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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第三章 目覚める鉱石〜
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孤月 1

 遠くから太陽が漸く顔を覗かせ始めたと同時、セリアとカールは動き始めた。

 足場が悪いながらも、二人は来た道を戻り学園都市へと向かう。一番近いのがそこであるし、やはりラン達の事を考えると、王宮への報告よりもベアクトリスへ急いだ方が良さそうだ。


「カール。足は?」

「問題ない」

 その言葉通り、セリアの前を歩くカールの足取りはしっかりとしていた。


 あの後セリアは結局、疲れの所為かうとうとと寝入ってしまい、昨晩の事などコロリと忘れているようであった。

 先導するカールに続いて、群生する木々の間を急ぐ。一刻も早く、皆の元に辿り着かねば。そう思っていた矢先、蹄の音が近付いて来るのに気付いた。


「……えっ!?ヴァーゴ?」

 視線の先から鼻息荒く駆け寄って来る黒馬に、セリアは思わず目を見開いた。カールもそれは予測していなかったようで、驚いたようにヴァーゴを凝視している。


「ヴァーゴ。どうして……」


 自分達の前で立ち止まり、すり寄って来たヴァーゴの鼻先をセリアは戸惑いながらも撫でてやる。しかし、これは妙だ。見慣れた自分の愛馬の姿を見紛う筈は無いが、それはフロース学園に居る筈である。学園都市まで馬の足を使えばそう遠く無いとはいえ、彼が自由に走り回れる訳は無いというのに。


 戸惑いからセリアは後ろのカールを見遣るが、彼は難しい表情をしたままで、答えを出した様子は無い。

 不自然な事態に驚きは残るが、けれどこれほど都合の良いことは無いのではないだろうか。


「カール……」

「ああ。気にはなるが、今は考えている場合ではなさそうだ」


 身動きが出来なくては意味が無いと、カールは軽やかにヴァーゴに跨がる。そして差し出された手を取ったセリアの体を引き上げた。


「ヴァーゴ。来てくれてありがとう。もう少しお願いね」


 主の願いに答えるべく、黒馬は大きく一度嘶くと同時に地を蹴った。ヴァーゴが走り出すと、それまで目の前を遮っていた木々が見る間に後ろへ流れて行く。人間を二人も乗せているなど微動も感じさせない程の早さだ。


「……流石だな」


 揺れる馬上で、カールはセリアの体を振り落とされぬ様に強く自分に引き寄せる。後ろからしっかりと支えて貰い、セリアは改めて気を引き締めた。

 このままヴァーゴの足を頼れば昼頃にはベアクトリスに着く。それまで、ラン達が持ち堪えてくれれば良いが。


 カールとセリアを乗せたヴァーゴはそんな主人の心に答えるべく、山道を駆け抜けた。









 宮廷に並ぶ権力を誇示する王宮議会。議員達が一同に会する議事堂が建つベアクトリスは、何処か固い雰囲気を漂わせる都市であった。


 その象徴とも呼ばれる議事堂は、コーディアスの計略の一環か、警備が思っていたよりも手薄になっていた。そこを利用して内部へ侵入を果たしたラン達は、懸命に手掛かりを探していた。


「ダメだ。こっちは無い」

「此方も同じです。それらしいものは見付かりませんでした」


 コーディアスの計画通りなら何処かにカブフラの花が持ち込まれている筈だ。今はとにかくそれを見つけ出すことが先決である。けれど証拠がこの場には無い以上、議会に乗り込んで議員達を説得するには無理がある。だから、こんな忍び込む様な真似をしている訳であるが。


「どないするんや。もう議会が始まってしまうで。そんなにのんびりしてられんのとちゃう」

「……しかし、このままでは」


 どの様にしてカブフラの毒を議員達に吸わせる積もりなのか。それさえ解れば、大きな手掛かりになるというのに。

 けれど、もう悠長に構えている時間は無い。議会は今にも始まる頃だ。


「仕方ない。後はイアン達に頼む」

「貴方は如何されるので?」

「私は、議場へ入る」


 きっぱりと言い放ったランに、他の者も思わず目を見開く。


「なっ!お待ち下さい。幾ら何でも、それは無茶です」

「しかし、このままでは間に合わない。コーディアス達の企てを表沙汰にし、直接毒の場所を聞けるならそれが良い」


 このままでは本当に議場内に毒を流されてしまうかもしれない。貴族の議員達が集まる場で、由緒あるオルブライン侯爵家の嫡男を腕尽くで追い出したりはしないだろう。

 彼等の話を聞いて場が多少なりとも混乱し、またコーディアス達に他の議員の目を向けられれば、万一の場合に逃すこともなくなる。

 かといって、危険であることに代わりはない。


「仕方ねえな。お前一人を行かせる訳には行かねえだろ。俺も付き合うぜ」

「イアン……」


 これ以上時間はないと判断したのか、ランの案に他の者も従う。


「ほな、こっちは任しとき」

「お二人とも、お気をつけて」


 お前達も、と言葉を最後に、再び議事堂内を捜索する為に去ったザウルとルイシスと別れ、ランとイアンは議場へと続く扉へ向かった。


 けれども、そんな風に堂々としていれば、流石に警備の目に留まってしまう。


「だ、誰だ君達は!」

 その姿を目に止めた警備員が、慌てて前を塞いだ。けれどその腕をランとイアンは躱し、終いには向かって来る男達を次々と引き倒す勢いで進んで行く。

「待ちたまえ。議場内は立ち入り禁止だ!」

「止まりなさい」

 当然そんな事になれば騒ぎになる。が、そんなこと御構い無しといった風にランは傍聴席の扉に手をかけた。




 バンッ、と大きな音と共に開け放たれた扉に、議場内に集められた議員達は一様にそちらに視線を向けた。本来ならばそこに存在する筈のない二人の若者の姿に、その場は途端にざわつく。後ろから自分達を摘み出そうとする警備達を閉め出す様にイアンが咄嗟に扉を閉めた。


