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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第三章 目覚める鉱石〜
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斥候 3

「ええ!出て行くの?」

「ごめんなさい。折角紹介して貰ったのに。でも、貴族様の屋敷で働くのは、やっぱり……」

「やっぱりね。皆そう言って辞めて行っちゃうのよ。まあ、コーディアス様は厳しい方だから仕方ないけど」



 適当な理由を付けて、セリアは朝一番に屋敷を出た。逃げる様な足取りで、人通りの多い通りを選んで歩く、が。

 背後から自分を付ける気配に、セリアはどうしたものか、と考えを巡らせていた。議会が狙われているのだとしたら、一刻の猶予も無い。早めに候補生達に連絡を取りたいのだが。


 そんな考え事をしていた所為か、前から歩いて来る人物を避け切れずに軽く衝突してしまった。


「すみません」

「あっ!いえ。こちらこそ……」


 帽子を深く被った長身の青年に軽く頭を下げて、セリアはそのまま道を歩く。

 やはり後ろの視線がどうしても気になるのだ。このまま撒くのが手っ取り早いが、それでは明らかに怪しい。その疑念がコーディアス達の警戒に繋がれば、自分達が彼の企みを阻止する事も難しくなる可能性もある。


 そのまま道に沿って歩いていると、横から見慣れた顔が覗いた。そして、人目も憚らず大きな声で呼びかける。


「おぅ、サラ。遅かったな」

「っ!!うん、ごめんね」


 唐突に現れたルイシスが笑顔で隣から肩を抱く。それを振り払う事はせず、セリアは並んで歩いた。


「それで、なんか見つかったみたいやな」

「うん。さっきランに渡したわ」


 ぼそりと呟かれた言葉に、セリアは小さく頷いた。

 先程ぶつかった青年。一瞬だったが、帽子の下の顔は確かにランであった。それに気付くと、衝突した瞬間に彼の手に例のリストと封書を渡した。


「でも、よく解ったのね」

「コーディアスが外出したんや。アンタなら、その隙に屋敷をひっくり返してでも何か見つけ出す思うてな。それより、自然にしとき」


 セリアの肩を抱き寄せると、ルイシスはそのまま適当な茶店に足を踏み入れた。

 

 その後は、ルイシスと二人向かい合いながら、屋敷での仕事内容などを話す。それにルイシスも、従兄として相槌を打ち続けた。

 セリアとしては、自分が探し当てたコーディアスの企みを阻止するべく、一刻も早く行動をしたいのだが、そういう訳にもいかない。それに、ランに託したあの手紙で、候補生達には何が起こってるか伝わった筈だ。


 そのまま、刺す様な視線が消えるまで、暫くの間そうしてルイシスと過ごした。これで完全に誤魔化せたのかは解らない。けれど、取り敢えず向こうは引き下がったのだ。

 例の隠し部屋には一応適当な紙を丸めて置いて来たので、中身を開けない限り変わった所は見られないだろうし。少なくとも、自分達がカブフラの花を追ってきたかもしれない、とまでは思われていない筈だ。




 その後、一応安全である学園まで戻って来たセリアは、そこで漸く候補生達と合流した。









「って、えらい物騒な話やなぁ」


 セリアの持って来た封書に目を走らせながら、候補生達はその計画の恐ろしさに表情を強張らせた。


「自分に賛同しない者を一度に…… なんて、どう考えたってまともな人間の思考じゃねえな」

「あの男ならやりかねん」

 イアンの意見にカールが静かに答えた。実際にコーディアスは自分の野心の為なら何でもする男である。


「恐らく、ヴィタリー殿下の件が大きく関わっているのだろう。しかし、一度に多くの死者を出して、どう言い逃れる積もりだ」

「流石に怪しまれるやろうけど、証拠は消したと思ってるんちゃう?その為に、国内であまり知られてない毒なんて使うんやろ」


 幾ら生き残った者達に疑いの目が向けられるとはいえ、証拠が無ければ彼等に咎めは及ばない。実際にカブフラの毒は中毒死しても症状からは特定され難いらしい。


「後の燃えカスさえ何とかすれば、カブフラだとはバレないかもね」

「それでは、セリア殿の持ち帰ったこれが、唯一彼等を断罪出来る手、ということに」


 つまりはそう言う事になる。全てコーディアスの企みだと証明するには、やはりセリアの持ち帰った書状が決めてとなるだろう。つまりこれを、確実に提出する必要がある。


「それもそうだけど、今はとにかく議会をどうにかしないと。このままじゃ……」


 議会はもう明日に迫っているのだ。止めるのであれば、学園をすぐにでも発たなければコーディアスの企みがまんまと実行されてしまう。幾ら証拠がこちらにあると言っても、大勢の人間に危害が及ぶのに違いは無い。


「……二手に別れる」


 その場に響いた静かな声に、候補生達が一斉に視線を向けた。


「どういうこと?」

「議会の不始末ともなれば、それを裁くのは当然王宮。陛下とマリオス達になる。コーディアスを抑えるのであれば、王宮に報告することが確実だ。が、議事堂のあるベアクトリスはこの学園都市を挟んで王都とは反対の位置にある」


 確かに、カールの言う通りだ。ベアクトリスと王都は、馬車で約半日近く掛かる程の距離にある。今から王都に行っても直ぐに報告出来る訳では無い。陛下に直接謁見するにはそれなりの時間が掛かるだろう。


