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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第三章 目覚める鉱石〜
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波紋 4

『一つだけ聞かせて戴いても宜しいですか?』

 そう聞かれセリアは歩みを止めたキースレイと向き合った。けれど、途端にセリアは僅かな違和感を覚えそれまでにない緊張を感じる。キースレイの顔に貼り付けられた笑みに、言い知れぬ不安が走ったのだ。冷たくなった背筋に、無意識の内に距離を取るように半歩下がってしまう。


 それには気付かなかったのか、キースレイはゆっくりと言葉を吐き出した。


「貴方がそうまでする程の価値が、本当にありますか?」


「………………えっ?」


 時が止まったかの様な錯覚を覚えながら、セリアは何度も目を瞬かせた。

 言われた言葉を反芻する内に、それが幾度か聞いたことのある台詞だということを思い出す。けれど、どうしてそれをこの人から聞くことになるのか、解らずに呆然と相手を見返すしか出来ない。


「あ、あの……」

「ああ、いえ。貴方の様に可愛らしいお嬢さんであれば、もっと女性としての幸せを選ぶことも出来たのではと思いまして」

「その、そんな風に考えたことは……」

「そうですか。やはり貴方の忠誠心は並ならぬものがあるようですね」


 すぐにキースレイは不安を感じさせる笑みを引っ込め、先ほどの穏やかなものに変えた。けれど、今のセリアにはそれすら何処か作ったものの様にしか見えず、背筋を冷や汗が流れ落ちる。

 呆然とする頭で震えだけは必死に堪えていれば、元々俯き気味で緊張を漂わせていたセリアに変化を感じなかったのか、キースレイは穏やかに歩みを再開させた。


  そのまま彼の先導で王宮の入り口に近い場所で馬車に乗り込んだが、優し気な笑顔で送り出されても感じた疑念は少しも薄まらなかった。


『価値があるのか』


 忘れる筈も無い。その言葉は、レイダー・ペトロフが、そしてヨークが言った言葉だ。この国に価値などない、と。本気で言い放ったヨークの顔は今でも覚えている。もしかしたら、それこそがヨークの行動の理由なのか、と。そう考えていた。

 レイダーからも聞いたその台詞は、もしかしたら、彼等の中で何か意味のある言葉なのかと、ずっと気になっていたのだ。



 それを、何故、今。しかも、よりにもよって、あの人から聞くことになったのだ。誰も居ない馬車の中で、セリアは震える肩をそっと抱き寄せるが、体の芯が凍る様な感覚は消えない。

 いや。ただの考え過ぎだ。単なる偶然である筈だ。

 幾らそう自分に言い聞かせても、抱いてしまった疑念がどうしても離れない。けれど、そんなことあり得る訳がないではないか。彼は偉大なるマリオスだ。国を想い、国に尽くす。青を纏うことを許された唯一の存在。国の中枢を支え、陛下への忠誠を表す代表の一人だ。


 そう。だからこそ、彼が何の気も無しに価値があるのか否か、などと口にしたとは思えない。けれど、もし彼が本当にそう思っていたとしたら、価値の有無を疑っていたのだとしたら。その時は、一体どうなるのだ。

 できればそんなこと考えたくはなかった。何故ならそれは、この胸に宿った疑心が本当のことになってしまうということだから。





 豪華な内装が施された廊下を、ジークフリードは自分の足音が木霊する中、一つの扉を軽く叩いた。


「おぅ。開いてるぜ」


 くぐもった声と同時に聞こえた粗野な返事。けれどそれを今更気にする様なことはせずに、手早く扉を開けた。

 扉を潜れば怠そうに体を椅子の背凭れに預け、しかもあろうことか、目の前の机に足を投げ出した状態という、なんともだらしない格好の男が、来訪者に目をやることもせずに首を仰け反らせていた。


