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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第四章 輝く貴石〜
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明決 5

 月がすっかり高く昇る刻限になっても尚、セリアの自室の机の上に置かれた封筒はそのままだった。


 その間、セリアはぐずぐずと決心のつかぬまま、手持ち無沙汰に室内を行ったり来たりを繰り返した。ベッドに身を預けてみたり、窓から外の月を眺めたり、部屋のランプを灯したり消したり。ただ、それだけをしても尚、机には近づこうとしなかった。


 チラチラと封筒を見遣っては、部屋の中を彷徨く、を繰り返している内にセリアは増々決心が付かなくなるのを感じていた。


 幾ら先延ばしにしたところで、封筒の中身や真実が変わることはないのに。こうしてる間にも、陛下の命が狙われているかもしれないというのに。


 そんな想いから封筒にまた視線をやるが、やはり気を逸らすように室内をグルグル回るだけだ。


 奇行を繰り返すセリアが、何度目かの深いため息を吐き出す。


 どうしよう。こんな時、何時もならマリオスの姿を思い浮かべていたのに。今はそれが出来ない。目の前に道が見えない。



 もう四度目になるが、またベッドの端に腰を下ろしてそのまま後ろに倒れ込む。柔らかいマットレスの弾力に跳ね返されるが、気分はそのまま沈んでいくようだ。


 どうしようもない遣る瀬なさに、寝そべったままグルリと体を転がしてみる。すると視界の隅にある物を見つけた。それは、何時もベッドの脇のデスクに置いてある一冊の本だ。


『クルダス創世記』


 初代の王と女神、そしてマリオスの物語。多くの逸話や伝説を詰め込んだ、厚目の一冊。


 子供の頃から、何度この本を手に取っただろう。本が語る忠義を尽くすマリオスの姿に惹かれ、魅せられ。

 その内容は、もう読み返す必要の無いくらい、一字一句違わず覚えている。


「陛下の為に、国の為に。導き照らし、共に歩もう」


 何度そんな台詞を繰り返しながら、家の中をかけずり回っただろう。意味など深く理解する前から、その言葉一つ一つが光り輝いて見えた。

 そういえば、その中でも一等気に入っていた言葉があった気がする。どれだっただろう。


 国王の前で膝を付いた時の『貴方に忠誠を誓います』だったか。いや、これも好きだったが違う気がする。

 国王と旅をする前の『私が導きましょう』だったか。何となく、これでも無い。


 可笑しいな。あれだけ繰り返していた筈なのに、思い出せないなんて。

 そんなことを思いながら、ベッドに身を預けたセリアの思考はボンヤリと沈んで行った。




 『父様、本読んで』

 幼い少女の声が聞こえる。その瞬間、ああ、自分は夢を見ているんだと、セリアはぼんやりと理解した。まだ字を覚える前、父にせがんでは毎日の様に読み聞かせをして貰っていた。


『またその本かい?セリアはそれが好きなんだな』

『うん。私も、マリオス様みたいになるの』


 まだ何も知らなかった頃の自分。言葉の意味も、その道が齎す困難も、何も、知らなかった。

 マリオス様みたいに、そう言う度に周りの大人の表情僅かに変化していたのすら、知らなかったあの頃だ。


『私、これが一番好き!マリオス様の言葉』

『ん?どれだい』

『あのね、•••••』


 途端に遠のくその情景に、思わず手を伸ばした。ああ、そこが気になっていたのに。けれど折角答えをくれそうだった少女の声は、急な無音に包まれて耳に届かなかった。


 何だったんだろうか。とても好きだった筈の言葉なのに。


『……ちは…にあり』




 ハッと目を開けたセリアはガバリと飛び起きた。何時の間に寝てしまっていたのか、手にはあの本を持ったまま。

 ジッとその表紙を眺めた後、強くページを捲る。パラリパラリと紙の擦れる音が何度か部屋の中に響いた後、セリアはピタリと視線をある一行に定めた。


 それは、国王とマリオスが旅をしている途中の事だ。迷いなく己の道を進むマリオスに向かって国王が問いかけた。どうしたら、その様にはっきりと道が見えるのか、と。たくさんの幸福を運ぶための道筋を、どうしたらそのように正しく見出せるのか。


