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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第四章 輝く貴石〜
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明決 4

 ふわりと風に流された髪を手で梳き戻して、セリアは再び歩みを進めた。その手には、白い百合の花束が握られている。足下に並ぶ沢山の墓石の間を迷い無く進むその様子から、花束はその内の一つに添えられるのだろう。


 目指すのはただ一つ、レイダー・ペトロフの名が刻まれた墓石だ。身内が他に居なかったようで、彼の元使用人だった者によって埋葬が行われた。しかも、学園からほど近いこの墓地に埋葬するよう指示されていた、と聞いた時には、また何を、と頭を抱えたものだ。


 自分達が今後どうするのか見届けてやるぞ、という意味に取れて、なんだか訳の解らない悔しさを覚える。まるで、自分の奮闘全てが彼の手の上でのことで、死しても尚それを笑われているような感覚だ。



瞬間、訪れた頬を叩く様な強風に、セリアは思わず足を止めてそれをやり過ごした。




 レイダーは何を伝えたかったのだろう。何処を見据えていたのだろう。そんな問いを、もう何度繰り返したのだろうか。マリオスのジークフリードと彼が親友だと聞かされてから、セリアは更に深まったその疑問に思考を散々巡らせた。


 けれど、答えをくれる前に彼は帰らぬ人となったのだ。こうして何度も墓の前に花を添える度、それを痛感する。


「そういえば……今日もあるのかな」


 ポツリとセリアは洩らし、若干俯き気味だった視線を上げた。自分が時折こうしてレイダーの墓を訪れる度、既に誰かによって新しい花束が添えられた後であった。自分と同じく白い百合の花束が、毎度欠かさず墓石と並んでいるのを見て、何時も不思議に思っていたのだ。


 彼の墓参りに来るのは、一体誰だろうか。何時も擦れ違いになってしまうのか、その姿を目にした事はまだ無い。


 今日もきっと、その人物は去ってしまった後だろう。そう思って目的の墓石の前まで来てみたが、その予想は外れ、今日はどういう訳か花束はまだ置かれていなかった。



 珍しいこともあるな、と一瞬疑問が走るが、それよりもここへ来た目的を果たすべく墓石の横にそっと自分の持つ花を添える。


「……まだ、貴方の質問の答えを見出せていません。私は何を覚悟すれば良いんですか?」


 幾ら墓石に問いかけたところで、答えなど返ってくる筈もないが、セリアはそれでも疑問を口にした。


「まだ解らないんです。色々な事が起こりすぎて、何がどうなっているのか」


 何をすればいい。どう動けばいい。自分の胸に走った疑念を何処へぶつければ良いのだ。


「知ってるのなら、教えて下さい。もう、私にはどうしたら良いのか……」


 自分の道が、見えなくなってしまった。目指した先にあった筈の光が、今は揺らいでとても淡いものになっている。



 今まで自分を導いてくれた、ただ一点の絶対的な存在。どんなに悔しい思いをしても、どれだけ非情な言葉を浴びても、その存在があったから。青を背負うその姿があったからこそ、挫ける事なくここまでこれた。


 自分の夢を具現化してくれるその存在こそが彼等だと思っていた。綺麗事だけで乗り越えられる筈も無いその世界で、国への忠義というただ一点に置いて、決して僅かな曇りも陰りも無い。そんな存在だと思っていたから。


「やっぱり、私は甘いんですね。それは解ってます。でも、だからって、これだけは……」


 憧れの対象が、自分の想い通りで無かったから落胆するなんて、どこまで傲慢だろうか。それは解っている。けれど、これは落胆などという感情では決して無い。


 なんと表現すべきか。まるで、支えを失った子供の様な気持ちだ。周りの大きな腕に支えられて、漸く立ち上がる真似事が出来て。

そんな状態なのに、突然支えを失ってしまった。そんな子供がもう一度立ち上がるには、どうすれば良いのか。


「……解らない。私が目指したものは、間違ってたのかな?」


 忠義だけではないのか。青を纏って尚、国への忠誠の為だけに生きることは困難なのか。

青き存在は、決して揺らがぬ信念を持って、国を導き道を示す。だから、そんな存在が憧れであって、その存在の為になるなら自分は何でもする。そう、信じてた筈なのに。


思わず、墓標の前の芝に腰を降ろして座り込み膝を抱えた。だらしない、と解っていても、今はそうしたい気分だった。


「国への忠誠心が、変わった訳じゃないんです。でも、やっぱり私の憧れは、マリオス様達だったんです。その存在の為に出来ることをしたい。彼等が国を想ってくれるからこそ、私は自分の全てをマリオス様に、って」


 マリオス候補生と言われる今も、そんな気持ちが抜けない。自分がマリオスに、なんて、どうしても現実味が感じられないのだ。

 やはり、自分は子供なのだろうか。マリオスという存在を頼りにばかりして。


「だって、ずっとそうやって来たのに」


 どうすればいいか解らない。そんな行き詰まりを感じ、セリアは膝を片手で抱えたまま、もう片方の手であのペンダントを首元から外した。


 シャラリと金属音がして鎖が揺れ、先に繋がれた茶色の円状のそれ。その中心にはセリアが持ってきたものと同じ、百合の花が彫り込まれている。



 これに何か意味があるというのだろうか。セリアはすっかり見慣れたそれを、指先で弄りながら、何度も巡らせた疑問にまた思考を飛ばす。


 一度目にこれが導いてくれたのは、ヨークの裏切りだ。これがなければ、彼を追いつめるのにもっと時間が掛かっていただろう。


 けれど、もしかしたら、レイダーは他にも何か残しててくれたのでは。

 なんて、ついつい考えてしまう。この胸に支える疑念の原因である『価値』の言葉を残してくれた彼なら、この現状をどうにかする道を示してくれるのでは。なんて藁にも縋る気持ちで、今度はそのペンダントを頭上に掲げて陽に翳してみる。


