表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第四章 輝く貴石〜
119/171

疑念 4

 学園都市から北の方角へずっと向かった先にある自然の豊かな土地、トルム。


 延々と続くかという程に広い田園風景を視界の端に映しながら、セリアは目の前の古城を見上げた。それほど大きいものではないが、レミオット本家と同じく、とても優美な外観を持った城だ。

 古びた赤煉瓦と、それと対象になるような真っ白な壁。それを、所々僅かに開いた薔薇の蕾みをつけた蔓が這っている。城を挟んだ田園の反対側には、小さな森も点在していた。


 周りに人の気配は無いが、遠くの村から鐘の音が時折風にのって微かに耳に届く。


「好い所だね」

「ええ。ですが、警戒はしてください。最近は人が入った様子は無いとのことでしたが」


 ここへ来る途中ですれ違った畑仕事中の老人の言葉を思い出す。近年も、ルネ以外の人間が近付くことは無かったらしい。休暇中も、家族や使用人の一人も連れず、たった一人で過ごしていたそうだ。


「取り敢えず、探索だな。入り口は……あっちか」


 イアンが古びた木製の扉を引けば、ギシリと蝶番が音を立てる。僅かに空いた隙間からセリアが中の様子を伺えば、薄暗い玄関が出迎えた。


 ここで何か見つかるだろうか、と僅かに乱れる心音のまま引き込まれるように屋内へ入る。

 イアンとザウルも同じ様に屋敷へ入ったのを気配で感じながら、セリアはキョロキョロと辺りを見回した。


「あっ!」

「セリア殿!?」


 途中で思わず躓いてしまったところを、後ろからザウルに腕を掴まれて寸でのところで踏みとどまる。


「薄暗いですから、注意して下さい」

「うん。ありがとう。えっと、明かりは……」


 まずはこの薄暗さをなんとかしようと、少し離れた場所の大窓を遮るカーテンに手をかける。それを迷う事なく開けば、室内に陽が満ちると同時に、大量の埃が舞い上がった。


「ケホッ、エホッ!?……」

「セリア殿?大丈夫ですか」

「うん、平気、クシュン!!……だよ、クシュッ!」


 くしゃみで遮られた言葉に、またザウルの心配そうな顔が向けられる。けれどそれに気を配る余裕が無い。とにかく、この鼻のむず痒さをどうにかせねば。



「随分使ってなかったみたいだな」

「えっ?」


 イアンの訝しむ台詞に背後を見遣れば、カーテンに積もっていたのにも負けぬ程の埃を被った室内。一通りの家具には布が掛けられたまま、何年も放置されていたかのようだ。


「可笑しいですね。ルネが使っていたのでは」

「解らねえが、少なくとも三年以上は触って無さそうだぞ。ほんとにここに居たのか?」

「……妙ですが、一応他の場所も見てみませんと」


 しかし、別荘とはいえやはり広い。何処に何があるのか解らないまま闇雲にこの埃の中を探しまわるのでは、時間が掛かるだろう。


 セリア達は取り敢えず、屋敷の構図だけでも確認したいと、手分けすることにした。


「少し外の方も見て来るね」

「気をつけろよ。何かあったらすぐに呼べ。いいな?」

「うん。解った」


 屋敷の中は二人に任せ、セリアは一度外へ出た。

 途端に、陽の光に照らされ、新鮮な空気が風に流れて来る。久方ぶりにも感じる埃臭くない酸素を、セリアは胸一杯に吸い込んだ。


「よしっ!」


 そんな掛け声と同時に気合いを入れ直し、セリアは一度古城の裏へ回る。


 それにしても、やはり気になる。ルネは毎年この古城を訪れ、暫くそこで過ごしていたと聞いて来たのに、中のあの様子はとてもそんな風には見えない。どう考えても、人が近付いた気配すら無いのに。