 それではとても議会に間に合わない。が、だからといって議事堂に今から乗り込んで行っても、確実にコーディアス達の身柄を抑えられる保証はない。

 事実を突き付けた所で、学生など信じるに足らないとされては厄介だ。自分達の言葉だけで彼等の身を拘束出来るかは、やはり怪しい。



 納得すると同時、それならば自分は議事堂へ行く、とセリアが口を開きかけたが。

「セリアは王都へ行ってね」

「えっ!なんで?」

 何故だっ!?と目を見開くセリアに、候補生達は呆れた様な視線を向ける。やはり、この女は自ら危険に飛び込むしか頭に無いらしい。


「この書状はセリアが見つけたんだから、何処で見つけたとか、どうして解ったかとか。そういうのも含めて報告するには、セリアが居た方が良いでしょう」

「うっ、それは、そうだけど……」


 ルネの見事な説得に、セリアは返す言葉を失う。そう言われては、彼の言葉に従うしか無いではないか。と頷くセリアに、他の候補生達も内心安堵した。


「それと、王宮と言ったらやっぱり公爵家嫡男様だよね。カール」

「フン……」

「ということで、後は全員でベアクトリスって事で良い?」


 ルネが確認する様に友人達を見回すが、異を唱える者は居なかった。







 後数時間もすれば日が昇り始める様な時刻。人気の無い山道を一台の馬車が急いでいた。


「皆、大丈夫かな……」

「お前は他人よりもまず、自分の心配をしたらどうだ?」


 フンと鼻で笑われ、セリアも思わず目の前の相手を強く見返す。けれどカールは、相変わらず涼しい顔だ。


「皆の方が危険な場所に行くんだよ。心配するのは当然じゃない」

「気を揉むだけ時間の無駄だ。何が変わる訳でもあるまい」

「そんなこと言っても、気にするなって言う方が無理よ」

「それよりもまず、するべきことがあるだろうと言っている」


 正論を突き付けられては何も言い返せず、セリアはうっと言葉に詰る。

 カールの言う事は尤もだが、だからといって彼の様に涼しい顔をしていることも出来ない。


「余計な事に気を回すよりも、コーディアスの事を考えたらどうだ」

「……コーディアス侯爵」


 ポツリと呟くと俯いて黙り込んでしまったセリアに、カールは訝しむ様な視線を向けた。

「どうした?気になることでもあったか」

「……もし、今回のコーディアス侯爵の計画通りなら、議会は半数以上もの議員を一度に失うことになる。そんなことしたら、国政の中枢が機能しなくなるのに」

「…………」

「国家機能の麻痺は、そのまま国の乱れに繋がる。最悪の場合、諸外国との関係が悪化するかもしれない。それが解っていない筈は無いのに」


 乱れた国で権力を手に入れて、何をしようと言うのだ。一時は愉悦を得られるかもしれないが、国が傾けばそれも終わりだ。その時になれば、その分のツケが廻って来る。それとも、私欲の為に国が滅ぶまで食い尽くそうというのか。


「それを止めたいと望むからこそ、お前は動いているのだろう。私腹を肥やすも、国を想うも、全てが個人の欲求だ。全ての人間に同じ望みを強要する方が傲慢だろう」

「っ! 解ってるわよ、それくらい。ただ、国を混乱させてでもこんなことをするのかって思っただけよ。それに……」


 傲慢だなどと、カールにだけは言われたくない。というより、口が裂けても彼が言って良い言葉では無いだろう。


 そうセリアが言い掛けた途端、馬車がガクンと揺れた。その衝撃に背を打たれ、セリアは思い切り前に倒れ込む。


「ひぃぇええっ!」

「おい!」


 倒れ込んで来たセリアを受け止めると、カールは急いで外を確認する。すると、窓の外の景色は異常なまでの速さで後ろへ流れて行った。幾ら急いでいるとはいえ、これは可笑しい。


 慌てて窓から顔を出し確認すれば、御者の姿が何処にも無かった。何時の間に、と考えるよりも早く、馬の背に刺さった一本の矢に視線が向く。

 馬を暴走させる為に放たれたのだろうそれは、思惑通り、馬車ごと狂ったように山道を走らせた。そして何とも運の悪いことに、この先は崖だ。


 チッと麗しい顔を歪めながら舌打ちすると、カールはそのまま馬車の扉を蹴破った。


「来いっ!」

「えええっ!?」


 壊された扉の縁を掴みながら、カールは後ろのセリアに手を差し出した。けれど、激しく揺れる馬車内の壁に手を突いたセリアは、何が起きているのか解らずにただ目を見開く。


「む、無理だよ!」


 カールが何を考えているのか解らないが、激しい動悸が無理だと主張する。いきなりの馬車の暴走に、何が起きているのかまるで見えない。御者は一体どうなったのだ。

 訳が解らない現状に、セリアの脳は考えることを完全に放棄していた。


 動けない様子のセリアに痺れを切らしたのか、カールはまたもや舌打ちをして強引にその腕を掴む。


「カール!」

「私を信じろ!」


 反射的に反論しようと口を開きかけた瞬間、上からの押さえ付ける様な声に言葉を切られた。その途端、機能を停止していた頭が急激に回り始める。



 信じる……?



 フワリとセリアの抵抗する力が抜けたと同時、カールは勢いを付けて外にその身を放り投げた。宙に浮いたと同時に、しっかりとセリアを己の身体で守る様に抱き寄せる。


 力強い腕に抱きしめられながら、それにも気付かない程セリアは脳内で唯一言を繰り返していた。




ーー 信じている 信じている カールを信じている



 余計な事を考えるなと、何度も言っている。それ以前に、するべきことは山積している筈だ。この件の裏にいるのがあの男なら、必然的にまた衝突することになるだろう。これからどうすべきかも、朝までに決める必要がある。

 だが、今お前がすべきは、少しでも休むことだ。



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