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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第四章 輝く貴石〜
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明決 1


 放たれた火が森へ移る前に消火も終わり、苦し気に息をするイアンも医師にもう問題無いと診断された。ただ、肩と足の傷が塞がるまで数日は安静にとのことだ。


 あまりにも唐突なことで戸惑うばかりだが、まずは他の候補生達に報告と相談をしなければ、と急いで学園への帰路に着いた。


 しかし、そんなセリア達が急いで学園に戻ったのとまるで擦れ違う様に、今度はランとカールが実家へ急に呼び戻されて行った。こんな時に何が、と疑問に思う暇も無く、学園を去る彼等を見送ることになった。


 ルネやレミオット伯爵との間の事を相談するのは、彼等が戻ってからということだ。


 ラン達の帰還は何時頃になるのか、と辛抱しながら、それまでにセリアは一度自分の中で色々と整理しようと考え込んでいた。


 ルネが何の為にあそこまで来たのか。やはり、知られては拙いものがあそこにあったのだろう。

 別荘がルネに放火されたことを報告する名目で、あの家が抱える事情を詳しく聞こうとレミオット伯爵邸へ向かったのだが、やはりというか、会っては貰えなかった。


「どうすれば……」


これからどうすれば良いのだろうか。ルネの事情を探るにも、これ以上は難しい。レミオット伯爵に警戒されてしまった今、強制力のある立場で無い自分に、会える機会は無い。


 別荘の焼け跡を探しもしたが、燃えてしまったそれらは何の答えにもならず。近隣を警備官に捜索してもらったが、やはりというべきか、ルネ達の姿は見つからなかった。



 行き詰まり。そんな言葉が頭を過る。


 ふぅっと息を吐いてセリアは頭上に広がる空を見た。


 誰も来ない池の畔で地面に腰を降ろしたまま疲れた思考を解そうとぼんやりしてみる。

 けれど途端にルネの顔が過り、思わず拳を強く握った。


 考えない様にしていたが、あの時押し当てられたナイフの感触は今でも残っている。

 彼のはっきりと言った「殺す」という言葉が、耳にこびりついて離れない。それがイアン達を挑発して逃げ延びる為の芝居だったのか。或いは本心なのか。


 ブルリと震えた肩にセリアはそっと両腕を回す。本気なのだろうか。ルネは自分を殺す積りで居たのだろうか。彼の真意が解らない。自分には、理解出来ない事が多すぎる。



「そんな悩める乙女の顔して一人で溜め息吐いとるなんて、口説いて下さいって言っとる様なもんやで」


 そんな台詞が聞こえたものだから、セリアは慌てて声の主を探した。この何を言ってるのか、てんで理解不能な言葉をスラスラと並べられる男など一人しか居ないのだが。


「ルイシス……」

「よう。まぁたあの坊ちゃんの事考えてるんとちゃうやろなぁ」

「そんなこと言っても」


 オッドアイがキラリと光ってまた見透かされてしまう。そんなに自分は解りやすいのだろうか。


 自分が座っている地面の横に腰を下ろしたかと思えば、あろうことかルイシスはそのまま横になったのだ。倒れた頭が膝の上に乗り、所謂膝枕という体制に、セリアはそれまでの悩みなどどこぞへ吹っ飛び思い切り目を見開いた。


「ぎゃ、ぎゃああ!ま、また何して!」

「ええやんか。これ・・、気持ちいいんやからしゃあないやろ」

「ま、また訳の解らないことを」


 必死にルイシスの頭を退かそうとするも、寝ながら抵抗されてしまい思うように事が運ばない。そのうちに、抵抗するのも疲れ打つ手がなくなったセリアは、もう諦めたと深いため息を吐き出してルイシスの横暴を許した。


「んん、ホンマ気持ちいいなあ。このまま寝ちまいそうや」

「私は枕じゃないよ!」

「でもなあ、この腿の柔らかさとか、もう絶妙」

「…………はあ」


 どうあっても降りる様子のないルイシスに、またため息が出る。そんなセリアをニヤニヤと目を細めて眺めていたルイシスだが、次には短く息を吐き出しそのオッドアイが真剣な色を帯びた。

 

「アイツの気持ち考えたって、お嬢ちゃんに出来ることないやろ。それとも、あの男の為にヨーク達の側に着くんか?」

「それは……」


 再び出た話題にセリアがギクリと肩を揺らす。それでもルイシスの光る双眸が真下にあるものだから、視線を逸らすのも難しい。


「対立しとる立場に居る以上、アンタからアイツにしてやれることは無い。まあ、アンタの大好きな忠誠心とかよりもルネの坊ちゃんのあの身勝手な愛の言葉の方が大事言うんやったら、話は別やけど」


 尤もな意見に返す言葉が見つからない。幾ら悩んでも、国を裏切ることは出来ないのだ。自分がこれからするのは、彼等の目的を阻止することに他ならない。ならば、今はそれしか無いではないか。