「なんだ君達は。ここが何処だか解っているのか」


 議会長の一人が驚いた様子で声を上げる。その声に応える様に一歩前に出たランが、階下に広がる議席を傍聴席から見渡した。


「突然の非礼はお詫びします。私は、ランスロット・オルブライン。フロース学園のマリオス候補生です」

「オルブライン侯爵家の……」


 ランの素性とマリオス候補生の単語に、議事内な更に困惑の色を強めた。それにも怯まず、ランは堂々とこの場に来た目的を語り出す。


「我々は、今日の議会に毒物が流し込まれる、という情報を得て来ました」

「なっ!毒だと……」


 唐突に現れた若者達によって齎された突拍子も無い情報に、議員達は疑惑の目を向けた。

 誰もが信じ難いと言った表情の中、数人はその内容に身に覚えがあるのか、焦った様にお互いの顔を窺う。そうして最終的には、ある一人の男に視線が集中した。その人物も、何がどうなっているのだ、と困惑を隠し切れずに奥歯を強く噛む。


 一体、何故この計画が露見したのだ。しかも、あんな子供に。何から何まで完璧にこなした筈。だからこそ、どうしても成功させなければならないのに。



「お話し願えませすか?コーディアス侯爵議会長」



 凛然とした声が言い放った台詞に、議会内は騒然とする。そして、遂には全員の視線がその男に集中した。



  ーーなぜ!?


 今までは完璧に事が進んでいた筈だ。この計画が成功すれば、自分はより力を得られるというのに。それなのに、何故こんなところであんな子供に邪魔をされなければならないのだ。

 そもそも、あの学園のマリオス候補生がどうしてこんなところに居る。フロース学園には監視を置いていたのではなかったのか。もし何かあれば、あの男から直ぐにでも連絡が入る筈。自分がもしここで失敗などしようものなら、容赦無く用済みと切り捨てられてしまうのに。


 そこで漸く、コーディアスは何かに思い至った様にハッとした。唐突なマリオス候補生達の乱入と、最後に見たあの男の冷たい視線。二つの事実が、一つの結論を導き出す。


 自分は、既に捨て駒とされていたのか。



「コーディアス殿!あの少年達の言葉はどういう意味ですか?」

「な、なにを。馬鹿馬鹿しい。大体、あんな子供の話を信じるなど……」


 隣の議員の焦った声に、コーディアスは反射的に否定を示した。けれどその脳内では警鐘がけたたましく鳴り響いている。


「既に証拠はこちらにあります。コーディアス侯爵が今回、議会内に毒を流し、また少数の人間がその解毒薬を与えられていると」

「は、はったりだ!そんな証拠があるというなら見せてみろ」

「残念ながら今ここにはありません。が、今頃は王宮に居られる国王陛下の手に渡っている筈です」

「ぐっ!?」


 何故だ!どこでどうしてこうなった。

 奥歯を噛み締めるコーディアスに向けられる視線が、困惑から疑惑に変わり始める。このままでは、例えこの場を凌ぎ邪魔を一掃したとしても、王宮から糾弾される。そうなれば自分は終わりだ。


 焦りから脂汗が滲み出るコーディアスが次の言葉を模索していると、議場の端から声が上がった。


「どういうことだ。扉が開かないぞ!」

「なにっ!?」


 毒が流し込まれると聞いて、数人の議員が咄嗟にその部屋を出ようとしたが、扉が押しても引いても開かないのだ。周りの議員達も力で押し開こうとするが、退路は確保出来ないまま。



「おいラン。やばいぞ」

「どうしたイアン?」

「こっちも開かねえ」

「っ!?」



 何度かイアンが体当たりを食らわせる扉が動く度、取っ手に巻き付けられた鎖がジャラリと揺れた。その廊下に並ぶ他の全ての扉にも、同じ様に重厚な鎖が開かれることを阻んでいる。


 パンパン、と手に着いた埃を払うと、廊下に佇む影は静かに背を向けた。そうした侵入者を防ぐ筈の警備の姿を探すが、一人も見つからない。いや。正確には、まだ生きている者の姿が無いのだ。全員が、ぐったりとその肢体を投げ出し、床に転がされていた。


 議場と外を結ぶ全ての扉を封じた影は、そのまま足を進める。仕事がしやすいよう警備を片付ける様に命じた者達には、残りの学生二人を始末するよう向かわせた。面倒なことになりそうだったが、そちらは問題無いだろう。


 脳内でこれから起こりうる事態を幾つか想定するが、対処は考えてある。その結果は全て同じ。どうあろうと今回に限り……

「貴方達は逃げられませんよ。セリアさん」


 ニヤリと口元に弧を描いたヨークからは、かつての穏やかな笑みは完全に面影を消していた。





 彼の行動や言葉は、やはり理解出来ません。他人を挑発する言動で、相手の反応を楽しんでいるとしか。それなのに、その行いや振る舞いは、自分達と似たものを感じる。

 とはいえ、この場を切り抜けるには、貴方に背を預けるしかないようです。なんとしてでも、この先へ進まなければ。


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