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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第三章 目覚める鉱石〜
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孤月 3

 無事なザウル達の姿を見て安堵したのも束の間。あの様子からして彼等は大丈夫だろう、とセリアは判断すると同時に、この先にカブフラがあるのだと確信した。

 敵に囲まれて動けない様子の彼等の横をすり抜けて、セリアは必死に足を動かした。


 そうして奥に進んで行けば、その先で見つけた一つの部屋。飛び込んだ暖房室からは、温めた空気を流す為のパイプが幾つも天井へ続いている。


「これは!?」


 室内を見渡せば、幾つもの箱が並び、その中には一杯に詰められたオレンジの花。間違いなくカブフラの花だ。ここならば、パイプに少し細工するだけで、十分議場内に毒を流すことは可能だろう。


「なんだ、お前は!!」


 カブフラの前での役目を渡された男が、突然の少女の登場に驚いて声を上げる。そしてその手からは導火線の様なものが伸び、しかもその先は既に点火されていた。


 仕事を終えたと思った所に唐突に乱入者が現れ、男は慌てる。けれどそれが自分達の邪魔をしにきたと理解すると、すぐにセリアに向かって掴み掛かった。

 その動きにセリアは咄嗟に腕で自身を庇うが、すぐ横をヒュッと何かが通り過ぎたことで思わず顔を上げる。見れば掴み掛かろうとした男の足に、矢が一本突き刺さっているのだ。


「セリア!」

 

 後ろから響いたルネの声に弾かれた様にセリアは導火線に手を伸ばす。その先の事など考えていないが、とにかくそれを消さなければならなかった。慌てて導火線を掴み、火の燃える部分を強く握り締める。


「あ、熱っ!くぅ……」


 途端にジュッと掌の肌が焼けると共に、鋭い痛みがその部分を襲うが手を離すことは決してしない。


「貴様、何を!」


 足の痛みから回復しない内に、男が再びセリアに手を伸ばした。けれど今度はその腕に矢が突き刺さる。見事な命中率で的確に相手を射抜いたルネは、そのまま走りより男の後頭部を弓で殴りつけた。流石にこれは利いたようで、男はその場で気絶する。


「セリア!手を……」


 火が消えたのを確認すると導火線を落とし、火傷した手を庇うように握り締めながらセリアはその場にしゃがみ込んだ。その腕をルネが掴んで引き寄せ、素早く確認すれば、掌の一部分が赤黒く変色していた。


「セリア……」

「な、なんとか間に合ったね」


 自分の怪我など忘れたかのように、セリアが心底安堵の表情を見せる。それに対して、ルネはキツく口元を引き結んだ。


「また無茶して……」

「でも、議会はなんとか無事で」

「……そうだね。セリアのお陰だよ」


 火傷には触れぬ様、ルネが優しくセリアの手を包み込む。けれど、その内心は正直穏やかではなかった。待て、との声にまるで反応を返さず、飛び込んでまたこの様な怪我を負って。本当は苛立ちで叱りつけたい気分でもあったが、それは後でも出来ると堪えた。



「セリア殿!」

「無事か?」


「二人共……」

 

 焦った様な声の元を辿れば、敵を一掃してきたザウルとルイシス。これで終わったと安堵出来れば良いのだが、そうも言っていられない。

 彼等と合流すると、セリアは上階を目指す。辿り着いた傍聴席の扉に巻き付けられた鎖に、呆然としたがすぐにルイシス達によって退けられる。それを確認したと同時、セリアは中の様子とラン達の安否を確かめるべく扉を開け放った。


「セリア!?」

「ラン!」


 颯爽と現れた少女の姿に、ラン達は驚きで目を見開く。一見して無事の様子の二人に、セリアもホッと胸を撫で下ろした。けれど話は後だと判断すると、階下の議場を見渡す。その中に、目的の顔を見付けるとジッとその人物を見据えた。