「ハガル。せめてそれは下ろせ」

机に乗せられたままの足を一瞥したジークフリードに、ハガル・ボルスキーは気怠そうに顔を上げた。

「あんだよ。仕方ねえだろ、本当に怠いんだからよ」

「書類が汚れるだろう。お前は、自分の靴で汚したものを陛下へ渡すつもりか」

「……別にいいだろう。使用人の所為で王宮の床は鏡かと思うほど磨かれてんだから」


 とはいいながらも、ジークフリードの機嫌が降下し始めたのを悟ったのか、ハガルは渋々と足を下ろした。けれど、だらしない姿勢を治す気まではないようで、体は椅子の背もたれに預けられたままだ。


「それで、用件はなんだ」

「ああ。議事堂内の警備の組み直しだが、取り敢えず草案が纏まったから、お前の方から回して貰おうと思ってな」

「……それだけか?」


ジークフリードが訝しむ様に眉を寄せれば、ハガルはそうだが、と悪びれもなく言った。


「それなら後でも良かっただろう」

 それならば、わざわざセリアをキースレイに任せずともよかったのだ。

「さっさと終わらせたいんだよ。いいだろ別に」


そう言って書類を差し出してくるハガルに、ジークフリードは一言文句でも言ってやろうと口を開いたが、言葉が紡がれる前に部屋の扉が新たな来訪者によって叩かれた。それに間髪を容れずにハガルが入室を許可したものだから、ジークフリードは仕方なく口を閉じる。


「失礼します…… あ、これは!ジークフリード様、大変失礼いたしました。お話し中でありましたか」


入室してきたのは補佐官の一人だ。先客の存在に気付くと、顔を青くして一歩下がる。けれどそれを気にするなと言った風にハガルは手を振った。


「ああ、構わねえって。どうかしたか?」


そうハガルに言われた補佐官はチラリとジークフリードを気にしたように見やる。その視線に気付いたジークフリードが無言で頷けば、補佐官はおずおずと一歩前へ出た。


「あ、はい。それが、議事堂に保管されていたこれまでの議事録を確認したところ、少々気になる点が幾つか……」


ピクリと眉を上げたジークフリードの横でハガルは「また面倒事が増えた」と言わんばかりの顔で補佐官からその資料を受け取った。








夜も深まり、人影を隠すような闇が辺りを包む頃、ある屋敷の一室で複数のグラスに紅いワインが注がれた。


「議事録の方は上手くいったようですね」


言われながら差し出されたワインを、ヨークは薄い笑みで受け取りながら答える。


「ええ。コーディアスは、あれでも一応脳があった様ですね。見事に改竄の痕跡は全て綺麗に消されていましたよ」

議会の後に王宮に提出される内容と議事堂で保管される議事録。本来ならこの二つに違いなどない筈なのだが、コーディアスは愚かにも自分が議会長となる為に、また己の野望を叶える為に、改竄を繰り返していた。


本来なら消されていた筈のその事実を、ヨークは態々露見するようにしたのだ。一体、それは何の為なのか。


ヨークが小さく漏らした笑いに、相手も満足したように目を細めた。そして向きを変えると、その部屋に集められた他の者にも見えるようグラスを掲げる。それに倣う様に、その場の全員がグラスを持った手を上げた。


