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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第四章 輝く貴石〜
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出動 1

 セリアが手に取った分厚い一冊から、目的の項目を見つけ出し気の済むまで読み耽ると、何時の間にか時刻は翌日の昼時であった。部屋に差す陽光に、窓辺に置いた小さな薔薇が照らされる。ヴィタリー殿下から受け取ったそれに、増々己の中の決意が固くなるのを感じた。


 戦うのは今だ。もう、足を止めない。


 グッと口元を引き締めると、セリアは自分の両頬の脇に、己の掌を持って来た。

 セリアが狙いを定めて腕に命令すれば、ピシッと子気味良い音が響き、同時にジンと広がる痛み。それが浸透するにつれ頬が赤く腫れるのを感じながら、机に置いた論文集を最後に一撫でする。


 そして、己自身に力強く頷くと青い制服の裾を翻し、勢い良く部屋を飛び出した。






 授業は休日のこの日、午前の早い時間から候補生達が自然と集まった温室。そこでは彼等が今後の行動を決めようと顔を見合わせているのだが、一向に話し合いは纏まらずにいた。


 誰もが何処か釈然としない気持ちのまま、何を目指すべきか見定められずにいるのだ。議会で起こった大事件に続き、カール達の実家に唐突に掛けられた理不尽な嫌疑。更には国王陛下が公共の場に姿を表す春の到来祭セル・フリラまでもう十日と迫っている。


 疑わしきは王弟殿下である。けれど、自分達が彼を疑う様に、陛下やマリオス達とて何かしら彼に思う所はある筈。にも関わらずこうも立て続けにきな臭い事が起きているのは、その背景に大きな協力者が居るのだ。

 一体誰が、と思いながら、怪しいと思った者の近日の動向を調べたりもしてみた。が、今の自分達では限界がある。



 似た状況なら以前にもあった。剣技大会の時、敵の漠然とした姿はあっても、証拠も確証も何も無いまま、我武者羅に突っ込んだ時だ。

 あの時は、奇跡的に事が上手く運んだ。けれど、今回はその保証は無い。しかも、敵もこちらを警戒しての衝突だ。ましてや、ルネやヨークが自分達に対する対策を一切せずに計画を進めるとは思えない。故にこのまま突っ込んでも、敵の手の内で転がされるだけ。



「かといって、何もしない。というのは出来ない」

「しかし、自分達に出来る事はせいぜい見張る程度です。国王陛下の暗殺が目的なのは予想出来ますが、それは王国軍も懸念している筈。何の策も無いままの自分達では、ルネ達に躱されてしまう、と」


 結論を出せずにいる候補生達。


 この重い空気と中々見いだせない活路の原因は、セリアの不在にもあると言えるだろう。普段であれば、真っ先に突っ込んでいこうとする彼女の存在。それは、知らずの内に候補生達をも引っ張っていたのだ。


 例え、どれほど無謀に思えても、脇目もふらずに突進していくセリア。それを守ろうと、支えようと、必死になると同時に、その光に導かれ、何時の間にか候補生達は前へと進まされていた。


 今更ながらに、自分達にとってセリアがどういった存在だったのかを思い知らされる。自分達一人一人では纏まらない決断や行動を、一つに束ね推し進めてくれる要。それが彼女だったのだ。



 しかし、何時も中心で事を成そうと猛進する筈の彼女が、今は居ない。数日前からまるで支えを失った様に何処か頼りなく、揺れるその瞳には候補生達も戸惑った。掛ける言葉が解らず、そのまま数日経った今、自分達はこの有様だ。


 どうするべきか、と再び悩み出す候補生達だった。が、その目に、息を切らせて温室内に飛び込んで来る影が映った。



「みんな!」

「セリア!?」


 頬を赤らめる程に呼吸を乱して肩を揺らすセリアは、そうとう急いで来たのだろう。髪は乱れ、制服も所々形が崩れている。


「一体、どうしたんだ?何か……」

「私は!!」


 驚き声を掛けるランの言葉を遮り、セリアが張り上げた声に周りは更に目を見開く。


「私は、マリオスとなる事を期待され、青き衣を纏う未来を目指す、マリオス候補生のセリア・ベアリット!」


 いきなり何を言い出すんだ?と驚きで固まる候補生達だが、セリアの声から伝わる真剣さと、それに混じる僅かな緊張に、疑問を口に挟むことなく、静かに耳を傾けることにした。


「でも、そのことをずっと自覚していなかった。この地位にあるのも、何時の間にかそうなってた、って感覚で。目の前にある道だけしか見てなくて、無いものばかりを数えて。でも、振り返ったらちゃんと自分の歩いて来た道があって」


 何時の間にかではない。きちんと自分の道があった。


「今まで、私は自分のしたいことをしたい様にして生きて来た。国の為にって、信じる道を歩いて来た。それが、本当に国の為になったのか、ただの空回りだったのか解らないけれど」


 だが、それは自分の信じて来た道だ。後悔はない。逆に、あの時立ち止まっていたら後悔していただろう。そう自信付けてくれるのは、振り返れば着々と続いている、今まで歩んだ道程。