「コーディアス侯爵!」

「だ、誰だ貴様は」


 セリアが暫しの間使用人として働いていたことには気付かないようだ。コーディアスは訝しむように、そして計画が失敗したことを察して青ざめた顔でセリアを睨みつける。


「フロース学園マリオス候補生。セリア・ベアリットです。この議事堂の地下で大量の毒物を発見しました。間もなく、警察とベアクトリス駐在の国王軍が到着します」

「何を!」

「毒物を仕掛けたのは、コーディアス侯爵。貴方だという証拠も揃っています」

「そんな戯言、誰が信じると……」


 必死に目を泳がせるコーディアスに、周りの議員達も流石に見逃せないと詰め寄る。


「コーディアス殿。説明を!」


 周りから上がる言葉に、コーディアスは更に顔を青くした。もう逃れようがないと理解し始めたのか、僅かに足が震え出す。

計略が失敗に終わった、そして何よりそれが学生という若輩によって出し抜かれたのだ。今後のことに対する恐怖が怒りに変わり、コーディアスは虚勢と分かりつつも、最後の足掻きとでも言わんばかりに栗毛の少女を睨みつけた。


「き、貴様!子供の分際で、何の権利を持って私を断罪するというんだ!」


 流石は議会長にまで上り詰めた男というべきか。こんな状態でもその言葉と声には、それなりの迫力があった。それに釣られるように、議場全体の視線がセリアに集中する。さあどう切り返す、と好奇の視線すらも混じっていたかもしれない。

そんな中、当人であるセリアはコーディアスの言葉に対して静かに息を吸い込むと、その瞳をキッと見開いた。



「国王陛下にお仕えし、国に忠誠を誓う者の義務として、私は今この場に居ます!」



 よく通る声が、議場を横切りその場の者の耳に届く。先程のコーディアスなどとは比べ物にならない程、強く相手を射抜く声。そしてそれを発した凛とした佇まいの少女に、誰も返す言葉を見付けられなかった。

 議員として過ごした年月の間に議会長の座まで手にした程の男が、マリオス候補生とはいえまだ学生であるただの少女の言葉で口を閉ざしたのだ。

 冷静に考えれば異質である筈が、その場は誰一人としてその少女に反論出来る者はいなかった。


「コーディアス侯爵。貴方には然るべき処置が陛下によって下される筈です。弁解があるというならその場でどうぞ。国王陛下のご決断の後であるなら、私を好きにして下さって結構です!」

「…………くっ」


 それをまるで合図のように、コーディアスが力なく少女の前で膝を付いた。







 その後、カールが呼んだ警察と国王軍によって、コーディアスを含む三十名の議員が糾弾を受けることになった。とはいえ、貴族の彼等を一度に牢に繋ぐ訳にもいかず。一時の間、議事堂の裏にある屋敷に監視付きで待機することになった。この屋敷は、主に議員達が議会の間に泊まる場所として使用されている。


 議員の殆どは事態の処理に追われ、セリア達も指示があるまで屋敷に留まるよう言われた。なので、与えられた部屋で休んで良い、筈だったのだが。


 セリアは現在、キツい説教を食らっていた。周りを囲む候補生達の視線の先には、火傷を負い包帯を巻かれた両手。


「お嬢ちゃん。アンタ、ホンマに何時かお嫁に行けなくなるで。まあ、そんときは俺が貰ってやるけど」

「冗談を言っている場合ではないでしょう」


 茶化すルイシスをザウルが横から制した。この二人は何時の間に仲良くなったのか、もしくは悪くなったのか。よく解らない、とセリアは二人の間に生まれた妙な空気に一瞬首を傾げる。