 では、ルネはその間一体何処に居たのだろうか。


 悶々と考えながら古城の壁に沿って歩いていれば、裏にある林が目に入る。その中へと続く道が、少し離れた場所に設置された庭園から延びていた。


「これは……」


 気になってその道なりに進んでみれば、林の中に隠れるようにひっそりと佇む一軒の小さな家に気付く。本当に小さな家で、小屋と言っても良い程だ。


 あそこにも何かあるかもしれない、とセリアは新たな発見に期待を高めた。

 屋敷の中が使った形跡が無いなら、何処か別の場所を使用していたのだろう。けれど、この近くでルネの姿が確認されているのだから、ここからそう遠く離れてはいない筈。となれば、あの小屋などとても怪しいではないか。



「おい、セリア」


 見付けたからにはすぐに確認しなくては、と駆け出そうとした腕を後ろから唐突に掴まれた。慌てて振り返れば、真剣な顔付きのイアンがそこには立っていた。


「イアン。あそこ!小屋みたいなのがあって。もしかしたら、あそこで何か見つかるかも」

「…………」

「……イアン?」


 バサッと頭上の木から鳥が飛び立った。けれどそんなことにも気付かない程、周りの空気が張り詰めたもので、セリアは思わず息を呑んだ。


 一体、どうしたのだ。もしかして、何かを見付けたのか。だとしても、この沈黙は何だか可笑しい。

 どうかしたのか、と声を掛けることすら戸惑うほどの緊張感に、セリアはどうしたらいいのか解らなくなる。


 けれど、何時までもこうしてる訳にはいかない。セリアが意を決して、出ない声を振り絞ろうとしたが、その努力が実る前にグイと強い力で引き寄せられた。


「わっ!イ、イアン!?」

「悪いな。少しだけ、こうしててくれ」


 しっかりと背に腕を回され、胸の中に閉じ込められてしまった。何がどうなっているのだ、と目を見開くがイアンはそんなことお構い無しと言った風に締め付けが強くなる。


「イアン……んっ!フッ……」


 息が詰まる程の力に、セリアは懸命に足りなくなりそうな酸素を吸い込む。

 抱きしめられているのだと、漸く理解すると同時に、それがどうしても落ち着かくなる。その距離感に気まずさを覚え、少しでも離れようと腕でイアンの胸を押し返すがビクともしない。


「……く、苦しいよ」


 息苦しさにそう訴えれば、それまでキツく抱きしめていた力が漸く緩まった。そのままゆっくりと離れ、改めて見上げたイアンの顔は、どうしてかとても青い。



 心配するような茶色の瞳に見上げられたイアンの内心は、後悔と驚愕で一杯であった。


 本当に、無意識だった。気がつけば、セリアを腕の中に閉じ込めていた。あれほどザウルに釘を刺され、自分でも今は必要以上に踏み込むまいと誓っていたというのに。


 思い返しただけでも漏れそうになる舌打ちを、イアンは寸でのところで抑えた。

 どこまで自分は貪欲になっているのだ。これでは餓えた獣も同然ではないか。


「……悪かったな」


 そう言うだけで精一杯だった。あれだけの仕打ちをしたルネを、それでも知りたいと奴を想うセリアに、苛立ちは増すばかりで、どうすれば良いのか解らない。

 抑えようと、決めたばかりだというのに。己の情けなさにむしろ笑いすら込み上げて来る。

 そう。笑いですむ程度に留めなければ。


 不思議そうな顔で見詰めて来るセリアに内心を悟られまいと必死に取り繕った笑顔を貼付けた。


「イアン。大丈夫?」

「ああ。取り敢えず、何か見付けたんだろ。行くか」


 そのまま先へ進むが、僅かにでもセリアの存在を感じていたいと、また無意識の内に働いた欲が握った手首を離そうとしない。それに気付いても尚、己の手が細いそれを逃すまいと動いてしまう。

 けれど、指先から伝わる微かな温もりに、ジワジワと胸を焦がすかのような満足感と、それを上回る勢いの渇きが這い上がって来る。

 駄目だと解っているのに、それでも体が理性の命令を無視するのだ。




「そういうのって、人の家ですることじゃないよね」



 唐突に聞こえた声に、セリアとイアンも咄嗟に振り返る。けれど、相手を視野に入れる前に横でイアンが呻き声を上げたのでセリアも思わずそちらに目を奪われた。


「……ぐぁ」

「イアン!?」


 地に膝を付いたイアンが、肩口を押さえていた。手の隙間から見えるのは深く肩に突き刺さった矢で、そこからドクドクと出血している。しかも矢は一本ではなく、蹲る太腿にも二本目が刺さっていた。