 本当に、この男は何時も何を考えているのか解らないのに、鋭い言葉で核心を突いてくるのだから。


 改めて認識した事実に、肩に乗る重圧が更に重みを増す。深く息を吐き出してセリアは空を仰ぎ見た。


「なんでこんなことになっちゃったんだろう?」

「そりゃあ、アンタが好い女やからやろ」


 茶化す様な言葉に、それまで遠くを見ていたセリアはキッと視線を鋭くしてルイシスを見返す。


「変なこと言わないでよ」

「何が変なことや?」


 本気で解らない、と言いたいのをアピールするかのように首を傾げて見せるルイシスに、増々苛立ちが募る。


「俺は何も変な事や可笑しなこと言った積もりないけど」

「言ったじゃない」

「何を?」

「だから…… はあ」


 やめよう、とセリアは視線を逸らしてため息を吐き出した。この男に何を言ったって、また妙な発言で茶化されるだけだ。


「お嬢ちゃんこそ、それ止めた方がええよ」

「な、なにを?」

「アンタは好い女や。男を虜にして、本気で欲しいと思わせる。何が何でも手に入れたいって気にさせる。その心も、身体も」


 ジロリと、まるで獣にでも睨まれたような気にさせる瞳に自分の姿が映り、しかもスルリと腰の周りを撫でられ、セリアは訳の分からない危機感に駆られ思わず声が震える。


「だから、それが変なことだって……」

「変やない。嘘でもないし、ふざけてもおらん」

「……そ、そんなこと」

「慈しんで、大切にして、自分の腕の中に閉じ込めてしまいたい。花のように愛でて、月の様に眺めて、優しく全部包みた込んで隠してしまいたい」


 自然な動作で伸びて来た手に頬を撫でられ、その部分が熱を持つ。

 言われてる言葉の意味の理解が追いつかない。恥ずかしい台詞の連続に耳を塞ぎたい衝動にかれられる。でも真剣な声色に、意識を逸らすことも出来ないでいた。


 目を見開いて固まるセリアは、けれど次には頬を撫でる手が口元へ伸び、反射的に飛び退く。が、膝に乗った重みに邪魔され距離は取れない。その間にも、伸びた指先に唇を捉えられた。


「けど、それは同時に、他の奴には奪われたくない、って思わせるもんや。心だろうが身体だろうが、な。その瞳に映るんが自分以外なのは許せない。その可愛い唇が呼ぶ名前が、他の奴であってはならない。独占したくて、支配したくてたまらなくなる」

「なっ?な、ななっ……」


 呂律が回らず、視界がグルグルと定まらなくなり、セリアはフラツく身体を必死に地に腕を突いて支えた。

 なんだなんだ。と混乱で吐き気すらしてきたところで、次には耳にクッと喉の奥から漏らした笑い声が聞こえた。だものだから、慌てて視線を向ければ、ルイシスがゆっくりと身体を起こし、しかもその口元が弧を描くのを見た。


「なっ!か、からかったの!?」

「からかってない。少なくとも、ルネの坊やはそう思ったってことやろ。いい加減受け入れんか」


 あまりにもルイシスの声が真剣で、セリアも言葉を失う。


「ええか。それだけはしっかり覚えとき。あの男は、本気でアンタを狙ってる。アンタを狂う程に愛してる。それを『解らない』なんてふざけたこと言ってると、いざって時に判断出来んで」

「‥‥‥ふざけてなんか」

「説得とか、話し合いとか、それはお嬢ちゃんには出来ん。色々言いたいことはあるんやろけど、諦めろ。アンタがアイツに言える言葉は、アンタが本気でルネの坊やに対して抱いた想いってもんだけや。それ以外は、悪いけど阿呆なお嬢ちゃんには無理」

「…………」


 まるで悪い事をした子供に言い聞かせるような声に、セリアは返す言葉が見つからなかった。色々な反論の言葉が喉元まで競り上がってくるのに、それをいざ言葉にしようとすると何故か抵抗を覚える。


 そのまま口を開いたり閉じたりを繰り返すセリアに、ルイシスはふっと表情を崩すとその頭を優しく撫でた。


「あの、その……」

「今は解らんでええよ。けど、取り敢えずそれだけ覚えとき。人の心なんざ、千差万別や。人の数だけ、気持ちの形がある。アンタの考える愛の物差しじゃあ、まだルネの気持ちは測りきれん。今のアンタの言葉じゃ、アイツには届かん。それだけのことや」

「……そんな。じゃあどうすれば」

「逃げろ。アンタが『解らない』って泣いてもあの男は止まらん。だから、逃げろ。怖いと感じたなら、とにかく逃げろ。アンタが自分を守るには、それしか出来ん。まあそん時は、俺が助けてやらんこともないよ。気が向いたらな」

「……あ、ありがとう」


 未だ納得したとは到底言い難いが、今の自分がルネと相対するのは困難だということは何となく解っていたことだ。向き合っただけで恐怖で震えてしまった自分を思い出すと今も情けなくなる。

 だからルイシスの言葉に反論するつもりはない。けれど、だからといって逃げるというのは……


 難しい顔をして唸ったり考え込んだりを繰り返すセリアの頭を、飽きずにルイシスが面白そうに撫でていた。





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