたルイシスも引く気は一切無い。



 二人がギャアギャアと騒ぐ中、何ともけしからん絵図に、ザウルが一瞬頭に血が登らせた。けれど、そんな状態にも関わらず。いや、そんな状態だからか。何か思い付いたらしい。

 暴力沙汰になりそうな二人を止めようと伸ばした手を降ろし、ルイシスとイアンの間で顔を青ざめるセリアの耳元に素早く口を寄せると、何かを小さく囁いた。


 それまでの終わりの無い引っ張り合いの状況を変えそうなその行動に、ルイシスもイアンもお互い一瞬力を緩める。どうやって彼等を止めるか、と焦っていたランも、鬼の形相で冷ややかな睨みを飛ばしていたカールも、そちらに興味が向いた様だ。


 あのザウルが一体何を、と候補生達が考える間にも、ザウルの助言は終わったようだ。その瞳は何かを成し遂げたかの様に実に穏やかである。

 ゆっくりと離れるザウルを目で追ったセリアは、何処かキョトンとした顔でルイシスに視線を戻した。


「わ、分かった。キスでいいのよね?」

「はああっ!?」


 途端に声を荒げたのはイアン。突然のセリアの変貌に、思わずこれは悪夢かと眩暈を覚える。


 今までそう言った男女の触れ合いにこれでもかというほど頑なだったり無知だった筈のセリアが、いきなり接吻の要求を承諾したのだ。イアンだけに留まらず、ランも、今度ばかりはカールも目を剥いて反論しようと口を開く。


 けれど、ルイシスが途端にセリアの顎を掴んで見せニヤリと口角を吊り上げた。


「お嬢ちゃんがええって言ってるんや。文句はあらんやろ」

「そんなの認められる訳……」


 冗談ではない、と掴みかかろうとするイアンを、後ろから止める腕があった。ギロッと凄みを帯びた眼光でもって相手を捉えれば、そこには普段の穏やかな表情を取り戻したザウル。

 そういえば、コイツは一体何をセリアに吹き込んだんだ。とイアンが問い詰める様な視線を向けるが、ザウルは穏やかに目を伏せるばかり。


 そんなザウルの突然の行動に、ルイシスも若干可笑しいとは思いながらも、またと無いチャンスだと思い直した。そしてそれ以上は気にする事は止め、腕の中のセリアに向き直る。

 ジッと見詰めた先では、何時もの威厳は消え、大人しく腕の中に収まるセリア。その上目遣いで多少の不安を滲ませる茶色の瞳に、知らずの内にグッと腰に回した腕に力が籠った。


 そのままゆっくりと顔を近付ける。可憐な唇と近づく距離に、柄にもなく身が引き締まる思いだ。そんなルイシスが、あと少しの位置でゆっくりと目を細める、が、

 重なると思った唇は唐突に逸らされ、セリアは握ったままだったルイシスの片手を持ち上げた。


「はっ?」


 予想していた展開とあまりにもかけ離れた結果に、ルイシスは思わず頓京は声が漏れる。今までの数多い経験のどれとも違う光景に理解が一瞬遅れるのと同時に、指先に柔らかな感触が触れた。


「ありがとう。ルイシス」


 何が起こった、と目を丸くするルイシスに、それはまあ嬉しそうで、何処か照れ臭そうにするセリアの笑顔が映る。



 そのまま時が止まること数秒。



 おい!と思わず突っ込みそうになる己を、ルイシスは持ち得る全ての理性と女には優しく、という自分の誇りを賭け、寸前で堪えた。

咄嗟の言葉を飲み込んだ自分自身に感心すらしながら、内心は文句が渦巻いている。


 喉元までせり上がるこのやり場の無い感情を全て視線に込めて元凶であろう男に叩きつけてやれば、寸分違わぬ穏やかな笑み。けれどその瞳の何処かに僅かな爽快感が滲むのがルイシスには見えた気がした。


 ギリギリと無意識に奥歯を噛みしめれば、知らずの内に滲み出ていた不穏な空気を感じ取ったのか、セリアが不安そうに肩を揺らす。


 なんだなんだ、と普段と何ら変わらぬオロオロした雰囲気に戻るセリア。ザウルの助言通り、感謝の気持ちを込めて指先に口付けたのに。まさか何か間違えたのだろうか。


 ビクつきながら視線を彷徨わせるセリアに、それまで不満で一杯だったルイシスも遂に白旗を上げる以外出来なくなる。迷子の仔犬の様な、そんな姿を見せられこれ以上追求するなんて、候補生の誰にも出来る筈が無い。深い深いため息を吐き出すと、渋々といった様子でセリアを腰に回した腕から解放した。


 何というか、してやられた!離れていくセリアを追って視線を上げれば、早速自分の持ってきた配置図を広げて確認し出している。最早先程のことなど既に忘れたと言わんばかりに。


 他の候補生達の、安堵と若干の哀れみを込められた瞳に何とも居た堪れなくなる。今まで色事は得意だと己でも思っていただけに、食らった肩透かしの衝撃は大きい。最初は頬にでも出来れば上出来だろう、なんて思っての提案だったが。百戦錬磨だと豪語していた筈の自分が、セリアの従順な台詞に思わず現実を忘れていたのだと今更ながらに思い知る。


「アンタ、ええ性格しとるな」


 セリアの待つテーブルへ向かうザウルにだけ聞こえる様に呟けば、にっこりと微笑まれた。





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