「イアン!……イアン!!」

「セリアはこっちだよ」


横で苦しげに顔を歪めるイアンの傷口を呆然と見詰めながら必死に呼びかけていれば、腕を掴まれそこから引き剥がされた。


「久し振り、かな。僕の眠り姫」

「………ルネ」


背筋をゾクリと悪寒が走る。急に周りの温度が下がったような錯覚を覚えながら、セリアはゴクリと生唾を飲み込んだ。強く自分を引寄せる相手を見やれば、見紛う筈も無い。それは輝かしい笑顔を浮かべた、ルネが見下ろしてくる。



呆然としているセリアの横から蹲ったままイアンが心底忌々しげな視線を投げた。


「テ、テメエ……」

「二本はやり過ぎたかな。でも相手が誰であっても、嫉妬で思わず手が出るっていうの、“イアンなら” 理解出来るよね」


額に青筋を浮かべるイアンを、ルネが一瞥する。そのままセリアの肩を優しく抱きとめる姿に、イアンの頭で血管が切れる音がした。


「どの面下げ、て…… うっ」

「イアン!?」


血が流れたままの傷口に顔を歪ませながらも、怒りに任せてルネに掴みかかろうとしたイアンだが、グラリと揺れた視界に再び地面に膝を付く。


「イアン!ルネ、イアンに何を?」

「ああ、安心して。軽く麻痺してるだけだから。半日もすれば元に戻るよ」


矢の先端に毒を塗ったのか、とセリアは益々目を見開いた。


「いやあ、驚いたなあ。まさか僕がここに来たその日に皆もここを見付けるなんて。もしかして、運命かな」


軽い調子でそう言う姿は、以前のそれだ。温室から失われ、それからずっと見たくて仕方がなかったもの。けれど、セリアにはそれが同一人物だとはどうしても思えない。友人に矢を放つなど、どうしてそんなことが出来るのだ。



いずれ会うことになるだろうと、覚悟していたのに。いざ本人を前にして、しかもこんな形で友人の血を見ながらという状態に、セリアの頭は真っ白になる。


「ど、どうして、こんなこと……」

「セリアはそればかりだね。恨み言の一つでも言ってくれると思ってたんだけど。まあ、いいや。取り敢えず、おいで」


セリアの言葉に答える気は無いのか、ルネはそのままセリアを後ろから羽交い締めにし、歩き始めた。そのまま進むよう促されるが、従う気になれず未だ苦しげにしているイアンに視線を向ける。


イアンは遠目にも解る程青ざめていて、額に浮かんだ脂汗が後から額を流れ落ちている。苦しいのだろう呼吸も荒く、それでも一歩ずつ離れるルネと自分を追おうと脚を動かしているが、視界が揺れているかのようにフラフラと安定していない。


その姿に、なんとかしようとルネの拘束から抜け出そうと身をよじる。


「セリア。今は言うこと聞いてね」


けれど途端に首筋に刃物を突き付けられ、セリアはギクリと反抗していた動きを止めた。光る短剣が、肌を傷つけないギリギリの力加減で喉元を掠める。


「大丈夫だよ。ちょっと用事を終わらせるだけだから。それまで大人しくしてて」


口調も声も、懐かしく優しげなそれなのに、どうしてここまで恐怖を覚えるのだろう。チラリと自分のすぐ傍にあるルネの顔を見やれば、やはり天使の笑みで微笑まれる。


 どうしてその様に平気な顔をしていられるのだ。何故、そこまで何事もなかったかのように振る舞える。


「ルネ」


 震える唇で、けれど今度は先程よりもしっかりと名前を呼べば、ルネが僅かに目を細めた。



どこまでも、ふざけたことぬかしやがって。

出来るのかよ。お前に…… そんなことが出来るのか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