 その問いに対してマリオスは、己の胸を指差してたった一言だけ答えた。


「己の道は、己の源にあり」


 自分はただ、自分の命の源にある道を信じて進んでいるだけだと。




 スッとセリアは本を脇に置くと、臥せっていたベッドから起き上がった。

 そうだ。思い出した。自分は何時もこの言葉を繰り返して、家の中を走り回っていたいたではないか。


『父様!私、マリオス様になりたい。私も自分の道を歩くの!』


 ベッドから降り、部屋の隅に置いてある鏡の前に立てばマリオスと同じ、学園の制服である青色を纏った自分。




 マリオスになりたかった。それは、自分の理想の姿だったから。でも、小さい頃はその地位も、責任も、何も解っていなかった。ただ、忠義の為に国王を導く、その姿に憧れたから。


 何時からだろう。マリオスになりたいと言わなくなったのは。なれる訳がない、と。その地位に拘ってしまっていたのは。なれる、なれない、などという話ではなかったのに。

 遠くに見えるマリオスという存在ばかりを見詰めて、自分自身を顧みることすらせず。目の前の道ばかり盲目に追いかけて。

 

 今は、目を閉じれば、これまでの旅路が浮かんでくる。自分の、18年間の道。一人で歩んだ時もあれば、彼等に支えられた時もある。それだけは、何があっても覆らない事実。


 自分のこれから選ぶ道が、正しいかなんて解らない。けれど、何時だって自分はそうして来た。信じる道を、ひたすらに選んで。その原点が揺るいだ事はない。

 正しい、正しくない、なんて、自分に決められる筈が無い。今までのことも、何処かで間違っていたのかもしれない。でも、悔いは無い。


「私は、フロース学園マリオス候補生。セリア・ベアリット。国の為、陛下の為、自分の信じる道を歩む」


 ああ、簡単なことだったのに。言葉にすれば、それがすんなりと心に浸透する。


 自分の信じる道をただひたすらに歩く。たとえ、それが自分が目指していたマリオスと交わることの無い道であっても。マリオスの道と、衝突する場所へ繋がっていても。ただ、この心が感じるままに、何者にも縛られずに。

 


 一歩下がり部屋の真ん中に立つと、セリアは大きく深呼吸した。


 さんざん悩んだ。弱音も吐いた。彼等に心配も掛けた。そして、覚悟を決めた。


 例え、誰とどんな形で敵対することになっても、それは彼等の道だ。自分のではない。どうせ、何をしたって上手く行く保証はない。失敗するかもしれない。その時は、後悔と贖罪をこの身に背負おう。けれど、だからこそ、今ここで自分の道は曲げない。



「よしっ!」


 気合いを入れ直したセリアは、机の上に放りっぱなしだった封筒を、漸く手に取った。そのまま、迷い無く封を切り中身を確認する。

 手に感じた重みをそのまま引きずり出せば、姿を表したのは一回り小さ目の封筒。おや、とセリアが首を傾げるが、それと同時にパラリと音を立てて舞い降りた物に目を奪われる。それは、中身と一緒に添えられていたのだろう、一通の小さな手紙だった。


「これは……」


 月明かりを頼りに、セリアは拾った手紙に羅列する文字を急いで追いかける。それは、こんな内容で始まっていた。



『これを読んでいるということは、どうやら一度迷ってしまったようだね。そして、再び覚悟を決めた。うん。手に取るように解るよ。君が何に悩んでいるのかも、どうしてこの封筒を開けるのがこんなに遅くなってしまったのかも』


 冒頭から人をおちょくった様なこの台詞の数々。間違い無い。レイダーだ。まるで今までの自分の行動を見透かしているかのようで、もうこの世には居ない筈なのに、実はその辺りでこちらの様子を伺っているのではないか、と錯覚してしまう。


『とはいえ、この手紙を読んでいるからには、愚かにも覚悟を決めてしまったようだね。大人しく女性の幸せを追いかけても良かったのだが』


 自分がそうしないだろうことは、彼も良く解っていただろうに。


『それでは、覚悟を決め、これから苦しい戦いを強いられる君に、私からの餞別だ。これが君の苦悩を少しでも和らげ、私を楽しませてくれることを期待する』


 そんな台詞と、頑張りたまえ、などと冷やかしとも取れる応援の言葉を幾つか並べて手紙は終わった。


 レイダーが最後に残した物とは一体なんなのか。


 セリアが慌てて出て来た一回り小さくなった封筒を開ける。ずっしりとした重みのそれの正体を知るべく出て来たそれを確認すれば……



「フロース学園の……卒業論文集?」



 何故こんな物が、と首を傾げるセリアがパラリと開けば、それを書いた者達の名前の中に見つけた一人に、目を大きく見開いた。


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