 けれど現実逃避もそう長くは続かない。周りの厳しい声に、再び意識が説教に引き摺り戻された。


「また飛び出して。僕は、セリアに外部との連絡をお願いしようと思ったんだよ」

「だって、ザウル達が危険だって聞いたら……」

「そういう場合だからこそ、危ないところに飛び込むなって、僕達何時も言ってるよね」

「そんなこと言ったって、ルネ達だって十分危険に飛び込もうとしてたじゃない」


 その反論に、候補生達の視線が厳しさを増した。どうして、この女は理解しないのだ。いや、もうこれは病気か何かだと思った方が良いのかもしれない。


「……とにかく、コーディアス達の件は心配無いと思うよ。カブフラも、警察が全て回収したようだしね」

「気になる点はまだ幾つかあるが、彼奴等が吐くであろう。その際にゆっくり問えば良い」


 今回の事は取り敢えず一段落した、と説教をしながらも全員が肩を落とす。当然セリアもホッと一息吐いた。


「とはいえ、またコイツが怪我したのはいただけねえな」

「そんな、大した怪我じゃないし。こんなの直ぐ治るよ」

「馬鹿!そういうこと言ってるんじゃねえだろう」


 手をヒラヒラと振るセリアに溜め息しか出て来ない。その頼りない姿に、あの議場で凛としコーディアスを黙らせた少女と本当に同一人物なのか、と疑いたくなる。



 そんなセリアに、ルイシスは内心で苦笑した。本当に、己の価値を解っていないのかこの娘は。まあそこも可愛いところではあるが。

 普通の少女に、議会長にまで上り詰めた男が言い包められたりはしない。あの場を粛然とさせたのは、セリアの後ろに見えた強い意志による輝きがあったからこそだ。誰もが見惚れずには居られない、候補生と同じ神々しいまでの光を。


「まあ取り敢えず、後でもう一度きちんとした医者に診てもらい」

「うん。ありがとう」

 本当に、そこまで大した怪我ではないのだがな。などとセリアは思いながらもそれは言わないでおく。


まあ取り敢えず今回の事は終わったのだから、とルイシスの言葉に頷いていると、その部屋の扉がいきなり激しく叩かれた。


「失礼します!マリオス候補生の方々に至急お伝えしたいことが」


 その剣幕に、驚いた候補生達が扉を開ければ、そこには国王軍の兵士が焦った様な面持ちでそこに立っていた。


「何か問題でも?」

「はい。実は、監視していたコーディアスが何者かによって殺害されているのが発見されまして……」

「なっ!」

「目撃情報から察するに、指名手配中のヨーク・バルディの可能性が高いと」


 兵士の言葉に、セリアはずっと引っ掛かっていた事を漸く思い出す。そうだ。この件には、彼が関わっているかもしれないのではなかったか。だとすれば、このまま終わるなんてあり得ない。


「犯人はまだこの屋敷内に居るとみられ、現在も捜索中です」

「解りました。こちらも何かあればすぐに報告します」

「ハッ!」


 それだけ残すと、兵士は再び別の議員達への注意と報告にまた走り出した。

 その背を見送ったランが一度扉を閉めようとすると、すぐに背後から手が伸ばされる。


「セリア!?」

「ラン、行かなきゃ!ヨーク先生が出て来るなんて……」


 彼がこの屋敷内に居るということは、何かまだ目的があるということ。それが例えどんなことであろうとも、こちらにとって不利益にしかならないのは明白だ。

 それを聞いてまた飛び出していこうとするセリアをランは腕を掴んで引き寄せた。


「ラン、放して!」

「駄目だ」

「ど、どうして!?」


 尚もまだ先へ進もうとするセリアは、目の前に立ち塞がるランを横切ろうとするが、彼がそんなことを許す筈もなく。他の候補生にまでがっちりと道を塞がれ、セリアは思わずグッと拳に力を入れた。


「退いてったら!」

「また以前の様な状況を作るつもりか」


 強いカールの台詞に、セリアは思わずうっと怯む。


「今まで何度命を狙われた」

「セリア。取り敢えず、ここは僕達に任せて。セリアはここに居て」


 候補生達は必死にセリアにここに留まるように説得する。相手があのヨークとなれば、セリアの身の危険は何倍にも増すのだ。何がなんでも、彼女を行かせるべきではない。


「い、いやよ!皆が探しに行くなら、私も行く」

「セリア!危険だと言っているだろう。君はダメだ」

「そんな。皆だって危ないのは同じでしょう」

「君がなんと言おうと、今回ばかりは許可出来ない」

「そんなの納得できないよ。心配してくれてるのは解ってるけど、私だって皆が心配だもの」


 言い聞かせるようなラン達に、セリアは必死に食い下がる。ヨークのあの悪意を向けられたからこそ解る、彼の恐ろしさ。それを知っているのに、彼等を送り出して自分は安全な場所で待つなんて、絶対にしてはいけない。