「準備は整いつつあります。計画実行の時は間近、失敗はありません」


その言葉に、各々から鼓舞するような声が掛かった。


「国王の忠臣どもも動きは抑えた。あとは時が来るのを待つばかり」

「議会も同じこと。暫くは身動き取れまい」

「気掛かりといえば、マクシミリアン。さて何をする積もりか」

「捜索は続けている。それに、奴が戻る前に全てを終わらせるのみ」


それぞれに呟かれる言葉を遮り、最初の男がまた一歩前へ出た。


「女神の微笑みを再び取り戻さんが為に、空虚な安寧に終幕を告げる。価値無き大地に栄光を」


『価値無き大地に栄光を!』


重なる各々の声と同時に、ワインに満たされた杯はそのまま床に叩きつけられた。





それからさほど時間を開けず、待機されていた馬車にヨークは静かに乗り込んだ。既に中に居たもう一人は、早々に戻ってきたヨークをチラリと一瞥する。


「早かったですね。もう少し掛かると思ってたのに」

「私は、あまり長居する意味はありませんからね。それと、議事録の方。予定通り運んでいるようですよ」

「そうですか。それなら、急いだ甲斐がありましたよ」


ヨークから知らせを聞き、ルネはその口角を釣り上げた。


「今回は、セリア達の負けですね。まあ、まだ気付いて無いでしょうけど」


今頃彼女はどうしているだろうか、と思いを寄せてルネは馬車の窓から学園都市の方角を見遣る。

 セリア達はコーディアスの企みを必死に食い止めようと奮闘し、見事それを阻止した。だが、そんなことはヨークやルネにとっては問題にならない。むしろ、そうなると予想していたくらいだ。


彼等が重要視していたのは、議事録にコーディアス達による改竄があったという事実をより解りやすくすることと、用済みとなったコーディアス本人の抹殺。そして双方とも滞り無く行われた。


 口角を上げるルネを見遣りながら、ヨークは馬車に出るよう指示を出した後にポツリと呟いた。


「よく貴方が此方側についたと思いますが…… 」


ルネを勧誘し続けたのはヨーク本人だが、最後にルネの口から出た名前に、未だに驚きを隠せないでいる。


「貴方といい、候補生達といい。何をそんなに気に入ったのか」


それが、今はまだ何も知らないであろう、栗毛の少女に対する言葉なのは、言わずとも知れた。何度も邪魔をされているだけに、そこまで固執する彼等の気持ちが解せぬと言いたげにヨークが呟く。それにルネは窓の外に視線を定めたまま小さく笑った。


「何が、なんて解りませんよ。僕の場合は、一目惚れですから」


偽りを生きていた自分の前に突然現れた、己の夢を見据え真っ直ぐに生きる少女。自分の視線が何時しか彼女ばかりを追っていることに、出来れば気付きたくは無かったが。







始まった宴を告げるかの様に、砕かれた杯のワインは紅い染みを広げ続ける。芳しい香りに引き寄せられた天運は、最後に誰の元へ辿り着くのか。女神の微笑みを望むその手が、疑念に震える少女を払い除けようと押し寄せる。

 宴の席に着かぬまま、その小さな肩を抱きしめ、震えたまま過ごせばいい。そう運命は囁くが、けれどそれも叶うまいと嘲笑う。ならば是非ともこの饗宴へ招いてやろうと、少女を取り巻く歯車をまた少し、ほんの少しずつ廻し始めた。






〜第三章 目覚める鉱石〜


完結



「なんだか怪しい雲行きねえ。セリアちゃんがこの後どうするのか、楽しみだわ」

私としては、これ以上余計なことに首を突っ込まず、大人しく授業を受けてもらいたいのですが。

「それにしても、ルネ君が心配だわ。これからどうなっちゃうのかしら」

相変わらず、何処まで候補生はこちらを驚かせれば気が済むのか。第一、誉れ高き筈であるフロース学園の生徒が、この様なことになるとは。

「そういうことを言ってるんじゃないわよ。ああもう。この後セリアちゃんは一体誰を選ぶのかしら」

貴方こそ、そんなことは重要ではないでしょう。下手をすれば、反逆罪としての責任を負う者を学園から出すことになるのですよ。そもそも、貴方は何時もそうやって何でも面白がって。教師であるなら、学園の事を少しでも考えて下さい。

「そんなことよりも、もっと大事なのは今後の彼等の活躍よ。一秒も見逃せないわ。きちんとこの目に焼き付けなきゃ」

そ、そんなこと!?貴方は、自分の仕事を、そんなこと、の一言で済ます積もりですか!

「じゃあ私は早速皆の様子を見に行って来るわ」

クルーセル!!



ここまで御付き合い下さりありがとうございました。第三章はここで完結です。

今後とも、どうか宜しくお願い致します。


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