「その所為で皆を振り回して来た。何時も私を支えてくれてたのに、私はその恩を返す方法が解らない。だから、身勝手だっていうのは解ってる。でも!」

「………」

「でも、私はマリオス候補生として、私自身として、役目を果たしたい。やらなきゃいけないと思ったことを成し遂げたい。じっとしているなんて、やっぱり私には出来ないから」


 緊張の為か喉が震える。けれど、それにも構わずセリアは必死に思いの丈をぶつけた。


「何が起こるか解らない。確証があるって程でも無い。危険かもしれないし。もしかしたら、皆に迷惑が掛かるかもしれない。マリオス候補生の地位にも、立場にも、名誉にも傷が付くかもかもしれない。だから、皆に頼るべきなのか、本当は解らない。

 だけど、まだ私は未熟で、一人じゃ出来ないの。偉そうなこと言ってても、私一人じゃ…… だから、」


 短く息を吸い込み、セリアは思い切り頭を下げた。


「どうか、皆の力を貸して下さい。お願いします」


 自分のこれまでの道を振り返った時、何時も彼等が傍に居てくれた。彼等が居なければ、自分は何も出来ない。改めてそう思った。


 始めはそれが惨めに思え、懸命に一人で突っ走っていこうとしていた。でも、そんな身勝手な自分にも、彼等は何時だって温かく手を差し伸べ、常に自分の傍に居てくれた。その度に、増々己の未熟さを突きつけられているようで、悔しさと情けなさで一杯だった。


 だけど、結局はそうなのだ。自分一人では出来なかった。けれど、彼等が居たからこそ、自分は何かを成し遂げる事が出来た。


 マリオス候補生の彼等と、一緒に自分は歩いて来た。


 だから、進むと決めた今自分に必要なのは、彼等の手を振り払って一人で解決しようとすることではない。そんなこと、まだ自分には到底出来ない。

 ならば、自分に必要なのは彼等に助けを乞うことだ。精一杯自分の誠意を見せて、頭を下げて。自分の気持ちを嘘偽りの無く曝し、その上で彼等の答えを待つことしか。




 温室の空気が静寂に包まれる。サラリと流れた栗毛が示す様に目の前で下げられた頭を凝視しながら、候補生達は咄嗟に判断が遅れた。


 けれど、それも一瞬の事。次には、それまでの静寂嘘だったかのような、大きな笑い声が響いた。


「あ、ははははは!」


 咄嗟に頭を上げたセリアも、振り返った候補生達も、けたたましい程の笑い声の主に視線を移す。その当人であるルイシスが、大口を上げて首を仰け反らせる程笑っていたかと思えば、ニッと歯を見せながらギラリとオッドアイをセリアに向けた。


「惚れ直したで、お嬢ちゃん。ええよ、助けたる。ほら、アンタ等も!お嬢ちゃんの一世一代の告白や、なんとか言わんか!」


 そう言ったルイシスが近くに居たランの背をバシッと叩けば、あまりの力にバランスを崩しながら前へ押し出された。咄嗟に足を踏ん張るが、其処は既にセリアの目の前で、ルイシスの所行に呆気に取られたままのセリアがこちらを見上げてくる。


 不安げな色をその茶色の瞳の中に見たランの心が、途端に芽生えた暖かさに支配されていく。それまでの呆然とした表情がフワリと崩れて、ランは自然な動作でその小さな手を取った。瞬間、ビクリと震えるその手をしっかりと握りしめる。


「セリア。君の精一杯の声、しっかりと受け取った。だから私にも言わせて欲しい。どうか、私に君を守らせてくれ」

「……ラン」


 驚きで言葉も出ない、といった表情のセリアの頭を、今度は背後から迫った影が思い切り撫でる。


「お前一人で行かせる訳にはいかないだろう。危険だかなんだか知らねえが、最終的にどうなろうと、お前の為なら喜んで受け入れるさ」

「イアン」


 徐々に見開かれるその瞳が、次には流れる赤髪を捉えた。


「セリア殿。この手は貴方の手。この足は貴方の足。全ては貴方の為に、貴方の望みのままに」

「ザウル」


 丁寧に頭を下げたザウルに、セリアはこみ上げる感情で体が震える。こんなに、これほどまでに自分を気遣ってくれる彼等に、自分は何と言葉を返せば良いのだ。


 セリアが感極まるばかりで、声が出ない口をパクパクとさせていると、自分を覆う程の影が迫るのに気づいた。ハッとして顔を上げれば、相変わらずの冷たい瞳で。しかし、普段よりもずっと穏やかな空気で佇む彼が居た。


「迷いは晴れたようだな」

「カール…… うん」

「ならば、さっさと次の行動を取れ。決めたのだろう?感情を整理するのは後でも出来ることだ」


 相変わらずの容赦の無い台詞。だけど、それが心地いい。


 何時の間にか目元まで競り上がっていた涙をグッと袖で強く拭うと、セリアは力強く頷いた。



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