 まるで聞き入れる様子を見せないセリアに、ランは苛立ったようにその肩を力強く引き寄せた。


「どうして解らない!君にもう二度と傷を負わせたくない。君を失いたくないんだ」

「っ!?」


 蒼い瞳に見据えられ、その迫力にセリアも口を閉じた。思わず一歩後ずさろうと足が動くが、肩を掴む腕に阻まれる。

 ランから伝わる切実な雰囲気に、逃げ出したい衝動が背を襲う。けれど、だからといってここで引き下がる訳にもいかなかった。


「わ、私だって……」

「なに?」


 俯いたセリアの呟きをランは聞き返す。するとそのまま勢いで顔を上げるとキッと強気な眼差しで懸命にこちらを睨んで来た。


「私だって、皆に怪我してほしくないのは同じよ!どうして何時も私だけ庇おうとするの?皆には待てなんて言わないじゃない」

「危険な場所に君を送り込む訳にはいかない」

「そんなの皆も同じでしょう。このまま私が何もしないで、貴方達が怪我をするなんて絶対に嫌!」


 自分の知らない場所で、自分を庇う為に彼等だけが危険な目に合うなんて、どう考えたって間違っている。同じ目的を持っているのに、自分だけが待っているなんて。


「危険なのは皆同じなのに。どうして何時も私だけ待てなんて言うの?」

「聞き分けのないことを言わないでくれ」

「いやっ!!」


 まるで子供が駄々を捏ねる様にセリアは必死に首を横に振る。その様子に埒が明かない、とイアンがセリアの肩を掴んで自分と向き合わせた。


「これ以上身体に傷を作る積もりか?」

「えっ?」

「また、跡に残る様な傷を作る積もりか、って聞いてんだ!」

「そんなのなんとも思わないわ!それに、私だってそんなに柔じゃないわよ」


 本気で言ってるのか、とイアンは苦虫を噛み潰した様な顔をする。険悪になったその場の雰囲気には気付かず、セリアは更に続けた。


「傷なんてどうでもいい。そんなものでどうにかなるのなら、喜んで身体くらい差し出すわよ!」


 一瞬、引っ叩いてやろうかとイアンは思わず拳を強く握る。横からその身体を奪った者が居なければ、本当に頬を叩いていたかもしれない。


 咄嗟にそちらを見遣れば、セリアの手首を掴んで引き寄せた男は至極冷静な表情をしていた。

「失礼します」

 思わぬ内に捕われた強い力に、セリアは後ろに倒れ込む。その体勢を戻す前に、後ろからトンッと首筋に衝撃を与えられた。


「っ!?」

 軽い力だが的確に急所を突いた手刀に、痛みを感じる暇も無い。何が起こったのかすら理解せぬまま、セリアの膝からガクンと力が抜け落ち、目の前が暗闇に染まった。




「……すまねえ」

「いえ。今回ばかりは、セリア殿を出す訳にはいきません」


 そっと優しく抱き上げた身体を、ザウルは労る様に奥の寝台に横たえる。そのまま顔に掛かった髪を丁寧に退けてやった。


 幾ら危険だと言い聞かせたところで、セリアを出したくないこちらの心情など、本人は理解しないだろう。セリアが女だから、護るべき女だから。愛した女だからこそ、危険な目に合わせたくないと。

 言えば、きっと彼女のことだ。女だから、と言われたことに腹を立て、更に意地を張って頑なに自分達の言葉を無視するのは目に見えている。


「可哀想だけど、この部屋は外から鍵をかけておこう。念のために」


 目を見合わせた候補生達は小さく頷くと、その部屋から速やかに移動する。チラリと寝台に横たわるセリアを見遣ると扉を閉じ、ガチャリと無機質な音が響いた。



どうして?

何が起こってるの?何でこんなことになってるの?ぜんぜん解らないよ!

なんで、なんで……


どうして貴方がここにいるの!?



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