 もしかして、また何か仕掛けがしてあるのでは。


「そんな訳、ないか」


 やはり陽に翳すくらいでは何か変わった様子は見られない。


 風も強まって来た頃、レイダーからの手掛かりは一度諦めてそろそろ帰ろうか、なんて考えていれば、ふと背後に気配を感じた。



「……君だったのか」

「えっ!?ユ、ユフェト校長先生?」


 芝を踏みしめる音に驚いて振り返れば、そこには同じく白い百合の花束を片手に持った、今年から新しくフロース学園校長に就任したユフェトが、セリアと同様驚きに目を見開きながら立っていた。


「校長先生。どうして、先生が」

「……それは、君の物か?」

「え?えっと、これですか?はい。一応、私が貰ったものですが」


 ユフェトがそれ、と言って指差したペンダントに、セリアも戸惑い勝ちに頷く。それに、ユフェトは何処か納得したように小さく頷いた。


「そうか……」

「あの、ユフェト校長先生?」

「……私は、ある条件を満たす人物を見付けたら、渡して欲しいものがあると言われていた」

「はっ?……はい」


 難しい顔をしたまま、声は相変わらず固い印象でユフェトが唐突に切り出す。一体何のことだ、と混乱するセリアだが、取り敢えずユフェトの言葉に頷いた。


「その条件というのが、『己の覚悟を見失った迷える子猫の瞳を持ち、金の鎖に繋がれた百合の花が掘られたペンダントと共に、レイダー・ペトロフという男の墓標の前に立つ者』というものなのだが……」

「……えっと、あの……はぁ」

「一つ目の条件である『覚悟を見失った迷える子猫の瞳』というものを、私は理解出来ない。また、判別も不可能と思うので、残り二つの条件で特定させて貰う。そうすると、君を指していると思われるのだが、どうだろうか?」


 思わず耳を疑う思いでセリアは目を瞬かせた。なんだろうこれは。まるで、レイダーと対峙しているかのように錯覚する。彼の遠回しな演出を前にしているようで、もしやこれは、と生唾を飲み込んだ。


「た、多分、私のことだと思います」

「ならば、これを私は君に託す義務がある」


そう言われユフェトが持っていた重厚な鞄から取り出された紐で閉じられた封筒を手渡され、セリアは戸惑い勝ちにそれを受け取った。

思いの外重量なそれを、一瞬腕からすり抜けそうになったそれを、大事に腕と胸の間に閉じ込める。


「あ、あの。これを渡すように言われたのは、レイダー・ペトロフ氏ですか?」

「……いや。マクシミリアン前校長だ」

「マ、マクシミリアン校長先生が?」


 思わぬ人物にセリアは再び封筒がすり抜けてしまいそうになる。落とすものか、と気合で慌てて抱え直すが、走った驚きまでは抑え込めない。


「といっても、そのマクシミリアン前校長が、ペトロフという男から受けた頼み、だということだが」

「あ、あの……では何故ユフェト校長先生が?先生は、マクシミリアン校長先生が何処にいらっしゃるか、やはりご存知なんですか?」


ずっと気になっていた事柄の一つを思い切って口にする。すると、ユフェトはあからさまに眉根を寄せた。


「……その問いには、悪いが答えられない」

「そ、そうですか……」


 バッサリと切り捨てられる。それにセリアは渋々と頷いた。気にならない訳が無いが、相手に文句を言わせない、重苦しく固い空気と威厳ある声に、それ以上食い下がる気を削ぎ落とされる。


「……あの、あの百合も、ユフェト校長が?」

「ああ。これも、マクシミリアン前校長に頼まれていたことだ。しかし、それも今終わった。それよりも、君は中身が気になるのではないか?」

「あっ……は、はい」

「ならば、あまり遅くならない内に寮に戻りたまえ」

「……はい。ありがとうございました。失礼します」


マクシミリアン校長の事が気にならない訳が無い。けれどセリアはそれ以上の追求の機会を見失ったまま、静かに踵を返したユフェトの背を見送った。





そうして、寮の自室に戻ってきたセリアだが、既に時刻は月が昇り始める頃にも関わらず、封筒の口は未だ固く閉じられたままだった。


「……どうしよう」


自室の机に置かれたそれを、ベッドの上で膝を抱えたまま見詰める。

怖いのだ。その中に仕舞われている事実が。もしかすれば、この胸の疑念を決定付けてしまう事柄の様な気がして。


自分は、早く中身を確認して、もしそれがヨーク達の企ての証拠や何かだったら、早急にそれを提出しなければならないのに。

解っているのに手が動いてくれない。少しでも先延ばしにしたい、という思いが、紐を解く腕の邪魔をする。


もし、これが青いローブを着ることを許された唯一の存在の、その忠義が偽りだと言うようなものだったら、自分はどうしたら良い。


だからといって、このまま何もしないでいるなんて、それこそ出来ない。なんとしてでも、ヨークやルネの、そして、王弟ヴィタリーの企てを暴き、それが反逆に繋がるなら阻止しなければ。

でも………


抱えた膝を更に強く引き寄せ、セリアは深い深いため息を吐き出した。


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